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邪神  作者: 霧島樹


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078「検討」

 商会との会談日、当日。

 リオナンドはエマニュエル、文官と同じ馬車に乗り、商会がある隣街へと向かっていた。


「おや、お嬢さま。今日は随分と無口ですね。緊張しているのですか?」


「え、ええ……まあ、ね」


 エマニュエルがチラリ、とリオナンドに視線を向ける。

 それに気がついたリオナンドがニッコリと微笑み返すと、エマニュエルはわかりやすく顔を真っ赤にして目を伏せた。


 リオナンドはそんなエマニュエルを訝しげに……は、見ていなかった。

 どことなく、観察するような目で見ている。


 口には出していないが、多分リオナンドは既にエマニュエルの好意に気がついているのだろう。彼は鈍いところもあるが、常人に比べ鈍感すぎるというわけではない。


 加えて、メイドたちの中にもリオナンドに好意を抱く者は多数いる。

 それらの情報と照らし合わせ、エマニュエルの態度が自分への好意によるものだと察したのかもしれない。


「ね、ねぇリオナンド」


「はい」


「アナタ、どちらの出身だったかしら?」


「南ですね」


 リオナンドが馬車の外を眺めながら答える。

 はたから見れば不敬なのだが、まともに目を合わせることができないからだろうか、エマニュエルは注意しない。

 文官は我関せず、といった様子で商会の資料を読んでいる。


「南? 南というと……サウドラキア辺りの出身?」


「いいえ」


「違うの? ということはもっと南? それなら……」


「お嬢さま」


 リオナンドがエマニュエルに視線を向けて言う。


「お嬢さまは今、他にやることがあるのでは?」


「え? な、何かしら」


「実交渉はサージェスさんがするにしても、その前に領主代行として商会長と話すのはお嬢さまでしょう。これから行く商会の情報、話す内容、会談にあたって注意すべきこと……すべて完全に把握していらっしゃるのですか?」


「か、完全かと言われると……」


「でしたら雑談している場合ではないでしょう」


 リオナンドはピシャリと言い切った。


「旦那さまとレイモンさんが多忙であるがゆえの代行とはいえ、責任は重大。完全ではないと言うのであれば、資料を再確認するなり、話す内容を反芻するなり、サージェスさんに改めて注意すべきことを確認するなり、やれることはいくらでもあるはずです。これが初の会談となれば尚更のこと」


「それは……確かに……」


「リオナンド君」


 今まで黙って聞いていた文官が顔を上げてこちらを向いた。

 それを見てリオナンドは文官を差し置いて言いすぎたと思ったのか、頭を下げて謝罪した。


「すみません。若輩者が差し出がましいことを」


「いえ、こちらこそ申し訳ない。本来ならば私がお嬢さまに言うべきことでした。ありがとうございます。どうやら私はお嬢さまを甘やかしすぎていたようです。お嬢さま」


「な、何?」


「商会に着くまでまだ時間があります。その間に改めて会談内容を詰めていきましょう」


「う……わかったわ……」


「こちらは大丈夫ですので、リオナンド君は引き続き外の警戒をお願いします」


「わかりました」


 リオナンドはそう返事をすると、再び窓の外に視線を向けた。




 ○




 道中、懸念していた敵対勢力のちょっかいもなく。

 リオナンドたちは無事、目的の商会へと辿り着いた。


 そして護衛の領兵とそれらを率いるゴロツキ、合計十人を建物の外に残し、リオナンド、文官、エマニュエルの三人は商会の客間へと案内された。


「はは……私どものようなところまでナヴァル家の方が直々にいらっしゃるとは、随分と切羽詰まっているようですな」


 小太りの商会長は挨拶もそこそこに、皮肉を連発し始めた。


「しかし領主さまであればともかく、娘さんに来られても……いや、せめてお兄さんのほうであれば、私どもも考えたのですが」


「申し訳ございません。父も兄も、今は……」


「ああ、わかっていますよ。皆さん有力な商会を引き留めるために奔走していらっしゃるのは」


 今まで知らなかったが会話を聞く限り、どうやらナヴァル家にはエマニュエルの他に年上の長男と次男がいるらしい。

 長男と次男はナヴァル伯爵領で、領主の手が行き届かない離れた地域でそれぞれ領務を行っているため、こちらには滅多に来れないようだ。


「大変ですねぇ、娘さんまで駆り出されて」


「いえ……」


 商会長は完全にエマニュエルを舐め切っている様子だった。

 しかしエマニュエルも文官もその無礼を咎めない。

 それほど今はこちらの立場が弱いのだろう。


「まあ、仕方ありませんよねぇ。今までナヴァル伯爵領がまともな領兵も抱えずやってこれたのは、数多くの商会が生み出す富があったからこそ。それらを失ってしまえばもう丸裸ですから、必死にもなりますよね。北と南どちらも動きがキナ臭いですし」


「えっと、その……」


「ああ、すみませんね、お忙しいのに余計なことをベラベラと。ではさっそく話をお聞きしましょう」


 商会長はそう言って文官のほうに向き直った。

 どうやら最初からエマニュエルが実交渉をするわけではないとわかっていたようだ。


「ありがとうございます。では改めまして、我が領に残っていただけた場合の優遇措置ですが……」


 文官が交渉という名の説得に入る。

 一方、エマニュエルはまともに会話もできなかったことで落ち込んでいるようだった。




 そして文官がひと通りの説明を終えたあと。

 商会長は大きくため息をついて肩をすくめた。


「話になりませんな」


「しかし、現状よりも大幅に……」


「この程度は当然でしょう。特に優遇されていた大手の商会どころか、中堅どころも次々とこの街を出始めているのですから。この条件ではその分を単にずらして、こちらに当てただけですよ」


「それは……仰ることはごもっともですが、今は我が領も大変苦しい状況でして……」


「苦しい? ほう、苦しいですか? なるほど」


 商会長は自分の後ろに控えていた使用人らしき男に声をかけた。


「おい、台所から黒パンと、煮豆の瓶を三種と、燕麦を持ってきてくれ」


「かしこまりました」


 少し経って、使用人が商会長の言った品を持ってきて机の上に並べた。


「さて。これらは一般的な庶民がよく口にするものですが……苦しい、と言うならば、もちろん貴方がたもこれらを口にしているのでしょうね?」


「…………いえ」


「おや、まさか庶民の食事を口にもしていない状態で苦しい、と仰る? それはいけませんな。苦しいと言うのであればせめて、これらを主な食事にするぐらい切り詰めてから言っていただかないと。我ら庶民が『苦しい』時はこれらの食事すら満足に取れないのですから」


「…………」


 文官は何も言えないのか、あえて言わないのか、押し黙っている。

 それを見て商会長は満足そうに鼻を鳴らした。


「はは、少し意地悪が過ぎましたな。ではこうしましょう。これらの品を価値が高い順に並び替えてみてください。それが合っていれば、先ほどの条件でもうしばらくこの街に留まることを検討しましょう。先代の領主さまはできたことですからね。簡単でしょう?」


 商会長がニッコリと笑う。

 先代の領主はナヴァル伯爵領の交易都市を発展させた人物として有名だったというから、庶民の市場に詳しかったとしてもおかしくはない。

 しかし普通の貴族が庶民の市場に詳しいかといえば話は別だろう。


「おや? どなたもできないですか? それでは……」


「お待ちください」


 文官とエマニュエルの背後に控えていたリオナンドが声を上げる。


「私が並び替えてもよろしいですか?」


「……ふむ」


 商会長は驚いた表情でリオナンドを見る文官とエマニュエルにチラリと視線を向けたあと、ニッコリと笑って言った。


「まあ、良いでしょう。どうぞ」


「ありがとうございます。では」


 前に出たリオナンドが迷いなく品の順番を変えていく。


「できました」


「…………合っていますね、正解です。いやはや、これは驚きました。伯爵家のご令嬢に付き従う方となれば、たとえ従者でも尊き血の身分であるはずですが」


 商会長の言葉にリオナンドが何も言わず、笑顔で会釈する。

 確か屋敷の食事にこれらの品は出ていなかったと思うが……俺が寝ている間、リオナンドはこれらを食べていたのだろうか。


 よくよく考えたら魔物の肉や野草だけで十年以上もの月日を生活していくのは厳しいだろうから、街に入ることも多々あったのだろう。

 教会にいた頃も黒パンなどの買い出しはしていたから、価値も理解していたに違いない。


「ふむ……なるほど、なるほど。わかりました。では、先ほどの条件でもうしばらくこの街に留まることを検討しましょう」


「ありがとうございます」


「まあ……検討するだけですが」


 商会長の言葉にリオナンドがピクリ、と眉を動かした。

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― 新着の感想 ―
[一言] 言が信用できない商人とか、選択の余地があれば要らんよなぁ。複数残った場合、それが実利に絡んで来るんだけど。
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