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邪神  作者: 霧島樹
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074「対抗」

 夜。エマニュエルと文官の手伝いが終わり、寝床である使用人部屋に行く最中。


『それにしても、キミが収支の計算もできるとは知らなかった』


 確かリオナンドは領主の息子だったという話だから、後継者として英才教育を受けていてもおかしくない。しかしそれはかなり昔の話だ。


『よくやり方を覚えていたな』


「あれは別に難しい計算じゃないし……それに、教会でも収支の計算はずっとボクがやっていたからね。司祭さまはそういうの、苦手だったから」


 リオナンドは昔を懐かしむようにして笑った。


「まあ、それでも随分と久しぶりだったから、ちょっと疲れたけど」


『最後、エマニュエルに無愛想だったのも疲れていたのが原因か?』


「え? ボク、そんな無愛想だった?」


 そんなつもりはなかったんだけど、と呟くリオナンド。


『あれは無愛想だったと思うぞ。それに加えて、正論で相手を叩きのめす形になっていた』


「そう? 普通に使用人らしく対応できたと思ったのに」


『使用人らしくはあったが、もう少し柔らかく接したほうが面倒事は少なくなるだろう。何しろ相手はまだ子供だ。さっきのエマニュエルも正論だと頭ではわかっていても、感情が納得いってない様子だった』


「ううん……難しいなぁ……」


『こういうのは第三者から見ると一目瞭然だが、自分の視点だとわかりにくいからな。とはいえ、どうするかはキミの自由だ。あえて突き放すのも、それはそれで良い点もある』


「そうだね、あんまり気安くされてもボクの体質的に困るけど……うん、面倒なことにならない程度に、そこそこ愛想は良くしておこうかな」




 ●




 一方その頃。


「ねぇ聞いて!? 聞いてよアビー!!」


 エマニュエルは寝ていたアビゲイルを叩き起こして、自室へと引っ張り込んでいた。アビゲイルはエマニュエルが物心ついた頃から一緒にいる幼馴染のメイドだ。


「も~……なんですか、こんな時間に……勘弁してくださいよぉ……」


「うぅ、だって、だって……お菓子あげるから、ほら、ね?」


「ミルクたっぷりの紅茶もないと、目が覚めないですぅ~……」


「淹れてくるわ! ちょっと待ってて!」


 そして紅茶とお菓子の準備が整ったあと。


「それで? 今日もリオ君のことですか?」


「そうなの! アイツったら、今日……!」


 エマニュエルが今日あった出来事を話していく。

 アビゲイルはお菓子をつまみ、紅茶を飲みながらフムフムと話を聞いて……結果。


「それ、リオ君の言ってること間違ってないじゃないですか」


「なん……ですって……!?」


「彼の言う通り、お嬢さまはもうちょっと淑女らしくしたほうが良いんじゃないですか? 今はなんか……田舎もんの貧乏貴族、って感じ?」


「い、田舎もんの貧乏貴族!?」


「お高くとまってないのはお嬢さまの良いところだと思いますけどね。でも今は家格も上がったことだし、それに合わせて振る舞いも変えていかないと」


「う……それは、そうかもしれないけど……でも、あまりにも失礼じゃない!?」


「そうですかねぇ……話を聞く分には、そんな失礼でもない気がしますけど。っていうか、彼だったら別に失礼でも良いですね、わたしは」


「は……はぁ!? なんで!?」


「だって、あの顔で『お望みとあらば』って微笑んでくれるんでしょ? 最高じゃないですか」


「ぜんぜん最高じゃないわ……目は笑ってないのよ? すっごく冷たい目で……」


「良いじゃないですか~」


 アビゲイルはクッキーを手に持って身を捩らせながら、キャッキャとはしゃいだ。


「わたしも、リオ君に冷たい目で見られたい~……っていうか、別にどんな目でも良いから視線合わせてほしい~」


「……理解できないわ」


 エマニュエルは額を手で押さえて、深いため息をついた。




 ○




 翌朝。

 昨日と同じ、大量の書類が積み上がっている執務室にて。

 文官は昨日リオナンドが処理した書類を一通りチェックしていた。


「これは驚きました。まったく問題ありません」


 書類の束をトントン、と机の上で整え、文官が言う。


「難しい計算ではないとはいえ、あの時間でこれだけの量をこなしてミスがないというのは、非常に素晴らしい。お嬢さまにもぜひ、見習ってほしいものです」


「うぅ……」


 文官の言葉を聞いて、エマニュエルが悔しそうな目でリオナンドを睨みつける。

 リオナンドは気がついていないのか無視しているのか、相も変わらず涼し気な表情だ。


「計算は久しぶりでしたので、昨日は少し手間取りました。今日はより早く処理できると思います」


「はは、本当ですか? これ以上となると本職並みですね。頼もしい限りです。これは私も、うかうかしていられませんね」


「わ、私だって……!」


「ああ、お嬢さまはとにかくミスがないようにお願いしますね。手間が増えるので。正確に、確実にお願いします」


「く、くぅ……!」


 エマニュエルが悔しそうに、やや涙目でリオナンドを睨みつける。

 それに気がついたリオナンドは、愛想を良くするつもりなのだろうか、ニッコリと笑ってエマニュエルに問いかけた。


「いかがなさいましたか? お嬢さま」


「……っ! なんでも、ないわ……!」


『…………』


 ……リオナンド。

 今この場面で満面の笑顔は……逆効果のような気がするぞ。


「いいから、早く、始めましょう……! リオ、今日も手伝って、くれるわよね……!?」


「もちろんです。お任せください、お嬢さま」


「ふふ……よろしくね……! 私も、がんばるから……!」


 エマニュエルの目が燃えている。

 昨日とは打って変わって愛想の良いリオナンドの態度が逆に、エマニュエルの対抗心を煽っているようだ。


 ふたりを第三者として見ている分にはとてもわかりやすい。

 しかしリオナンドは当事者だからか、あまりよくわかってなさそうだった。


「? ええ、よろしくお願いします」




 ○




 一週間後。

 結局、リオナンドの他に手伝える人間は来なかった。

 しかし文官とリオナンドによる怒涛の追い上げによって、想定よりもかなり早めに書類の山は片付いたようだ。


「リオ君、本当に助かりました。キミがいなければどうなっていたことか」


「お役に立てたようで何よりです」


「…………」


 にこやかに話すふたりをよそに、エマニュエルはブスッとした顔でそっぽを向いていた。

 リオナンドに対抗心を燃やしていたものの、最後の最後まで速度、正確性ともにまったく敵わなかったからだろう。


「コホン。……お嬢さま。彼に何か言うことがあるのでは?」


「う……」


 エマニュエルが嫌そうな顔でリオナンドに向き直る。


「その……アナタが手伝ってくれて、とても助かったわ。……ありがと」


「多少なりともお力になれたようで、光栄です」


「た、多少……ね……」


 エマニュエルが顔を引きつらせて呟く。

 ……リオナンドが『多少』なら、彼の足元にも及ばなかった自分は何だったのか、などと考えていそうな顔だ。


 リオナンドの返答は間違っていない。

 間違ってはいないが、ここ最近はことごとくエマニュエルの神経を逆なでしているような気がする。


「また何かございましたら、いつでも仰せ付けください」


「え、ええ……また何かあったら、お願いするわ……」


 笑顔の奥に何とも言えない、複雑な感情が見え隠れしている。

 ……これから先、どうなることやら。




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