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邪神  作者: 霧島樹


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070「握手」

「まあっ!? イケメ……ゴホンッ、失礼しました」


 部屋に入ってきたメイド姿の女性はそう言って軽く足を引き、カーテシーで挨拶した。


「私はナヴァル家のメイド長、クロエ・ティエリ・ルクレールと申します。貴方が今回、エマニュエルさまに拾われてきたリオという者ですね?」


「はい」


「私が貴方の教育係となります。……貴方の経歴は知りませんが、その顔立ち、おそらく今まで随分とチヤホヤされてきたことでしょう。ですが」


 メイド長は丸眼鏡の端を指で掴み持ち上げ、その鋭い眼光でリオナンドを睨みつけた。


「ここでも今までと同じようにいくと思ったら大間違いです。最初に言っておきますが、私は仕事に妥協を許しません。それは新人であろうとも、です」


「はあ……」


「なんですかその気の抜けた返事は! 返事はしっかりなさい!」


「あ、はい」


「『あ』、は要りません!」


「はい」


「……思いのほか素直ですね。ケインは『生意気な若者だ』と言っていましたが」


 メイド長は顎に手を当て、訝しげに眉をひそめた。

 それに対しリオナンドは苦笑しながら答える。


「彼には悪態をつかれたので、それ相応の態度になってしまったのだと思います。とはいえ歳は今年で二十五になるので若者、というほど若くもありませんが」


「二十五!? 随分と若く見えますね、私はてっきり十代だと……」


 メイド長はそこまで言って、頭を軽く左右に振った。


「いえ、仕事には関係のない話ですね。十代だろうと、二十代だろうと、下級使用人となる貴方の仕事に変わりはありません。まずは掃除、ゴミ出し、使用人服の洗濯などから始め、筋が良ければ他の仕事も任せていきます。よいですね?」


「はい」


「ではついてきなさい」




 ○




 翌日。

 リオナンドが使用人服に着替え、自分の持ち場に向かう最中。

 廊下の角からエマニュエルとメイド長が話している声が聞こえてきた。


「それで、どう? リオは」


「仕事が雑ですね。掃除の仕方ひとつにしても、適当すぎます」


 辛辣なメイド長の評価にリオナンドがピタリ、と足を止める。


「そうなの?」


「ええ。仕事を終わらせれば、こなせれば良いのだろうという意志が透けて見えます」


「相変わらず厳しいわね、クロエは」


「いえ、彼に関して言えばまだ厳しくする以前の問題です。使用人としての心構えからして、まったく話になりません」


 メイド長がピシャリと言い放つ。

 リオナンドの評価は滅多打ちだった。


『ひどい言われようだな、リオナンド』


「…………」


『とはいえ昨日のキミは慣れないながらも、真面目に頑張っていたように見えたが……ん? どこへ行くんだ?』


「……台所。喉乾いてたの忘れてたから、水、飲んでくる」


 リオナンドは小さく呟いて、廊下を引き返していった。




 ●




「そうなの……じゃあ、リオに使用人は向いてないのかしら?」


「まだ働き始めて一日ですから、彼の向き不向きは断言できませんが……少なくとも、役には立ちます」


「え……えぇ!?」


「なんですか?」


「だってクロエが新人を褒めたの、初めて聞いたから……」


「褒めてはいません。単に事実を述べただけです」


「へぇ……でも役に立つって、例えば?」


「そうですね、まずあの見た目からは考えられないほど怪力です」


「怪力?」


「ええ。昨日、屋敷の東廊下にある銅像を掃除させたのですが、あれをひとりで持ち上げました」


「……え、あの大きいヤツ?」


「はい」


「…………いつも男四人がかりで持ち上げてる、あれを?」


「そうです」


「………………冗談よね?」


「冗談ではありません。私も最初は目を疑いましたが」


「すごいわね……」


「ええ。ナヴァル家はただでさえ男手不足なので、かなり助かります。あと彼は仕事が速く、素直かつ物覚えも良いので今後の成長に期待ができます。言葉遣いや物腰から察するにおそらく貴族出身でしょうから、ゆくゆくは要人のご案内も任せられそうです。やる気も及第点と言えるでしょう」


「えっ、すごい……ベタ褒め?」


「事実ですから。……彼は仕事の雑さと心構え、あとはあの『目』が今後の課題となりますね」


「『目』? ……って何?」


「言葉にするのは難しいのですが、そうですね……時折、彼はふと人を『物』のように見るというのでしょうか。どこか冷たいような、蔑むような……荒んでいるような」


「ふうん……?」


「今まで放浪生活をしていたという話ですから、その影響かもしれません。いずれにせよ、一流を目指すにあたりあの『目』はよくありませんから、今後指導していきます」


「まだ二日目なのに随分と期待されてるのね、リオは」


「ええ。彼はいつか使用人を束ねる立場になるでしょう。場合によっては、当主さまの右腕になってもおかしくはありません」


「そ、そこまで?」


「……一介の使用人風情が軽率な発言、失礼しました。今のは忘れてください」


「もう、そんな風に言うのやめてよクロエ。私は……あれ? 何かしら? 台所のほうが少し騒がしいわね」


「あの子たち……申し訳ありません。珍しく美形の男性が入ってきたことで、メイドたちが浮足立っているようです。昨日も注意したのですが」


「ああ、そういうことね。ふふ、仕方ないわよ。確かにリオは美形だものね。私もお風呂上がりの彼を見たときはビックリしちゃったもの」


「お嬢さま、彼は使用人です。くれぐれも、心奪われたりなどしないようにお気をつけください」


「私? 私はないわよ。そんな余裕があったらお父さまのお手伝いをもっとがんばるわ」


「それも、本来ならば伯爵家の子女がやるようなことではありませんが……」


「お父さまは革新的だからね。任せられる人材なら身分も性別も関係なし。とっても理にかなってると思うわ」


「……よくよく見れば、目の下にクマが目立ちますね。ご自愛ください」


「ありがとうクロエ」




 ○




 台所で同僚のメイドたちに遭遇したリオナンドは、彼女たちにキャーキャー言われながらも目的を達成し、再び先ほど引き返した廊下を歩いていた。


『人気者だな、リオナンド』


「…………」


『しかし、あそこまで過剰に接触を避けなくても大丈夫だぞ。服の上から軽くタッチされる程度なら、エナジードレインの影響は殆どない』


「……エナジードレインとか関係なしに、気安く触られるのが好きじゃないだけだから」


『そうか。なら仕方がないな。ああ、ちなみに廊下の角からエマニュエルが来るぞ』


「まだ話してたのか……」


 リオナンドは小さくため息をつくと、対『ご主人さま』用の微笑を作り、壁に沿って道を空けた。

 昨日メイド長に教わった通りだ。


「あら、リオじゃない!」


「おはようございます、お嬢さま」


「ちょうどさっきまでクロエとアナタの話をしていたのよ」


 エマニュエルは小さく笑いながら、にこやかに言った。


「ふふ、クロエ、アナタのことすごく褒めてたわよ。期待されているみたいね」


「……そうですか」


「ええ。よかったわ、馴染めているみたいで。あ、そうだわ」


 エマニュエルはふと思い出したように、右手を前に差し出した。


「握手ちゃんとできてなかったから。改めてよろしくね、リオ」


「……よろしくお願いします」


 リオナンドは頭を下げるだけで、エマニュエルの手を握りはしなかった。


「どうしたの? もう汚れてなんかいないでしょう? もちろん私も、汚れてないし……」


「いえ、汚れていますよ、ボクは」


「そうなの? でも私は気にしないわよ? 汚れたら洗えばいいもの。はい、握手」


 エマニュエルはそう言ってリオナンドの右手を手に取った。

 リオナンドは油断していたのだろう。

 驚いたようにビクリと体を震わせたあと、彼女の手を乱暴に振り払った。


「いたっ……何するの!?」


「……すみません。ボクの汚れは、洗っても落とせないものですから。失礼します」


 リオナンドは一方的にそう言って、エマニュエルに背を向けその場を去っていた。




 ●




「な、な、な……」


 リオナンドが去ったあと。

 わなわなと震えていたエマニュエルは、怒りを爆発させた。


「なんなのー!? 洗っても落とせない汚れ!? 何よそれ!? 私と握手したくないならハッキリそう言えばいいじゃない!!」


「お、お嬢さま?」


 エマニュエルの背後からひとりのメイドが声を掛ける。


「あ……アビー! ちょっとねえ聞いてくれる!? 今! 今ね! すっっごく失礼なヤツがいて……!!」


「ちょ……ちょっと落ち着いてください、お嬢さま。これからお仕事でしょう? わたしもそうですし……休憩時間に聞きますから、ね? ここ廊下ですし」


「絶対よ!? 絶対だからね!!」


「はいはい……」


 アビゲイル……愛称アビーは抱きついてくるエマニュエルの背中をポンポンと叩きながら、失われることが確実になった自分の休憩時間に思いを馳せ、ガックリとうなだれた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 洗っても落とせない汚れ。なるほどなぁ… リオ、手汗だな?よい、みなまで言うな。 次回!『多汗症治療』 来週もまた見てくれよな!
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