067「極限」
『……キミは本当に強くなったな、リオナンド』
「そう?」
『ああ』
敵陣営の中心部へと向かう中。
リオナンドは無数に放たれる矢を難なく躱し続け、傷ひとつ負わず多くの兵士たちをソウルスティールしていった。
そして俺も気がつかなかった巧妙な罠に掛かっても一瞬で避けたり、脱出したり、無効化したり……出会った頃から達人的と言えたが、今やもう超人的ですらある。
『ここまでくると、もはや強いというより人外じみてきたと言うべきか』
「人外って……ひどいなぁ」
リオナンドが笑いながら杖をくるくると回す。
それだけで何十本もの矢が次々と弾かれ、はたき落とされていく。
『……敵からしてみれば悪夢だろうな』
「言いたい放題だね……」
『悪いとは言っていない。むしろ良いことだ。それはともかくとして……リオナンド』
「うん?」
『兵士たちの動きがおかしくないか?』
「あー、そうだね。なんだか本気じゃないというか……」
『やはり気のせいではなさそうだな。どうも中央へ誘い込もうとしている気配がする』
決死の覚悟と気迫が兵士たちの魂を高揚させているせいか、非常に読み取りづらいが……陣営の外側にいた兵士よりも殺意の波動が弱い。
この陣営は凄まじく広いため、全体的な兵士の人数も相当なものだろうから、部隊によって意識の差が出るのはわかるが……それにしたって違いすぎる。
「罠かな?」
『罠だろうな』
「じゃあ気をつけて行かなきゃ」
『行かない、という選択肢はないのか?』
「今ここで引き返したら、もしかすると『罠を察して逃げた』って思われるかもしれないから。そうなると、死神としてはあまり良くないよね」
『……なるほど』
リオナンドの言うことは理解できる。
彼の目的がソウルスティールを兼ねた単なる殺戮ではなく、『戦争の抑止』ということを考えると、確かに死神のイメージは大事だろう。
『ただ闇雲に突っ込むだけならともかく、そういった意図があっての行動であれば仕方がないな』
「好ましい行動ではない?」
『それはそうだが、正直そこまで心配はしていない』
今の超人的なリオナンドを見る限り大抵の罠は回避できるだろうし、そうでなくても彼には治癒聖術がある。
普通に考えて十中八九、死なないだろう。
だったら罠をあえて正面から潰して、死神としての圧倒的な実力を恐怖とともに刻みつけたほうが今後のためになるのではないだろうか。
……と、宿主のリスクを嫌う傾向にある自分を納得させる。
『一度死にかけたならば、自分の限界も見えているはずだしな』
「つまり『引き際をよく見極めろ』ってことだね。了解、危なそうだったらすぐ逃げるよ」
『頼もしいな』
リオナンドはこうして会話している間にも、無数に飛んでくる矢を叩き落とし、避け、躱しているのだ。
こんなに頼もしい宿主は中々いない。
昔はその性格から長く生きられないと思ったものだが、今は彼が老人になるまで生き残ってもなんら不思議ではないと思う。
そんなことを考えている間にリオナンドは陣営の中心部へと到着した。
中心部には周囲のテントから随分と距離を空けて、開けた荒野にひとつだけポツンと、やや豪華なテントが配置されている。
テントだけを見れば指揮官クラス専用のものだが、配置が不自然極まりない。
「あからさまな罠だなぁ……行くけど」
リオナンドが開けた荒野に配置されたテントへ向けて疾走する。
あのテントは周囲に障害物がなく容易に狙いが定められるため、射殺すには最適な配置だが、策としては弱い。
となると、可能性として考えられるのは……アレか。
『リオナンド、テントにはあまり近づかないほうが良い』
「爆発物が仕掛けられてるかもしれない?」
『……よく俺の言いたいことがわかったな』
「前にもあったからね、こういうの。大丈夫、さすがに爆発物とかの罠はもう、正面から引っ掛かろうとは思わないから。アレ痛いんだよね」
『引っ掛かったことあるのか……』
それでよく生きていたな。
治癒聖術のおかげなのだろうが、肉体自体も頑丈でなければ即死だろう。
「あぁ、やっぱり爆発物だったね」
リオナンドがポツンと配置されたテント内の人間を離れた場所からソウルスティールすると、少し間を置いてテントが爆発した。
おそらく中にいる人間が死んだら爆発物に着火する仕組みになっていたのだ。
「うーん、まさかあの中にいた人が指揮官なわけないだろうけど……でも結構な人数は減らしたから、今日のところはもう帰ろうかな……」
『そうだな、それが良いだろう。だがまだ気を抜くなよ。ここは空間が開けているから、今のキミは絶好の的だ』
「もちろんわかってるよ。さて、じゃあもうひと頑張りして帰ろうかな……あれ?」
リオナンドが遠くに並んでいる兵士たちを見ながら呟く。
「あれなんだろう? 弓矢じゃなさそうだけど……」
『あれは……マズい! リオナンド、頭と心臓を守れ!!』
「っ!」
リオナンドは即座に両腕と杖で頭と心臓を守った。
直後、パパパパパパーン!! と乾いた音が連続で鳴り響く。
そしてリオナンドの肉体に無数の衝撃が走った。
「いっ……!? なに、これ!?」
『銃弾だ! だが弓矢より威力は弱い! 落ち着いて治癒聖術で傷を癒やしながら、前へ走ってソウルスティールだ!』
撃たれたリオナンドの状態からして敵兵の銃は性能が低く、弓矢より殺傷能力が弱い。ソウルスティールの最長距離から腕や杖を貫通し、頭蓋骨や心臓を破壊する威力はないはずだ。
「ぐっ……!」
苦悶の声を上げながらリオナンドが前へ走り始める。
全方位を囲まれている以上、いずれにせよどこかしら突破しなくてはならないと理解しているのだろう。
包囲網は五十メートルギリギリだったようで、リオナンドはすぐに敵兵のソウルスティールを開始した。
しかし精神集中が著しく乱れているからか、いつものように一瞬で十数人の魂を吸い取るようなことはできなかった。
だがそれでもソウルスティールにより、一秒に三人程度のペースで確実に敵兵の数は減らしている。
銃弾がリオナンドに一撃で致命傷を与えられない以上、敵の敗北は目に見えている……はずなのだが。
敵兵の魂から、まだ希望の波動が感じられる。
それが何を根拠とするものなのか視界に映るものを探っていると、敵兵の一部が左右に割れ、その間から鉄砲よりも大きな黒い『穴』が出現した。
『っ!? 避けろリオナンド!!』
「えっ……?」
ソウルスティールと治癒聖術に集中していたのだろう。リオナンドの反応が少し遅れた。
次の瞬間、リオナンドの腹部に今までとは比べ物にならない衝撃が走り――彼は凄まじい勢いで宙を飛ぶことになった。
「――――っ!!!?」
リオナンドは衝撃と共に長距離を吹き飛ばされ、先ほど爆発した燃え盛るテントの残骸に突っ込んだ。
そして炎の中で悶え苦しみながら、グチャグチャになった自分の腹部に手を当てて、凄まじいまでの絶叫を上げる。
大砲の砲弾が、リオナンドの腹部を直撃したのだ。
威力が足りなかったのか、彼自身が頑丈だったのか貫通はしていないようだが、その分まともに衝撃を受け止めてしまっている。
『リオナンド!! 治癒聖術を――っ!?』
すべてを言うまでもなくリオナンドの全身が強い光に覆われ、腹部の致命傷がみるみるうちに治り始めた。それだけじゃない。
全身に受けて塞がっていなかった銃弾の傷も次々と、立ち所に治っていく。
炎による火傷も、負った端から治っているようだ。
だがそれでもリオナンドの絶叫は止まらない。
火傷による苦痛が続いているからだろうか。
止まらないどころか、更に激しさを増し――極限状態に陥った彼の魂は、渇望を待たず暴走を始めた。




