064「感情」
リオナンドたちは黒パンを半分ずつ食べると、少しの休息を挟んで再び街道を進み始めた。そこから先は活動限界がきて寝ていたので、俺はあとから知ったのだが……なんとリオナンドたちは夕方頃、グリードウルフに襲われたらしい。
話を聞くところによると、リオナンドがあえて鳥の声真似をして『誘き寄せた』とのこと。もちろん目的は夕食にするため、だそうな。
村を出て襲われた時は正当防衛ですら、殺すことを避けようとしていたリオナンドが……随分とたくましくなったものだ。
聖職者としてはともかく、宿主としては良い変化をしている。
仕留めたグリードウルフ一匹はカティが持っていた火打ちの魔石で焚き火をし、焼いて食べたという。
カティはまだ手持ちのパンがあるから、と少ししか食べなかったらしい。
魔物肉とか、話を聞くだに腹を壊しそうだからそれは正解だと思う。
この世界では魔物肉は普通に食べるらしいので、そこまで忌避感はないらしいが。
そんなこんなで彼らは夜を越え、翌日の昼過ぎ、無事に隣町へ到着した。
特に大きな障害もなく目的地へ辿り着いたふたりだが、その町の教会を訪ねてひとつ問題が発覚した。
訪ねたその教会も、戦争難民の数がキャパオーバーだったのだ。
なるほど、自分の町がダメなら隣町とは、みな考えることは一緒ということなのだろう。
もちろんリオナンドはここまで来てカティを見捨てられるほど薄情な性格ではなく。魔物を討伐して最低限の日銭を稼ぎ、旅の準備をしたあと、ふたりは日が落ちるのを待たずに次の町を目指して出発した。
カティはもう少し休みたそうにしていたが、リオナンドは追手を警戒していたのだろう。
ちなみにリオナンドは俺が寝ている間、比較的早い段階で邪神の呪いと俺の存在をカティに説明していたらしい。
おかげで俺が起きた時は興味津々なカティに色々と質問攻めにされた。
当然リオナンド越しでの問答だったが……しっかりしているもののカティは子供らしく、実は好奇心旺盛だったようだ。
俺は質問攻めが終わった時には完全に疲れ果て、即座に寝落ちしてしまった。
もともと余力がなかった俺はそこから数日間、深い眠りに入ることになる。
○
俺が邪神になってから千年以上。
抗えない睡魔と深い眠りのせいで、寝ている間に宿主が絶命したことが何度かある。もちろん、それだけじゃない。
俺が寝ている間に――
俺だけを魔術的に封印しようと試みた宿主。
両親を殺してしまっていた宿主。
一国を滅ぼしていた宿主。
廃人になっていた宿主。
他にも大なり小なり、様々なケースがあった。
俺の眠りが浅ければ宿主の異常に気がつき起きるのだが、深ければその限りではないからだ。
○
隣町を旅立ってからしばらくして。
リオナンドとカティは盗賊の集団に襲われた。
そこでリオナンドはカティを守るため、盗賊の頭に初めて自分の意思でソウルスティールをした。
ふたりはなんとか難を逃れ生き延びたものの、自らの意思で人を殺したリオナンドは事あるごとに『それ』を思い出しては胃の内容物を吐き、みるみるうちに衰弱していった。
そうして心身ともに弱っていたことが原因なのだろう。
リオナンドは道中、熱を出して倒れてしまった。
風邪か、肺炎か、それとも他の何かなのか。
いずれにせよ治癒聖術が効かず、薬などあるはずもなく。
野宿で満足に体を温めることもできず、食べ物も吐いてしまうリオナンドは死の危機に瀕していた。
街道で倒れ伏すリオナンドと、何もできず途方に暮れるカティ。
本来であればここで終わる運命は、しかし残酷な奇跡と悲劇によって変えられることになる。
街道の向こう側から、商人夫婦の馬車がやって来たのだ。
彼らは人情に溢れた優しい人たちだったのだろう。
中年の商人夫婦は倒れたリオナンドを見つけると馬車を止め、夫はリオナンドを救うために抱き起こそうとした。
しかしリオナンドにはエナジードレインがある。
夫はリオナンドを抱えてすぐにふらつき、地面に膝をついた。
彼の不幸は、そこでリオナンドを放り出さなかったことだった。
今抱えている少年と自分の不調に明確な関連性を見出だせなかった彼は、リオナンドを抱えたまま膝をつき、限界まで手放さず……そのままリオナンドに覆い被さるよう倒れ伏した。
これが、残酷な奇跡と悲劇だ。
彼はみるみるうちにリオナンドに精気を吸い取られ、干からびていった。
結果、人ひとり分の精気を『命が尽きるまで』吸収したリオナンドは目を覚まし、死の危機を脱していた。
商人の妻は初めこそ何が起こったのか理解できず呆然としていたものの、ミイラになった夫を抱きかかえると激情し、馬車から短剣を持ち出してリオナンドに突き立てようとした。
だがリオナンドは強い。
目覚め立てで状況が把握しきれていない状態で、たとえ素手だとしても、素人が振るう短剣に刺されるようなことはなく。
リオナンドは半ば反射的に短剣を避け、捌き、躱し続けた。
そして最愛の夫を殺した『悪魔』を殺せないと悟った妻の殺意は、『悪魔の片割れ』であるカティへと向かった。
そのことに気がついた時には、もう『普通の方法』では止めようがなく。
リオナンドは自らの意思で再び、ソウルスティールを使っていた。
○
次の町へ向かって旅立ったあと数日間、俺は深い眠りに入っていた。
つまりここまでのことはすべて、あとからリオナンドとカティに聞いた話を時系列に沿って並べたものだ。
リオナンドは寝ていた俺を責めなかった。
盗賊の頭はおろか、なんの罪もない商人夫婦の命を奪ってしまったのはすべて自分の弱さが悪いのだと言って、吐き気を堪えながら無理やり魔物の肉を胃に押し込んでいた。
自分が死ねば、すべてが台無しになる。
司祭の言葉が強く残っているのだろう。
リオナンドは涙を流しながら「生きるんだ」と、そう何度も呟いた。
そしてリオナンドはもう二度と同じようなことが起きないように、強くなると言った。
心を殺し、感情を捨て、生き残る。
そして自分の呪いを消すのだと。
邪神を消す、と言わないあたり、リオナンドはどこまでいってもリオナンドなのだとは思ったが……俺は、何も言わなかった。




