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邪神  作者: 霧島樹
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006「因果」

 住宅街に入ってから、一時間後。


『どうだった? 初めてのソウルスティールは』


「……なんか、実感がねぇな」


 タイチは駅に向かって歩きながら、自分の右手のひらを見つめていた。


「魂を取り込む感覚はあったけど……なんか全然、人を殺した実感がねぇ」


『実物を見てないからな。無理もないだろう。実感など覚えないに越したことはないのだが』


「ふぅん……そういうもん?」


『ああ。あくまで一般的には、という前置きが必要だが。とはいえキミはおそらく一般的ではない人間なので、そういった心配はしなくていいと思うぞ。いずれにせよすぐに慣れるだろう』


「いや、そーゆー心配はしてねぇよ。してねぇけど……」


『なんだ?』


「いや、なんでもねぇ。……っていうかお前さ」


『ん?』


「ふと思ったんだけど、名前とかねぇの?」


『あるぞ。俺の名はフェイスという』


「フェイス? それ顔って意味のフェイス?」


『さぁな。英語で言えば似たような発音の単語で他にも信頼や信念、信仰という意味もある。どういう意図でつけたのかは俺がこうなってしまった原因である『奴』にしかわからん』


「あぁ、例の小説を書いたヤツか。なんだ、じゃあお前ってわざわざそいつが付けた邪神の名前を名乗ってるんだ?」


『好きで名乗ってるわけじゃない。それ以外は名乗れなくなったんだ。ついでに言えば、日本人だった頃の名前も忘れてしまった』


「あー、そういう感じ? そりゃ災難だな」


『邪神になってしまったことに比べたら大したことじゃない』


「はは、そりゃそうだ」


『さて、もうそろそろ駅に着くし、今日やることは終わったから俺はもう寝るぞ』


「寝る? え、お前って睡眠必要なの?」


『必要だ。昔はそうでもなかったんだがな。千年以上の時を生きている弊害か、最近はやたらと眠い。夢の中で記憶の整理でもしているのかもな』


「へぇ、夢も見るのか」


『まあな。ほとんど覚えてないが。さて、それじゃあ何かトラブルや、どうしても聞かなきゃならないことがあったら起こしてくれ。名を呼んでくれれば起きる。逆に何もないようだったら起こさないでくれ。そもそも電車の中や自宅でブツブツ独り言を喋ってたら頭のおかしい奴だと思われるしな』


「んだよ、まだまだ聞きたいこといっぱいあったのに」


『明日にしてくれ。次の渇望まで猶予ができたからそんなに急ぐ必要もない。それに俺とはこれから先、もう嫌ってほど話せるさ。俺が眠っている間エナジードレインには気をつけろよ。手袋を買って帰るのも忘れるな』


「わかったよ」


『それとキミなら大丈夫だとは思うが、俺が眠ってる時に能力を使うんじゃないぞ。現代社会では軽率に邪神の能力を使うとすぐに『詰む』からな』


「はいはい、了解」


『うむ、ではおやすみ。また明日』


「おう、また明日……って、今から明日まで寝るのかよ!? まだ夕方前だぜ!?」


『寝れる時に寝る。それが俺の方針だ。じゃあな』


「あ、おい!?」


 俺はタイチの声を無視して、深い眠りへと意識を沈めていった。







 ◯







「……おい、フェイス。フェイス」


『…………ん、なんだ、タイチか。随分と朝が早いんだな。俺はまだ寝足りないぞ』


 俺が目を覚ますと既にタイチは家を出て、学校へと登校している最中のようだった。


「まだ寝足りないって……もう七時半だぜ。十分寝ただろ。どんだけ寝るんだよ」


『そうだな……時間さえ許せば年単位で眠りにつきたいぐらいだ』


「おい」


『冗談だ。……と言いたいところだが、残念ながら本気だ。それだけ俺は眠りに飢えている。普通の人間と同じに思わないでくれ。無論、今は大事な時期だからな。なるべく日中は起きて、キミと話したいとは思っている』


「ホントかよ……」


『本当だとも。だから学校が終わったら呼んでくれ。それまで俺は寝て、キミと話すための英気を養う』


「え……それマジで言ってんの?」


『マジだ。昨日の時点では朝まで寝れば大丈夫だと思ったのだが、この眠気から察するにどうやら俺にはまだまだ睡眠が必要なようだ。じゃあな、おやすみ』


「ちょ、おい!?」


 俺はタイチの声を無視して、二度寢タイムへと突入した。




 ◯




「……おいフェイス。起きろフェイス」


『…………ん、学校は終わったのか、タイチ』


「今やってる六時間目の授業で終わりだから、実質的にはもう終わったようなもんだよ」


『今やってる授業? ……ここは教室ではなさそうだが?』


「図書室だよ。最後の授業はサボった」


『サボった? なぜだ?』


「いや、なんか授業なんて真面目に出てるのがバカらしくなってさ。昨日一晩考えたんだけど、この邪神の能力ってメチャクチャすげぇじゃん? 非凡な才能どころの騒ぎじゃないじゃん? 学校なんて行ってる場合じゃなくね?」


『……なんだ、随分と楽しそうだな。昨日までは俺の存在自体をかなり疑問視していたと思ったが?』


「まーな。でもよくよく考えたらさ、こんなのオレの頭がおかしいって疑うより、お前の言うことを信じた方が断然面白いじゃん? 昨日撮った動画も朝見たらそのまんま映ってたしな。あぁ、もちろん動画は見てから消したぜ?」


『そうか。キミは随分と楽観的なんだな。これから先、俺をどうにかしない限りは人と触れ合えないという欠点は気にしてないのか?』


「そりゃもちろん気にしてるけど……ダメならダメでしょうがないじゃん。この邪神の呪いとやらが改善されるまで他のことで楽しむとするさ。それに同世代のヤツらと比べたらオレは多分、相当遊んだほうだと思うしな。しかも親の期待を裏切って。その報いを今受けてるって考えることにするよ」


『報い?』


「そ、報い。オレさ、父親がそこそこ大きい商社の営業マンで、母親が高校教師やってんだけど、結構今まで期待されて育ってきたんだよね。特に母親から」


 タイチは図書室の長テーブルに肘をつきながら語り始めた。


「父親が家にほとんど帰って来ないからか、オレも結構マザコンなところがあってさ。今まで母親の言うことは超真面目に聞いて、かなりガリ勉してこの学校入ったんだけど……高校生になってから女にハマっちゃってさ。思いっきり成績落としちまった」


『そういえば担任の教師にそんな話で呼び出されていたな』


「なんだよ、見てたのか」


『ああ。声をかけるタイミングを見計らっていた』


「じゃあ話は早いな。オレさ、女にハマるまでは結構成績上位な方だったんだよ。だけど今はこのありさまだから、母親がもうヒステリックつーか、情緒不安定っていうか……ヒドいんだよ。父親が浮気しまくりの女狂いだから余計にそうなってんのかもな」


『そうなのか?』


「そうなんだよ。それ以外は完璧に近いんだけど、そこだけはホントどうしようもない父親なんだマジで。だからオレもさ、女にハマるまでは父親のこと全然理解できなかったんだけど、いざ実際に自分がハマって思ったね。『ああ、こりゃ抗えないわ』って。いやホント、さすが三大欲求って言うだけのことはあるよ。頭ではわかってんのに逆らえねぇっていうか、そもそも逆らう気もなくなるっていうか」


『確かに思春期の男だと尚更だろうな』


「そうなんだよ。それに加えてオレは父親が女狂いじゃん? やっぱ血とか、遺伝子とかの影響って結構あるんだなぁって思ったぜマジで」


『どうなんだろうな。可能性としてはあるが、必ずしも遺伝子の影響だとは限らないぞ』


「はは……いや、わかってるよ。オレはただ自分の意志が弱いのを血とか遺伝子のせいにしてるだけだ。しょうもない男なんだよオレは」


『そこまで自分を卑下する必要もないと思うが……』


「事実だからな。それに今となっては大して気にしてねぇし。そんなこと気にならないぐらいの、とんでもない力を手に入れたからな、オレは」


『……タイチ』


「わかってるよ。邪神の力を手に入れたからって、驕り高ぶるな、ってんだろ?」


『いや、違う。話が大分ずれているが、結局のところ『報い』というのはなんだったんだ?』


「あー……そういえばそんな話してたな。……あれ? なんで『報い』からこんな話になったんだっけ?」


『家族の話をしていたらキミが自分を卑下し始め、そこから手に入れた力の話題になり、驕り高ぶる、という話になった』


「あー、そうだったそうだった。いつの間に脱線してたわ。つまりさ、母親にとって唯一の救いだったオレが、その母親の期待を裏切って女にハマっちゃってた報いで、女と縁が切れたのかなって。父親も女関係で母親を泣かせてるし、なんつーか、因果応報って感じ?」


『因果応報とは違うなそれは。だが言いたいことはわかる』


「そっか。まーニュアンス的なもんが伝わってりゃいいよ」


『そうか』


 ここでちょうど授業終了らしきチャイムの音が鳴った。


「お、タイミングいいじゃん。んじゃオレ教室に荷物取りに行くわ」


『わかった。では学校を出たら呼んでくれ。次の渇望まで時間があるとはいえ、まだ話すべき重要なことがあるからな』


「りょーかい」


 タイチはそう言って図書室から出て行った。




 ◯




 図書室を出てから数分後。

 人がまばらになった教室にタイチが入ると、クラスメイトである高橋が声をかけてきた。

 タイチにはカズヤと呼ばれていた男だ。


「あれ……タイチ、どこ行ってたんだよ」


「どこって、図書室だけど?」


「図書室って……サボってたのか? 六時間目」


「あー、サボってた」


「おいおい……」


『タイチ! 避けろ!』


「ん? ……おぉ!?」


 タイチは振り返り、高橋の手をカバンで払いのけた。


「なっ……なにすんだよ、タイチ!?」


「あー……はは、なんつーの? オレの背後に立つな、って感じ?」


「なんだよそれ……」


 訝しげな顔でタイチを見てくる高橋。


『タイチ。この高橋という男はキミの肩に手を乗せようとしていた。気をつけろ』


「よし。んじゃオレは帰るぜカズヤ。じゃあな」


「……おい、大丈夫かタイチ? おまえ今日ちょっと変だぞ?」


「変?」


「一日中やたらニヤニヤしてたし、ずっと手袋してるし、授業もサボるし……どう考えても変だろ」


「あー……なるほど。まー確かにそうだな。でもちょっと違うぜ。オレは『変』じゃなくて、『変わった』んだ」


「変わった……?」


『おい、タイチ。余計なことは言うなよ』


「わかってるよ。大丈夫だって」


「タイチ、なにブツブツ言ってんだおまえ……?」


「なぁ、カズヤ。オレ、今さ……」


 タイチは楽しくて仕方がない、というように言った。


「異世界を渡って魂を飲み込んでいくタイプのガチな邪神やってるけど、何か質問ある?」

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