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邪神  作者: 霧島樹


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58/110

058「悪魔」

 処刑台の周囲は増援の騎士たちに囲まれ。

 民衆の人垣も最初にいた騎士たちに押され、離されている。


「どうするつもりだ、リオナンド」


 クロードが問う。

 司祭を抱え、泰然と佇むリオナンドは遠く、町の出口を見つめながら言った。


「もちろん……逃げますよ」


「どうやって……」


 言葉が終わる前にリオナンドが動き出した。

 クロードは民衆を背後にして立っている自分の方にリオナンドが向かってくると思ったのか、その場で即座に身構えた。


 しかし、リオナンドが向かった先は民衆の方ではなく――より騎士の増援が多い、処刑台の側面だった。


「なっ……リオナンド!?」


 クロードが驚愕に目を見開く。

 リオナンドはそれを横目で見ながら、トンッ、と処刑台から飛び降りた。


 その跳躍は人ひとり抱えているとは思えないほど軽やかで、そのまま宙に飛び上がっていくのではないかと錯覚するほど高く、長く滞空していた。

 しかしもちろん、彼の背中に羽が生えているわけでもなく。


 リオナンドはゆっくりと、周りを取り囲む騎士のひとり目掛けて落ちていった。

 そしてちょうど騎士の肩に足をついたと思った次の瞬間。


 リオナンドは騎士の肩を足の裏で蹴り、前方へ倒れ込むように移動しながら加速した。

 それは今までのどこか軽やかで体重を感じさせない緩やかな動きとは違い、力強く鋭い、迸る稲妻のような走行だった。


 おそらく今のリオナンドがしている動きは、この世界基準で見ても異常なのだろう。

 大勢の騎士たちがどよめき、驚愕し、まるで怪物でも見るかのような目でリオナンドを見上げ、恐れおののいていた。


 それでもこの怪物じみたリオナンドの動きに臆しない騎士たちが怒号を上げ、彼を捕まえようと手を伸ばすか、もしくは剣を高く掲げ始めるが――それらを全部見切っているのだろうか。


 リオナンドは凄まじい速度で人垣の上を走りながらも、腕や剣を高く上げる騎士の大多数を避け、たまに衝突しそうになると杖でそれらを軽く払いのけるだけで、次々と騎士たちを踏み台にしていった。


 そんなリオナンドの超人的な動きを見て誰かが『悪魔だ』と叫ぶと、恐怖を感じていた騎士たちの間から連鎖的に叫び声が上がり始めた。


『あ……悪魔……悪魔だぁああぁあ!?』

『うわああぁああぁ!? ほ、本物の悪魔だぁ!?』

『ひぃぃ! プレマドラの百人殺しは本当だったんだぁ!!』

『助けてくれぇぇええぇえ!!』

『嫌だぁぁああぁ!! 地獄にはいきたくないぃぃ!!』


 そして、恐怖は伝染する。

 最初に叫んだのは数人だったのが、またたく間に十数人に増え、十数人から数十人に増え、混沌の様相を醸し出していく。


 恐慌状態に陥った者をその周囲にいる騎士たちが落ち着かせようとするが、大声で喚き散らす人間を落ち着かせるのは至難の業なのだろう、混乱は広がるばかりだ。

 こうなれば、もはや人垣の上を風のように駆けるリオナンドを止められるわけもなく。


 リオナンドは騎士たちの上を駆け抜けて、騎士集団の端から飛び降り地面に着地した。

 直後、これまで以上の速度で疾走を始め――やがて衛兵の警備も突破し、町の外へと脱出していった。




 ○




 町の外へ出て、どれだけの距離を走っただろうか。

 リオナンドの走る速度は当初と比べ格段に落ちていた。

 息は荒く、足も時折もつれて倒れそうになっており、疲労困憊といった様子だ。


 肩に抱えている司祭はエナジードレインの影響で干からび、おそらく当初と比べ随分と軽くなっているはずだが、それでも疲労困憊のリオナンドにとっては負担が大きいだろう。


 追手の気配もないし、もう休んでも構わないのではないだろうか。

 そう考え、リオナンドにそれを伝えようとしたその時、フッと意識が闇に沈み始めた。


 よくよく考えたら、さっきまでがリオナンドの最後だと思い、今まで限界を超えて睡魔と戦っていたのだ。

 それを思い出した途端、抗いようのない強烈な眠気が高波のように押し寄せてきて……俺は意識を失った。




 ○




 次に目が覚めた時、リオナンドは怒号の飛び交う戦場にいた。

 戦場とはいえ兵士の戦う前線ではなく、後方にある負傷者が寝かされているテント群……野戦病院のようだ。


 どういう経緯でここに来たのかは不明だが、リオナンドは重傷者に治癒聖術を掛けていた。

 どこか途中で埋めたのだろうか、司祭はすでに抱えていない。


『リオナンド』


 俺が声を掛けると、リオナンドはハッと目開き驚きながらも、重傷者の治療は止めなかった。


「……お久しぶりです、フェイスさん」


『リオナンド、キミは……』


「わかっています。ボクが怪我人を治療すれば魂の渇望が進んで、いずれ暴走する。そして暴走はどうやっても止められない……それは前回で学びました。でも……でもボクは……!」


 リオナンドのひたいには玉のような汗が浮かんでいた。

 気がつけば、前回プレマドラの町で百人以上の人間をソウルスティールをしたにも関わらず、魂の渇望がギリギリまで進んでいる。


『リオナンド……』


「わかって、います……もうボクは、限界です。ここで切り上げないと、また多くの人を……」


 彼が治療していた中年の兵士は、リオナンドがブツブツとひとりで何か呟き始めたのを聞いて訝しげな表情をしていた。

 しかしやがて治療が終わるとそんなことは気にならなくなったようで、歓喜の涙を流しながらリオナンドに感謝してきた。


「ありがとう……修道士さん、本当にありがとうございます! 私はもう、ここで死ぬんじゃないかと……!」


「……お大事、に」


 リオナンドは絞り出すように言うと、流れる汗を拭いもせずフラフラと歩き始めた。

 魂の渇望に加え、体力も消耗しているせいだろう、右手の杖を歩行補助に使ってなんとか歩ける、という状態のようだ。


「お……おい修道士さん! おれも……おれの足も治してくれ!」


 しかし、そんなリオナンドの状態は命に関わる傷を負っている兵士には関係なく。片足の膝から先を失い、傷口を雑に包帯で巻かれた若い兵士が簡易ベッドの上で必死に叫ぶ。


「頼む! このままじゃ出血多量で死んじまう!」


「………………ごめんなさい」


 プレマドラの町で自分の限界を知ったのだろう、リオナンドは葛藤していたようだが、少し間を置いてから申し訳無さそうに謝り、そのまま立ち去ろうとした。

 だが若い兵士はそれを見て血相を変え、リオナンドの修道服の裾を掴んで引き止めた。


「ま、待ってくれよ! 助けてくれ! 助けてくれたら礼はするから! なんでもやるから!」


「……ごめん、なさい」


 リオナンドはもう一度呟くように謝ると、無理やり前へと歩き出した。

 若い兵士は血を失って指先に力が入らないのか、掴んでいた裾を容易く離してしまう。


「あっ……な、なんで……なんで……!?」


「…………」


「ひ……人殺し!!」


 若い兵士の言葉に、リオナンドが思わず立ち止まる。


「さっきのおっさんは助けて、おれは見殺しにするのか!? 人殺し! 人殺し! 人殺しぃぃ!!」


「……っ」


 リオナンドが悔しそうに歯を食い縛る。


『リオナンド、聞く必要はないぞ』


「……わかっています。もう二度と、プレマドラの町と同じことは……繰り返しません」


 再び歩き出したリオナンドを見て絶望したのか、若い兵士が泣きながら声を上げる。


「あ……あぁ……ああぁ……嫌だ……し、死にたくない……死にたくないよぉ……なんでこんな……どうして……ああぁあああぁああぁ……父ちゃん、母ちゃん……嫌だぁ……あぁああぁあああぁああ……嫌だぁー!! 誰かぁああぁああ!! 助けてぇええぇえええ!!」


 若い兵士が泣き叫ぶ。

 周囲にはリオナンドのほかにも治癒聖術を使う修道士や、医者らしき人々が怪我人の治療をしているが、泣き叫ぶ兵士のところには誰も行かず無視している。


 負傷者に対して明らかに治療者の数が少なく、まったく手が足りていないからだろうか。

 泣き叫ぶ元気がある兵士よりも優先度の高い負傷者が大勢いるからだろうか。

 いずれにせよ、泣き叫ぶ兵士の治療をする者はいないようだ。


 リオナンドは泣き叫ぶ兵士の声を背中に受けて、静かに涙を流していた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] リオナンドいろいろな方向から圧迫きてますね でも死ぬこともできないんだな、つらい
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