053「試練」
意識がゆっくりと、闇の底から浮上していく。
『火事だぁ!』
『なんでここまで燃え広がって……誰かいないのか!?』
声が聞こえる。しかし、目は開かない。
『な、なんだ? みんな、死んでる……うっ!?』
『おいどうした!? なにが……ぐっ!?』
バタリバタリと、離れた場所で人が倒れる音がする。
その直後、闇の中で小さな光がふたつ点滅した。
闇は『こちら側』の世界であり、小さな光は人の魂だ。
つまりそれは、宿主であるリオナンドが人を二名ソウルスティールしたことを意味する。
「ん……あれ……ボク、いつの間に寝て……」
『……起きたのか、リオナンド』
リオナンドが目を開けると、そこは教会の前にある通りだった。
教会は燃え尽き、周囲にある建物もみな勢いよく燃えている。
「え……えぇ!? か、火事!? なんで!?」
『俺も意識がなかったから詳細は不明だが、おそらくロウソクの火あたりが何かに引火したんだろう』
「な、なんで誰も消さないんですか!?」
『周囲に生きている人間がいないからな』
「え……?」
『何も覚えていないのか? キミは渇望の限界を超えて……』
「そ、そうだ! 団長は!?」
『…………おそらくは教会の中だろうが、しかし……』
「団長ぉ!」
リオナンドは俺の言葉を最後まで聞かずに、燃え盛る教会の中へ向かって走り出した。
『リオナンド……』
「団長……団長ぉ!」
炎と煙が立ち上る教会の中を、凄まじい速さでリオナンドが駆け抜けていく。
「団長!」
そしてリオナンドは教会の聖堂で倒れていた団長を見つけると、すぐさま腕に抱えて外へ飛び出した。
体にまとう聖気の効力なのか、それとも人並み外れた走力が起こした奇跡か、どうやらリオナンドは炎や煙の影響をまともに受けていないようだ。
「団長! しっかりしてください! 団長!」
『リオナンド』
「息してない……そ、そうだ、治癒聖術を……」
リオナンドは教会前の通りで団長を寝かせ、その体に両手をかざし始めた。
『リオナンド。彼はもう死んでる』
「で、でも治癒聖術を掛ければ!」
『もし仮に治癒聖術が死んだ人間さえも生き返らせることができるとしても、彼に関しては無理だろう。俺の経験上、ほぼ間違いなく彼は生き返らない』
「どうして!?」
『彼の魂はすでに俺の中にあるからだ』
「え……」
『周りをよく見ろ、リオナンド』
「周り……うわっ!?」
俺の言葉を聞いて周囲を見回したリオナンドは、通りで倒れている人々を見て驚いたように声を上げた。
「ひ、人がたくさん倒れてる……なんで……」
『魂の渇望が限界を超え、暴走したキミが手当たり次第にソウルスティールをした結果だ。みんな死んでいる』
「みんな……死んで……?」
『そうだ。死んでいる』
「は……はは……そんなこと、あるわけ……」
『…………』
「あ……そうだ……治癒聖術を、掛けなきゃ……」
リオナンドは俺の話を聞いていなかったかのように、再び両手を団長へとかざし始めた。
するとリオナンドの両手から仄かな光が放たれ、団長の体を包み込んでいく。
「団長……起きてください、団長……」
『…………』
「嘘だ……こんなの……だって……ボクは、司祭さまの言う通りに……」
『…………』
「神さまはちゃんと見てるって……だからボクは……」
『…………』
「嘘だ……嘘だ……嘘だ嘘だ嘘だ嘘だぁ!!」
『リオナンド……』
「こんなの……こんなの嘘だ……ぼ、ボクは何も、間違ってないのに……」
リオナンドがそう言って頭を抱え始めたところで、遠くの方から複数の声が聞こえてきた。
「おおーい! 誰かぁ! 生きてるヤツはいないか!」
「ダメだ! こっちも死んでる!」
「火消しは第二、第三部隊に任せろ! 第一部隊は奥に進め! 生存者を探すぞ! 気をつけろ! 未知の魔物がいるかもしれん!」
通りの向こう側から馬に乗った騎士たちがこちらへ向かい走ってくる。
リオナンドはそれを見て大きく手を振った。
「た……助けて! 助けてください! みんなぁ! 助けてぇ!」
「リオナンド!? 生きていたのか! ……団長!?」
こちらに近づいてきた騎士のひとりが馬から降り、団長の首に手を当てる。
「……死んでる」
「あぁ……ああぁ……助けて……誰か、団長を助けて……」
「リオナンド。団長に治癒聖術は掛けたのか?」
「掛けた……掛けたけど、動かなくって……」
「…………そうか」
「助けて……団長を……助け……」
「落ち着くんだリオナンド。……うちの騎士団にお前の治癒聖術を上回る術士はいない。お前が治癒聖術を掛けてダメだったのなら、それはもう手遅れだったということだ」
「そん……な……」
「しっかりしろリオナンド!」
騎士はリオナンドの両肩を掴んで言った。
「いいか! 今は人手が足りない! 団長を弔うつもりがあるのなら、今はひとりでも多くの人間を助けるんだ! リオナンド!」
「ひとりでも、多くの……」
「そうだ! お前の治癒聖術で……うっ……!?」
「クロードさん!?」
「いや……なんでもない。少し、目眩がしただけだ……」
クロードと呼ばれた黒髪の騎士は自分の頭に手を添えると、その鋭い眼光でリオナンドを睨みつけながら叫んだ。
「行け! リオナンド! 団長なら絶対に、お前がここで立ち止まることは望まない! 団長の思いに応えてみせろ!」
「は、はい!」
「リオナンド、生きてる人間を探せ! 脈がない人間に治癒聖術を掛けても意味がない!」
「わかりました!」
リオナンドは立ち上がり、通りを騎士たちとは逆方向に走り始めた。
「誰か! 誰か生きてませんか! 誰か!」
『リオナンド』
「な、なんですかフェイスさん!? ボクは今忙しいんです! ひとりでも多くの人を助けないと……!」
リオナンドはそう言いながら通りに倒れている人々の生死を確認していく。
「ダメだ……この人も……この人も死んでる……」
『リオナンド。この通りに倒れている人間は全員死んでいる』
「なぜそんなことがわかるんですか!?」
『キミがソウルスティールできる範囲は俺が人の魂を感知できる範囲でもあるからだ』
「人の魂を感知?」
『そうだ。キミの場合はソウルスティールの射程が約五十メートルだから、その距離内だったら俺は人の生死が判別できる』
「え……」
『さっきも言ったが、この通りで倒れている人間は全員死んでいる。少なくともキミの目に見える範囲では』
「う、嘘だ……だって、こんなに沢山……」
『嘘じゃない。俺はキミに対して今まで一度も嘘を言っていない』
「嘘だ……嘘だ……そうだ、これは試練なんだ……司祭さまだって言ってた……試されてる……ボクは試されてるんだ……」
『…………』
「誰か……誰か生きてるはずだ……誰か……」
リオナンドはそうブツブツと呟きながら、通りで倒れている人々の生死を確認していく。
だがもちろん生存者はひとりもいない。
「あ……あぁ……この人も、この人も……死んでる……みんな、死んでる……」
『リオナンド……』
「こんなのって……こんなのってないよ……母さんも、父さんも、団長も死んで……試練って……なんで……そんなの……うっ!」
リオナンドは足元にあった女性の死体につまずいて、地面に倒れた。
「ご、ごめんなさい! ごめんなさ……あ……」
『どうした?』
「教会の……エンブレム……」
リオナンドは仰向けに倒れている女性の手を見て言った。
女性の手には、丸い金属板の中心に小さな五芒星が描かれているネックレスが握られていた。
「あ……あは……あはは!」
『……リオナンド?』
「そっか……あれ、本当だったんだ……」
『何がだ?』
「ボク……十歳の時に、家が強盗に襲われて……」
『…………』
「その強盗が言ってたんだ……『神なんかいない。お前は運が悪かっただけだ』って……」
『……そうか』
「ボク……今まで騙されてたんだ……神さまなんて、いなかったんだ……でなきゃ、おかしいよ……こんなの……だから……」
リオナンドはそう言いながら立ち上がり、フラフラと燃え上がる民家に向かって歩き始めた。
「だから、もう……いいよね……」
『…………』
「もう……疲れたから……ボクは……」
「――リオナンドぉ!!」
「うぐっ!?」
リオナンドの体が後ろへと引っ張られる。
そして仰向けに倒れたリオナンドを、クロードと呼ばれた騎士が見下ろしながら怒鳴った。
「なにやってんだ! 死にたいのか!?」
「死にたいです……」
「……なに?」
「ボクのせいなんです……火事も、みんなが死んだのも……全部……」
「……それはどういうことだ?」
「ボクは……ボクには、邪神が宿ってて……」
「邪神? ……よくわからないが、詳しい話はあとで聞く。向こうで待っていろ。まずは人命救助と火災をなんとかするのが先決だ」
騎士クロードはそう言って、近くの馬に背負わせている荷物から一本のロープを取り出した。
「……その間に血迷われても困るからな。拘束するぞ」
「……はい」
そしてリオナンドは拘束され、事態が収束するまで放置されることになった。
◯
次に俺が目を覚ますと、リオナンドは牢屋で手足を鎖に繋がれ拘束されていた。




