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邪神  作者: 霧島樹


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52/110

052「選択」

 そして数分後。


『これは……驚いたな』


 絶体絶命かと思われたリオナンドは、何匹もの狼型の魔物……グリードウルフに襲われながらも、ケガひとつなく生き残っていた。


「なにがですか?」


『いや、キミがここまでの達人だとは思わなかったからな』


「達人……」


 リオナンドは会話をしている最中も手に持つ杖と全身を使ってグリードウルフを避け、躱し、叩き、捌き、受け流していく。


「……達人なんかじゃ、ありませんよ」


『なんと……この世界では、キミぐらいの人間は普通だと?』


「わかりません。ボクは田舎者ですから。でも、ボクは達人なんかじゃないです」


『…………』


 田舎者で比較対象があまりいないのに『達人じゃない』と断言する辺りちょっと意味がよくわからないが、今はグリードウルフの相手が忙しそうだからツッコミはあえて入れない。


『ふむ……それにしてもジリ貧だな。いくら無益な殺生はしない方針とはいえ、やはりこの場を不殺で乗り切るのは不可能なんじゃないか?』


「そうでしょうか……」


『ああ。むしろ致命傷を与えられないからこそ、このグリードウルフとやらがドンドン大胆になってきているような気さえするぞ』


「……確かに」


 リオナンドは小さくため息をつくと、手に持つ杖を大きく振りかぶった。


「仕方がありません。……ごめんなさい!」


 リオナンドがそう言うと一瞬視界がブレて、近くにいた一際大きなグリードウルフの首が明らかにおかしな方向へと曲がった。


「ガルル!?」


「ガルルル……!?」


 周囲にいたグリードウルフたちが警戒しながらリオナンドと距離を取る。


「……ボクは、食べられないよ」


 リオナンドはそう言いながら再度、杖を構えてグリードウルフたちを見回した。


「ガルル……」


「ガルルルル……」


 だがグリードウルフたちは言うことを聞かず、またジリジリとリオナンドに向かい距離を詰め始めた。


「…………」


 それに対しリオナンドは少し身をかがめた。


 すると今度は連続で視界がブレて、次の瞬間グリードウルフが次々とリオナンドの杖に打ちつけられて宙を飛び始めた。


『お……おお……』


 強い。

 リオナンドがあまりにも強い。

 尋常じゃない強さである。


『リオナンド』


「はい」


『最初からこうしておけば良かったんじゃないか?』


「……そうかもしれません」


 そして数分後。

 さんざん森の木に叩きつけられたグリードウルフたちは、キャンキャンと情けない鳴き声を上げながらその場から逃げ出していた。


「…………」


 それからリオナンドは自分が首の骨を折って殺したグリードウルフに黙って両手を合わせると、そのまま右肩に担ぎ上げた。


『その死体はどうするんだ?』


「あとで食べます」


『食べるのか……』


「はい。無益な殺生はよくないですから。命を奪うのならば、余さず糧とするのがベネボラ教です。あ、でも人はダメですよ? 殺すのも食べるのも」


『それは言われずともわかるが……』


 そもそも正当防衛の場合は無益な殺生に入らないのではないだろうか。


『しかし、キミが意外と強くてビックリしたぞ』


「そうですか?」


『ああ。戦う前に殺さないようなことを言っていたのに、案外アッサリ殺すしな』


「うっ……ごめんなさい……あの時はあれが最良だと思ったんです……」


『別に謝る必要はないだろう。至極まっとうな正当防衛だ』


 まあそれでも、リオナンド自身があれだけ強いのであれば一匹殺して追い払おうとせずとも、普通に追い返せたような気もするが……まあ、リオナンドだからな。


 ここ数日見ているだけでも色々とツッコミどころに溢れる少年だ。

 基本ガバガバなのだろう。


 個人的にそういった人間は嫌いじゃない。

 俺としてはむしろ親近感がわく。


『残念だ……』


「え、どうしたんですか、急に」


『キミが俺の言うことを多少なりとも聞いてくれるのであれば、俺とキミは良いパートナーになれると思うんだが……』


「ご、ごめんなさい……」


『いや、気にしなくていい。こればっかりは仕方のないことだ。ところでリオナンド』


「はい?」


『すまないが俺は眠い。寝るぞ』


「え? あ、はい……えっ!? またですか!?」


『これでも長く起きてる方だ。普段はもっと短いし、寝てる間隔も長い』


「そ、そうなんですか……」


『そうなんだ。おやすみ、リオナンド』


「おやすみなさい、フェイスさん……」


 俺は寂しそうに呟くリオナンドの声を聞きながら、意識を深い闇の中へと沈み込ませていった。







 ◯







 それから数時間後。

 俺はリオナンドに異常を感じて目を覚ました。


「う……」


『……リオナンド?』


「おい、どうしたリオナンド?」


 街で『団長』と呼ばれていた短髪の男がリオナンドの顔を覗き込んでくる。


「大丈夫です……ちょっと、立ちくらみが……」


「立ちくらみ? 治癒聖術の使いすぎか?」


「わかりません……いつもだったら、これぐらいはなんてことないんですけど……」


「リオナンド……」


「……すみません、団長。なんかボク、すごく喉が渇いて……お水、飲んできてもいいですか?」


「ああ、わかった。……いや、待て。水は俺が持ってくる。お前はここで待ってろ」


 団長はそう言うと、リオナンドの返事も聞かずに部屋から出て行った。


『リオナンド』


「あ……フェイスさん、起きてたんですね……」


『今さっきな。それはともかくリオナンド。ここはどこだ?』


「ここは……プレマドラっていう町にある教会内部の一室です」


 リオナンドいわく、俺が寝たあと彼はこの町に辿り着いたのだが、そこでちょうど町の周囲を警戒していた団長と出会ったらしい。


「最近この町の周辺にグリードウルフの目撃情報が多いらしくて、それで……」


『ちょっと待ってくれリオナンド。話の途中ではあるが、もうそろそろ団長が戻ってくる。だから色々とすっ飛ばして結論だけ言わせてもらう』


「え、あ、はい……?」


『彼らを治すのはやめた方がいい』


 リオナンドの前には四つのベッドがある。

 そしてそのベッドにはそれぞれ手足に重軽傷を負っている男たちが横たわっていた。


「……なぜですか?」


『それは……』


「待たせたなリオナンド」


 説明しようとしたところで、団長が水瓶とグラスを持って戻ってきた。


「水だ」


「あ……ありがとうございます、団長」


「俺にはこんなことぐらいしかできないからな」


『リオナンド。俺に返事はしなくていいからそのまま聞いてくれ』


「はい。……あ」


「……リオナンド?」


「な、なんでもないです!」


『…………まあ、できる限り返事はしないようにしてくれ。いいかリオナンド。キミは今『魂の渇望』が始まっている。これは通常ではありえないことだ。なぜなら俺が寝る前はまだまだ渇望が始まるまで猶予がある状態だったからな』


「…………」


 無言でコクコクと頷くリオナンド。


『通常、魂の渇望は一定期間、人間の魂をソウルスティールしなかった場合に始まるのだが……宿主によっては一定の言動、行動によって渇望までの時間が長くなる、もしくは短くなることがある』


「…………」


『そして現状から推測するに、キミはおそらく『治癒聖術の行使』もしくは『救済行動』によって渇望までの時間が短くなるタイプの宿主だと思われる』


「そ、そんな!?」


『落ち着けリオナンド。とりあえず今のキミはひとりで百面相をしながらブツブツ言ってる不審者だ。頭の病気を疑われたくなければ今すぐ部屋から出てくれ。もう少し詳しく話がしたい』


「それは……ダメです」


『なぜだ? 事の重大さは理解してもらえたはずだが?』


「ボクが早くケガを治さないと、この人たちは……」


 リオナンドはそう言いながらベッドに横たわる男たちに視線を落とした。

 それぞれ足や腕を欠損しており、傷口をキツく縛られて止血されている。

 息は荒く発汗しており、なるほど、多少の問答ならともかく、部屋の外に出て長話をできるような時間的猶予はないのかもしれない。


『リオナンド。キミの言いたいことはわかるが、キミの行動選択によって全人類の命が……』


「ごめんなさい。聞けません。ボクは司祭さまとの約束を守ります」


『…………そうか』


「おいリオナンド……お前、本当に大丈夫か?」


 団長が横から訝しげな表情でリオナンドの顔を覗き込んでくる。

 リオナンドはそんな団長に対し、手に持つグラスの水を一気に飲み干してから言った。


「ボクは大丈夫です。お水、ありがとうございました。さぁ、治療を続けましょう」


『リオナンド……俺はもう活動限界だ。これ以上は意識を保っていられない』


「…………」


 リオナンドは俺の言葉を無視しながら、負傷者の傷口に治癒聖術を使い始めた。


『キミがこのまま負傷者の治療を続けるのならば、場合によってはこれが俺とキミの最後の会話になる可能性がある。だからそのつもりで、ひとことだけ言わせてくれ』


「…………」


『すまなかった』


「…………え?」


『以上だ』


「……フェイスさん?」


 リオナンドが呼びかけてくるが、もはや俺に返事をする力はない。

 俺はそのまま抗いようのない、深い闇の中へと意識を沈み込ませていった。

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