051「街道」
昼過ぎ頃。
俺が目を覚ますと、リオナンドは左右に木々が生い茂っている街道をひとりで歩いていた。
森の中にある街道、と言い換えた方がわかりやすいかもしれない。
『おはようリオナンド』
「あ……おはようございます、フェイスさん」
木製の杖を右手に持ち、街道をトボトボと歩くリオナンドの声は疲労感が滲み出ていた。
『どうしたんだ? 大分疲れている様子だが』
「実は……昨日の夜、あれから司祭さまに事情をすべて話したんですけど……そしたら、街を出て行かなければいけないことになって……」
それからリオナンドは昨日の夜から今日の昼までに至る経緯を説明し始めた。
リオナンド自身が疲れているせいか、その話は非常に長くてわかりづらかった。
『……なるほどな』
一通りリオナンドから話を聞き終わったあと、俺は頭の中で今聞いた話の要点を時系列順にまとめた。
・リオナンドは俺のことを正直にすべて教会の司祭に話した。
・草木でエナジードレインの能力を証明した結果、司祭はリオナンドに取り憑いている俺のことを悪魔だと断定。
・ただしリオナンド本人の味方である司祭は、教会の異端審問官に見つかったら処刑されるであろうリオナンドを説得の末、街から逃がした。
・そして今現在リオナンドは『神の奇跡をその身に宿している』と言われる聖女という存在に会うため、はるか東にあるアポスオリ聖国へと向かっている。
『……その聖女と呼ばれる人間に会えば、俺を消すことができそうなのか?』
「わかりません。でも、可能性はあると、司祭さまは仰っていました」
『可能性はある……か。随分と正直な司祭だな』
「ご、ごめんなさい……」
『いや、謝る必要はない。無責任な発言で宿主であるキミに期待をさせないだけ、俺にとっては好ましい人物だ』
「…………」
『どうした?』
「……フェイスさんは、優しいですね」
リオナンドはそう言って力なく笑った。
『俺はただ単に感想を述べただけなんだが……しかし、キミは本当に危ういな』
「危うい?」
『ああ。もし俺が本当に悪魔だったとしたら、キミは簡単に騙されて思惑通りに操られるだろうな』
「……ボクは、操られません」
『当然だ。俺は悪魔じゃないし、キミを操るつもりもない。忠告はさせてもらうが、それを聞くか聞かないかもキミの自由だ』
「…………」
『ただし、これだけは言っておくぞ。俺が今まで話したことはすべて真実であり、嘘じゃない。そして俺の忠告を無視した宿主は、その大抵が不幸になる』
「大抵が……ってことは、不幸にならない人もいるんですか?」
『ごく稀にな』
「教えてください。その、不幸にならなかった人のこと」
『……長い話になるぞ?』
「構いません。お願いします」
『そうか。わかった』
俺は前回の宿主であるタイチのことを話し始めた。
もちろんすべてを順序立てて話していたら日が暮れてしまうので、要点だけを掻い摘み、なるべくリオナンドが邪神の能力や宿主の立ち回り方について学べるよう意識して話を進めていった。
◯
「そう、ですか……タイチさんは、幸せな最後を迎えたんですね……」
『ああ』
「……やっぱり、ボクは司祭さまが言うように、フェイスさんが悪魔だとは思えません」
『当然だ。俺は悪魔じゃなくて邪神だからな』
「はい。良い邪神さんだと思います」
『良い邪神さんか』
それはもはや邪神と言えるのだろうか。
「でも……ごめんなさい。ボクは司祭さまと約束したんです。フェイスさんの言うことは聞かない、って」
『……そうか』
「ごめんなさい……」
『いや、頭の中で聞こえてくる怪しい声より、目に見える近しい人間の言うことを聞くのは当然のことだ』
「フェイスさん……」
『……少し話しすぎたな。眠くなった。俺は寝る』
「あ……はい」
『おやすみ、リオナンド』
「……おやすみなさい、フェイスさん」
俺はどこか寂しそうに言うリオナンドの声を聞きながら、深い闇の中へと意識を沈めていった。
◯
それから約六時間後の夕方。
俺は通常時とは異なるリオナンドの動悸を感じて目を覚ました。
周囲は相変わらず森の中だが、昼間とは違い木々が黄昏色に染まっている。
『……どうした、リオナンド』
「どうやら囲まれてしまったようです」
『囲まれてしまった?』
意識を集中して、魂の波動を感じ取る。
現在リオナンドの射程、感知距離は約五十メートルだ。
つまりそれは俺自身の感知距離も約五十メートルだということを意味する。
『……人間ではないな。獣か。数は二十六……いや、二十七だな』
「わかるんですか?」
『わかる。人間以外の魂は難易度が高いが、キミも慣れれば感知できるようになるだろう。……慣れるまで生きていれば、の話ではあるが』
「えぇ……ひどいです。長生きする予定ですよ、ボクは」
『ならばソウルスティールを使って現状を打破するといい。相手が獣でも魂の奪取は有効だからな』
「使いません。ベネボラ教では無益な殺生を禁じています」
『ならばどうやって生き残る。言っておくが、この現状は能力を使っても打破できるかどうか、という危機だと思うぞ』
周囲からは強い飢餓と殺意の波動を感じる。
森の草木に隠れこちらの様子を窺っている獣たちは、おそらく肉食獣だろう。
『たかだか人間ひとり、一斉に襲い掛かられたらひとたまりもない。どうやって能力を使わず現状を打破する?』
「なんとか、わかってもらいます」
『わかってもらう? なにを……』
俺がそこまで言うと街道の前方、リオナンドから五メートルほど離れた場所に一匹の黒い獣が現れた。
高さ一メートル、全長二メートル以上はあるだろう巨大なオオカミに似た獣だ。
「グリードウルフですね」
リオナンドがそう言った瞬間、左隣にある草むらから黒い獣……改めグリードウルフがこちらに向かって飛び掛かってきた。
どうやら一匹が前方に注意を向けさせて、もう一匹がその隙に隣の草むらから獲物を奇襲するという作戦のようだ。
だがその奇襲はリオナンドには通じなかった。
「――ごめんね」
襲い掛かってきたグリードウルフがキャン! という情けない鳴き声を出しながら街道を転げ回る。
リオナンドが体を反らして奇襲を回避しながら、右手の杖でグリードウルフの鼻っ柱を強打したのだ。
『リオナンド、今のは……』
俺が今の動きについて聞こうとした直後、周囲の草むらからリオナンドを囲むように次々とグリードウルフが飛び出してきた。
「ボクは、食べられないよ」
リオナンドは静かに言って杖を構えた。
グリードウルフはそんなリオナンドの周りを取り囲み、ジリジリと距離を詰め……次の瞬間、一斉に襲い掛かってきた。




