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邪神  作者: 霧島樹


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050「人生」

 団長と話したあと、自分がおつかいの途中だと思い出したリオナンドは、駆け足で街の小さなパン屋らしきところへと入っていった。


「なんだい、リオ坊。今日も黒パンかい?」


「はい!」


 リオナンドの返事を聞いた店番の老婆は、硬そうな黒パンが複数入った袋とは別に、白くて丸いパンを一つ、小さな袋に入れてリオナンドに手渡した。


「これはサービスだよ。持ってきな」


「あ……ありがとうございます!」


「バカ正直に持って帰るんじゃないよ。帰る途中で一人で食べな」


「いえ! 教会のみんなと一緒に食べます!」


「みんなと一緒にって……それじゃひとカケラぐらいしか食べられないじゃないか」


「ええと……でも……」


「なんだい?」


「ひとカケラでも、一人で食べるより、みんなで食べた方がおいしいですから!」


「…………」


 目つきの悪い老婆はリオナンドから白いパンが入ってる袋を取り上げると、小さくため息をついた。


「あっ……」


「ったく、本当だったらアンタ、贅沢な暮らしができる身分だったろうに……全部失って、どうしてそんな風に笑えるんだか……」


 老婆はブツブツと呟きながら、小さな袋に入ってる白パンを大きな袋に入れ替えた。


「アンタんとこの孤児院は今、六人ぐらい預かってたっけね」


「あ、はい、そうですけど……」


「言っとくけど、今回だけだよ。こんなサービスするのはね」


 老婆は大きな袋に追加で七つ白パンを入れると、「ほれ」と言いながらリオナンドにその袋を渡した。


「わっ……こんなに……!?」


「司祭のジジイの分まで入れといたからね。ちゃんとアンタも食べるんだよ」


「え?」


「ジジイが言ってたよ。『リオナンドは隙あらば自分のパンを子供にこっそり与えてる』ってね。……アンタ、そんなにウチのパンが嫌いかい?」


「そ、そそそんなことないです! 大好きです!」


「じゃあちゃんと自分の分は、自分で食べな。……ったく、アンタ朝から晩まで働いてるんだから、しっかり食べないと倒れるよ」


「ご、ごめんなさい……」


「怒ってるんじゃないよ。無理はしなさんなって言ってるんだ」


「あ、それなら大丈夫です!」


 リオナンドは元気よく言って自分の胸を叩いた。


「ボク、健康には自信が……」


 と、そこまで言ったところで、グオオオオオオウ、という謎の異音がリオナンドの腹から聞こえてきた。


「……なんだい、今の竜が鳴いたみたいに凶悪な音は。まさかアンタの腹の虫が鳴いたのかい?」


「あ……あはは……そうみたいですね……」


「……確かに、健康は健康みたいだね」


 老婆は立ち上がり机の上にある缶を開けてクッキーらしきものを一枚取り出すと、おもむろにリオナンドの口へとそれを押し込んだ。


「んまむっ!?」


「食いな」


「むぐ……もぐ……あ……ありがとうございます……」


「ふん……いいかい、こんだけサービスしてるんだから、他の店なんか行くんじゃないよ」


「は、はい!」


「……どうしても腹が減って我慢できない時は、ウチに来な。残りもんのパンぐらいならサービスしてやる」


「はい! ありがとうございます!」


 そのあとリオナンドは老婆に何度も礼を言って、白パンと黒パンの袋を嬉しそうに抱えながら小さなパン屋を後にした。







 ◯







 教会に戻り、掃除や畑仕事、子供たちの世話や夕飯作りなど一連の仕事を終えたリオナンドは夜、礼拝堂で神に祈りを捧げていた。


『リオナンド。背後から人が近づいてきている』


「背後から人?」


 俺の言葉を聞いてリオナンドが後ろを振り向くと、そこには頭のてっぺんが薄くなった銀髪の老人が立っていた。


「あ、司祭さま……」


「リオナンド。今日も一日お疲れさま」


 丸い銀縁メガネと穏やかな笑顔が印象的な司祭はそう言って近くにある長椅子に腰を掛けると、小さくため息をついて教会の天井を見上げた。


「ふぅ……最近はこの時間になるともうくたびれてしまってな。まったく、歳は取りたくないものだ」


「お疲れさまです。よろしければ、治癒聖術を掛けましょうか?」


「はは、いやいや、さすがにこんなことで治癒聖術を掛けてもらうことはできんよ。気持ちだけ受け取っておこう。ありがとうリオナンド」


「いえ……」


「リオナンド」


 司祭は穏やかな笑顔のまま、リオナンドの目をジッと見つめて言った。


「キミは……私に何か、言うことがあるんじゃないかな?」


「えっ……ど、どうして……」


「いつもと違って、今日はなんだか変だったからなぁ。子供たちに触れることを異常に避けたり、時折『何かの』音を聞くような素振りを見せたり……」


「それは……」


『……仕方がないな。リオナンド、ソウルスティールや俺のことは伏せて、エナジードレインのことだけを話すんだ』


「でも……それは嘘をつくことになります」


『おい、俺の声に直接反応するんじゃない。怪しまれるだろう』


「あ、すみません……」


「……リオナンド?」


 傍から見るといきなり宙に向かって独り言を呟き始めたことになるリオナンドに対し、司祭は怪訝そうな視線を向ける。


『いいか、リオナンド。キミはなぜかあまり俺のことを深刻に考えていないようだが、他の人間にとって邪神の呪いを背負ったキミは、おそらくキミが思っている以上に深刻で、凶悪な、害ある存在だ』


「はい」


『だから事と次第によっては、今ここで邪神の呪いや俺のことを正直に話した場合、キミは明日にでも捕まり、牢屋に入って、安定したソウルスティールができなくなり……この世界は滅亡だ。それはわかるな? わかったなら余計なことは話さないでくれ。ああ、返事はしなくていいからな』


「でも!」


 リオナンドは静かに、強い意志を感じさせる低い声で断言した。


「嘘は、よくないです」


『……今の話を聞いていたか? 世界が滅亡するんだぞ?』


「世界の滅亡に関してはよくわからないですけど……ボクは、司祭さまに嘘をつきたくありません」


『…………嘘というよりも、『世界を守るためにすべてを話さないだけ』、という考え方はできないか?』


「……ごめんなさい、ボクは、司祭さまに隠し事はできません」


『…………』


 ……ダメだな。

 昨日から薄々感じていたことではあるが、今回の返答で確信した。


 今回の宿主であるリオナンドは、残念ながら俺の宿主としての適性がない。

 おそらく長生きはできないだろう。


「リオナンド、さっきから何を……誰かと話しているのか?」


「司祭さま……ええっと、これは、その……」


『わかった、リオナンド。キミのしたいようにしてくれ』


「えっ……いいんですか?」


『いいんですかも何も、キミがそう決めたなら仕方がないだろう。俺にキミの意思を変えさせるような力はないからな』


 例外として、宿主に対し『魂の同化』を使うという手もあるが……あれは基本的に有能な宿主に対する『脅し』のようなものであって、疲労度などのことを考えると実用性はあまりない。

 実際に使うとしたらそれこそ、特殊な状況下で俺自身が『終わらせる』時ぐらいだ。


 リオナンドに関しては……残念だがこの先、俺が忠告や助言を繰り返してもそう遠くない未来に『終わる』だろうと思われる。


 だとしたら、残された短い人生を俺の小言でかき回すのは忍びない。


『リオナンド。俺はキミの意思を最大限、尊重する。これからも忠告はさせてもらうが、それを聞くか聞かないかはキミの自由だ』


「フェイスさん……」


『……おやすみリオナンド』


 俺はリオナンドに対し一方的に就寝の挨拶をしたあと、例のごとく意識を深い闇の中へと没入させていった。

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