005「物語」
また電車で駅を三つ移動して、住宅街に入る手前。
タイチは道路脇にある自販機の前で立ち止まった。
『どうした? タイチ』
「いや、住宅街の中に入ってからブツブツ言ってんのが誰かに見られたら、また移動しなきゃならないんだろ? だったら聞くことはここで聞いておこうと思って」
『タイチ……やはりキミは素晴らしい。俺が言う前にそこに気付くとは』
「はいはい、もういいよそういうのは。褒めて伸ばす方針なのか知らねぇけど、この程度で褒められるとバカにされてる気しかしないぜ」
『本心なんだが……まあいい。それならここでソウルスティールのやり方を教えよう。とはいえ、魂の気配を感知できるようになったキミならすぐに感覚は掴めるはずだ』
「前置きはいいから早く教えてくれ。かったりぃ」
『せっかちだなキミは。急いては事を仕損じるぞ?』
「お前と違ってオレの寿命は有限で貴重なんだよ」
『……そうだな。確かにそうだ。人の命は儚く短い。わかった。ここからはなるべく簡潔に言おう』
「それさっきも聞いた。早くしてくれ」
『ではやり方だけ教えるぞ。まだ実践はしなくていいからな』
「了解」
『まず手順としては、魂の気配を探って目標を感知する。感知できたら右手に意識を集中して、磁石を別の磁石で引き寄せるようなイメージで、目標の魂に向かって『来い』と念じる。それでソウルスティールは完了だ』
「予想以上に短くて簡潔だな。なんなら今までの前置きの方が長かったけど」
『細かいことは気にするな。では早速、住宅街へと向かうぞ』
「いや、別にもうここでやればいいんじゃねぇの? 自販機の裏に家あるし」
『ダメだ。その家の住人は三十代の女性と生後間もない赤ん坊だからな』
「え、なんでわかんの?」
『俺はキミが魂を感知できる範囲内であれば常時、他の魂を感知することができる。そして魂の感じから性別と大体の年齢もわかる』
「へぇ……」
『キミも慣れれば同じことができるようになる。要訓練だな』
「そっか。わかった。んで女性と赤ん坊はソウルスティールしちゃダメな理由は、心臓麻痺で死ぬには不自然だからって理由か?」
『そういうことだ。よくわかったな』
「さっき高齢者が心臓麻痺でどうの、って話をしてたからな。そりゃわかるよ。じゃあアレか、これからオレはなるべく高齢で、今にも死にそうな老人をターゲットにソウルスティールしていく感じ?」
『キミは本当に察しがいいな。その通りだ。理想としては百歳を超える男性の老人だが、人口比率としてその条件に合致する老人は非常に少ない。だから基本的には八十歳以上の男性老人を探し、見つけたらソウルスティールすることになる。無論、高齢であればあるほど望ましいのだが』
「八十歳以上って、それでも探すの大変じゃん……」
『キミが住宅街を歩き回ってくれれば、探知は俺がする。その際はなるべく家の塀に寄ってくれるとありがたい。なにしろ今のところ魂を感知できる距離は十メートルほどだからな』
「今のところってことは……」
『個体差、そして例外はあるが、ソウルスティールは繰り返すごとに感知距離と射程距離が伸びていくのが通常だからな』
「マジか。そりゃテンション上がるな」
『あとは……そうだな、キミがソウルスティールをする前に言っておくことがある。もしかしたらキミにはいらない情報かもしれないが』
「だからそういう前置きはいらないって。んで、なに?」
『俺が今まで取り込んできた魂はすべて俺の中で生きている。これから取り込む魂もそれは同じだろう。だから、ソウルスティールで死んだ人間も完全に消えてなくなるわけじゃない』
「…………」
『それを忘れないでくれ』
「……それって、もしかして『だから必要以上に罪を意識しなくてもいい』って意味で言ってんの?」
『俺はただ事実を言ったまでだ。それをどのように受け取るかは任せる』
「はぁ……そうかよ」
タイチはポケットに入れていた財布から小銭を取り出し、自販機に投入した。
そしてタイチが選択した飲み物は、温かい甘酒だった。
「なんつーか、残念だな」
『残念?』
「ああ。お前ってなんか、邪神っぽくねぇんだもん」
『…………』
タイチは手に持った甘酒をチビリチビリと飲みながら言った。
「オレは無神論者で、邪神とかも元々信じちゃいないような人間だけど、それでも邪神ってのがいたら『こういうのだろうな』ってイメージぐらいはあるよ。そのイメージからするとさ、お前ってなんか違うんだよな。異世界を渡って魂を飲み込んでいくってとこまではいいんだけど」
『……昔、俺を邪神にした奴も似たようなことを言ってたな』
「お前を邪神にしたヤツ?」
『そうだ。俺も昔はキミのように、現代日本に生きるごく普通の高校生だった。その時の友人のひとりに、やたらと邪神に対して思い入れの強い奴がいてな。邪神を題材にしたネット小説を読んでは、『こんなの邪神じゃねぇよ』と嘆くような奴だった。邪神にはもっと、救いようのない悲劇が必要だとな』
「ふぅん……」
『そしたらある日そいつが突然、『自分で自分が思う邪神の小説を書く』とか言い始めてな。俺はそれを他人事のように聞いていたんだが、次の日、目を覚ましたら……』
「自分が邪神になってた?」
『そうだ。何がどうなって、なぜ俺が邪神になったのかはサッパリわからないが、そいつが俺をモデルに主人公を書いたとか言ってたから、俺は間違いなくそいつの小説が原因だと考えている』
「なるほどね。始まりは世にも奇妙な物語的な感じか」
『ありていに言ってしまえばそうだな。今考えると、あの小説をデータ消去せずに途中の段階で書き直す、もしくは完結させればこんなことにはならなかったんじゃないかと思っている』
「他の人間に書いてもらうか、もしくは自分で一から書き直せばいいじゃん」
『俺が今までにそれを試さなかったと思うか?』
「あー、ダメだったんだ?」
『当然のようにな。俺が思うに、おそらく俺はもう始まってしまった連載小説と一緒なんだ。完結するまで終わることができない。だから俺は、俺という物語を完結させたい。それがたとえどんな形になろうとも。千年以上続く物語なんて、惰性以外の何物でもないだろう?』
「いや、それはわかんねぇよ? もしお前の人生が小説だったら、もしかしたら今までの千年以上は全部書かれないで千年後から物語が始まってることになってるかもしれないじゃん。そしたらまだ始まったばっかだから、当分の間は終わらないだろ」
『…………その発想はなかった。もしそうだとしたら、こんなにひどい話はない。この話は忘れることにしよう』
「うわぁ、出たよ。都合の悪いことは直視しないタイプだ」
『なんのことかな。俺にはよくわからないが。それはともかくとして、早くソウルスティール対象者を探しに行くぞ。俺が見つけたら言うから心構えをしておいてくれ』
「話題変えるの下手くそかよ。ウケるんだけどお前」
『計算通りだ』
「嘘つけよ。天然だろお前」
『人工物ではないという意味ではその通りだな』
「つまんねぇ」
『ひどいなキミは』
俺とそんなやりとりをしながら、タイチは住宅街へと向かって行った。