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邪神  作者: 霧島樹
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049「聖職」

 新たな宿主リオナンドに取り憑いた夜から場面は飛んで、次の日。


 俺が昼過ぎ頃に目を覚ますと、リオナンドは複数の子供に町中を追いかけまわされていた。


『リオナンド、なにごとだ?』


「あ、フェイスさん起きたんですか? おはようございます」


『おはよう。それで、これはなにごとだ?』


「ああ、これはですね、遊び盛りの子供たちに『遊んで』と追いかけられているのです。ただ今はボク呪われていて子供たちの相手ができないので、逃げている最中です」


 リオナンドは結構な速さで走りながらも、息を切らさず普通に喋っていた。


『ふむ……足の速さといい、心肺能力といい、普通の修道士とは思えないな。普段から何か鍛錬をしているのか?』


「鍛錬ですか? ええと、普段から畑仕事や薪割りなどで体を動かすことが多いので、もしかしたらそれが鍛錬になってるのかもしれないですね」


『…………』


 畑仕事と薪割りで『足の速さ』と『心肺能力』の鍛錬か。

 ちょっと意味がよくわからないが、そこにツッコミを入れるつもりはない。

 それよりもっと話すべきことが今は山ほどある。


『身体能力が高いのは頼もしい限りだが、聖術せいじゅつの鍛錬……というより、修業はしないのか?』


「聖術の修業ですか?」


 子供たちの追跡をいて、建物の陰に隠れているリオナンドに俺は問い掛けた。


 そう。

 昨日の夜、外でエナジードレインの説明をしている時の会話でわかったことだが、この世界には聖術や魔術といった、いわゆる魔法のようなものが存在する。

 そしてリオナンドは多少ではあるが自分や他人のケガを治すことのできる、治癒聖術を使えるというのだ。


『キミは極力、人に害を及ぼしたくないのだろう? だったらいざという時に使える治癒聖術の力を高めておいた方がいい。他人にエナジードレインを使いたくないのならな』


「毎日、神への祈りは捧げていますよ?」


『ふむ……この世界では神への祈りで治癒聖術の効果が向上するのか?』


「はい。治癒聖術は神が人に与えたもうた奇跡の力ですから」


『では教会にいる司祭はキミよりも治癒聖術の力が強いのか?』


「いえ、司祭さまは治癒聖術が使えません。聖職者だからといって必ずしも治癒聖術が使えるわけではないのです」


『なぜだ? 神が治癒聖術を人に使えるよう与えているのなら、上位の聖職者はみな治癒聖術を使えるというのが自然だとは思うが』


「上位の聖職者になるのは長年の修行と、司教さまの推薦が必要です。治癒聖術を使えるだけではなれないのです」


『よくわからないな。神が人に与えた奇跡の力が治癒聖術だというのならば、治癒聖術の力が強い人間ほど上位の聖職者になりそうなものだが』


「奇跡の力を授かっていても、その人物に『徳』がなければ神の教えを広める聖職者にはなれません」


『徳?』


「はい。信仰、愛、節制、賢明さ……ベネボラ教における『四元徳しげんとく』です。どれだけ治癒聖術の力が強くても、この四元徳を満たしていると判断されなければ聖職者にはなれません」


『ほう……ならば神が人に治癒聖術の力を与える基準はなんだ? なぜ治癒聖術の力が強くても、その四元徳とやらを満たさない人間がいる?』


「フフ……」


『なぜ笑う』


「あ……すみません。昔、ボクも同じことを司祭さまに聞いたんです。その時のことを思い出しまして」


 リオナンドは目をつぶり、両手を組み合わせながら祈るように言った。


「すべての物事には意味があります。ですが、深遠なる神のお考えは人の身で推し量ることはできません」


『……それはつまり、結局のところ『わからない』ということを言っているのか?』


「あ、わかっちゃいました?」


『そうだな。キミの情報はあまり当てにならないということがよくわかった』


「あぁー、ひどいですよフェイスさん。ボクだって真面目に答えてるのに」


『真面目に答えてそれだから困っているんだ。それはともかく、キミは……』


「あ! 団長!」


 リオナンドが手を振った先には、銀色の鎧を身に付けた騎士らしい格好の人物がいた。

 ダークブラウンの短髪に精悍な顔つきをした、渋い中年男性だ。


「おう、リオナンドか」


「お久しぶりです! 珍しいですね、団長とこんなところで会うなんて」


「ああ、ちょうど今から教会に行こうと思ってたところだからな」


「ホントですか! じゃあ一緒に行きましょう!」


「はは、ここでお前と会えたんだから行かんよ。俺が教会に行くのは神に祈るためじゃない。お前に会いに行くためだ。わかってるだろう?」


「えっと……知ってましたけど、そんな、面と向かって言われると照れますね……えへへ……」


「照れるな。モジモジするな。シャキッとしろ、シャキッと」


「あ、はい、シャキッとします!」


 そう言って足を揃えて直立不動するリオナンドを見て、団長と呼ばれた男はフッと小さく笑った。


「む……ちゃんとシャキッとしたのに。なんで笑うんですか、団長」


「いや、昔を思い出してな。……なぁ、リオナンド」


「はい?」


「前に話したこと、考えてくれたか?」


「…………」


「騎士団への入団……お前なら血筋も実力も申し分なしだ。俺の推薦で入団テストも免除にする。お前なら皆、納得するだろう」


「…………」


「なぁ、リオナンド……」


「……ごめんなさい」


「…………」


「ボクはもう……剣は握らないって決めたんです」


「……リオナンド、お前はまだ若い。その年ですべてを捨てるのは、あまりにも早すぎるんじゃないか。お前の父上も、そんなことは望まなかったはずだ」


「団長」


 リオナンドは穏やかに、だがどこか悲しげに言った。


「親殺しは本来極刑です。言うなればボクは一度死んだ身。捨てるものなど、何もありませんよ」


「リオナンド……」


「お誘いありがとうございます、団長。すごく嬉しいです。でも……ごめんなさい」


「…………」


 団長は無言でリオナンドに背を向けた。


「団長……」


「……またそのうち来る。今度は土産でも持ってな」


「っ……団長!」


「はは、よせ、抱き着くな、色々と誤解される」


『リオナンド! なにをやっている! 人に触れるなと言っただろう!』


「わあ!? ごめんなさい!?」


「そこまで反応されるとそれはそれで複雑な気分だな……」


「ち、違います! そうじゃなくって!」


『まだ近い! もっと離れるんだリオナンド!』


「違いますっつっても、んな露骨に離れていくんじゃ説得力がないだろ……いや、もしかして……」


 団長は怪訝な顔をしながら、自分の鎧の中に着ているシャツをつまんで匂いをかいだ。


「だ、団長!? 違いますよ!? 別に団長がくさいとか、そういうわけじゃないです! 団長はこう、野生的な匂いはしますけど、なんていうか男らしくて、その……」


「いや、いい。それ以上は言うな。……もうそろそろこの鎧も日干しするか」


 団長はそう呟いてからリオナンドに別れを告げると、その場からすみやかに立ち去っていった。


『まったく……リオナンド、迂闊にもほどがあるぞ。相手が鎧を着ていなかったら今ごろ大変なことになっていた』


「ご、ごめんなさい……すっかり忘れてました」


『いつ如何いかなる時も忘れられては困る。無論、多少エナジードレインをしたところで相手が死ぬことはまず無いだろうが、それでもキミの能力が相手にバレるのは確実だ。もっと慎重になってくれ』


「はい、気をつけます……」


 リオナンドは素直に返事をして、しおらしくうつむいた。


『頼むぞ。……それはそれとして、リオナンド。先ほど言いかけたことだが、キミはなぜ町に来ているんだ?』


「はい?」


『いやなに、これは俺の単なる推測だが、理由もなしに町を散策するほど修道士というものは暇ではないだろう。となればキミは何か用事があって町に来たのではないのか?』


「用事……あっ!?」


『どうした?』


「そういえばボク、おつかいの途中でした……」


『……そんなことだろうと思ったよ』


「わあっ!? もう太陽があんな位置に! 急がなくっちゃ!」


『…………』


 俺は慌てて駆け出すリオナンドを生温かく見守りながら、これから聞くべき、話すべき内容の優先順位を頭の中で整理していった。










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