045「最後」
セオドリックに別れを告げて、宇宙船の扉が閉じられたあと。
しばらくすると、エンジンを稼働させたのだろうか、宇宙船全体が振動し始めた。そんな宇宙船の中で俺はタイチに話し掛けていた。
『見事に演じ切ったな、タイチ』
「演じ切った? なんのことだよ?」
『とぼけるな。キミの魂から感じられる絶大な怒りや悲しみ、そして恐怖……常人であれば喚き散らしヤケになって暴れ回るか、逃走するのが普通だ。それをキミは強固な意思の力で抑えつけ、あくまでいつもの『サトウ・タイチ』を演じ切った。まさに天才的な演技力だ』
「天才的な演技力ねぇ……自分の本心を隠して、抑えるなんてのは普通のことだと思うけどな」
『そうだな。だがキミほど魂の波動と、実際の態度に乖離が見られるのは珍しい。常人じゃそうはいかない』
「ふーん……ってかさ、普通に『魂の波動』とか言ってるけど、なにそれ? フェイスってオレの頭ん中とか読めないんじゃなかったっけ?」
『ああ。初めの頃に言った通り、宿主が何を考えているかは読めないぞ』
「だったら……」
『だが俺は宿主に意識を向けている他人の魂や、強い怒りや悲しみ、恐怖や絶望を感じている魂の波動は感知することができるからな』
「……は?」
『俺がそれらの感知をできるのは宿主も例外じゃない。だから宿主も他人も何を考えているのかはわからないが、強い感情を抱いていれば状況次第で大体の予想はつく。平常心の時はサッパリわからないが』
「いやいや……ちょっと待てよ。刑事に見張られたりしてた時から、オレに意識を向けてる魂は識別ができるってことは知ってたけどよ。感情で魂の波動がどうこうなんて話は聞いたことないぞ?」
『今まで話す必要性を感じなかったからな。だがハロルド・ウィンゲート暗殺の時には敵の感情変化について話したぞ』
「いや、聞いてないけど」
『そうか? 俺には確かに話した記憶があるぞ。キミが意識を失う直前に』
「んな意識が朦朧とした時に話されてもわかんねぇよ……」
タイチは大きく溜息をついて、宇宙船の天井を見上げた。
見上げるとはいっても太陽探査機の一部に見えるよう偽装した小型宇宙船だからか、天井は手を伸ばせば届くほどに低い。
「……にしてもよ、なんでその話を今さらしたんだよ」
『キミに聞かれたからだが?』
「そういうことじゃねぇよ。そりゃお前は千年以上生きてるせいか相当に変わった奴だけどよ、でも人間の価値観が理解できないってわけじゃねぇだろ。オレの嫌がることぐらいわかりそうなもんだけどな」
『せっかく最後の最後で格好つけたのに、わざわざ心の内を暴くようなことをするな……と言いたいのか?』
「やっぱりわかってんじゃねぇか」
『タイチ。大抵の人はみな、少なからず本心を隠し、抑えながら生きている。本当の自分自身などは望むべくもない』
「まあ……そりゃあな」
『そして正直は美徳だが、必ずしも自分の本心を素直に伝えることが相手のためになるとは限らない。だからキミのセオドリックやマリアへの対応はあれが最善だと俺も思っている。だが……』
「だが?」
『ここには誰もいないんだ。もう本心を隠し、抑えなくてもいいんじゃないか?』
「フェイス……」
『俺は、キミの『半身』なのだろう?』
「……っ」
タイチは口角を上げて、おもむろに目元を手で覆った。
「そう……いうことかよ……ったく、いい性格してるぜ……」
『それは褒め言葉として受け取っておこう』
「あたりまえだろ……」
タイチがそう言ってうつむくと、直後、宇宙船の振動が激しくなりカウントダウンが始まった。
◯
太陽探査機と、それの一部に見えるよう偽装されたタイチの搭乗する小型宇宙船が宇宙へと飛び立ったあと。
「さて、もうそろそろフェイスは寝る時間だな」
『いや、まだ起きているぞ』
「お、大丈夫なのかよ。ここ最近は起きてる頻度が高いのに。そんな起きまくってたら今回で消滅できなかった場合、次の世界で影響出てくるんじゃねぇの?」
『この世界で消滅できることを願っているからな。次の世界での影響など、考えたくもない』
「『考えていない』じゃなくて『考えたくない』、なんだな……」
『ああ。もうタイチに嘘をつくことはできないからな』
「なるほどね。んじゃこれでフェイスは正真正銘の正直者になったわけだ?」
『制約に縛られている俺に『正直者』という言葉が本当の意味で該当するかどうかは疑問の余地があるが……状態だけを見ればそうだな』
「こまけぇ! こまけぇよ!」
『思っていることをそのまま喋っただけだが……ウザいか?』
「いや、別にウザくはねぇよ。フェイスらしいなとは思うけど。ってか、フェイスが『ウザい』とかそーゆー言葉を使うとなんか新鮮だな。お前だったら『煩わしいか?』とか言いそうじゃね?」
『ふむ……言われてみればそうだな。キミの影響かもしれない』
「え、フェイスって千年以上生きてんのに人の影響とか受けんの?」
『受けるぞ。もともと生前から俺は人の影響を受けやすい方だ。とはいえ、さすがに今となっては大きく性格が変わるようなこともないが……言葉使いぐらいなら容易に影響を受ける。宿主によって言葉使いを多少変えることもあるしな』
「へぇ……なんか面白いな」
『そうか?』
「そうだよ。フェイスってさ、あまり自分のこと話さないじゃん」
『特に話す必要がないからな』
「ははっ、それそれ。いつも必要最低限だけ話したら『俺は寝る』とか言い始めるから、長い付き合いなのになんだかんだ言ってオレ、お前のことそこまで詳しく知らないんだよな」
『知りたいのか?』
「あたりまえだろ。なぁ、まだ起きていられるならお前の昔話を聞かせてくれよ」
『それは構わないが……いいのか? 最後に話すのが俺の昔話で』
「最後だから、聞きたいんだ」
『……よくわからないが、わかった。では何から話そうか』
「そうだなぁ……そういやフェイスってさ、昔っからそんな『それっぽい』口調だったのか?」
『いや、そんなことはないぞ。あれはいつだったか……確か比較的初期の方だったと思うが、転移した先の異世界で仙人と呼ばれる存在に取り憑くことがあってな。その時に……』
タイチは俺の昔話に楽しげな様子で相槌を打ち、時に質問しながら話を聞いた。
そして途中からは俺とタイチの昔話をしたり、マリアとノアの話をしたり、組織の話をしたり、睡眠時間を挟んだりしながら、タイチは最後の時を過ごしていった。
◯
太陽へ向かい飛び立ってから三日後。
タイチは常人であればとっくのとうに正気を失っているであろう渇望に耐え続け、今やっと例の赤いボタンを押そうとしていた。
「フェイス……」
『どうした? タイチ』
「最後の最後に、言おうと思ってたことがあってな……聞いてくれるか……?」
『わかった。聞こう』
「はは……そんな早口にならなくても、オレはまだまだ大丈夫だっての……」
息も絶え絶えになりながら、強がりを口にするタイチ。
「まあ……でもそうだな……最後の言葉の前に……フェイス、あれ……覚えているか?」
『なんのことだ?』
「オレが暗殺者をやるって言った時、賭けをしただろ……オレの最後がハッピーエンドか、バッドエンドか……」
『……したな。覚えている』
「あれ……オレの勝ちだな……」
『なに……?』
「今回でフェイスが消滅するか、もしくは消滅しなくても闇が顕現しなけりゃ……オレはマリアとノア……そして全人類を救った英雄だ……」
『…………』
「んでもって、地球が闇に飲み込まれても……オレはお前の腹の中で、またマリアとノアに会える……」
『…………』
「ほらな……どっちにしろ、ハッピーエンドだろ……?」
『……まったく、キミにはかなわないな。いつだって俺の予想をいとも簡単に超えてくる』
「じゃあ……」
『ああ。俺の負け、そしてキミの勝ちだ、タイチ』
「ははっ……やったぜ……」
タイチは憔悴しつつも、心底楽しそうに笑いながら言った。
「んじゃフェイス……最後の言葉だ……」
『ああ』
「フェイス、お前と出会ってからの人生は……駆け抜けるような、いい人生だったぜ……」
『…………』
「ありがとよ……お前と出会えて、よかった……」
『……俺もだ、タイチ。俺も、キミと出会えてよかった。今までありがとう』
「ははっ……やっぱ照れ臭いな、こーゆーのは……一番最後にしてよかったぜ……」
『…………』
「じゃあ、いくぜ……準備はいいか……?」
『……ああ』
俺が返事をするとタイチは次の瞬間、赤いボタンを拳で叩くように、力強く押し込んだ。




