043「二択」
タイチが目を覚ますと、そこは薄暗い小さな部屋の中だった。
「う……」
『目が覚めたか、タイチ』
「ここは……くっ……」
タイチは車輪付きの簡易ベッドに拘束具で縛り付けられている自分の体を見て、悔しげに口元を歪めた。
「まさかお前が嘘をつけるなんてな……フェイス。すっかり騙されてたぜ」
『すまないな、タイチ。将来的にはこういうこともあろうかと、キミにはワザと勘違いをさせたままにしておいた』
「なんだよそれ……先見の明ありすぎだろ……」
『そんなことはない。俺のはただの経験則だ。地頭の良さではキミやセオドリックに遠く及ばないさ』
「よく言うぜ……で? オレはこれからどうなるんだ?」
『それはセオドリックがキミに直接話すと言っていた。もうしばらくしたらここに来るだろう』
「セオが? ……へぇ、そうかよ。随分と命知らずだな。あいつ、この状況下でオレにソウルスティールされないとでも思ってるのかね? オレの意識はもうハッキリしてるんだぜ?」
『俺も同じことを考えたが、セオドリックはタイチにソウルスティールされるなら『それならそれで仕方がない』、と言っていたな』
「はっ……そうかよ……」
『ああ。だがタイチ。できれば、セオドリックの話を聞くまではソウルスティールをしないでほしい』
「しねぇよ。そこまでオレはバカじゃねぇ。するなら話を聞き終わってからだ」
『…………』
それからしばらくすると、五十メートル範囲内にセオドリックの魂が入ってきた。
セオドリックは車か何かに乗っているようで、感知距離内に入ってから数分もしないうちにタイチのいる建物まで近づき、部屋の中へと入ってきた。
「よぉ、待ちくたびれたぜ、セオ」
「……すまない、タイチ。私は神に誓うとまで言ってキミを騙した。今この瞬間、キミに殺されても文句は言えない」
「あー、そーゆーのはいいよ別に。なんつーか、ヘドが出る」
「タイチ……」
「それで、理由は? なんで今、このタイミングでオレはこんなことになってんの? 理由によっては即行ソウルスティールだけど」
「……理由は、いくつかある」
セオドリックは淡々と語り始めた。
ハロルド・ウィンゲートの暗殺は成功したものの、敵勢力の追及を完全に躱し切ることはできず、組織の解体が決まったこと。
タイチの存在も今となっては隠し切ることができず、組織が解体されたあともタイチを匿い続けるのは困難であること。
もし匿い続けたとしても、ソウルスティールを繰り返すごとに渇望期間が短くなっていくタイチは、いずれ世界を闇に飲み込んで滅亡させてしまうであろうということ。
「ふーん……まあ、話はわかるけどよ。でもどっちにしろ、どーゆー殺し方をしたって世界は滅亡するんじゃねぇの? オレの中からフェイスを消す方法は未だに見つかってないわけだし」
「確かにフェイスさんから聞いた話では、宿主がどんな死に方をしようが大抵、世界は滅亡すると聞いた」
「だろ? だったら……」
「でも、可能性はある」
セオドリックはそう言って部屋の壁にある何かのスイッチを押した。
するとタイチの右手に見える巨大な窓のシャッターが徐々に上がっていく。
そして十数秒後、部屋の中に夕日の赤い光が差し込むと同時に、外の風景が明らかになった。
「あれは……スペースシャトルか?」
「今はもうカプセル型宇宙船が主流で、シャトルタイプじゃないからそう呼ばれることはないんだけど……うん、宇宙船と宇宙ロケットであることは間違いないよ」
「何がどう違うのかまったくわかんねぇけど、やろうとしてることはなんとなく予想がついたぜ」
「……すまない、タイチ」
「謝られてもなぁ。だったらこの拘束具を取り外して、オレを逃がしてくれよ」
「わかった」
「……は?」
「キミが望むのならば、そうしよう」
セオドリックはそう言いながら、タイチの拘束具を外した。
「おいおい……捕まえたと思ったら解放して、結局これ何がしたいんだよ」
「すまないタイチ。私も、しがらみが多く自由には動けないんだ」
「なんだよそれ。上から命令されたから捕まえました……って言い訳か? ……それで許されると思ってるのかよ」
タイチは右手のひらを開いて、セオドリックの眼前に突き出した。
「許されるとは思っていない。キミが望むのならばこの命……いや、この魂は捧げよう。それで許されるとも思わないが」
「はっ、そうかよ。……マリアとノアはどうしてる?」
「すでに国外へと逃がした。レジーナがついているから問題はないだろう」
「そっか……」
「タイチ。自らの意思で選んでくれ。これから宇宙へ旅立つか、それとも国外へ逃亡するか。どちらを選ぶにせよ、私が死んでも事は運べるように手配してある……いたっ!?」
「なに言ってんだよ」
タイチはセオドリックのひたいにデコピンをして言った。
「この状況でセオを殺すとか、オレ完全に鬼畜じゃん。殺さねーよ」
「タイチ……」
「あのさ、国外逃亡して、マリアとノアに会って、それからここに戻ってきて宇宙へ飛ぶ、って選択肢はあり?」
「なしだ。二択で決めてくれ。ちなみに国外逃亡の場合でも、キミは妻子に会うことはできない」
「なんでだよ……って、聞くことには意味がねぇな。どっちにしろ二択か」
「ああ。二択だ」
「じゃあ飛ぶしかねぇじゃん。宇宙に」
「タイチ……いいのか」
「よくねぇよ。決まってるだろ。だけど二択だったら飛ぶしかねぇだろ。遅かれ早かれオレは死ぬんだ。だったら、少しでもマリアとノアが生き延びる可能性に賭ける」
「…………」
「まあ、もう随分と前から……それこそオレの渇望期間が短くなり始めた頃から、こういうことになるのは展開のひとつとして予想してたからな。覚悟は決まってる。最後にマリアとノアに会えないってのはどうも納得できねぇけど……そんなこと言い始めたらキリがないからな」
「タイチ……」
「大体よぉ、逃亡生活なんてつまんねぇこと、このオレがするわけねぇだろ? 散る時は自分の意思で、派手に散るぜ」
「タイチ……!」
「セオ。マリアとノアを頼むぜ。レジーナだけじゃ心配だからな」
「タイチ……私を、キミの力で裁かないのか」
「オレにそんな権限はねぇよ。神様じゃあるまいし。なぁフェイス?」
『なぜ俺に振る』
「だって、邪神様じゃん?」
『…………』
「いや、なんか言えよ」
「ハハハッ……タイチ、キミは本当に……」
あえていつものように振る舞うタイチに、セオドリックが穏やかに笑う。
「なんだよ?」
「いや……キミはいつだって、キミらしい。そう思っただけだよ」
「はは、そりゃあな」
タイチは極めて自然に、だがいつもより微かに力なく笑った。
「んじゃ、最後にオレのスマホ返してくれよ」
「それは構わないが……どうするんだい?」
「決まってるだろ」
タイチはそう言いながらスマホの画面を操作して、マリアへと電話を掛けた。