041「渇望」
ハロルド・ウィンゲート暗殺から三日後。
組織の地下施設にて。
『キミの悪運の強さには、驚きを通り越してもはや呆れる』
「いや、だから言ったじゃん。ちょっと眠るだけだって」
タイチはベッドの上で横になっていた。
意識はつい先ほど戻ったのだが、三日寝ていたとは思えない元気さである。
『まったく……キミという奴は……』
「ははっ、まあそれはともかくさ、オレってなんで助かったんだ?」
『……フレデリックたちが、キミにその命を捧げたようだ』
「フレディたちが?」
『ああ。俺は一昨日、交感対話装置でセオドリックと話したが、現場に倒れていたキミの周りには護衛部隊の隊員がフレデリックを合わせて五人ほど、ミイラ化して死んでいたらしい。おそらく彼らが死ぬまでタイチに触れて、キミにエナジードレインをさせたのだろう。俺もその時は寝ていたが、確かにキミの体へと精気が吸収されていくのを感じていたように思う』
「フレディたちが、オレを……」
タイチは右手で自分の左胸を押さえた。
「……なぁ、フェイス。フレディたちは……オレの中にいるのか?」
『いない。エナジードレインで魂は吸えないからな。そもそも魂と精気はどちらもなければ死ぬという点で共通しているが、性質はまったくの別物だ』
「別物……」
『そうだ。魂はそれが宿るものをこの世界に顕現させる存在概念そのものであり、精気は万物の根源となるエネルギーに属するものだ。精気の方は場合により性質や呼び方が変わり、魔力、気、霊力、チャクラ、マナ、オド、アニマなど、様々な名称で呼ばれるが、すべて例外なくエネルギーであるという点は変わらない。……というのはキミ自身に以前、組織に資料を提出する際、書いてもらったはずだが』
「そうだったっけか……?」
『そうだ』
「そうか。すっかり忘れてたぜ。……それで、他の奴らは? 護衛部隊四十人中、どれぐらい生き残ったんだ?」
『それは……』
「ああ、いや、それはセオに聞くわ。もうそろそろこっちに着きそうだし」
タイチがそう言ってから数十秒後。
部屋の自動ドアが開き、中にセオドリックが入ってきた。
「目が覚めたようだね、タイチ」
「おー、今さっきな。で、セオ。聞きたいことがあるんだけどさ」
「生き残りはキミひとりだよ」
「え……じゃあ、オレはどうやってここに?」
「キミの救出にはFBIに動いてもらった。それからはうちのスタッフが乗車している救急車に運び込んで、そのまま組織の息が掛かった病院に直行したよ。検査の結果、運び込まれた時点でキミにはもうケガひとつとしてなかったけどね」
「そうか……」
「マーカー隊長たちは、文字通り命を懸けてキミの命を守ったようだね」
「あいつらが守ったのは世界だ。オレの命なんてスケールの小せぇもんじゃねぇよ」
「彼らはキミの命を救い、世界を救った。両方とも救ったんだ。それでいいじゃないか。そんな風に自分を卑下することはない」
「卑下なんかしてねぇよ。単なる事実だ」
「ハハ……もしマーカー隊長たちがここにいて今のキミを見たら、おそらくキミを殴りつけて『シャキッとしろ!』とでも言うんだろうね。だけど……私には、そんな資格はない」
そう言って力なく笑うセオドリックの顔には覇気がなく、よく見ればいつもとは違い明らかに憔悴して見えた。
「……そういやセオ、目の下のクマがすげぇな。なんかあったのか?」
「ここ連日忙しくてね。大したことはないよ」
「いやいやいや、絶対大したことあるだろ。いくらオレでもそれは嘘ってわかるぜ」
「ハハ……でも忙しいのは本当なんだ。まだまだやらなきゃいけないことがあるから、私はこれで一旦失礼するよ」
「おいおい、ちょっと待てよ。最後にひとつだけ聞かせてくれ」
「なんだい?」
「マリアは大丈夫なのか? もう出産予定日は過ぎてるから、いつ生まれてもおかしくないはずだけど……」
「ああ……そういえばそのことがあったね。忘れていた。おめでとう、タイチ」
「へ?」
「三日前に生まれたよ。キミとマリア博士の赤ちゃんは。時刻は深夜だったから、ちょうどキミが任務に行ってる最中だね」
「マジかよ!? 三日前に!? 生まれてたの!?」
「マジだよ」
「うわぁ……生まれる瞬間に立ち会えないとか……よりにもよって任務中ジャストで生まれるとか……そんなのありかよ……」
「でも何事もなく無事に生まれて良かったじゃないか」
「まあそうだけど……って、ちょっとちょっと、なに自然に出て行こうとしてるんだよ」
「うん? 他にまだ何かあるのかい?」
「あるよ! オレ、マリアとノアに会いに行きたいんだけど!」
「ああ……それはちょっと待ってくれ。早急にやらなければならないことがあるから……そうだな、今から三時間ほど待ってくれないか? そしたらそれからキミの健康診断をしたあと、マリアくんのいる病院へと向かおう」
「健康診断なんか……いや、まあしょうがねぇか。わかった。待ってるよ」
「うん。それじゃまたあとで」
「おー、またな」
そしてセオドリックが部屋から出て行ったあと。
「なんかやたら喉が渇くな……水、水っと……」
タイチは左腕に刺さっていた点滴の針を自分で外し、部屋の隅にある冷蔵庫から500mlペットボトルのミネラルウォーターを取り出して、一気に飲み干した。
「あれ……?」
『タイチ……』
「いやー……マジかぁ……。まさかそんなはずは、と思ったけど……これ、喉の渇きじゃなくて、魂の渇望じゃん」
『…………』
「おかしいな……最近だと少なくとも、一度ソウルスティールしたら一週間は渇望まで猶予があったのに……これじゃ今の猶予は三日間、ギリギリまで粘るとしても今から数日じゃんか」
『…………』
「はは……さすがにここまでくると確認せざるを得ないな。なぁフェイス。感知距離や射程距離、渇望期間の変化には個体差があるって言ってたけど……もしかしてオレって、魂を吸えば吸うほど渇望期間が短くなっていくタイプ?」
『……今のところは、おそらくそうだな』
「今のところは……ってことは、これから先に変化する可能性もありってことか?」
『可能性はある。以前、感知距離や射程距離の変化は宿主によって変わるという話をしたが、それは渇望期間も同じだ。最初から期間が短くて徐々に期間が長くなっていくタイプ、逆に短くなっていくタイプ、ある一定のところまで期間が短くなると逆に反転して期間が長くなっていくタイプなど、様々なケースがある。それらの条件も時間経過、魂の蓄積量、一定の行動や言動など、宿主によって変わる』
「なるほどね。ってことは、ここから奇跡のどんでん返しってのもあり得るわけだ」
『……可能性としてはある』
「なんだよ、含みのある言い方だなぁ」
『俺の経験上、キミの場合はその可能性が限りなくゼロに近いからな』
「おいおい……そんなこと言って、オレがヤケになって自殺でもしたらどうすんだよ」
『今のキミはヤケになって自殺などしないと俺は判断した。守るべきものがあるからな』
「はっ……そうかよ」
『ではもうそろそろ俺は寝るぞ』
「りょーかい。次はいつ起きるんだ?」
『三時間後には起きようと思う』
「へ? なんだよ、また随分と早いんだな今回は。珍しいじゃん」
『少し、気になることがあってな』
「気になること?」
『ああ。おやすみタイチ』
「教えてくれねぇのかよ!」
タイチのツッコミをスルーしつつ、俺は意識を深い闇の中へと沈ませていった。




