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邪神  作者: 霧島樹


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030「未来」

 一週間後。


 タイチは日本へと帰る前準備として、組織の地下施設で各種健康診断を受けたあと、セオドリックと一緒に今後のスケジュールを詰めていた。


「それで、タイチ。本当に三泊四日で良いのかい?」


「…………」


「タイチ?」


「ん……ああ、ごめん。良いよ、三泊四日で」


「タイチ、顔色が優れないようだが……何か思い悩んでいることがあるようだったら、相談に乗るよ?」


「はは……ありがとよ、セオ。頼りにしてるぜ」


「……タイチ。キミは、世界中の罪なき人々のヒーローだ。つらい時や苦しい時は、それを思い出してくれ」


「またその話かよ。もう聞き飽きたっての」


「キミがどんなに聞き飽きようが、私は何度だって話すさ」


 セオドリックは机の上に乗り出し、タイチの目を見つめながら言った。


「タイチ。キミのおかげで無差別テロに苦しむ罪なき市民が救われる。紛争地域に送られる少年兵が救われる。悪意に殺される人々が救われる。何百万、何千万、将来的な話で言えば何億、何十億という人間の、罪なき人々の命が、人生が、未来が、救われる」


「毎度毎度、大げさだなぁ……」


「大げさなんかじゃないさ、タイチ。キミは本当に、それだけの偉業を成し遂げているんだ。他の誰にもできない。キミにしかできないんだ。この狂った世界を変えることは」


「はは……実際問題、色々と『変えてる』のはセオとか、上の人間だろ? オレはただのいち暗殺者だって」


「そんなことはない。キミが動いてくれなければ、私たちはどうしようもできなかった。……誰もがこの世界で起きている惨状を『自分さえ良ければ』と目をそらし、耳を塞ぎ、口をつぐんで知らないフリをしてきた。おそらくそれは、たとえ邪神の力を手に入れたとしても同じだろう。大抵の人間が保身に走り、動かない。もしくは力に溺れ、自滅する。だが、キミはそのどちらでもなかった」


「そりゃ動かなかったら面白くねぇし、力に溺れたらつまらねぇからな」


「……本当にありがとうタイチ。キミの善意に、感謝する」


「やめろって。オレをそういう感じに扱うのは」


「キミが善人でよかった」


「だからやめろって。オレは別に善人でも悪人でもねぇよ。オレはそういう安っぽくて、安易なキャラづけ嫌いなんだよ」


「そうか。では、あえて世界の憎まれ役を買って出る『ダークヒーロー』と呼べばいいのかな?」


「そうそう、ちょっとクールな感じでな……ってコラ。だからそういうのはいらないっての。オレは、セオが書いた筋書きが面白そうだから乗ったってだけだ。他意はねぇよ」


「ハハハ、そうかい? じゃあ、そういうことにしておこう」


「話は終わりか? んじゃちょっと早いけどもう行くぜ。ここにいてもやることねぇし」


「あぁ、タイチ。まだ健康診断の各種結果が出てないから、もう少し待ってくれ。時間が掛かるものはともかく、簡易的にわかるものはもうしばらくすれば結果が出るはずだ」


「えぇ……先週もやったじゃんか、健康診断。一週間やそこらじゃ結果なんてなんにも変わんねぇよ……」


「そうとも限らないさ。気をつけるに越したことはないよ。キミの健康は世界の平和だからね」


「はぁ……わかったよ」


「それはよかった。じゃあ私は仕事があるから、これで失礼するよ」


「ああ、またな」


 タイチは席を立ち部屋から出て行くセオを見送ったあと、ソファに背中を預けてため息をついた。


「はぁ……今回のセオは、また一段と熱い感じだったなぁ……」


『そうだな』


「ことあるごとにあーゆー感じなのは、ホント勘弁してほしいんだけどな……」


『そうか? なんだかんだ言って、キミも満更ではないように思っていたが』


「そりゃ認められて、褒められて、持ち上げられて悪い気がするわけねぇじゃん。でもそれにだって限度ってもんがあるだろ。あれじゃ狂信者だぜ。目が異様にギラギラしてるし」


『セオドリックの世界平和への情熱は本物であるようだからな。仕方がないだろう。何かを強く成し遂げようとする人間は、時に周囲から異常に見えるものだ』


「よく言うぜ。昔はセオのこと『信用するな』とか、『後ろからグサッと刺されそうだ』とか言ってたくせに」


『あの時はまだセオドリックに関する情報が足りなかったからな。俺は長年観察した人間であれば、ある程度その人間の嘘を見抜くことはできるが、そうでない場合の的中率は大して高くない。初対面じゃ見誤ることもある。……キミの場合はあまりに態度が自然なため、今までずっと見誤っていたようだが」


「は? オレ?」


『ああ。俺は今までキミのことを快楽主義者で、刹那的な『面白さ』のためなら自分以外はどうなっても良いと考える人間だと思っていた』


「いや、それで合ってるけど」


『だとしたら、もっと早い段階でキミは自滅していたはずだ。正直な話、俺はキミがここまで自制が利いて、長く生き延びることができるとは思っていなかった』


「ははっ、ホント正直だなぁ。まあ、そう思ってるだろうとは思ってたけど」


『ああ。そう遠くない未来にいずれかの任務で調子に乗り、ふざけてバカな行動をした結果、しょうもない死に方をすると思っていた』


「しょうもない死に方って……バカだなぁフェイス。言っただろ? オレは主人公だって。そんなしょうもない死に方はしないっての」


『そうだな。自分で言うだけのことはある。いくら自制が利いているとはいえ、今まで順風満帆すぎるからな。主人公補正と言ってもおかしくないほどの強運だ』


「ははっ、まあな……って、んん? いや、言うほど順風満帆か? この十年間でも相当な回数ヒヤッとしたし、死にかけたことも一度や二度じゃねぇし……強運ではなくね?」


『暗殺者になってその程度で済んでいる時点で凄まじい強運だ。普通だったら最初の五年間ぐらいで死んでいる』


「へぇ、そういうもんかね」


『そういうもんだ。……だが、タイチ。その強運がこれからも続くとは思わないことだ』


「ははっ、そのセリフ、なんかフェイスが悪役みたいだな」


『そうだな。場合によっては俺がキミの敵に回ることもあるだろう』


「へぇ……そりゃ怖いな。んじゃフェイス、オレにひとつ助言を頼むぜ」


『助言?』


「おう。オレはまだまだ死にたくないからな。オレが死なないための助言なり、忠告なりをくれよ。聡明なフェイスだったらこれから先あり得る可能性に対して、前もって対策を打ち立てられるだろ?」


『なるほど。ではひとつ助言……というよりお願いしよう。今、現時点をもって、暗殺者を引退してくれ』


「それ以外で頼むぜ」


『なぜだ? 暗殺者の引退という選択が一番のリスク回避になるのだが』


「ここまで来たら最後までやり遂げたいじゃんか。セオに色々と持ち上げられてさ、なんだかんだ言ってオレもその気になってんだよ」


『タイチ、それは……』


「洗脳とかマインドコントロールみたいなもんだって?」


『いや、そこまでは言わないが……しかし、このまま暗殺者を続けるのは……』


「んなの今さらだろ。ほら、その部分でオレは折れないんだから、早くそれ以外の助言をくれよ」


『それ以外でか……ふむ……そうだな……』


「あ、なるべく具体的に頼む」


『ムチャを言う……』


 俺は過去から現在に至るまでを思い返し、未来において起こりうる可能性に考えを巡らせた。


『……タイチ。キミは今まで高齢者や老年のホームレス、犯罪者など、さまざまな成人男性をソウルスティールしてきたが、女性や子供に対してソウルスティールをしたことはないな』


「あー、そういえばそうだな。まあする必要もなかったし」


『これからもし、暗殺のターゲットが女性、もしくは子供になったらどうする?』


「なんだそりゃ……セオは女子供をターゲットにはしねぇよ」


『もしもの話だ。どうする?』


「断るよ。興が乗らねぇからな」


『では、ソウルスティールしなくては自分が死ぬ場合は?』


「そりゃするに決まってるだろ。俺が死んだら全人類が死ぬんだぜ?」


『そうか。その言葉、忘れるなよ』


「ははっ、このオレが、情にほだされてミスをするって? ないない、それはマジでないわ。んなもんその時になったらノータイムでソウルスティールするわ」


『わからんぞ。人は変わる。うつろいゆくものだ』


「ふぅん……まあ、オレは大丈夫だと思うけど……わかったぜフェイス。助言ありがとよ。覚えておく」


 タイチがそう言ったと同時にドアが開いて、ヤーコフ博士が部屋に入ってきた。

 手には何枚かの書類を持っている。


「お待たせタイチくん! 健康診断の結果は問題なしだ! はいこれ診断結果」


「オッチャン……いつも言ってるけどその紙いらないから」


「ああ、そうだった。……でもタイチくん、まだ若いとはいえ健康には気をつけなきゃダメだよ?」


「もう三十だから、そんな大して若くもないけどな」


「三十なんて十分若いよ! まだまだ色々と無理が利くんだから!」


「まあオッチャンよりはよっぽどな。……あ、そういやオッチャン」


「うん?」


「今日はマリアが見当たらないけど……」


「マリアくんは今日、体調不良で休みだよ。夏風邪でも引いたのかな?」


「あー……そうかもな」


『ふむ、あの日から明らかに避けられているな。メールは返って来ないのか?』


「来ねぇよ」


「お、フェイスさんと話しているのかな? フェイスさん、タイチくんをよろしく頼むよ。タイチくんが無理をしないように」


『できる限り努力する、と伝えてくれ。俺は眠くなってきたから寝る。おやすみタイチ』


「相変わらず唐突で自由だなぁ……おやすみ、フェイス」


 俺はタイチとヤーコフ博士の会話を聞きながら、いつものように意識を深い闇の中へと没入させていった。

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