003「行動」
『まずは比較的簡単なところからいこう。そこの空き地に生えている雑草になんでもいいから手を触れてくれ』
「手を触れるって……こうか?」
宿主……改めタイチが背の高い雑草に手を触れる。
すると雑草はみるみるうちに力を失い、萎び枯れていった。
「うおぁ!? ま、マジで……!?」
『マジだ。これが邪神の呪いその一だ。触れたものすべてに、自動的に相手の精気を吸収するエナジードレインを発動する。素肌であれば全身どの部分でも同じだ』
「うっわ……マジかよ……」
『これは俺やキミの意思ではどうにもならない。だから今後は常に手袋をはめることをオススメする。うっかり人に触れ続けると、触れている時間にもよるが相手が死にかねないからな。ちなみに吸い取った精気の分だけ自分のケガなどを治すこともできる』
「ウソだろ……えぇ……」
『どうかしたか?』
「どうかしたかって……マジかよこれ……幻覚……じゃないよな?」
『目の前の光景を疑いたくなる気持ちもわかるが、キミにはまだまだやってもらうことがある。次の行動に移ってもらっていいか?』
「あ、あぁ……」
『よし。では次に、その場にしゃがみ込んで地面の蟻に手をかざしてくれ』
「こ、こうか?」
タイチはしゃがみ込み、空き地の手前で行列をなしている蟻の集団に手をかざした。
「お、おい……蟻が……!」
『次々と死んでいくだろう? そうだ。このエナジードレインは直接手を触れていなくとも発動する。人間であれば即効的な影響が起きることは少ないが、小さな生き物になればなるほど離れていてもエナジードレインの効果は顕著に現れる』
「す、すっげぇ……これヤバいな! マジでヤバい! オレ、超能力者になった系か!?」
『喜んでもらえているところに水を差すようで悪いが……この能力はメリットよりデメリットの方が大きいと思うぞ。特にキミのような若い男にとっては』
「デメリットが大きい?」
『そうだ。この能力は服を着ても、手袋などをはめても発動する。つまり手袋をはめて人の手を握った場合、直接触れるよりは効果が大幅に減衰するが、それでもエナジードレインをしてしまう』
「……ってことは、まさか」
『タイチ。これから先、キミは人と触れ合うことができない』
「………………マジで?」
『マジだ。残念ながらな』
「……………………」
『もちろん女の子とイチャイチャすることもできない』
「言い直さなくてもわかるよ…………」
タイチはその場にしゃがみ込んだまま、頭を抱えて動かなくなった。
『無論、相手が死んでも構わなければ触れ合うことができるかもしれないが』
「オレにそういう性癖はねぇよ……」
『そうか。キミが健全な精神の持ち主でよかった。死体愛好家の宿主は俺に対して非協力的だったりするからな』
「非協力的? なんだよ、お前なんかオレにやらせようとしてるのか?」
『そう言われると悪く聞こえるが、これはキミにとっても益のある話だ。少なくとも普通の感性を持つ人間であれば損はしないだろう』
「なんだよ、回りくどいな。つまりお前はオレに何をやらせようとしてるんだよ」
『簡単な話だ。俺を、殺してくれ』
「…………は?」
『俺を消してくれ。解放してくれ。この苦しみの輪廻から外してくれ。そうすればキミは普通の人間に戻れるだろう』
「苦しみって……お前、苦しいのか?」
『……口が滑った。そこは気にしないでくれ。とにかく、俺を追い出すか殺すか、どうにかすればキミは普通の人間に戻れる。俺はその為にキミへの協力を惜しまない』
「協力を惜しまないって、お前はオレの脳内で喋るぐらいのことしかできないんだろ? 何をどうやって協力するってんだよ」
『基本的には、というだけで完全に喋ることしかできないわけじゃないんだが、まあキミの言うことはおおむね正しい。おそらく俺はこれから先もずっと、キミの脳内で喋ることしかしないだろう。だがそれでもキミの力になれる点がふたつある』
「ふたつ?」
『そうだ。思考面と知識面。このふたつがキミに対して俺が力になれる点だ。今回初めて邪神の呪いを身に宿したキミとは違い、俺は今まで多くの人間に取り憑いてきたからな。邪神の呪いを身に宿した人間が取るべき行動や、必要な知識などはキミよりよく知っている』
「へぇ……多くの人間に取り憑いてきたって、ちなみに何人ぐらい?」
『正確には覚えていないが、おそらく最低でも数百人ぐらいだと思う』
「いやいや数百人ってザックリしすぎだろ! どんだけ記憶あやふやなんだよ!」
『仕方がないだろう。もう一番最初に邪神となってから千年以上は経っているんだ。むしろザックリと覚えているだけでも奇跡だと言っていいぐらいだ』
「千年以上!? はぁー……マジかよ。そりゃ思考面、知識面で力になるって言うだけのことはあるっつーか、なんつーか……さすがに『神』の名を冠するだけのことはあるな。『邪神』だけど」
『タイチ。俺は邪神と呼ばれることが多いし、そう言わなければならない制約がある為あえて邪神と名乗っているが、間違っても『神』の名を冠するだけのことはある、なんて言われるほど思考面、知識面で優れているわけじゃない。そこの部分は間違えないでくれ』
「え……なんでだよ? 千年以上も生きてるんだから、頭も良くって知識もあるんじゃねぇの? っていうかそもそも今さっきそのふたつで『力になる』って言ってたじゃん」
『俺が力になれると言ってるのは、あくまで『邪神の呪いに対して』上手く立ちまわる為の思考と知識だ。それ以外はただ単に長く生きている普通の人間だと思ってもらって構わない。俺自身、元々はなんの変哲もない普通の人間だったからな』
「元は普通の人間、ねぇ……普通の人間でも千年以上生きたら神様ぐらいにはなりそうだけどな」
『いや、そうでもないぞ。俺は今まで様々な世界を渡り、通常の寿命を遥かに超える人間と出会う機会も多々あったが、頭の悪い奴は百年経っても二百年経っても頭が悪い。逆に頭の良い奴はたとえ十代でも、そこら辺の大人が束になってもかなわないぐらいに頭が良い。それはこの世界でも一緒だろう?』
「あー……まあ、確かにな。でもそれはケースバイケースで、言わば極論だろ? 元は普通の人間でも、時を経て頭が良くなるヤツだっているだろ」
『そうだな。それは確かにそうだ。だがそれでもやはり、『神様ぐらいにはなりそう』というのは言い過ぎだぞ。まあ『神様』という存在の定義にもよるがな。確かに俺も時を経て思考能力は鍛えられ、多くの知識を蓄えたとは思うが、それでも世界を知れば知るほど知らないことが浮き彫りになってくる』
「へぇー……」
『だから俺にあまり過度な期待はしないでくれ。俺が知ってるのはせいぜい、俺自身が何も知らないことぐらいだ』
「ソクラテスかよ。スカしてんなぁ。そういうとこ鼻につくぜ」
『そうか。それはすまないな。勉強になった。宿主との友好関係は俺にとって重要な課題だからな。次からは鼻につかない受け答えができるよう尽力する』
「……………………」
『どうしたタイチ?』
「いや……なんつーか、お前ってなんかこう……まあいいや」
『そうか。……ん? タイチ、いったい何をやってるんだ?』
「スマホで動画撮ってんだよ。今までお前が言った話も、目の前の光景も全部オレの頭がイカれてるからかもしれないじゃん? だからこうしてこの能力を使っている瞬間を動画に撮って、明日また自分で見るんだよ。んでもって動画の内容が今日の記憶とまったくもって相違なかったら、ある程度はお前に対する疑いが晴れる」
『……キミは本当に聡明だな。この数分でその発想に行き着くとは。高校二年生だとは思えないほどだ』
「はいはい。嘘くせぇ」
『本当なのだがな。それはともかくタイチ。その動画は一度見たら消しておいた方がいいぞ。厄介ごとの種だからな』
「んなの言われなくてもわかってるよ。……んで、次にオレは何をすりゃいいんだ? さっきのエナジードレインが『邪神の呪いその一』なんだから、どうせ『その二』があるんだろ?」
『その通りだ。現状を理解してもらう為に、キミにはまだやってもらうことがある。だがその前にひとつ聞いておきたいことがある』
「なんだよ。勿体ぶらずにさっさと言ってくれよ」
『では単刀直入に聞こう。タイチ。キミは、人を殺すことに抵抗があるか?』
俺がそう聞くと、タイチはゴクリと喉を鳴らして唾を飲み込んだ。