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邪神  作者: 霧島樹


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029「太陽」

  タイチの母親から電話があった日の翌日。


「はぁ……」


『…………どうした、タイチ』


 タイチの体調に異変を感じて目を覚ますと、そこは大型クルーザーの甲板の上だった。

 時刻は体内時計からして午前十一時頃。

 タイチはよく浜辺で使われているビーチチェアに背を預け、太陽の日差しで日光浴をしていた。


「ん……あれ、フェイス起きたのか? 今日は起きる予定なかったのに」


『キミが酒を飲んでいる気配がしたからな。手に持ったそれは……バーボンか? 強い酒だな。邪神の能力を得た者にとってアルコールは非常に危険なものだと、俺は以前から伝えていたはずだが?』


「ホンの少しだったら、たまには良いって話だろ? 大丈夫だよ。そんな本格的に酔うほど飲まないっての。ちょっとした気付け薬みたいなもんだ」


『気付け薬?』


「タイチー!」


 十数メートル距離の離れた甲板の先にあるハシゴから、スクール水着を着たマリアがこちらに手を振ってきた。


『……タイチ、あれはなんだ?』


「おっと、勘違いすんなよフェイス。あのスクール水着はな、レジーナがマリアに着させたんだ。『日本で流行している淑女用の水着で、タイチが好んでいる』って言ってな。だからオレは関与してないぜ」


『胸に貼り付けてあるゼッケンの『マリア』という文字が日本語なのだが』


「レジーナは日本語が得意だからな」


『いや、あれはキミの字だ。俺にはわかる』


「…………」


『…………』


「……いや、あれを用意して着させたのはホントにレジーナだぜ? 確かにゼッケンの名前はオレが書いたけどさ」


『……そうか』


「だってそりゃ書くだろうよ。わざわざレジーナがゼッケンまで用意したんだ。その心意気は無碍にできないだろ」


『心意気を無碍にできないという意味がちょっとよくわからないが……言いたいことはわかった』


「タイチ、何を飲んでいるんですか……って、あぁ!? お酒!」


 話している間に近づいていたマリアが、タイチの手にあったバーボンのビンを取り上げた。


「あ……オレの酒……」


「こんなに強いお酒ダメです! 酔ったらどうするんですか!」


「大丈夫だって。こんぐらいじゃ酔わないし」


「酔わなくても体に悪いです! しかもこんな真っ昼間から……」


「いいじゃんか。普段がんばってるんだからさ。ちょっとぐらい」


「がんばってるのは認めますけど、でも、タイチの体はタイチだけのものじゃないんですから」


「ん……まあ、そっか。全人類の命が掛かってるもんな」


「そうですよ。だからできる限り健康には気をつけて、長生きしてください。体から邪神を消せるその日まで」


「わかったよ。……なぁ、マリア」


「なんですか?」


「オレの体から邪神が、フェイスが消えたら……そしたら……」


「…………はい」


「…………なんでもねぇ」


「な、なんでもないんですか……?」


「ああ、なんでもねぇ」


「そ、そうですか……」


「んー、それとなマリア。オレ、来週あたり実家に一度帰ることになったから」


「実家……ということは、日本ですか?」


「そー、日本」


「へぇ、そうなんですか。よかったですね、時間が取れて。タイチ、ずっと日本に帰ってないって言ってましたもんね」


「そうなんだよ。実に十二年ぶりだ」


「へぇ……」


「…………」


「…………」


「に、日本って、良い国ですか?」


「おう。メシがうまいし、治安が良いし、ちょっと都会を離れるだけで空気が良いし、最高の国だぜ」


「そうなんですか。いいなぁ。……なんだか、わ、私も、日本に行ってみたくなっちゃいました」


「いいんじゃね? 旅行にはオススメだぜ」


「そ、そうですか? じゃあ……」


「いつか一緒に行けたらいいな」


「……いつか?」


「ああ、いつか」


「……そう、ですか」


「ん……おっと、酒のつまみがなかった。ちょっと船内から取ってくるわ」


 タイチはそう言いながらビーチチェアから立ち上がり、甲板を移動して船内の食堂へと入った。


『タイチ、いいのか?』


「んー? 何が?」


『聞くまでもなくわかっているだろうに』


「……いいんだよ、あれで」


『そうか』


「なぁ、フェイス」


『なんだ?』


「マリアさ……あれ、演技ってことはないかね? 組織からの命令でオレを取り込もうとしてる、とか」


『ふむ……その可能性はここ五年ほど真剣に観察、および検討してみたが……考えにくいな。彼女は演技をできるような人間ではないように見える。あまりにも態度が自然だ』


「そっか……」


『無論、先ほどの態度がキミをも超える天然の演技であった場合、俺にはそれを見破る自信はないが』


「ははっ、なんだよ、素人のオレが比較対象に上がるようじゃフェイスの観察眼は大して信用できねぇな」


『……キミは自分を過小評価しすぎだな。前々から言っているだろう? キミは役者として天性の才を持つと。キミはどんな時でも極めて自然に、まるで息を吐くように嘘をつける。これは常人には中々できることじゃない」


「あー……まあ任務で色んな人間に成りすますことも多かったから、今となってはそこそこ演技は慣れてる方だと思うけど……そんなにオレ演技上手い?」


『巧みさ、という意味での『上手さ』は本職の役者にはかなわないだろうが、『自然さ』という意味ではダントツだな』


「なるほど。わかるような、わからないような……」


「あれー? タイチ、こんなところで何してるのよ。せっかく私が気を利かせてマリアと二人きりにしてあげたのに」


 食堂でタイチと話していると、扉の向こう側から白いビキニ姿のレジーナがやってきた。


「つまみを取りにきたってだけだよ。すぐ戻る」


「ふーん……ねぇ、タイチ」


「んー?」


「マリアを泣かせたら、承知しないわよ」


「なんだよ急に……」


「なんか、タイチが女を泣かせそうな顔してたから」


「どんな顔だよ……」


「今鏡を見ればわかるわよ」


「はは……そうかよ。まあ、自分の顔なんてどうでもいいわ。オレは甲板に戻るぜ」


「タイチ」


 タイチがつまみの袋をいくつか掴んで甲板に戻ろうとすると、レジーナがその背中を呼び止めた。


「マリアはまだ若いわ。『ケジメ』をつけるならまだしも、今の状態で生殺しにするぐらいだったら……解放してあげて」


「まだ若いって……アイツもう二十九だぜ? 若くはねぇだろ。そりゃレジーナよりは若いかもしんねぇけど」


「茶化さないで、タイチ」


「……わかってるよ」


 タイチはそう言いながら食堂から出て、甲板へと戻った。


「さーてと、オレもちょっとだけ泳ぐかな」


『酒を飲んでから海に入るなど正気の沙汰じゃないな。死にたいのか?』


「相変わらず過保護で大げさだなぁフェイスは……あれ、マリア?」


 タイチが右を向くと、そこには各種ドリンクが置いてあるテーブルの前で佇むマリアの姿があった。


「どうしたマリア? なんか飲む?」


「……いえ」


「そっか。んじゃ一緒にちょっと海入らねぇ? もちろん事故らないように距離は開けるからさ」


「…………ごめんなさい」


 マリアはうつむいたまま、首を横に振った。


「少し体が冷えてしまったみたいで……船内に戻ります」


「……わかった。んじゃオレはもうちょっとこっちにいるから、またあとでな」


「はい」


 タイチは船内に戻るマリアを見送ると、テーブルの上に置いてあったバーボンのビンを手に取り、ビーチチェアに座って背中を預けた。


「はぁ……」


『海に入るのはあきらめてくれたか』


「そりゃあな……はぁ……ひとりになりてぇ……」


『キミは今ひとりじゃないか』


「ぜんぜんひとりじゃねぇよ。クルーザーの周りでは小型艇が見張ってて、海の中ではダイバーが待機……このクルーザー各所にも数十人規模で見張りがいるんだぜ?」


『確かにそういう意味ではひとりじゃないな。だがしかし、それも仕方がないだろう。キミは全人類の命を預かっている、世界で一番の重要人物なのだから』


「世界で一番の重要人物、か……嬉しくねぇなぁ……」


 タイチはそう言いながら空を見上げた。


「はぁ……太陽が照りつけて、暑いぐらいなんだけどなぁ……」


『ふむ?』


「いや……なんでもねぇよ。……なぁ、フェイス」


『なんだ?』


「このまま太陽の光で、邪神の能力が消えたら良いのにな」


『……邪神の能力だけでは困るな。消える時は俺も消えたい』


「それじゃオレが寂しいじゃん」


『まあ俺も今となっては何も失うものがない身だからな。大抵のことは譲れる。だがしかし、『自分自身の消滅』、これだけは譲れないな』


「そうかよ……はぁ……ままならねぇなぁ……ん?」


『どうした?』


「酒が……減ってる」


 タイチは太陽に照らされて琥珀色に輝くバーボンのビンを見ながら、そう小さく呟いた。

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