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邪神  作者: 霧島樹
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028「初耳」

 交感対話装置が完成して、タイチとマリアが初デートをした日から更に五年の月日が経った。


 そんなある日の昼過ぎ。


「もうオレも三十路かぁ……時が経つのは早いなぁ……」


 タイチは『組織』のすぐ近くに建てた自宅の一室で、ソファに座りながらスマホで今後のスケジュールをチェックしていた。


『そうか、もうキミが組織の暗殺者となってから十年が経ったのか。それは確かに早いな。あっという間の十年間だった』


「そりゃフェイスは寝てばっかだから早いだろうよ……」


 タイチはそう言いながらソファから立ち上がり、近くに置いてある白いドリンク・ウォーマーから温かいスチール缶の甘酒を取り出し、よく振ってからその口を開けて飲み始めた。

 ドリンク・ウォーマーとはよくコンビニなどに置いてある飲み物を温めておくための機械である。


『タイチは本当に甘酒が好きだな。高校生の時も愛飲していたのは知っていたが、まさかこちら側に来てもわざわざ日本から輸入してまで飲むとは思わなかったぞ。しかもドリンク・ウォーマーまで買って』


「んん……まあな。おいしいじゃん、甘酒。栄養豊富だし、体が温まるし、日本の伝統飲料ってとこがまたいいじゃん。それに甘酒って起源は古墳時代まで遡れるんだぜ? そんな大昔からある飲み物がまだこうして現代にまで受け継がれてるって事実自体が、なんつーか、こう、ロマンを感じるんだよなぁ」


『そうか。タイチは甘酒が本当に好きなんだな』


「まあな。オレにとっては懐かしの味でもあるし」


『懐かしの味?』


「ああ。オレがまだ小さい頃、風邪引いた時とかに母さんがよく自家製で作ってくれたんだよ」


『そうなのか。それは……アルコールなどは大丈夫なのか?』


「おいおいフェイス、日本人だったのに知らないのかよ。甘『酒』って言っても、自家製で米麹から作ったヤツはアルコールなしだぜ? 幼児でも飲めるっての。アルコール分があるのは酒粕から作った甘酒だよ」


『なるほど。それは寡聞にして知らなかったな。勉強になった』


「とか言って、どうせすぐ忘れるんだろ?」


『そうだな、その可能性は高い』


「ははっ、勉強になったのにすぐ忘れる可能性が高いのかよ」


『残念ながらな。覚えておかなければならないことすら時の流れで忘れてしまうこともある身だ。なにかキッカケがあれば思い出すこともあるだろうが……時にタイチ』


「んー?」


『たまには実家に帰らなくて良いのか? 先ほどの会話でふと思い出したが、キミはこちら側に留学してから今に至るまでのおよそ十二年間、一度も実家に帰ってないだろう?』


「あー……まあそうだな。忙しかったしな。母さんには電話するたびに帰って来いって言われるけど……」


『キミのスケジュールを見る限り、今なら実家に一週間ぐらい帰る程度の休みは余裕で調整できるだろう。セオドリックの采配次第だが、ここから先はまた忙しくなる可能性もある。今のうちに一度帰っておいた方が良いんじゃないか? 日本の警察にはセオドリックが手を回しているから、安全性も問題ないだろう。むしろ治安的な意味だったらアメリカより安全だ』


「言われてみればそうだけど、急にどうしたよ? オレの帰省状況なんて別にフェイスが気にするようなことじゃないだろ?」


『そうでもないぞ。俺の経験上、家族との繋がりは宿主の人生にとって良い方向へと働くことが多い。すでに他界していたり、家族関係に特別な事情があるなら別だが、そうでないなら家族は大切にした方が良い』


「家族は大切に、か……」


 タイチがそう呟くと、テーブルの上に置いてあったスマホから着信音が鳴り始めた。


「お……噂をすれば、だな」


『母君か?』


「ああ」


 そう言いながら電話に出たタイチは、母君と近況報告を兼ねた雑談をしたあと、いつものように『たまには日本に帰って来れないの?』と寂しがられていた。


「あー……うん、そうだなぁ、最近ちょっと落ち着いてきたから、一度そっちに帰れるかどうかスケジュール調整してみるよ。……うん、うん、いや、実際帰れるかどうかはわかんないけどさ……うん、それじゃまた」


『一度実家に帰るのか?』


「んー、セオに確認とってからだけどな。っていうかフェイスが帰れって言ったんじゃん」


『そうだが、キミは中々に薄情なところがあるからな。もしかしたら何かしら理由をつけて、実家には帰らない可能性もあるんじゃないかと俺は考えていた』


「いやいや、話したこともない赤の他人は躊躇なくソウルスティールできるオレでも、さすがにたった一人の母親は大事にしたいと思ってるよ」


『そうか。だがその言い方だと父君は除外されているが、良いのか?』


「いやだって父さんは家にほとんど帰って来ないし。母さん泣かせてばっかだし」


『なるほど』


「別に父さんが嫌いってわけじゃないし、むしろ好きだけど、女を泣かせるような男はダメだろ。……ああ、いや、オレも人のことはあんま言えないけどさ。別れ際に元カノさんざん泣かせてたから」


『キミの場合は俺が取り憑いてしまったからな。仕方ないんじゃないか?』


「いや……今となってはあんな風に別れなくっても良かったんじゃないかって思うんだよ。当時はさんざん『直接会って話したい』ってメールを送られてたけど、冷たく突き放してたからな」


『ふむ……そういえば、ロサンゼルス行きの飛行機に乗る日も元カノからメールが来ていたな』


「なんだ、んなことよく覚えてたな」


『少し違和感があったからな。タイチ。キミの元カノは、キミのことを当時連続殺人犯だと思っていたはずだ。それなのになぜ『その後』もキミにメールを送っていたんだ? メールで自首を促されでもしていたのか?』


「あー……まあ、実のところその件に関してはもう元カノと電話で話し合って、和解してたんだよな……空港に行く前から」


『和解していた? 初耳だな』


「そりゃ言ってないからな。んー……もう随分と経つし、怒らないって約束するなら理由を話すけど」


『……嫌な予感がするな。確約はできないが、怒らないよう努力するから教えてくれ』


「わかった。実はな…………元カノには当時、全部バラしちゃったんだよ」


『…………………………………………何を?』


「いやだから、邪神の能力とかフェイスのこととか」


『…………………………………………………………』


「……フェイス?」


『………………今世紀最大のバカを見た。いや、バカというより狂っている。他であれだけ慎重に事を進めていたのに、影でなんてことをやっているんだキミは。前々から思ってはいたが、キミには自殺願望でもあるのか? 頭がパーなのか? パッパラパーなのか?』


「だからそう怒んなって。怒らないよう努力するって言ったじゃんか」


『努力ではどうにもならないこともある』


「まあまあ、落ち着けって。当時はあんまりにも元カノが自首しろ自首しろってうるさいからさ、全部まるっと話しちゃったんだよ。事情を話したらアイツはわかってくれるって思ってたし、その場合は秘密にしておいてくれるって信じてたし。実際、今まで特に何も問題なかっただろ?」


『それは結果論だ。そもそも元カノがキミの話を秘密にしていたという確証もない。キミが話してしまった内容を警察に話したが、信じてもらえなかっただけ、という可能性もある』


「だとしても、オレは……いや、うん、まあ、うん」


『なんだ?』


「なんでもないっす。若さゆえの過ちでした。もう二度としません」


『…………頼むぞ』


「……お、やっちまった事の大きさの割には説教短いじゃん。どしたのわさわさ?」


『いやなに、昔のキミであれば嘘でも『もう二度としません』なんて殊勝なことは言わなかっただろうからな。昔だったら『大丈夫だって。結果オーライ結果オーライ』とでも言って煙に巻いていただろう。その点を評価したまでだ』


「おおー、大人になって変わったオレを認めてくれたってわけだ? さっすがフェイス。なんだかんだで甘い……じゃなくて、優しいよなぁオレに対して」


『……大人になっても、そうやってすぐ調子に乗るところは変わらないな、タイチ』


「そりゃーオレはオレだからな。根っこのところは変わらんぜよ」


『キミという奴は……本当に……』


「うぉっ、本日二度目のお説教タイムくるか!?」


『……いや、俺はもう寝る』


「えぇー? マジかよ、まさかのふて寝かよ。いいんだぜ? もうちょっとお説教してくれても」


『キミがワザと俺を怒らせて、俺と長く会話しようとしているという思惑が透けて見えるからな。その手には乗らん』


「おっふ……なぜバレたし」


『バレるとも。キミはバカだが……どうしようもないバカだが、頭は悪くないからな。だからこそ会話の微かな違和感でその意図するところがわかる』


「ははっ、すげぇな、そんなんわかるのフェイスぐらいだぜ。でもさぁ、良いじゃんか、そんな時間にカツカツしなくても。ちょっと長話するぐらい。ただでさえ最近は昔以上に寝てばっかなんだからさ」


『問答無用。俺は寝る』


「相変わらず清々しいまでの会話ぶった切りだな!」


『おやすみ』


「おやすみ!」


 もうすっかりいつもの会話ぶった切りに慣れたタイチと寝る前の挨拶をしてから、俺は意識を深い闇の中へと没入させていった。










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