026「装置」
研究所エリアへと繋がる廊下を歩いている最中。
「にしてもさ、今日のマリアちゃんはまた一段と機嫌が良かったな」
『そうか?』
「そうだよ。だってデートに『また今度誘うよ』って言っても『迷惑です』とか、『やめてください』とか、『誘わないでください』とか、そういうこと言われなかったじゃん?」
『……そういえばそうだな』
「まあもちろん、今までの積み重ねっていうのもあるんだろうけど……よし、仕事終わりにもっかい話し掛けてみるか」
『また食事に誘うのか?』
「いや、一日に二度誘うのはスマートじゃないからな。ただ話すだけだよ。相手の機嫌が良い時に話し掛けないのは損じゃん?」
『そうなのか?』
「そうだよ。相手の機嫌が良い時に話し掛ければ、高確率で楽しい会話ができるじゃん? そしたらオレと『楽しい会話』をしたっていう思い出がひとつ、マリアちゃんの中に残るわけじゃん。そうやって少しずつマリアちゃんの中にオレとの楽しい思い出を増やしていけば……あら不思議、『オレといる時は楽しい会話ができる』ってマリアちゃんに印象づけることができるわけだ」
『なるほど。無意識下への刷り込みか。理に適っているな』
「なんだよ、千年以上の時を生きてるのにこの話、始めて聞いたのか? 異性攻略に関しては結構有名な話だと思うけど」
『もしかしたら聞いたことがあるのかもしれないが、だとしても忘れているのだろうな。なにぶん、このような身だと男女関係の知識は記憶に留めておく優先順位が低くなりがちだ』
「ふうん。……そういえば、フェイスって高校生の時に邪神化したって言ってたよな」
『そうだな』
「じゃあ彼女とかって……」
『いなかったぞ。もちろん邪神となってからもいたことはない』
「お、おう……そうか……すげぇな……」
『そうか?』
「そりゃそうだろ……フェイスは未練とかってねぇの? 自分の人生に」
『確か最初の五百年ぐらいは未練があった気もするが……今となってはもうまったくないな』
「へぇ、やっぱりアレ? 『フッ……長く生き過ぎて、感情などというものは摩耗してしまったよ……』って感じ?」
『…………まあ、そうだな。それもあると思う』
「それもあると思うって……その他に何かあんの?」
『いやなに、邪神となってからは摩耗するような感情が芽生えることも少ないからな。すべて他人事であるうえに感覚が一切ないから、ともすれば自分自身が存在しているかどうかもあやしく思える』
「あー、なるほどね。でもさ、宿主に取り憑いてる時は感覚もないだろうけど、宿主の魂と同化したら感覚は取り戻せるんじゃねぇの? 疲れるのかもしんないけど」
『取り戻せないぞ』
「へ?」
『宿主と同化しても感覚は取り戻せない。もともと失っていない視覚と聴覚はそのままだが、触覚、嗅覚、味覚などその他もろもろの感覚は取り戻せない。だから温かさや冷たさ、痛みや空腹なども感じない。同化を使った際に生じる異常な疲労は感じるがな』
「うわぁ……マジか。そりゃヤバいな……」
『ああ、ヤバいぞ。慣れない頃は何度発狂しそうになったことか。……とはいえ、実際には狂うことすらできないんだが』
「話が重くてコメントしづらいぜ……」
そのあとは他愛のない会話をしながら廊下を進んでいき、数分後。
「おお……おお! タイチくん! 完成したよ! 完成したんだよ!!」
「うお……なんだよオッチャン、今日はやたらとテンション高いなぁ……」
研究室に入ったと同時にヤーコフ博士が興奮した様子で近寄ってきた。
タイチは若干引き気味である。
「テンション高くもなるさ! 完成したんだから!」
「完成したって……何がよ?」
「だからアレだよ、アレ!」
「……いや、わかんねぇよ」
『タイチ、もしかしてアレじゃないか?』
「フェイスまでなんだよ……ここはボケ老人ばっかかよ……」
『いや、この前ヤーコフ博士が言っていただろう。俺がタイチ以外と話せるようになる装置を開発中だと』
「……ああ! アレか!」
『思い出したか?』
「思い出した思い出した。っていうかフェイスよく『アレ』でわかったな。言われるまでオレすっかり忘れてたわ」
『俺はその『装置』とやらに強い興味があったからな。単に意識の差だろう』
「そっか。確かにオレその『装置』ってのにはまったく興味ないからなぁ」
『俺に関わる研究はキミの人生にも深く関わってくるのだから、もう少し興味を持っても良いと思うのだが……』
「分担だよ分担。役割分担。オレは目の前のことで忙しい……って、オッチャン、なに笑ってんだよ。気持ちわりぃぞ」
「ぐふふふふ……これでやっと私もフェイスくんと直接話すことができるんだ。嬉しくって嬉しくって!」
「オレを通じてなら今まで何回も会話してるじゃんかよ」
「それじゃあ意味がないんだ! いや、意味がないことはないが、リアルタイムで、そして生の声でやり取りするということに意味があるんだ!」
「うわぁ……だってよ、フェイス。どう思う?」
『機械を介してやり取りする声を、『生』と表現するのは少し違和感があるな』
「ははっ、そっちかよ」
そんな話をしながらタイチはヤーコフ博士に誘導され、今回完成したその『装置』がある別室へと足を踏み入れた。
「うお……なんだこのタマゴ型カプセル。オッチャン、これが例の装置?」
「そうだ! これが我々とフェイスくんとの直接会話を可能にする、『交感対話装置』だ! 私が直々にデザインした! どうだ、オシャレだろう?」
「へぇ……白くてプラスチックっぽくて、なんか、そこはかとなくダサいな」
「タイチくん……ひどいよ……」
「ははっ、冗談だってオッチャン。んで? この中にオレが入ればいいの?」
「うむ、その通り……あ、ちょ、タイチくん、靴は脱いで……」
「ん? ああ、りょーかい。……そーいや、マリアちゃんは?」
「マリアくんは別室で、交感対話装置を使用中の各種データを計測することになっている。……呼んだ方がいいかね?」
「呼ばない呼ばない。聞いてみただけだから」
そう言いながらタイチはカプセルの中に入り、ヤーコフ博士の指示を受けながら装置内で仰向けになった。




