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邪神  作者: 霧島樹
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025「要塞」

 タイチが二十五歳になった年の、ある日の午後。


「はぁー……今回の任務はマジでヤバかった」


 タイチは組織にある地下のシャワー室で入念に体を洗いながら、ため息をついていた。


『そうか? 今回は安全性が高く比較的難易度の低い、良い任務だったと思うが』


「ぜんっぜん良くねぇよ。下水道だぜ? しかもその中で延々待機したと思ったら、最終的には下水の中を歩いて進むとか……」


『ああ、なるほど。そういう意味でのヤバかったか。納得した』


「そうだよ……はぁ……体に臭いがこびりついてる気がするぜ……」


『防護服は効果がなかったのか?』


「効果がなかったら『臭いがこびりついてる気がする』なんてレベルじゃねぇだろうな」


『なるほど』


「おーい、001。まだ洗ってるのか?」


 シャワールームの塀からニュッと顔を出してこちらを覗き込んできたのは、フレデリック・マーカー。

 タイチの護衛部隊の隊長だ。

 金色の短髪に碧眼、精悍な顔つきをした気のいい男である。


「まだ洗ってるのかって……シャワー浴び始めてからまだ三分ぐらいしか経ってねぇじゃん。ってか任務中でもないのにコードネームで呼ぶなよ」


「ハハッ、コードネームで呼ばれるの満更でもないくせに。っていうか三分もあれば全身洗い終わるだろ? 俺たちはみんなもう洗い終わったぜ?」


「いやいや、頭を洗うだけでも三分はかかるっての。どんな洗い方してんだよお前ら」


「普通だよ、普通。んじゃ俺たちは先に行ってるぜ?」


「おー、行け行け。っていうかどっちにしろオレもこのあとはオッチャンに呼ばれてるし」


「なんだ、食堂には来ないのか? それぐらいの時間は融通きかせてくれるだろヤーコフ博士なら」


「あの強烈な悪臭の直後じゃ食欲が湧かなくってな……」


「なんだ、繊細だなぁタイチは」


「それこそ普通だよ、普通。お前らが図太いんだ」


「そうかぁ?」


 そんな風にフレデリックとタイチが話していると、シャワー室の入り口から「隊長! 早くメシ行きましょうよ!」と呼び声が掛かった。


「おっと、呼ばれてる。じゃあな、タイチ」


「おー、じゃあな」


 そしてフレデリックや他の隊員が出て行ってから十数分後。

 シャワーを終えて更衣室に出たタイチは、足拭きマットの上で固まっていた。


「さてと……あれ?」


『どうしたタイチ?』


「バスタオルが一枚もねぇ……」


 どうやらいつも所定の位置にあるバスタオルが見当たらないらしく、タイチはその場でひとり立ち尽くしていた。


『そうか。ならば濡れたまま服を着るしかないな』


「ひとごとだと思って簡単に言ってくれるよなぁ……」


『ひとごとだからな。そんなことよりタイチ。キミはもうそろそろ集中した時だけではなく、常に魂の感知ができるよう訓練した方がいいぞ』


「なんだよ急に。最近はちゃんと常に感知してる……あ」


 どうやら意識してやっと、更衣室の入り口付近で隠れているマリアに気がついたようだ。

 常時感知はまだまだ厳しいが、普段から知っている人間の魂識別はすでにタイチもできるようになっている。


『感知できていなかっただろう?』


「ホントだな。気ぃ抜いてたぜ。……マリアちゃん!」


「……気づいていたのですか?」


 マリアはそう言いながら更衣室に入ってきた。

 両手には大量のバスタオルを抱え、視線はタイチの体を見ないようにしているのか下を向いている。


「フェイスに教えてもらった。……バスタオル、わざわざマリアちゃんが持って来てくれたのか?」


「はい。マーカー隊長が『今頃タイチが困っているだろうから、補充しておいてくれ』……と」


「アイツ……」


 あきれた声を出しながらマリアからバスタオルを受け取るタイチだが、口元は笑っているため、おそらくは内心『よくやった』とでも思っているのだろう。


「ありがと、マリアちゃん。わりぃな、マリアちゃんも忙しいのに」


「いえ、あなたほどではありません。……今回の任務も大変だったみたいですね。マーカー隊長から聞きました」


「ははっ、アイツは大変だろうなぁ、オレみたいなド素人の護衛をしなきゃなんねぇんだから」


「そうですか? マーカー隊長は『タイチは真面目で頑張り屋なうえ、素直だから任務が楽で助かる』って、いつも言ってますよ」


「アイツは良いヤツだからな。気を使ってるんだよ」


「フフ……」


「ん? どうした?」


「タイチでも、褒められると謙遜するんですね」


「タイチでもって、ひどいなぁ。オレは普段から謙虚な人間だぜ?」


「そうでしょうか?」


「そうだよ。マリアちゃんは今までオレのことを褒める機会がなかったからあまり知らないだろうけどさ。……別に、もっと褒めてくれても良いんだぜ?」


「そうですね、また機会があったら」


「じゃあ今夜食事でもどう? 実はこの前、良い店見つけたんだよ」


「ダメです」


「う……」


「それはダメです」


「はは……そっか。オッケー、んじゃまた今度誘うよ」


「ええ。それじゃまた」


 マリアが更衣室から出て行くと、話しながら服を着替え終わっていたタイチはドライヤーで髪を乾かし始めた。


『マリア博士にアプローチし始めてもう五年か。それでいてまだ一度もデートの誘いが成功していないというのは、なんというか……驚異的だな』


「はぁ……まーな。レジーナが余計なこと言わなきゃ今頃もっと仲良くなってたと思うんだけどなー」


『そうだな。だがそれを言うなら、最初からキミ自身が余計なことを言わなければ良かったんじゃないか?』


 今から三年ぐらい前だっただろうか。

 まず前提として、大学でタイチに接触してきたレジーナ・ミューアは今、タイチの監視役、および秘書的な役割をしている。


 そういった関係で、マリアと打ち解け始めたタイチが、調子に乗ってレジーナに『もうそろそろマリアを落とせるぜ。ヒャッハー』的なニュアンスの話をしてしまい、それがレジーナからマリアへと伝わってしまったのだ。


 その結果、出来上がったのが『難攻不落の要塞(激おこマリア)』というわけである。

 それでもその事件以降、タイチがあの手この手で誠意を見せてきたので、当時よりはよっぽどマシになったが……それでもデートの誘いだけは成功しない。


「まー、そうだな。オレが悪いのは間違いないわ」


『随分と素直だな』


「マリアちゃんは誠実な男が好きみたいだからさ。そうなれるよう意識してんだよ」


『なんというか……キミは本当に、目標に向けてひたむきに努力する男だな。似合わないというか、意外性があるというか……』


「おいおい、ひどいな。元来オレは真面目な人間だぜ?」


『キミは努力家で自分の人生を楽しむのに一生懸命な人間ではあるが、真面目な人間ではないだろう。任務だけは真面目にやっているようだが』


「はは……フェイスってマジでオレに容赦ないよなぁ……」


『俺はただ事実を言っているだけだ』


 そんな会話をしながらもドライヤーを終えて身支度したタイチは、研究所エリアへと歩き出した。










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