022「博士」
あれからタイチは続けてソウルスティールの計測実験をさせられ、この日はなんと最終的に合計五人もの人間の魂を吸い取ることになった。
ちなみにタイチはまったく気にしていない様子だったが、連中が用意したこの五人は全員が近日中に死刑執行される予定の重罪人だったらしい。
ソウルスティールの計測実験が終わったあとは俺の存在証明ということで、タイチを介した俺に対する質問攻め、および偉人同化を使用したいくつかのテストをさせられた。
結果としては『フェイスと名乗る存在の有無に関しては証明ができず。要継続研究課題』ということになった。
当然といえば当然の話である。
質問攻めも偉人同化も俺の存在証明になるわけがないというのは最初からわかりきったことだからだ。
色々と実験をするための口実として言っていたのだろうが……だったら変な前置きなどせず正直に『調べさせてくれ』と言ってくれた方がよっぽど捗るだろうに。
想定の範囲内ではあるが、そのあたりは多少もどかしくもあった。
そのあとはタイチがスピーカー越しにセオドリックと今後の待遇などを話し、この日は帰してもらえることになった。
「うわ、もう日付け変わってるじゃんかよ……早く帰してくれって言ったのに」
『そうだな。十三時頃から二十四時頃までだから、移動時間も含めてだいたい十一時間ほどの拘束された形になるな』
「うへぇ……どうりでいつまで経っても終わらないわけだよ……」
連中の車でアパートに送り届けてもらい、自室へと入ったタイチはすぐにベッドへ身を投げ出した。
『確かに長かったな』
「いや、フェイスは八割、九割がた寝てたじゃん」
『うたた寝だからちゃんと睡眠を取れたとは言い難い。それに偉人同化も使ったしな。状況的に仕方ないとはいえ、相当エネルギーを消費した』
「ああ、偉人同化か。そういや使ってたな」
『うむ、もう使う機会はないだろうと思っていた矢先にこれだからな。余計疲れた』
「だったら偉人同化の能力は隠しておけばよかったのに。なんで何もかもレポートに書かせたんだよ?」
『…………』
「フェイス?」
『…………』
「あぁ……制約的なアレか? 大変だなぁお前も。まあいいや。無事に帰れただけでも良しとするか。実験に協力したって建前でお金も千ドルもらえたし」
『……そうだな。相手の出方次第では大変なことになっていた。今のタイチは射程距離もソウルスティールの実行速度も以前よりは大幅に成長しているが、それでもアメリカ政府を敵に回して生きるのは不可能に近いからな。形だけでも協力関係になれて本当に良かった』
「あれ? アイツら途中で『我々はアメリカ政府とは一切関係がない』って言ってなかったっけ?」
『当たり前だろうタイチ。どう考えてもあれは非合法な組織だ。政府が関わっていても正直に言うわけがない。もちろん政府が関わっていない可能性もゼロではないが、近日中に処刑される死刑囚を五人も用意できる時点でその可能性は限りなく低いだろう』
「ってことは十中八九、政府が関係してるってことか?」
『関係しているどころか、直属の組織である可能性が高いな』
「そっかー、そりゃ闇が深いな。よく帰してもらえたもんだ」
『そうだな。週一での実験協力や無断での長距離移動禁止など、様々な面で自由は消えたが……それでも十分譲歩してもらえた方だろう。話のわかる相手で良かった。無論、少しでもあやしい動きをすれば拉致監禁待ったなしだろうがな。今も盗聴、盗撮は当然されているだろうし』
「マジかよ。じゃあ今からオレがおもむろに服を破り捨てて、裸踊りしながら奇声を上げればディスプレイの向こう側で『Oh……ジャパニーズクレイジー……』とか言われちゃうわけ? 胸熱だな」
『なんだか急に疲れが出てきたな……さて、俺はもう寝るぞ』
「ノリが悪いなぁフェイスは。そんなんじゃ宿主を上手く人心掌握できないぞ。……フェイス? おい、フェイス?」
俺はタイチの声を無視しながら、意識を深い闇の中への沈ませていった。
◯
アメリカ政府直属である可能性の高い組織と協力関係になってから、一年の月日が経過した。
あれからというものタイチは幾度となく組織へと連れて行かれ、邪神の力を使って様々な実験をさせられた。
人間以外の動物や植物、昆虫や微生物といった生命体に対するソウルスティールやエナジードレイン。
色々な物質を間に挟んだ状態で感知能力に差があるかどうか。
性同一性障害の人間や、性転換手術をした人間の魂は性別がもともとの肉体に準ずるのか、否か。
長年植物状態になっている人間の年齢はどのように判別されるのか。
様々な状況下で、条件下で、多種多様な内容の実験と計測をした。
そして大学を卒業したあとは組織の研究機関のすぐ近くへと引っ越すことを半ば強制された。
タイチは『これで移動時間分が自由になる』と喜んでいたが、実際は移動時間分がそのまま拘束時間に変わっただけだったので、タイチは大いに嘆いていた。
そんなある日の午後。
組織内の地下研究所にて。
「なぁ、マリアちゃんって彼氏いんの?」
「…………」
タイチは検査台の上で仰向けになりながら、近くにいるマリアに話し掛けていた。
マリアとは長いプラチナブロンドを後頭部でまとめ、ポニーテールにしたメガネ美人の博士である。
「相変わらずガードが固いなぁマリアちゃんは。検査中オレ暇だからさー、話し相手になってくれてもいいじゃん?」
「……普通の話だったらいつも相手になっているでしょう」
「別にいいじゃん彼氏がいるかいないか聞いたって。もう一年ちょっとの付き合いなんだし」
「あなたとはあくまで仕事上での付き合いなので」
「態度がブレないねーマリアちゃんは。でもそんなとこも好きだぜ。いつかその鉄壁のガードを破ってみせる」
「無理ですね」
「不可能を可能にする男。それがオレだ。サトウ・タイチだ。あ、違った。タイチ・サトウだ」
「なにを言ってるんですかあなたは……」
「お、今ちょっと笑った?」
「笑ってません。あきれたんです」
「いや絶対笑ったって」
「違います。……ほら、検査終わりましたよ。くだらないこと言ってないで早く台から下りてください」
「ほーい」
タイチは台から下りて検査室から出ると、待合室のソファにどっかと座り込んだ。
『タイチ。最近マリア博士に熱心だな』
「まーね。ここしばらく刺激がマジでないからさ。個人的に目標を作ろうと思って」
『目標?』
「そー、目標。まずマリアちゃんが鉄壁すぎるから、そのガードを破るのが第一の目標」
『ガードを破ってどうするんだ? キミの体質ではまともに女性と付き合うことはできないだろう?』
「別に触れ合えないからって必ずしも付き合えないってわけじゃないだろ? プラトニックな関係を楽しむのもいいじゃんか」
『キミがそれでいいのなら、俺としては何も言うことはないが……それが第一の目標ということは、第二の目標は何だ?』
「第二の目標は、今年こそ株取引でオレ自身も黒字を出す! ってとこだな」
『……俺が見たところキミには投資の才能がないから、それはあきらめた方がいいと思うぞ』
あれからというもの株取引での金稼ぎは順調で、今や日本円換算すると口座の金額は三億円以上だ。
だがしかし、まだまだ大事な時期であることは間違いない。
加速度的に資産を増やしていくにはまだ金額が足りないのだ。
できればタイチに余計な損失を出してほしくはない。
「なんでだよ、いいじゃんか。フェイスの指示で稼いでる分に比べたらオレの損失なんて微々たるもんじゃん」
『そういう問題じゃない。キミ自身の判断で取引した結果、日本円で一千万ほどの損失を出しているんだぞ。しかも一度に一千万じゃなく、小分けにして何回も、何十回も損失を出している』
「人生は最後まであきらめなければ『詰み』じゃない、だろ?」
『株取引は『人生』じゃない。あきらめてくれ。もしくは違う人生を歩んでくれ』
「言うねぇーフェイス。辛辣ぅー」
『タイチ。なんだか嫌な予感がするぞ』
「嫌な予感? ……あぁ、なんかオッチャンがこっちに向かって走ってきてるな」
タイチがドアに視線を向けるのと、そのドアが勢い良く開けられるのはほぼ同時だった。




