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邪神  作者: 霧島樹
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017「勉強」

 飛行機の旅を終え、ロサンゼルス空港からバスで約一時間ほど南方へ移動したあと。

 タイチは旅行用の大きなトランクを引きながら、留学先の賃貸アパートへと足を踏み入れていた。


「へぇ……なんかあれだな、外はレンガ作りっぽくてレトロな感じなのに、中は意外と綺麗だな」


『そうだな。だが事前に写真で確認していたから、それはわかっていただろう?』


「それは言わない約束でしょ、おとっつぁん」


『……おとっつぁん?』


「それを言っちゃあおしまいよ。……って言った方が通じるか?」


『いや……すまない。意味はわかるが、意図はわからん。どういうことだ?』


「だからさぁ、新しい部屋に入った時の定例句みたいなもんじゃん、さっきのは。いちいちツッコミ入れるなよ」


『なるほど。定例句か。奥が深いな』


「…………」


『どうしたタイチ?』


「なんでもねぇ。さてと、荷物が届くまで結構あるな。どうするか」


『そうだな。時間があるならこちら側で使うパソコンの下調べをしよう』


「パソコンの下調べ?」


『スマホのネットで、こちら側で購入するパソコンの当たりを付けておく、という意味だ』


「え? なんでだよ? ノートパソコンなら持ってきてるじゃん」


 タイチが旅行用の黒い大型トランクを指でトントン、と叩く。


『これからはパソコンを二台、使い分ける必要があるからな。それにキミだって日本語OSと英語OSのパソコン両方とも揃っていた方が何かと便利だろう?』


「そうか? ……あー、そうか。そうかもな。オレの英語レベルだとまだまだ日本語で調べ物とかするもんな」


『そういうことだ。どちらにせよ二台使うのだから、片方はそのまま日本語で使えばいちいち言語を切り替えなくて済むから楽だろう。慣れるためにも基本は英語を使った方がいいが』


「じゃあ普段からフェイスも英語で喋りかけてくれよ。オレが英語に慣れるために」


『前にも言ったが、俺の言葉は思念だ。俺自身が日本語を喋っているわけじゃない。俺の言葉が日本語に聞こえるのは、キミが脳内で日本語に変換しているからだ』


「んじゃオレが脳内で英語に変換すれば英語に聞こえるってこと?」


『そういうことだ。だがしかし、それには日本語を完全に忘れるレベルで英語を使わなければ無理だな。大抵の人間は思念を母国語以外に変えることは不可能だ』


「なんだよそれ。んじゃ無理じゃん」


『そうだな』


「そうだな、って……」


『そんな心配しなくとも、大学でディベートやディスカッションの回数をこなせば自然と英語には慣れるさ。大学で使う言葉はすべて英語なのだから』


「いやいやいや、そんな当たり前のことを当たり前のように言われても。その回数をこなすまでが心配なんだって」


『大丈夫だ。キミならできる。面接はすべて英語だったが、完璧だったじゃないか』


「ある程度は話すことが決まってる面接の英語と、ディベート、ディスカッションの英語を一緒にすんじゃねぇよ!」


『では予習、復習をしっかりするしかないな』


「結局はオレがひとりで頑張るのかよ……」


『そうだな。俺が年単位で眠って、タイチがアメリカで長い間ひとりになっても大丈夫なように勉強してもらうのが目的だからな』


「うへぇ……大学入ってからは遊べるかと思ったら、結局は今までと同じ勉強漬けかよ……勘弁してくれよ……」


『タイチ。学生の本分は勉強だぞ』


「はいはい、わかってるよ。言ってみただけだっての。それはそうとして、購入予定のパソコンをネットで探すんだろ? なんか必須条件とかあんの?」


『必須条件はないが、ある程度のスペックはあった方がいいな。一緒に選んでいこう』


「パソコンのスペックとか、フェイスわかるのかよ?」


『うろ覚えだが、わかるぞ。以前現代世界に転移した時は毎日使ってたからな』


「毎日って……何をやってたんだよ」


『それはもうしばらくすればわかることだ。さぁ、パソコンを選ぶぞ』


「へいへい……」


 そうして俺はタイチと、アパートに荷物が届くまでの間、スマホで新しく購入するパソコンの下調べをした。







 ◯







 留学先のアパートに着いたその日から、半年の月日が経った。


「フェイス……」


『なんだ?』


「オレさぁ……なんのために海外留学したんだっけ……」


 アパートの自室に置いてある勉強机の前で、大量の書類と教科書を前にしながらタイチは頭を抱えていた。


『表向きの理由は勉強をするため、だな。特にキミが今いる大学は金融工学に力を入れているから、キミは将来、銀行か証券会社に就職するための勉強をしていると周りからは思われているだろう。実際に学部も金融工学で、学んでいるのもファイナンス理論だからな』


「……本当の理由は?」


『それはもちろん、安定したソウルスティールをしていくのに必要な土台作りのためだ。まずはタイチ自身に英語を使った日常生活に慣れてもらって、十分に慣れたら、次の段階である金稼ぎに注力することになる』


「それ! それだよそれ! 金稼ぎ!」


 タイチは目の前に積み上がった教科書をバンバンと叩きながら言った。


「オレはさぁ、それを待ってるんだよ! フェイスさぁ、オレに使っても使っても使い切れないぐらいの富を約束するって言ったじゃん! それが毎日毎日、大学の講義とかディベートとかディスカッションに加えて、帰ってからもリーディングの宿題にレポートの山……フェイスはぜんっぜん手伝ってくれないし、いつになったらオレは悠々自適に優雅な生活をできるようになるんだよ!?」


『ふむ……俺としてはもう少しタイチに勉強を頑張ってもらってから、次の段階へと移行したいのだが。ファイナンス理論に関してはともかく、英語に関してはこれから先も一生使うからな』


「いやもう十分だろ! ディベートとかディスカッションでも現地人(ネイティブ)相手にメッチャがんばってるじゃんオレ!」


『そうだな。キミはまだ英語が饒舌というわけでもないのに現地人(ネイティブ)を相手に一歩も引かないからな。そう考えると、キミの対人コミュニケーション能力は本当に優れていると思う。だがしかし、それでもまだキミの英語力が弱いのは確かだ。俺としては、やはりもう少し……』


「いや、だからその『もう少し』って『いつ』だよ!!」


 タイチは再びバンバン、と教科書の山を叩いた。


「っていうかフェイスはなんでいつも『そのうちわかる』とか『その時になったら説明する』とか言って、色々と先の計画を教えてくれないんだよ!」


『そうか? 大筋は話していると思うが』


「いやだからそれは『大筋』だろ! もっと具体的に説明してくれよ! 何をやって金を稼ぐのか、とかもずっと秘密にしてるじゃん! 先のことを具体的に話しちゃいけないとか、そういう制約でもあんのかよ!?」


『そんなものはないぞ。ただ以前キミは言っていただろう? 『次に何を指示されるかって、そう考えるだけで楽しい』……と』


「ああそんなこと言ったっけな! だからなんだよ!?」


『いや、だからあえて具体的な情報開示はしなかったのだが』


「…………は?」


『その方がキミにとっては『面白い』だろうと思ったのだが……違ったか?』


「……そんな理由で、具体的な話はいつも直前か少し前にしてたのか?」


『そうだ。もちろん海外留学や大学選びなど、事前に話しておかなければ計画に支障が出るようなことは具体的に話したが、支障なさそうなことはできるだけ直前に話すようにした。ダメだったか?』


「…………はぁ」


 タイチはガックリと頭を下げ、大きくため息をついた。


「そんな理由かよ……まあフェイスの言う通り、確かに前もって計画の全部を具体的に言われたら面白くねぇかもだけど、にしたって限度があるだろ……」


『そうか。どうやら俺はキミのフラストレーションを溜めすぎたようだな。ならば、もうそろそろ始めるとするか』


「始める? 何をだよ?」


『決まっているだろう』


 俺は計画を前倒しすべく、本来の予定を脳内で修正、そして組み立て直しながら言った。


『――金稼ぎを、だ』










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