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邪神  作者: 霧島樹


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016「理想」

 クロスバイクに仕掛けられていた発信機か盗聴機らしき物を発見した日から、俺とタイチは様々な場所でソウルスティールをおこなった。


 街の人混みの中を歩いている老人を相手に。

 家電量販店のマッサージ機で寝ている老人を相手に。

 走り始めてドアの閉まった電車の中から、駅のホームにいる老人を相手に。


 なるべく尾行を撒いたうえで、絶対的なアリバイのある状況下で。

 今となっては『慣れた』こともあり、タイチは離れた場所から手も動かさず、眉一つ動かさず、俺の指示によって淡々と毎回のソウルスティールをこなしていった。


 そして、月日は流れ。


『とうとう、ここまで来たな』


「ああ。やっとだぜ」


 俺とタイチはアメリカ、ロサンゼルス行きの飛行機を空港の待合室ラウンジで待っていた。


『そうだな。日々の勉強に大学受験、ソウルスティール……よく頑張ったな、タイチ。途中何度かヒヤヒヤさせられることはあったが、それを差し引いてもキミは本当に優秀な宿主だ。歴代の宿主の中でも五本の指に入るだろう』


「それはそれは光栄なことで。オレはお前の言う通りに動いてただけなんだけどな」


『謙虚だなタイチは。大学受験の英語面接なんて、俺が助言したとはいえ非常に見事なものだったぞ。前から思っていたがキミは本当に演技が上手い。役者としては天賦の才があるんじゃないかと思うぐらいだ』


 おかげで目当ての大学には無事、特待生として入学が決まった。

 大学のレベルとしてはそこまでじゃないが、電車で一駅移動すれば巨大なスラム街があり、特待生であれば大学が全額学費負担をしてくれる奨学金制度もある。

 俺が提示した条件の中でも最適な大学だ。


「へぇ、そっか。んじゃオレ将来は俳優にでもなろうかな?」


『それはダメだ』


「ははっ、そう言うと思ったぜ。冗談だよ。……ん?」


『どうした?』


「んー……元カノからのメールだった」


 タイチはそう言いながらスマホをポケットに仕舞った。


『見なくていいのか?』


「いーよ。内容は大体わかってるからな。朝もメール来てたし。っていうかここ最近はずっと来てたし」


『そうなのか? 知らなかったな』


「そりゃ一日のほとんどを寝て過ごしてるフェイスは知らないだろうな。別に話すようなことじゃないし。……ところでフェイス」


『ああ。見られているな』


「やっぱりか。人数は……二人か?」


『いや、あともう四人ほど俺たちの周りを囲むようにして見張っているな。だから全部で六人だ』


「えぇ……嘘だろ。ぜんっぜんわっかんねぇわ」


『二人はわかっているんだから上出来だ。そのうち自分に意識を向けている魂はすべて識別できるようになる』


「はぁ……もうメンドイから、全部フェイスが識別すりゃいいじゃん。俺は実行担当だからさ」


『ダメだ。自力で識別できるよう頑張ってくれ。俺が寝ている時に困るだろう』


「別に困りゃしないって……そもそも困るような状況になったら『詰み』だろ?」


『タイチ。生きている限り、そしてあきらめない限り決して『詰み』にはならない。それを忘れないでくれ』


「ははっ、フェイス、それ邪神が言うことじゃねぇよ」


 タイチがひときわ大きい声で笑うと、十数メートル離れた場所に座っている中年男性がビクッと動いた。


『タイチ。声が大きいぞ。見張っている人間が驚いている』


「へぇ……驚いてるってことはやっぱり、オレのことを『なんらかの方法で遠距離から人を殺す連続殺人犯』だと思ってるってことかね?」


『タイチ!』


「大丈夫だって。聞こえちゃいねぇし、聞こえてもなんら問題はない……だろ?」


『それは確かにそうだが、そういう問題ではない。あえて話す必要のない内容を面白がって話す、キミのそういった態度が問題なんだ。いいかタイチ。以前から言ってるが、そういった振る舞いは油断に繋がり、いつか身を滅ぼす……』


「はいはい、わかってるって。りょーかい。あ、ほら、飛行機もう乗れるってよ」


 ちょうど計ったようにタイチが乗る飛行機搭乗のアナウンスが流れる。


『む……間が悪いな』


「オレにとってはベストタイミングだけどなー。……ん? なんだありゃ?」


 何やら騒がしい声に気を引かれ、タイチは背後を振り返った。

 すると十数メートル先で精悍な顔つきをした青年が、何人かの中年男性に取り押さえられていた。

 取り押さえられた青年の叫ぶ声がこちらにも聞こえてくる。


「なんで! なんで止めるんですか!? もう今しか! 今しかないんですよ!?」


「馬鹿野郎! 冷静になれ!」


 取り押さえている中年男性のひとりがそう言いながら青年を殴りつけた。


「へぇ……刑事かな? 面白そうなことやってんじゃん」


『タイチ。何もするなよ。目も合わせるな。今すぐ背を向けて飛行機へ乗るんだ』


「あー……ダメだ。目ぇ、合っちゃったわ」


『タイチ……止めろ、よせ! タイチ!!』


 タイチは俺の言葉を無視して、取り押さえてられている青年に向けてゆっくりと右手を伸ばした。


 そして。


「バイバイ」


 タイチはそう言って笑いながら小さく手を振り、青年に背を向けて歩き出した。










『……タイチ』


「なんだよ」


『なぜ、あんなことをした』


 飛行機に搭乗したあと。

 俺は飛行機内トイレから出たところにある洗面所で手を洗うタイチを、先ほどの件で問い詰めていた。


『あの男たちはキミが手を伸ばした時、懐に手を入れていた。おそらく銃を握っていたのだろう。彼らが先走らなかったから良かったものの、場合によってはタイチ、キミは撃たれていたんだぞ』


「だろうなぁ。いやー、心臓バクバクだったわ。超スリル満点だった」


『…………タイチ。俺にはキミの思考がわからない。警察機関にマークされた時はあれほどまでに焦り、動揺していたのに、なぜあの時以上に危険だった先ほどのような状況下であんなことをしたのか。答えてくれタイチ』


「なんだよフェイス。もう一年半以上オレのこと見てるのにわかんねぇの?」


『わからないな。俺自身、起きている時間が短いというのもあるが、そもそも人間の思考というものは一年や二年で知り尽くせるものではない。ずっと信用し続け、何十年と付き合った人間に突然、前触れなく裏切られることもある。ずっと疑い続け、信用しなかった人間が死ぬまで約束を守ることもある』


「へぇ、その言い方だとアレじゃん。人間なんて一生理解できないって言ってるようなもんじゃん」


『そうだな。俺には他人を完全に理解することは不可能だ。だが、だからと言って俺はキミを理解することをあきらめるつもりはない』


「ヒュー、かっこいいねぇ。んじゃ教えてやるよフェイス。オレはな――面白いことが、好きなんだ」


『面白いこと?』


「そ、面白いこと。警察にマークされた時は焦ったし動揺したぜ。面白くなかったからな。だけど今さっきのは楽しくって最高だったぜ。面白かったからな」


『タイチ。話が簡潔なのは良いんだが、それじゃ情報が足りなさすぎる。どういうことだ?』


「だからさぁ、オレはしょうもないミスでワケわかんねぇうちに捕まって死ぬのは、死んでもゴメンなんだよ。死ぬなら明確に、スポットライトを浴びた状態で死ぬ。それがオレの理想なワケだ」


『……先ほどの行為で死んだら、それは『しょうもないミス』ではないのか?』


「違うね。あれはオレが『あえて』そうしたからな。あれで死んでも『ミス』じゃない。『喜劇』ではあるけどな」


『タイチ。これから先の未来にはキミにとって面白いことが沢山あるだろう。キミの人生を『喜劇』で終わらせていいのか?』


「終わらねぇよ。オレの人生はあんなところじゃ終わらねぇ」


『自信満々だな。その根拠はなんだ?』


「そりゃもちろん」


 タイチは洗面台に手をついて、鏡に映る自分の目を見ながら言った。


「このオレが、主人公だからだよ」


『……タイチ。確かに、キミの人生の主人公はキミであることに間違いはないと思うが、だからと言ってキミの人生がキミにとって都合の良いように展開すると思ったら大間違いだぞ』


「ははっ、それはどうだろうな? 今のところ、オレの人生はオレに都合の良いようにしか展開してないぜ?」


『それは考え方の問題だろう。キミはやけに楽観的だからな』


「まぁ、そうかもな。でもお前もやたらめったら前向き思考じゃん? 似た者同士だぜオレら」


『楽観的と前向き思考はまったく違うものだ。俺とキミは似た者同士ではない』


「似たようなもんだっての。……おっと、飛行機がもう出るみたいだな。席に戻るぜ」


 機内に着席してシートベルトを締めるようアナウンスが流れたのを聞いて、タイチは自分の席へと戻り始めた。


『タイチ……』


「話ならあとだ。なに、心配すんなって。隣の席のヤツには絶対に触れないよう気をつける。そんなので騒ぎになるのはつまんねぇからな」


『……頼むぞ』


「おう。おやすみフェイス」


『……おやすみ、タイチ』


 まだまだ話し足りないが、仕方がない。


 俺はタイチと定例の挨拶をしてから、意識を闇の中へと沈ませていった。

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