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邪神  作者: 霧島樹
15/110

015「失念」

 家に着いてクロスバイクから降りたあと。


「GPS発信器と、盗聴機ねぇ……」


『あくまで可能性の話だ。調べてみてくれ』


 タイチはその場にしゃがみ、今まで乗っていたクロスバイクのサドルを下から覗き込んだ。


「……うっわ、マジかよ。なんかあった」


『そうか。やられたな。すまないタイチ。こういった物の存在をすっかり失念していた』


「失念していた、って……これ……」


 タイチはハッと何かに気づいたように口元を押さえた。

 おそらく盗聴されている場合のリスクを考えたのだろう。


『いや、すでにこのような状況になってしまった以上、そこまで神経質になる必要はないぞ。もし今まで盗聴されていたとしたら、もっとマズい会話は山ほど聞かれている』


「だ、だけどよ……」


『普段からキミが言っている通り、今のキミはただブツブツ言いながらサイクリングをしている普通の高校生にすぎない。俺の声はキミ以外には聞こえないからな。多少怪しいひとりごとをしている程度じゃ捕まえることなどできないさ。むしろ、このタイミングで黙ったら相手に『聞かれたらマズいです』と言っているようなものだ』


「……それもそうか。そうだよな、オレ別にただブツブツひとりごと言ってるだけだもんな」


『そうとも。ただ、これからは『ソウルスティール』や『お食事』など、そういった言葉は使わない方がいいだろう。今のところそういった言葉で捕まる可能性は少ないとはいえ、非常にマズい状況であることは確かだからな』


「オッケー、わかった。んで? オレはこれからどうすりゃいい?」


『そのサドルに付いている物体を取り外してくれ』


「りょーかい」


 タイチはサドルの裏側に黒いテープで固定されていた物体を取り外した。

 取り外した黒いプラスチック製の『それ』は意外と小さく、五百円より少しだけ大きい程度の平たい円盤の形をした代物だった。


『これだけを見ても発信機なのか、盗聴機なのかはわからないな』


「どうすんのこれ?」


『庭の隅にある物置の下にでも置いておくか。もし発信機だったら、直接監視でもされていない限りはしばらくクロスバイクの位置を誤認させることができるだろう』


「オッケー」


 タイチは庭の隅にある物置の下に『それ』を投げ入れた。


「しっかし、あんなの仕掛けるなんて、そんなのありなのかよ警察って」


『普通の警察ではないだろうな。もしやるとしたら公安だろう』


「公安って……公安警察ってヤツか? でもあれってテロとか、思想犯とかを追うヤツじゃねぇの?」


『だからこそ、だ。今のキミは考えようによっては老人ばかりを狙うテロリスト、思想犯、連続殺人鬼……いずれにも当てはめられるからな』


「……言われてみればそうだな」


『ただ、公安があんなに見つけやすくてわかりやすい物的証拠を残すとは思えない。ただ尾行するだけなら発信機など付けなくてもできるからな。盗聴するにしたって安易すぎる』


「じゃあ誰だよ?」


『さぁな。俺がこの目で見たわけでもなし、実際のところはわからない。だが、俺にはキミのことを発信機か盗聴機まで付けて知ろうとする人間はひとりしか思い浮かばないな』


「……まさか」


『時にタイチ。ひとつ聞きたいのだが、キミは元カノとの別れを穏便に済ませることができたのか?』


「穏便に済ませたよ! 穏便に済ませた……けど」


『もしかしたら心中は穏やかじゃなかったのかもしれないな。キミが突然別れ話を切り出したのは、キミが『他の女を好きになったからかもしれない』……と、元カノがそう思っても不思議はない』


「それで嫉妬に狂ってチャリに発信機か盗聴機を取り付けたって? んなバカな……」


『発信機や盗聴機はこの時代ネットでいくらでも買えるし、キミの元カノは別れ話を切り出された後に家の前や学校の前にまで来て待ち伏せをするような、非常に活動的かつ執着心のあるタイプの女子だった。おかしな話じゃない』


「…………」


『そうなると、警察機関にマークされたのも元カノのタレコミが原因かもしれないな』


「……どういうことだよ?」


『たとえば、だ。先ほどサドルの裏側に付いていた代物が盗聴機だとしたら、キミがサイクリング中に喋っていた不穏なひとりごとの数々を元カノはすべて聞いたということになる。そこでふと、元カノはここ最近よく世間で話題になっている事件のことを思い出すわけだ。高齢者が次々と原因不明の心臓発作で死んでいく、奇妙な事件のことをな』


「アイツが……アイツが、オレを……?」


『キミのひとりごとが録音された盗聴機を、警察機関に持ち込んだ……のかもしれないな。もちろんキミの不穏なひとりごとだけで警察機関が動くとは考えにくいから、目撃情報や現場付近の遺物など、他の要因も絡んでいるだろう。仮定の話だから、実際それが要因のひとつなのか、そもそも先ほどの物体が盗聴機なのかは不明だが』


「いや……多分、お前の言う通りだ……それ以外考えられない……クッソ!」


 タイチは悪態をつきながらクロスバイクを蹴りつけた。


「ちくしょう……こんな、くだらないことで……!」


『タイチ。落ち着け。物的証拠は何ひとつとして無いんだ。キミが普段から言っているように、何かしらのイレギュラーがない限り捕まることなどあり得ない。海外留学までやり過ごせればキミの勝ちだ』


「お前こそなんでそんなに落ち着き払ってんだよ! 『非常にマズい状況』なんだろ!?」


『それはそうだが、慌てたところで何もメリットはないからな。マズい状況ならマズい状況なりに、前向きかつ積極的に打開策を練っていくしかないだろう』


「普段はあんだけ脅しておいて、いざそうなったら大丈夫大丈夫って……お前の言葉はなんかペラッペラの紙みたいだなぁオイ! ぜんっぜん重みがねぇよ! いざとなったら死んで他の世界に転移すりゃいいってか!? 気楽でいいなぁ邪神様はよぉ!?」


『どうしたタイチ。なぜそんなに興奮している。いつも飄々としているキミらしくもない』


「ハァ!? お前が言うかよそれを!!」


『む……? どういうことだ?』


「元カノに裏切られたのがムカつくってのもあるけど! 何より元カノの件をお前が『オレのせい』みたいに言うのがムカつくんだよ!」


『元カノの件を……?』


 俺はつい先ほどまで自分が話していた会話の内容を反芻した。

 ……なるほど、そういうことか。


『すまないタイチ。俺の言い方が悪かったようだ。確かに今思い返せば、俺は元カノの件をキミに問い詰めるような形になっていた。俺としてはただ事実確認と情報共有のために自分の考えを述べたつもりだったのだが……』


「言い方も何も完全に『自分は悪くない』バリに言ってんじゃん! ふざけんなよ! 発信機と盗聴機なんて失念してただぁ!? 頭脳担当が聞いてあきれるぜ!!」


『ふむ……いや、確かにそれはキミの言う通りだ。千年以上の経験を積んでいるのに、こんな簡単なことさえリスクとして予想することができないとは……俺はどうやら相当にボケているらしい。頭脳担当が聞いてあきれる。間違いない。どうか好きなだけ詰ってくれ。キミにはその権利がある』


「…………」


『どうした、タイチ?』


「……前の転移で現代世界に来た時は、発信機とか盗聴機を仕掛けられたことなかったのか?」


『随分と昔のことだから記憶は大分薄れているが……確かなかったと思うぞ。現代世界には何回か転移した記憶があるが、そのどれもが発信機や盗聴機などを仕掛けられることなく捕まるか、射殺されるか、自滅していた』


「はぁ、そうかよ……んじゃもういいや。この話は終わりな」


『いいのか? 今回の件は間違いなく俺の落ち度だが……』


「別にフェイスの落ち度じゃねぇよ。オレの元カノが発信機か盗聴機を仕掛けてくるなんて、んなの誰も予想できるわけねーっての。お前は元カノの一件をオレが片付けたって認識してたんだろうしな。だからといってオレの落ち度って言うつもりはねーけど」


『もちろんだ。タイチは非常によくやってくれている。キミに落ち度など欠片もないとも。元カノの件は完全なるイレギュラーだった』


「……お前と話してるとホント調子狂うぜ。怒るのもバカらしくなってくる」


『そうか。それは重畳。怒るのは体に良くないからな。俺は常々、自分の宿主にはいつも笑っていてほしいと思っている。笑うのは健康に良いからな』


「あー……やっぱりなんかちょっとムカついてきたわ」


『なんと……』


「まあいいや。フェイスだもんな。それで? 次は部屋の中も調べるんだっけ?」


『そうだ。念のためスマホも買い換えてくれ。ハード、ソフト共に一新してほしい』


「うっへぇ、マジかよ……メンドイなぁ……母さんになんて言えばいいんだよ……」


『次の期末テストで学年一位になるから、とでも言ってねだるのはどうだ?』


「え……いいのかよ? 目立ちすぎるから学年一位は避けてたんじゃねぇの?」


『別にそんなことはないぞ。ただいきなり学年一位はあまりにも不自然だから避けていただけだ。学校の成績で多少目立ったところでなんら問題はない。それにアメリカの大学では高校での成績も加味されるからな。大学のレベルからしてまず間違いなく大丈夫だとは思うが、加点できるところは加点しておきたい』


「なるほどね、りょーかい。ははっ……楽しくなってきたなぁ」


『タイチ、言っておくが……』


「はいはい、調子に乗りすぎんなよってことだろ? わかってるよ。おとなしくしてるって」


『頼むぞ』


 俺がそう言うと、タイチは「おう」と言いながら自宅へと入っていった。

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