014「予感」
「フェイスー、お食事の時間だぜ」
『ん……ああ』
タイチが高校三年生になってしばらく経ったある日。
俺はサイクリングロードをクロスバイクで走るタイチに起こされ、目を覚ました。
『もう十五時か……』
「なんだよ、まだ眠いのか? フェイス最近は前以上に寝まくってるじゃん」
『前に言っただろう? 俺は時間さえ許せば年単位で眠りたいんだ。計画が順調に進み、安定期に入れば俺はキミにすべてを任せて年単位で眠るつもりだ』
「えぇ……マジかよ」
『何か問題でもあるのか?』
「お前がずっと寝てたらオレ、つまんねぇじゃん。お前と話すのオレ、毎度毎度楽しみにしてんだけど」
『そうなのか? 俺はキミに対して特に面白い話などしていないと思うが』
「してるよ。してるしてる。次に何しろとか、次にこうしろとか、そーゆーこと言われるだけでも面白いぜ。この先どうなんだろって、将来への期待が高まるからな。普通に大学行って普通に就職して、なんて人生よりよっぽど面白い」
『なるほど、そういうことか』
「そーゆーこと。あとは……いや、これはまだ言わないでおくか」
『なんだ? そう言われると気になるんだが』
「お前なら簡単に予想がつくことだよ、フェイス」
『いや、サッパリわからん』
「またまたー、そんなこと言って。人間観察千年間のベテラン、フェイスさんがわからないわけないじゃないっすかー」
『まったくのヒントなしで人の心が読めたらそれはもう人間観察のベテランどころじゃないと思うが』
「ヒントなら今までの会話であったぜ?」
『今までの会話で?』
俺はついさっきタイチと話していた会話の内容を思い返した。
……が、しかしサッパリわからない。
『本当に見当がつかないな。せめてもう少しヒントをくれ』
「いやー、ヒントあげたら絶対にわかっちゃうからな。わからないならわからない方が面白いから、その時になったら言うわ」
『その時?』
「ああ。オレが楽しみにしている『その時』だ。今日お前がわからなかったその答えを、オレはいつか必ず言う。フェイス、楽しみに待っててくれよ?」
『……嫌な予感しかしないんだが』
「ははっ、お前にとってはそうだろうな」
『そうか。だとしたら、俺はその時とやらが一生来ないことを願おう』
「残念ながら来るんだなぁーこれが。絶対に来るんだよ。これは決定事項だ」
『なぜそんなことがわかる……いや、待てタイチ』
「どうした? 答えがわかったか?」
『違う。そんなことよりよっぽど重要なことだ。いいか、タイチ。これから俺が言うことに驚いて反応するなよ。真っ直ぐ前を向いて、そのまま何食わぬ顔でサイクリングロードを走り続けろ』
「へぇ……なんとなく予想はつくけど、その『反応』って具体的にどういうこと?」
『後ろを振り返ったり、周囲を見回したりというようなことだ』
「あー……やっぱりそういう感じか。りょーかい」
『さて、進路変更だ。次の分かれ道を右に曲がってくれ』
「中止するのか?」
『いや、中止はしない。意味がないからな。俺たちを見ているのがどういった連中なのかは知らないが、これからはずっと見張られていると考えた方がいいだろう。俺たちはその上でソウルスティールをやり続ける必要がある』
「そっかー……ははっ、なんか、面白くなってきたな」
『タイチ。何も面白くはないぞ。俺たちを見張っているのは十中八九、警察機関だ。何が原因となって目をつけられたのかは知らないが、いずれにせよこれからは非常にやりづらくなる。それこそちょっとしたミスが命取りになるだろう。今までのように住宅街を不自然にクロスバイクで走ってソウルスティールをするわけにはいかない。こうなってしまっては、今度からは自然かつ絶対的なアリバイのある状況下でソウルスティールをする必要がある』
「心配性だなーフェイスは。大丈夫だって。誰がどう見たって、オレはただブツブツ言いながらサイクリングしてるだけの若者なんだからさ。なんの罪もないじゃん?」
『それはもちろんそうだが、俺が一番心配しているのはそこじゃない。何かの拍子でキミが人に接触し、エナジードレインが発動して、それがキッカケで警察機関に捕まるのを心配しているんだ』
「あー……」
『以前だったら何かの間違い、ということでそうなっても簡単な事情聴取だけですぐ帰れたかもしれないが、今のキミは別だ。もしキミが警察機関にマークされているとしたら、まず間違いなく厳重な身体検査をされるだろう。そしたらキミは一巻の終わりだ。だからこそソウルスティールで死亡した人間の事件と関連付けられないよう、地道にアリバイを作っていく必要がある』
「そーゆーことね。オーケーオーケー、理解した。んで、オレはこのままどこに向かえばいいの?」
『西図書館の前だな』
「あー、なるほど。前に打ち合わせしたところか。りょーかい」
分かれ道を曲がり、サイクリングロードを下りて街中を進むタイチが納得したように頷く。
タイチの言う通り、以前からこういったことになった時のためにいくつかのソウルスティール場所とパターンを打ち合わせしておいたのだ。
そのうちのひとつが、この街にある西図書館前でのソウルスティールである。
「っと、着いたぜー」
『よし。そしたら図書館側面の自販機で買う飲み物を選ぶフリをしながら、ソウルスティールする魂を選ぶぞ』
「りょーかい。……そういや今さらだけど、射程距離内に高齢者がいなかったらどうすんの?」
『そしたらまた違う場所に移動するしかないが、その心配はいらないだろう。場所にもよるが、この時代の日本は図書館における老人の比率が非常に高いからな。平日だろうが休日だろうが、図書館のソファに座って居眠りをしている老人は必ずと言っていいほどいる』
「へぇ、そうなのか……あ、ホントだ」
タイチが図書館の壁越しに老人の魂を感じ取ったようだ。
『どうだ?』
「これは……八十代男性、かな?」
『違うな。今キミが感じ取っている男性は六十代だ』
「んー、難しいなぁ魂の判別は。性別はわかるけど、年齢が何回やってもわっかんねぇ」
『そんなに嘆かなくともそのうちわかるようになるさ。今はまだ俺がフォローする。……今、キミが感じ取っている男性の三つ隣に座っている男性が七十代だ。近くにそれ以上の高齢者はいないから、今回はその男性から魂を頂こう』
「りょーかい」
タイチはそう言いながら自販機にお金を入れてから手をかざして、その向こう側にある魂をソウルスティールした。
その間、わずか一秒足らずである。
『また一段と発動が早くなったな』
「まーな。でも歴代ではもっと早いヤツがいたんだろ?」
『そうだな。ある宿主はまばたきをする間に百人以上もの人間をソウルスティールしていた』
「うへぇ、それどんな状況だよ」
タイチは自販機にかざした手の人差し指でそのままボタンを押した。
ガチャン、と出てきた飲み物は甘酒だった。
『その宿主はいわゆる魔王という存在だったからな。人間の軍隊を相手に無双をしていたぞ。最後は大規模な封印術の罠に掛かり仮死状態になったので、俺の中から闇が顕現して世界は滅んだが』
「あー、そういやファンタジーな世界やらSFな世界やら、過去の世界やら未来の世界やら、色んな異世界を転移してるんだっけかフェイスは」
『そうだな。転移する世界は九割がたファンタジーな世界だから、比率は大分偏っているがな』
「そういや今回は久しぶりの現代日本だって言ってたもんな」
『ああ。もともと俺は昭和生まれだったからタイチとは多少年代は違うが、時間軸以外は今のところほぼ同一の世界だな。……それはそうと、タイチ。会話するのもいいんだが、その甘酒を飲み終わったらすみやかに自宅へと戻ってくれ』
「んー? いいけど。なんだよ、もう眠いのか?」
『いや……少し、気になることがあってな』
「気になること?」
『ああ。なぜ、タイチが警察機関にマークされてしまったのか。それに関して調べる必要がある。厳密に言えばまだ警察機関なのかどうかもわからないが』
「調べるって、何を?」
『それはだな……』
俺はクロスバイクにまたがり帰り道を進むタイチに、これから調べる物の詳細を話していった。