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邪神  作者: 霧島樹
13/110

013「母君」

「おかえりなさい……タイチ」


「んー、ただいま……って、大丈夫かよ母さん。寝てなよ」


「あなたの点数表を見てから寝るわ……」


 そう言いながらソファに腰掛けたタイチの母君は、銀縁(ぎんぶち)メガネと涼しげな目元が印象的な美女だった。

 歳は三十代後半ぐらいだろうか。


 顔はやや赤く火照っているようで、服はピンク色のパジャマを着ている。

 そして(ひたい)に熱冷ましの湿布らしきものを貼っている様子から、どうやら今日は本当に風邪で仕事を休んだらしいということがわかる。


「テストの結果は自己採点の点数教えてるんだから知ってるだろ」


「直接見ないと信じられない……」


「はいはい、わかったよ。ほらこれ」


 タイチが学生カバンから点数表の紙を取り出すと、母君はそれをゆっくりと、両手を出して丁寧に受け取った。


「これは……タイチ、あなた……」


「順位は学年四位。んでこっちが今日帰ってきたテストの答案用紙たち」


「………………カンニング?」


「第一声がそれかよ!」


「ご、ごめんね……私ちょっと信じられなくて……えっと、じゃあ……天才?」


「まー、そうかな。ははっ、オレもさ、オレはやればできると思ってたんだよね」


 人差し指で鼻をこすりながら、誇らしげに言うタイチ。その態度は非常に自然で、よもや演技とは到底思えないほどだ。


 ……勉強の才能はともかくとして、タイチの演技は本当に天才的だな。

 俺も今まで数多くの宿主を見てきたが、役者でもないのにここまで自然な演技をする宿主はそうそういない。

 もしかしたら俺からの助言を心底『自分の実力のうち』だと思っている、というオチかもしれないが。


「タイチ……」


「ん? なんだよ母さん、座ってろよ」


『タイチ!』


「うおあ!?」


 フラリと立ち上がり、急に抱きつこうとしてきた母君をタイチはその場にしゃがみ込んで避けた。


「ちょ、あっぶね! なにすんだよ母さん!」


「なにって……ハグよ、ハグ。なんで避けるの?」


「いや母さんそんなキャラじゃないじゃん! 熱でもあんの!? っていうか風邪うつるし!」


「熱ならあるわよ、風邪だもの……あぁ、そうね、風邪がうつるものね、ごめんごめん……」


 ゴホッゴホッ、と咳をしながらソファの背に手をつく母君。


「大丈夫かよ……部屋で寝てなよ……」


「うん……そうする。……タイチ、ちょっとこっち来て」


「んー?」


『タイチ!』


「……うおっ!?」


 母君は素直に近づいたタイチの頭を撫でようとした。

 が、しかしその直前でタイチは上体を反らして回避した。


「なにすんだよ!?」


「なによ、頭を撫でるぐらいはいいじゃない」


「やめてくれよ! 恥ずかしいって!」


「そんなに嫌がらなくてもいいじゃない……昔はタイチ、頭撫でられるの好きだったのに」


「もうオレ高校生だぜ!? 勘弁してくれよ!」


「そっか……あはは、いつの間にかタイチもそんなこと言う年頃なのねー、昔はあんなにママっ子だったのに……なんだか感慨深いわ」


 そう言ってどこか寂しげに微笑む母君。


「……当然だろ。いつまでも子供じゃないっての」


「そう? 自転車をオーダーメイドする時は目をキラキラさせて、それはもうすっごく子供らしかったけど」


「あれは童心ってヤツだよ。男なら大人になっても持ってるヤツ。それと子供らしいってのとは別だよ」


「あら、その言い方だと大人の女には童心がないみたいに聞こえるけど?」


「え、あんの?」


「あるわよ。ディズニーランド行った時とか……」


「うへー、似合わねー」


「…………」


「いやまあほら、母さんはクールビューティだからさ。でもね、普段クールだけど童心もあるってギャップ、それが良いって言う人も結構いるから」


「……ふふ、まったくあなたは。よく口が回るわね」


 母君はそう言いながら再びゴホッゴホッと咳き込んだ。


「ほら母さん、ちゃんと部屋であったかくして寝てなって」


「そうね……寝るわ……でもその前に、タイチ」


「ん?」


「勉強、よくがんばったわね。あなたは私の誇りよ」


「あー……うん、どうも」


「なによ、照れてるの?」


「う、うるさいなー、急にマジな感じで言ってくるから反応に困ったんだよ。ほら、早く寝なよ」


「はーい」


「あ、母さん」


「なに?」


「ハチミツ生姜湯とか、ミルクセーキとかそういうの飲む? オレ作って持ってくけど」


「……ありがと。でも大丈夫よ。さっき葛根湯飲んだから」


「そっか」


「うん。でもありがとね、タイチ。……おやすみ」


「おやすみ」


 母君はこちらに小さく手を振りながら居間をあとにした。

 寝室へと戻ったのだろう。


『タイチ』


「んー? なんだよフェイス」


『海外留学のこと、話しそびれたな』


「あ……そういや完全に忘れてた」


『そうか。母君の体調が優れないようだったからな、キミがあえてこのタイミングで話すのを見送ったのかと思ったが』


「あー、そうだな。まあ覚えてても今回は話さなかったかもな。別に今日じゃなくてもいいんだろ?」


『ああ。母君の体調が万全になってからでもまったく問題はない』


「オッケー。んじゃ母さんの体調が回復したら話すわ。さーてと、オレは帰ってきたテスト答案見ながら復習でもしようかな」


『……キミはなんだかんだで俺の言うこともよく聞いてくれるし、その場その場で上手くやるし、本当に優秀な宿主だな。ここまでは歴代でもトップクラスで順調に計画が進んでいるぞ』


「急になんだよ、気持ちわりぃな」


『なに、素直な気持ちを伝えたまでだ』


「相変わらず変なヤツだなぁお前って……」


『キミもな』


「ははっ、そうだな。そんじゃ、オレは勉強するけど、フェイスはどうする? なんならお前がオレに勉強教えてくれてもいいんだぜ?」


『いや、俺は寝る』


「だと思ったよ。明日は起こしていいのか?」


『ああ。学校が終わったら起こしてくれ。明日からは海外留学するための大学選びを一緒にやっていこう』


「りょーかい。んじゃまたな、フェイス。おやすみ」


『おやすみ、タイチ』


 自室へと向かい始めたタイチに就寝の挨拶をしてから、俺は深い闇の中へと沈み込んでいった。







 ◯







 次の日からは前日に言った通り、海外留学するための大学選びをタイチと一緒にやっていった。

 受験の際は俺がタイチに助言をすることが前提であるため、大学のレベルや試験の難易度自体は選択の幅を狭める要因にはならなかった。


 だがしかし、表向きのわかりやすい理由である返さなくてもいい奨学金制度に加え、例の『なるべく大きいスラム街が近くにある』という条件で探すと選択の幅はかなり絞られた。


 それからは途中で母君に海外留学の話をしたり、月一でソウルスティールをしたりしながら時は流れ……三ヶ月後。

 無事に俺とタイチは海外留学をする大学選びを完了した。


 そのあとは俺が考えた入学動機、そしてタイチによる役者もビックリの自然な演技で母君の説得も無事に終えた。


 計画はすべて順調に進んでいた。













 そして、それから更に一年間が経過した。

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