表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
邪神  作者: 霧島樹


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

103/110

103「離別」

「お嬢さまを頼みます」


「貴方、何を――!?」


 メイド長の制止を振り切り、リオナンドは階段の手すりへ飛び乗った。そのまま階下に向かって、細い手すりの上を滑るように駆けていく。

 その動きに気付いた聖衛騎士のひとりが、リオナンドの足元を狙って長剣を横に薙いだ。だがそれよりも一瞬早く、リオナンドの身体が宙へと跳ね上がる。


 人間離れした跳躍の勢いと共に、リオナンドは手にしたカーテンを大きく振り上げ、天井に吊るされたホールのシャンデリアへと投げかけた。

 カーテンの端はシャンデリアに絡みつき、布を握ったままのリオナンドの身体が空中で弧を描いて舞う。


 リオナンドは絡みついたカーテンを手繰り寄せると、腕力だけで自らの身体を引き上げた。どうやっても聖衛騎士の手が届かないシャンデリアの上に身を乗せ、そこから眼下のホールを睥睨する。


 そしてリオナンドが意識を集中してソウルスティールを発動するたび、聖衛騎士たちはひとり、またひとりと倒れ伏していく。それを見て、指揮官格と思しき聖衛騎士が声を張り上げた。


「弓構え、撃てっ!」


 弓を持った数人の聖衛騎士たちが、リオナンドに狙いを定めて矢を放つ。

 しかし一の矢はリオナンドの顔に届く寸前で、彼が僅かに頭を傾けたことで外れ、空を切った。


 続いて二の矢だが、今度は左手を胸の下でかざすような形にしたかと思うと、飛んできた矢の柄をタイミングよく掴み取る。


 その後に続く三の矢、四の矢、五の矢もリオナンドは避け、掴み、時にはシャンデリアを揺らして防ぎながら、弓を持った聖衛騎士を優先的にソウルスティールしていく。


 そんな明らかに常人ではないリオナンドの動きに、さすがの聖衛騎士たちも動揺を隠せなかったのか、徐々に連中のざわめき立つ声が大きくなり始めた。それはそうだろう。いくら自らの死を恐れないとはいえ、ただ突っ立って無駄死にすることを是とするはずがない。

 ついには指揮官格の聖衛騎士が、歯噛みしながら叫んだ。


「ぐっ……全員、撤退! 一度全員外に出るぞ! 撤退だ!」


 指揮官の怒号が飛んだ瞬間、残っていた聖衛騎士たちは一斉に左右の廊下から屋敷の外へ向かって走り出した。甲冑の擦れ合う音、ブーツが床を打つ音が重なり、ホールが一気に騒がしくなる。

 リオナンドはシャンデリアの上から連中の撤退を見届けながら、小さく呟いた。


「……追い払えた?」


『魂を感知する限りだと、屋敷から出始めているのは確かだな』


 しばらくしてリオナンドがシャンデリアから身を降ろし、カーテンを伝って床に着地した後。パチパチと何かが燃える音が外から聞こえてきた。最初は小さな音だったが、次第にその音は大きくなり、やがて煙の匂いが屋敷の中にも漂い始める。


「火事ですって……!?」


 二階の廊下からこちらの様子を伺っていたメイド長が驚きに声を上げる。聖衛騎士たちはただ撤退したのではなく、屋敷に火を放ったようだ。リオナンドが煙に巻かれて出てきたところを仕留めるつもりなのだろう。屋敷ごと燃えて死んでしまえば、それはそれで上々といったところか。

 

 既に煙が正面扉と廊下の奥から立ち上がり始めている。炎の勢いは思いのほか早かった。メイド長が呼び戻した使用人たちはその様子を見て、嘆き喚いている。


「このままでは焼け死んでしまいます!」

「お風呂場に行って水を……」

「足りるわけないでしょう! もうダメ、私たち死ぬのよ!」

「こうなったらもう外に出るしかないだろ!」

「でも外に出て斬り殺されるぐらいなら、煙に巻かれて死ぬほうが……」


 慌てふためく使用人たちをメイド長が一喝する。


「静かになさい! 貴方たち、それでもナヴァル家の使用人ですか!」


 メイド長は一息ついて溜めを作ってから、使用人たちを落ち着かせるよう穏やかな声色で続けた。


「安心なさい。ナヴァル家には非常時に備えて、地下の貯蔵庫に隠し通路があります。そこは屋敷から離れた場所に繋がっていますから、何も問題はありません」


 メイド長の言葉に使用人たちが安堵し、落ち着きを取り戻す。

 それと同時にリオナンドは倒れている聖衛騎士のひとりに歩み寄り、しゃがみ込んだ。そして迷いなく鎧の留め金に手をかける。


「リオ……?」


 メイド長が怪訝そうな視線を向けるが、リオナンドは意に介さず、淡々と聖衛騎士の鎧を脱がし始めた。篭手、脛当てなども含め、ひとつずつ手際よく外していく。


「何をしているのですか?」


「後で必要になるんです」


 リオナンドはそう答えると、自分の身に鎧を装着し始めた。体格が近い聖衛騎士を選んだおかげで、動くのに支障はなさそうである。最後に兜を被って、見た目だけは完全な聖衛騎士になると、リオナンドはメイド長に向き直り言った。


「さあ、行きましょう」


 メイド長はまだ納得していない様子だったが、周囲には煙が立ち込めている。これ以上の問答をしている猶予はなかった。メイド長は改めて号令をかけ、一行は急いで地下の貯蔵庫へと向かう。エマニュエルはまだ意識が戻らないようで、男性使用人ふたりに担架で運ばれていた。


 貯蔵庫の奥にある、ワイン樽が置かれた棚を横にスライドさせると、そこには他と少し色が違うレンガで出来た壁があった。

 メイド長が手慣れた様子で特定のレンガを押すと、ガチャリと何かが嵌るような音と共に、ゆっくり扉が開いていく。中は狭い石造りの通路で、壁にはいくつかのランタンが下げられている。もちろん灯は点いていない。


 使用人たちが備え付けの着火装置でランタンの灯を点け、一行はその細い通路を進んでいく。

 少し歩くと、やがて通路の先に上へと続く石段が現れた。それを登りきると、枯れた井戸の底に辿り着く。井戸の内壁には一本のロープが垂らされており、皆はそれを使ってひとりずつ地上へ這い上がる。


 全員が井戸から脱出すると、目の前には手入れのされていない庭と古びた小さな家が見えた。ここは貴族街の端にあるナヴァル家が所有する空き家らしい。いつの間にか日が落ち始めていたようで、あたりは薄暗くなってきている。


 遠くの方に、赤々とした炎に包まれ燃え盛っているナヴァル家の屋敷が見えた。しかし距離は十分に離れているため、火事の影響はもちろんのこと、追手に関しても今のところは心配ないと言えるだろう。何せ貯蔵庫への入り口となる屋敷自体が燃えているのだから。

 メイド長はそれを確認すると、使用人たちに向き直り次の指示を出した。


「追手がここまで来るのはまだ先だと思いますが、念のためナヴァル家が所有している別の屋敷に移動します。街の出入り口は聖衛騎士が張っている可能性がありますので」


 使用人たちが口々に返事をして、メイド長に従う意を示す。だがリオナンドは無言で後ずさるように身を引いた。それを見たメイド長が、牽制するように声を掛ける。


「リオ。貴方も一緒に行くのですよ」


「ボクはまだ、やることがあります」


 リオナンドは担架の上で未だ意識の戻らないエマニュエルを一瞥すると、そのまま踵を返した。


「リオ、行ってはなりません! ナヴァル家には……お嬢さまには、貴方が必要なのです!」


「ご冗談を。ボクは死神です。一緒にいたら、命がいくつあっても足りませんよ」


 リオナンドが半身になってそう言うと、使用人たちが密かにざわめきだした。詳しい事情は知らずとも、リオナンドが手をかざすだけで勝手に倒れていく聖衛騎士たちを見て、薄々感づいていた者も多かったのだろう。


「……では皆さん、お元気で。もう二度と会うこともないでしょう」


「リオ! 待ちなさい!」


 メイド長の制止を振り切り、リオナンドは走り出す。

 誰もその背を追うことはできない。

 ただ、燃え盛る屋敷の方角へと駆けていくリオナンドの姿だけが、夕闇と炎の狭間に小さく揺れていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ