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邪神  作者: 霧島樹


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102/110

102「突撃」

 リオナンドがオベライの胸から腕を抜くと、奴の身体はまるで軽い砂袋のように、ズシャリと音を立てて崩れ落ちた。極限までエナジードレインの精気吸収を受けた結果、皮膚は皺だらけになり干乾びたミイラのようになっている。


 リオナンドはその亡骸を一瞥すらせず、こちらに向かってくる聖衛騎士をソウルスティールで倒しながらエマニュエルを担ぎ、屋敷へ向かって走り出した。エマニュエルの意識は未だ戻っていない。だがその胸は静かに上下しており、まだ命の火は尽きていなかった。


 まさかあの状況でオベライの打倒と、人質の救出を同時にこなすとは……まったく、リオナンドには本当に驚かされてばかりである。

 しかし、危機的状況はまだ終わっていない。どころか、ある意味ではここからが本番と言っても過言ではなかった。


『リオナンド! 早く屋敷の中へ入れ!』


「わかってる……けど!」


 屋敷までの距離は三十メートルほどだろうか。これぐらいの距離であれば、驚異的な身体能力を持つリオナンドならエマニュエルを抱えていたとしても、普通の人間よりよほど早く走破できる。


 ただ、リオナンドがオベライと対峙していた間、周囲を取り囲んでいた七百以上の聖衛騎士たちが、手をこまねいていたはずがない。

 実際には、もっと前から少しずつ間合いを詰めていたのだろう。

 本来なら庭の広さを考えれば、もっと接近には時間がかかるはずだった。

 にもかかわらず、彼らは既にソウルスティールの射程内にまで入り込んでいた。


 リオナンドは屋敷方面にいる聖衛騎士を優先してソウルスティールしているが……このままだと、数秒も経たずに周囲が敵に埋め尽くされてしまう。

 僅か数秒、されど数秒。

 そのたった数秒が、リオナンドとエマニュエルの命運を決める分水嶺だった。


 五秒……四秒、いや、三秒でもいい。

 今のリオナンドなら、あと三秒あれば敵が最も手薄な場所を見出して進み、ソウルスティールで無理やり突破して屋敷に飛び込めるはずだ。

 

 この時ばかりは、いるはずもない神に俺も祈った。

 何でもいい。神でなくとも、悪魔でも、本物の死神でもいい。

 リオナンドに、あと三秒だけ猶予をくれ――そう願った、次の瞬間。


「おおおおおおおおっ! どけえええええっ!!」


 怒声と共に、左側から迫る聖衛騎士たちの一角が崩れた。

 土煙が上がり、甲冑がぶつかる金属音が鳴り響く。


 その隙間から現れたのは、ガタイの良いゴロツキような男――ナヴァル家の筆頭武官、ケインだった。

 槍を振るい、馬に乗って、傭兵団を率いて突撃してきたのだ。


「リオォ! ここはオレらが通す! お嬢を頼んだ!」


 リオナンドは一瞬だけ唖然としたが、すぐケインたちが作った隙を使って進行方向に活路を見出し、屋敷に向かって最短距離を突き進んでいく。聖衛騎士たちは突然、自分たちの背後から現れた騎兵に混乱している。


 それでもまだ、聖衛騎士の数は多い。ケインたちが崩した列の一角付近こそ足止めされているが、それ以外の聖衛騎士はすぐ優先順位を切り替え、再びリオナンドの包囲網を詰め始めた。障害物を無視するソウルスティールの性質上、屋敷に逃げ込まれたら自分たちが不利であるという共通認識があるのだろう。


 ひとり、またひとりと前を塞ごうとする聖衛騎士たちを、リオナンドがソウルスティールで倒していく。

 そしてすぐ目の前に立ちはだかった聖衛騎士の魂を奪い、死体が倒れる前にそいつの肩を踏み台にして他の連中を飛び越え――


 ――直後、屋敷の扉が、ギィ、と軋む音を立てて開いた。

 誰かが中から開けたのか、それとも単なる風か。判断する間もなく、リオナンドはそのまま中へと滑り込んだ。


 リオナンドが転がるようにして屋敷に入ると、背後から扉が勢いよく閉じる音が聞こえてくる。振り返ると、そこに立っていたのは三十代後半ほどの丸眼鏡を掛けた女性、ナヴァル家のメイド長だった。


「塞ぎなさい!」


 メイド長が扉にカギを掛けた後、背後に控えていた数人の男性使用人とメイドたちに命令する。それ受けて彼らは、既に用意していたのであろう銅像やタンス、机や椅子など様々な物を扉の前に置いて山積みにしていく。


 これだけ扉の前に障害物を置いておけば、少なくともすぐ聖衛騎士がここを突破してくるということはないだろう。何せ今この時も、リオナンドは扉の前にいる聖衛騎士を集中的にソウルスティールしているのだ。


 ひとり一秒。最速の理論値を出し続ける限り、死体を片付けるより死体を積み上げるほうが速い。

 そんな事情を知らないためだろう、メイド長はリオナンドに向き直ると、避難するよう切迫した声音で言った。


「このままでは危険です。貴方はお嬢さまを連れて二階へ」


「ボクはここにいる必要があります。お嬢さまだけ二階に連れていってください」


「……アビゲイル! マーガレット! お嬢さまを二階へ!」


 メイド長は理由を聞くこともなく、近くにいたメイドふたりにエマニュエルを運ぶよう指示する。


 その時。

 廊下の向こうでバン、と扉の開く音が聞こえてきた。


 ナヴァル家の屋敷に入る扉はひとつじゃない。

 正面が味方で埋まっているのだから、他の侵入経路を探して入ってくる聖衛騎士がいるのも当然だ。正面扉から見て右手側の廊下から、複数の聖衛騎士たちがこちらへ向かって走ってくる。それを見てメイド長は即座に声を上げた。


「全員、二階へ!」


 リオナンドはその声に合わせ、逃げる使用人たちの最後尾で注意を引きながら、接近する聖衛騎士を順番にひとりずつソウルスティールで倒していく。


「リオ! 何をやっているのです! 早く二階へ上がりなさい!」


「ボクはこのまま反対側から……」


『いや、それは無理そうだ』


 リオナンドとしては、狙われている自分が反対側の廊下を行った先にある、別の扉から屋敷を出ればいいと考えたのだろう。だが魂の感知によると反対側の廊下からも、複数の聖衛騎士たちがこちらへ向かってきている。それをすぐ察知したリオナンドは舌打ちしながらも、メイド長の言葉に従って階段を駆け上がり始めた。


 二階に上がったリオナンドの目に飛び込んできたのは、使用人たちの奮闘だった。男の使用人が木椅子を両手で振りかぶり、階段下へ放り投げる。メイドが鍋を持ち上げて、何の躊躇もなくそれを投下する。他にも大小、様々な物が聖衛騎士たちに向かって投げつけられていく。


 壺が割れ、階段に転がる樽が勢いをつけて落ちていくたび、下から駆け上がってくる聖衛騎士たちは足を取られ、叫び声を上げながら次々と倒れていった。

 だがそれも時間の問題だった。鍛え抜かれた聖衛騎士たちが、そんな即席の妨害で止まり続けるはずがない。投げつけられる物には限りがあり、増援の聖衛騎士たちは今や、ホールを埋め尽くさんばかりに数を増やしていた。


「もういいです! 全員、旦那さまの執務室へ逃げなさい!」


 メイド長の怒鳴り声が廊下に響く。

 その声に従い、使用人たちが次々と退避を始める。


「リオ、何をやっているのです!? 貴方も早く逃げなさい!」


 メイド長が動こうとしないリオナンドを振り返り、叱責するように叫ぶ。

 しかしリオナンドは眼下に迫りくる聖衛騎士をソウルスティールで倒しながら、僅かに首を横に振った。


「いえ、やっぱりボクは皆さんと一緒には行けません。狙われているのはボクなんです」


「だとしても! 貴方ひとりを見捨てるわけには……」


「ボクはまだやることがあります」


 リオナンドはそう言うと、近くのメイドが階段下に向けて投げようとしていた刺繍入りのカーテンを、半ば奪うようにして受け取った。

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