2 謎の同級生
あれから ポエムを拾ってくれた彼女には一度も会っていないし、校内で見かけることもなかった。
僕の通う中学は 県内一を誇るくらい全校生徒が多い、いわゆるマンモス校。
一学年 15クラスあり、三年間で全く顔さえも知らない同級生なんてザラだ。
だから 彼女に会って もう一度ちゃんとしたお礼がしたい、だとか その美しさへの詩を書きたいとか 叶わぬ願い なのだろう。
そんなことを 考えながらも廊下の角を曲がれば、
「あっ!」
「のわっ!」
誰かにぶつかる。
作用反作用の法則で双方は後ろによろめく。
なんとか転ばずにバランスを保った僕は 顔を上げた。
そこには 探し人の彼女がいた。
僕と同じように バランスが取れたようで 転ばずに済んだようだ。 よ、よかった…
「あ、この前の…」
「あっ、あの、先日はお世話になりました」
あぁー、何でビジネスマン口調なんだ!
もっと気の利いたこと言わなくちゃ
えっとー
「ぶつかって怪我はありませんか?」
「え、あ…はい」
「良かった。
ごめんなさい、私おっちょこちょいだから…」
「いえ、大丈夫です。
此方こそ申し訳ありません」
彼女に気を使わせてどーすんだよ!
格好悪いな、僕
「それじゃ」
そう言って僕の横を通り過ぎろうとする彼女の手首をばっ、と掴んだ。
な、名前とクラスくらいは聞かなくちゃ!!
「あの……く、クラスとお名前教えて頂けませんか?」
よく言った! 僕。
最後の方は尻すぼみに小さな声になってしまったけど…
「え?」
「あ、僕はAク、ラスの……」
僕が腕を掴んでいることに怪訝そうな顔で僕を見つめる彼女に、
僕は必死で自己紹介をする
しかし、どもるために中々先へ進めない僕に
「私は……フ、ジノ。Nクラスで、す」
僕の気迫に驚いた彼女は どもりながらも答えてくれた。
「藤野さん、ですか」
藤野、可憐な彼女にぴったりじゃないか!
名前は聞き出せなかったけど
まぁクラス分かったからな
AとNクラスじゃ 出会わないはずだよなー、教室離れすぎてるし
「それじゃ、またね」
「あ、はい」
振り返り、颯爽と去っていく彼女の背中を見つめながら
脳内で藤野さんの声がエコーとなって響いていました。
彼女が 僕の内部へと侵蝕する
“アン”は僕が思う程 恐ろしい物ではなく、やけに春の穏やかな風吹く心地よさだった。
「藤野さん……かぁ」
深刻な悩みで出る重い重い溜め息でなく、今までに経験したことのない、だけど心地良い。
誰もいなくなった放課後。
僕は 夕日で赤く染まった教室で ゆったりと流れる自分の時間に浸っていた。
漆黒の髪は 朱染めに
雪のように儚く白い 頬は
桃のようにほんのり色づく
沈みゆく太陽に
涙するあなたは
淋しげに顔を下向かせ
アン、あなたは今何を思う?
アン、僕は
「ねぇ! ねぇ!
それって、ポエムってやつ?!」
突然、上からした声に
僕は驚き、勢いよく顔を上げた。
「ど、どちら様デ、スカ?」
「あぁー! 悪い悪い
さっきからさ、一人教室で学年一位のお方が何をなさってるのかなーって思って。
まぁ、観察してた」
僕の質問に答えることなく 勝手に一人で話す男。
僕と同じ制服に 同じ色のネクタイからして 同級生のようだが クラスメートでは ない。
学校の校則を知らないのか 明るく発色する髪
左耳に着けられたピアス
ネクタイは 緩く結わえられ
白いシャツは ズボンから、だらしなく垂れ下がる。
僕が今まで関わって来なかった、いや 関わろうとしなかった人種
そう、 ヤツはチャラ男だ。
「聞いてる? 花咲辰武くん」
「えっ?」
「だーかーら!
それって、ポエムでしょ?
しかも恋愛の」
チャラ男が 右手の人差し指で示す方向を 目で辿ると
そこには僕のポエム帳vo.18が。
ポエム帳の存在に今更ながら 気付いた僕は 慌てて 体全身を使って 隠そうとするが
時既に遅し。
「人って見掛けによらないよねー。
まさか花咲君が詩なんて、
しかも恋愛物」
「わっ、悪いですか!?」
恥ずかしい、
知らないヤツだけど
自分の知られたくない秘密がバレてしまうのはキツい。
「べっつに~、いいんじゃない?」
飄々とするチャラ男に 僕は焦りとイライラが募る。
キッ、と彼を睨みつける。
チャラ男は良い案が浮かんだとばかりに
「もう、そんな怖い顔しないでよー。
………じゃー、花咲君が想いを寄せる子に告白するって条件なら、黙ってあげるよ」
「はぁ!?」
ニヤニヤした表情で僕を見る。
ポエムについて黙秘してくれるのは有り難いけど
なぜ、見ず知らずのやつにアンを応援されなきゃならないんだ。
余計なお世話だ!
「うん…そうしよう!」
しかし僕の意見も聞かず、勝手に一人で話し、決めてしまったようだ。
何なんだよ!
話をどんどん進めていくから
抗議しようと、声を出すが
「ちょっ…」
「あ! そうだ。
これからは花咲って呼んでいい?
で、俺の名前は」
<font size=4>「おーい! トオノー」</font>
廊下の方から 足音と共に誰かを呼ぶ声に遮られた。
「ああ! 今行くー!」
その声に答え、チャラ男は大きな声を出す。
「わりぃ。
じゃ、またな。花咲!」
しかも僕に聞いた割には
勝手に呼び捨てにされることにも納得いかず、チャラ男を引き止めようとするが、
「お、おい!」
僕の声に振り向き、
チャラ男はウィンクと右手の親指を立て
「Good luck!」
と 妙に発音の良い言葉を残し消えた。
「…何が、幸運祈る、だよ!!」
トオノ………遠野。
あのチャラ男は 遠野と言うらしい。
全く 人の話も聞かずに ゴーイング マイ ウェイ なやつだ。
外見通りのチャラさ、と言うか良く言えばフレンドリーだよな。
それに何だって僕の顔で名前が分かったのだろう?
僕の名前を成績発表の時に知っていたとしても、顔は知らないはず。
まぁ、まずは明日会ったら 一言、言ってやらなきゃ
僕は アンなんて していない、と。