1 偏屈な少年
僕が この世で知らない感情なんて無い
テストで100点採ったときの嬉しさや喜び
友達に馬鹿にされたときの怒りや悔しさ
初めて連れて行ってもらった動物園での楽しさや感動
両親に嘘をついたときの罪悪感
知らない感情なんてない、は言い過ぎか。
15年も生きていれば 多くの経験をそれなりにした。
“全知”なんて 神様くらいだ。
それは 僕だって分かっている
ただ、ある程度分かっているつもりだ。
大人にしか分からない感情があるのなら、
僕たち 子供と大人の中間地点にしか分からない感情がある。
それが 何なのか?
そんな感情 知らないし
大人になれば無くなってしまって 意味の無いもの
だから ずっと避けていた
その感情に出逢わないように
異性に出会うことで
得体の知れないものが 体中を駆け巡り、脳さえも麻痺させる。
気分悪い。
胸も少し苦しい。
それに、何だか頬が熱い、
意味がわからない。
これほど 恐ろしい感情はない。
この気味の悪い感情を
僕は一般的な名称で呼ばない。
いつも “アン”と呼んでいる。
あくまでも 僕の脳内限定だけど。
“アン”は “un”
英語で 本来の意味に反対するために付ける接頭語
この感情に関して 否定的な僕には ぴったりだと自負している。
アンは 僕にとって 遠い遠い存在。
ただ、それだけだ。
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「花咲君、今回のテストも満点だったらしいよ」
「この前の中間も、学年一位!
やっぱ出来が違うよなー」
「マンモス校のうちで、不動の一位とか凄すぎ」
「っにしても、花咲地味だよな」
「本当、本当。
勉強以外出来ないし」
いつもの事だ。
テストの順位発表が 学生ホール前の廊下に張り出される。
皆 それぞれの名前を探しながらも 行き着く先は トップの得点とその人物。
生徒たちの賞賛は いつの間にか誹謗中傷と変わる。
だけど、それを僕は怒りもしなければ、悲しくもならない。
だって本当のことだから。
僕のルックスは地味だし、勉強以外何も出来ないのは事実だ。
本当の事を言われて 感情を露わにするなんて 馬鹿らしい。
いつも冷静に。
それは 僕が15年生きた中で獲得した特技でもある。
眼鏡で隠された瞳は 好都合にも弱々しさを演出し、黒髪にごく一般的なショートヘアー。
どこにでもいる中学三年の花咲辰武を演じれば それだけでいいのだ。
そう自分に言い聞かせながら 同級生たちの 羨望、そして鋭く冷たい、視線を無視しながらも廊下を歩いていく。
「あっ、あの!」
後ろから声がする。
僕に直接罵声、あるいは媚びを売る人何じゃないかと思いつつ振り返る。
「……っ」
“雑踏の中佇む一輪の花”
黒髪ロングにアーモンド大の瞳。
大和撫子の如く、いや絶世の美女と謳われた小野小町が彼女の隣に並べば小町の美しさなんか霞んでしまう…
ハッ、いつもの癖が出てしまった
普段学校の休み時間に話す友達だっていないから、教科書を広げ予習してるように見せかけているけど、
本当は脳内で詩を作ってるんです。
家にはポエム帳が10冊以上……、
「あの?」
「はっ、はい」
しまった!
一人脳内で会話を繰り広げていたから 女の子をじーっと無言で見る状態になっていた。
「これ、落としましたよ?」
彼女のか細く白い指には、僕のネタ帳!ポエムvo.18が!
中身を見られたら大変だ
「あ、ありがとう!」
サッと彼女から小さな手帳を受け取り、僕は運動会の徒競走よりも早く走った。
周りの生徒は 廊下をなぜか全力疾走する僕を不思議に見ていた。
人気のない美術室前の廊下で やっと止まった僕は
普段はしない運動に息切れをし、
両手を膝にのせるポーズで 何とかドクドクと鳴り止まない鼓動を落ち着かせる。
しかし、鼓動が落ち着くことはなく、今までに経験したことのない チクッとした痛みも伴っていた。