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夢と少女と旅日記  作者: タチバナ
第1話
3/53

3.竜とドラゴン


 ダイブの直後は、少しくらくらして倒れそうになりました。一人前のドリームダイバーとして活躍するには、まだまだ先が長そうです。……って、何を前向きになってるんですか、私は。

「他人の意識の中に入るってことですから、最初は慣れないのは仕方ないですよ」とエメラルドさんは言いましたが、そういう重要なことはもうちょっと早く言って欲しいものです。というか、こいつが平気そうな顔をしていたのは、妖精だからなのか慣れているからなのか、どちらなんでしょうか。

 ともかく私は気が付けば山の中にいたのですが、夢の世界だということを忘れてしまいそうになるほど、普通の風景でした。夢ってもっとぼんやりしてるものじゃないのかなあと思いましたが、エメラルドさんによると「エターナルドリーマーの人に現実の世界だと思い込ませるために、夢魔が夢の世界をリアルな世界に作り変えているのです」ということらしいです。

「で、私はこれからどうすればいいんです? 夢魔がどこにいるのかなんて、全く検討もつきませんよ?」

「ええっと、それはその、えっと――」

「……何も考えてないんですか?」

「いえいえ、そういうわけではなく! ええっと、先ほど夢の世界は夢魔が作り変えていると言いましたが、元々夢の世界を生み出したのはエターナルドリーマーであり、この世界は彼らの願望を叶える世界です。ですから、必ずエターナルドリーマーが自己投影する夢の住人がどこかにいるはずなんです。その夢の住人がどこにいるかを突き止めれば、近くに夢魔もいるはずですから、それをなんとか倒せれば――」

「結局具体的な策は、何一つないじゃないですか」

「それはまあ、……そうです。ですから、まず探索が必要なんですよ。心配しなくても、人間の想像力には限界がありますし、夢魔としても大きな世界の維持は魔力の問題で無理ですし、それをする意味もほとんどないでしょう。探索しなければならない範囲は、さほど大きくはないはずです」

「要するに、まずはかくれんぼの鬼をやれってことですね。まあ、面倒そうですが、人の多そうなところに行って聞き込みすれば、なんとかなりますかね……」

 とまあ、そんなこんなで、あたりに人がいないかと見回してみましたが、人っ子一人いやしません。一旦、下山して町でも探した方がいいだろうかと思い(――町があるのかどうかも怪しかったですが)、坂道を下ろうとしたとき、上りの方から「がおおおおおおおおおお!!」という大きな雄叫びが聞こえてきました。

「な、なんですか、この竜みたいな馬鹿でかい声は! 近所迷惑ですよ!」と怒鳴ってみても、私の声はただただかき消されるだけでした。エメラルドさんもびっくりして怯えているだけでしたが、すぐにその声は収まりました。

「い、今の声はなんだったんでしょうか、ネルさん」

「そんなの私が聞きたいところですが、ともかく完全に嫌な予感しかしませんね……。今の雄叫びが夢魔とは無関係だとは思えません」

「た、確かに……。それどころか今の声の主こそが夢魔である可能性まで考えられますね。声のした方に行ってみるしかないでしょう」

「ええー……、いや、分かっちゃいますけど、もうちょっと何か準備してからでも……」

「準備も何もないです! 善は急げです!」

「急がば回れとも言いますよ」と言いたくなりましたが、エメラルドさんは人の言うことなんて聞きやしないということは、この短い付き合いの中でもなんとなく察しましたので、言葉を飲み込みました。

 そうこうしていると、突然一つの人影が現れました。

「おや、君たちは……? 一体なんだってこんなところにいるんだ。危ないから、さっさと下山した方が身のためだぞ」

 そう声をかけてきた人影は、腰に剣を携えた、如何にも正義感が強そうな真っ直ぐな瞳の青年でした。顔立ちは美形と言えば、美形の内に入るでしょう。子供っぽ過ぎて、私のタイプではありませんが。

「あー……、いえ、ちょっと道に迷っちゃって。というか、危ないってなんです? 熊でも出没するんですか、この山は」

「なんですとはなんだ。今の雄叫びが聞こえなかったのか? いつ頃からなのかは分からないが、この山の頂上にはドラゴンが棲んでいるんだ。そして、つい先日、近隣の町で一番美人の娘が生贄としてそのドラゴンにさらわれたんだ。だから、この勇者である俺がそのドラゴンを退治しにきたってわけさ」

「うわあ、マジで竜ですか。しかも、なんですか、そのベタ過ぎる設定は」

「竜じゃないぞ、ドラゴンだ! 細長い蛇のような姿をしていて長い髭を持つのが竜で、トカゲのような姿で翼を持ち二本足で立つのがドラゴンだ! 混同している奴も多いが、全然別物だから気をつけろ! というか、設定とはなんだ。俺は大真面目に言ってるんだぞ!」

「いや、そんなのどっちでもいいですし、……ああもう」

 エメラルドさんと波長の合いそうなめんどくさい奴だなと直感しましたが、案の定エメラルドさんは息巻いて、彼に熱弁をふるいました。

「あの! その竜退治、……じゃなくって、ドラゴン退治に私たちも同行させてもらえませんか!? 私たちもドラゴンを退治しにきたハンターなんです! こちらのネルさんは、こう見えて凄い魔法使いなんですよ。ちなみに、私は女神さまの使いである妖精のエメラルドです」

「いや、エメラルドさん。そんな適当なこと言っても――」

「おお、そうか。君たちも俺のような素晴らしい英雄なのか! 俺は、勇者であり英雄でもあるエヴァンスだ! 強い仲間ならば、歓迎しよう!」

 うわ、単純。脳みそ、筋肉でできてるんでしょうかね。

「というか、英雄エヴァンスって……」と私は小声でエメラルドさんに話しかけました。

「ええ、1012年前に魔王を倒した英雄の名前ですね……。現在、世界共通で使われている年号の『L.E.』は、『レジェンド・エヴァンス』という意味ですし、世界中探しても彼の名前を知らない者はいないでしょう。――しかし、この夢の住人がケビンさんが自己投影している人でしょうか。かつての英雄なんて、まさに理想通りの存在ですから、自分もそんな風になりたいという気持ちは分かります」

「はあ。私はそうとは思えませんが、まあいいです。ともかく、この英雄さんの力を借りればいいんですよね? とっとと夢魔を倒してもらいましょう」

「あー、いえ、そういうわけには……。夢の住人には、夢魔を倒すことはできません。仮に倒そうとしても、その直前で夢魔が設定を書き換えてしまうはずです。例えば、彼の場合、なんの力も持たない一般人に変えられてしまうかと」

「なんです、それ。夢の世界の支配者は、あくまで夢魔ってことですか。つまりは、夢魔の『設定変更』に影響されず抗えるのは、夢の住人ではない私たちだけということですか……」

「あ、と言っても、彼が英雄であるという設定は、夢魔にとってもその方が都合がいいものなんだと思います。おそらくケビンさんが英雄に自己投影することが、この夢の世界が存在できる条件なのでしょう。ということは、彼が英雄であるという設定を変更してしまうと、夢の世界の存在が維持できなくなる可能性があります。めったなことさえなければ、彼が頼れる仲間であることは変わらないかもしれません」

 ふぅ……、と私は溜息を吐きました。この妖精は真面目なところはいいですが、ある種楽観的で他力本願が過ぎるのが玉に瑕ですねえ。

「そんなの希望的観測にしか過ぎませんよ。本当に頼れるのは自分自身だけです。まあ、一応なんとかしてみせますよ、私が」

 まあ、やってやるしかないですからね。私だって、小さい頃に一度くらいは英雄に憧れたこともありますし、初めての夢魔退治でもできることがあるならやってやる。そんな想いを抱きながら、私は竜が待つ頂を見つめたのでした。

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