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夢と少女と旅日記  作者: タチバナ
第1話
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2.始まりの事件


 はぁー、今日のディナーは仔羊のソテーと野菜スープでした。この宿屋では一番高い料理だそうで、大変満足致しました。あと、ついでにお風呂にも入ってきましたよ。指輪はいくら石鹸で洗っても外れませんでしたけど!

 ………………ホントどうしましょうか、これ。完璧に呪われた装備じゃないですか。でも、どうしようもないですよねえ。それはともかく今日の出来事についてまとめておきましょうか。

 おや、エメラルドさんはもう寝るそうで。彼女が枕にしてるの、備え付けの化粧用パフなんですが、どうでもいいので放っておきましょう。おやすみなさいっと。

 さて、この宿屋に辿りついたところから再開する予定でしたね。エメラルドさんと同行することに決めたあとも多少くっちゃべりましたが、くだらない内容なので省略します。あ、ちなみにパトちゃんは町の入り口近くの厩舎に預けてあります。

 宿屋の入り口まで来て、ふと疑問に思ったのはエメラルドさんの分の宿代も払わなきゃいけないのだろうかということでした。仮に必要だとしても、妖精は人間よりはるかに小さいので場所を取らないし、食事代もたいしてかからないだろうななどとも思いましたが、よく分からなかったのでエメラルドさんには、私が腰につけた四次元袋に入るように指示しました。

 しかし、エメラルドさんは物凄く不満そうな顔をしましたので、ひっ捕まえて強制的に袋の中に突っ込んでやりました。エメラルドさんは袋の中でしばらく暴れていましたが、紐をきゅっと締めてやると、どうやら諦めたようでした。

 宿屋はこの町に着く前から事前に予約していたので、その旨を伝えようとまず受付へ向かいました。そこにいた宿屋の従業員と思しき若い女性(――ついさっきロビーで見かけて質問したところ、年齢は私の一つ下ということでした)がなんだか虚ろな顔をしていたので不審に思いましたが、恐る恐る「あのー、電話で予約をしたネル・パースという者ですが……」と声をかけました。

 すると、女性従業員は寸刻ぼーっとしたあと、はっとしたような表情をしてこちらを見ました。

「し、失礼致しましたっ! お客様一名様ですね? ご予約はされていますでしょうか?」

 しかし、こんな間の抜けたことを聞いてきたので、私もさすがに呆れかえって問い返してしまいました。

「だから、予約はしてますって。お客さんに二度も同じことを言わせるなんて、失礼なことですよ? 何か気にかかることでもあるんですか?」

「い、いえっ、申し訳ありません! ……ええっと、実は、その、こんなことをお客様に言うのもおかしな話だとは思うのですが、この宿屋のオーナーの息子さんがご病気に罹られたようで心配で……」

「……へぇ、ちなみにどんなご病気で?」

「えっと、オーナーに聞いたところによると、息子さんはもう一週間近く眠られているんだとか……。最初は普通にお休みになられているのだと思っていたそうですが……」

「…………ふーーーん。まあ、宿屋の経営には影響ないですよね。早く部屋に案内してください」

 と言ったところで、私の腰の袋が暴れ出しました。……ああ、病気のことなんて聞くんじゃなかったです。病気という単語を聞いた時点で、少し嫌な予感はしていたのですが。

「ちょ、ちょっと! その息子さんって、エターナルドリーマーじゃないですか! ネルさん、何スルーしようとしてるんですか!?」

「いや、私には関係ないですし。というか、袋の中だから声がこもってて聞き取りづらいですよ」

「なら、早く出してくださいよ! 大人しくしててあげようと思いましたけど、こんな一大事なら話は別です! 宿代がどうのとか、けち臭いこと言ってる場合じゃないです!」

 ああ、はいはい。めんどくさいな。私はそう思いつつ袋の紐を解き、エメラルドさんを外に出してやりました。すると、エメラルドさんは女性従業員の目の前に飛び出して、こう騒ぎ立てました。

「そのお話詳しくお聞かせ、……いえ! オーナーとその息子さんにお会いさせていただけませんか!? 私たちなら、息子さんを治せるかもしれませんので!」

「わっ、妖精さんだぁ……。あ、いえ、それより本当に治せるんですか!? 私、ちょっとオーナーに聞いてきます!」

 ……いや、勝手に話進めないでもらえますかね。正直、半分以上自業自得ですし、困っている人を見過ごすのも気分が悪いので、逆らいづらいのは確かですが。

 女性従業員は、奥の方に行ったかと思うと、すぐに戻ってきて「オーナーがお会いしたいそうです」と言い、オーナーのいる部屋まで案内してくれました。部屋に入ると、ベッドがあり、そこには確かに若い男性が眠っていました。そのベッドのすぐ隣の椅子に座って男性の顔を不安そうに見つめている中年男性と中年女性がオーナーとその奥さんであることはすぐに分かりました。

 女性従業員がその二人(――これもあとで確認しましたが、二人は夫婦でした。まあ、それも一目で分かりましたが)に声をかけると、オーナーは私のほうに向き直り、期待に満ちた表情でこう言いました。

「これはどうも。なんでも息子のケビンを治していただけるそうで。既に、うちの従業員から少し話を聞いているということですが、息子は彼此一週間も目を覚ましません。息子は幼馴染の女性に振られて帰ってきたばかりだったので、最初はそのショックで寝込んでいるのだろうと思いました。女性には、他に好きな男性がいたとのことで、それはそれは酷く落ち込んでいました。しかし、丸一日経っても目を覚まさず、さすがにおかしいと思いまして揺さぶり起こそうとしましたが、なんの反応もなく、私はそこでようやく医者に診せようかと思いました。ですが、その医者も原因不明の病気だと言うばかりで、なんの処置もできないということでした。我々は病気ではなく、なんらかの呪いではないかとも疑っておりますが、……いえいえ、ともかく息子を目覚めさせてくれるのであれば結構です。もちろん謝礼も払いますので、何卒よろしくお願いします」

 とまあ、早口で捲くし立てて頭を下げてきたので、どう返答したものかと迷いましたが、ここはやはり覚悟を決めるべきところでしょう。しかし、私の安全が保障されているのかどうか気になったので、小声でエメラルドさんに質問をしました。

「もう仕方ありませんから、夢の世界へ行くのはいいです。しかし、戻ってくるにはどうしたらいいんですか? 自分の意思で戻ってきたいときに戻ってこれるようになっているんですか?」

「ええ、それは問題ありませんよ。あなたが強く念じることで、すぐに夢の世界から抜け出すことができます。万一、夢魔に殺されそうになったとしても、あなたの安全は保障されていると言っていいでしょう」

「おや、それは便利なことで。まあ、女神様の作ったアイテムなら、それくらいは当然ですか。思ってたよりリスクは少なそうです」

 まあ、この妖精が嘘を吐いてたり、何か重要なことを言い忘れてたり、気付いてなかったりしなければですが。ともかく私は夢の世界について何も知りませんでしたから、一度だけ挑戦してみて、どうしても何か問題がありそうなら投げ出してやろうかと思い、オーナーにこう言ってやりました。

「分かりました。正直言って治せる自信は全くありませんが、できる限りのことはしたいと思います。その代わり、成功した暁にはたっぷり謝礼を払っていただきますよ」

 私がそう言うと、横にいたエメラルドさんが「お金取る気ですか!?」と驚きましたが、当たり前のことを言わせるんじゃねえです。夢魔と戦うとなれば、少なからず命を張らなければならないはずで、多額の謝礼を要求したとしても、私を責めれる道理はないでしょう。儲けになるとでも思わなきゃ、やってられないですよ。

 夫婦と女性従業員は揃って、私に頭を下げてお礼を言ってきましたが、その前に私はまず、夢の世界に入る方法についてエメラルドさんに聞かねばなりませんでした。

 エメラルドさん曰く、エターナルドリーマーの両手を強く握るだけでいいということでした。また、ウェイクリングはエターナルドリーマーが近くにいると反応し、輝き始めるとのことで、改めて指輪を見てみたところ、確かに宝石のエメラルドから強い光が発せられていました。

 しかし、ある意味じゃ分かりやすくもありますが、エメラルドの宝石とエメラルドという名前の妖精って、ちょっとややこしいですね。

「さて、それじゃ行きますか」

 夫婦と女性従業員が不安そうに見つめる中、私は眠っている息子さんの手を強く握りました。そして、私の意識は徐々に夢の世界へと引き込まれていく。そんな感じがしました。そう、これが夢の世界へダイブする感覚……。

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