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夢と少女と旅日記  作者: タチバナ
第2話
11/53

5.本当の友達

 ――瞬間。空気が張り詰めました。なるほど、世界の強さによって夢魔の気迫も変わってくるのか。ハバネロは前回戦ったチェルシーよりも明らかに強いオーラを纏っていました。そして、改めて見ると実に不気味な顔をしやがってました。

「ネルさん、気をつけて。見た目以上に強そうですよ、この夢魔」

「分かってますよ。油断なんかしませんって。『夢幻創造』! 出でよ、金の延べ棒!」

 私の右手に現れる金の延べ棒。これさえあれば、相手がどんなに恐ろしくても負ける気がしません。これはただの武器ではなく、全身に力が漲る道具なのです。

「というか、なんで金の延べ棒がデフォになってるんですか……」と呆れ顔で呟く羽虫を叩き落すハエ叩きにだってなります。

「冥土の土産の準備はできましたかな。あの世で家でも買うがいい!」

 ハバネロの跳躍。真正面から向かってくるのは予想通りでした。私はすぐさま体を反らし、第一撃をかわしました。しかし、ハバネロはすぐに反転して、私の身体のバランスが崩れたところを狙ってきました。

 私はハバネロとの間に金の壁を作り、突進を防ぎました。そして、反対側の壁に向かって走り距離を取りました。

「逃げ回っていては、某を倒すことはできませんぞ。しかも、そちら側には出入り口はない。もはや逃げることすら不可能ですな」

「馬鹿言ってんじゃないですよ。私が距離を取ったのは逃げるためなんかじゃないです。ここからでもあなたへ攻撃することは可能なんですよ!」

 そう言って、私は手にしていた金の延べ棒をハバネロに向かって弾丸のように投げました。これだけの勢いで金の延べ棒を投げるなんてことは、現実の私では不可能ですが、『夢幻創造』の効果で、自分自身が理想の存在となっているから可能なのでしょう。

「ふん。無駄ですな」

 しかし、ハバネロはあっさりとかわしました。

「何やってるんですか、ネルさん! こんな距離があったら当たるわけないですよ!」

「全くですな。奇襲戦法のつもりだったのでしょうが、あまりにもお粗末――」

 ハバネロはベラベラお喋りをしていて気付いていませんでした。これが私の計算通りであることに。壁際に立っている柱に金の延べ棒が刺さり、ヒビの入った柱がみしみしと音を立てていることに!

「いいえ、夢魔ハバネロ、あなたの負けですよ!」

 私が叫んだ瞬間、柱が折れて倒れてきました。――そう、ハバネロの頭上を目掛けて。

「――なっ!?」

 ごつんと鈍い音がしました。ハバネロは柱がぶつかる直前、さすがに怪しいと気付いて振り返ろうとしたようですが、あまりにも気付くのが遅過ぎました。

「なるほど……、最初からこれが狙い――」

 ――ばたん。ハバネロは何かを言いかけて、気絶したようでした。

「よっしゃー、二連勝ー!!」

 私はバンザイをして喜びを表現しました。

「また、勝った……? しかも、こんなにあっさりと……。ネルさん、やっぱりあなたは――」

「ん? 私がどうかしましたか?」

「べ、別になんでもないです! とにかく勝てばいいんですよ、勝てば! ほら、ネルさん。もうすぐこの夢の世界も崩壊しますよ!」

 なーにを顔を赤くして言ってるんですか。ツンデレ妖精ですか。――などと言おうとしたとき、一瞬だけ意識が途切れました。それは夢の世界が崩壊し、現実世界へ戻される前兆でした。気が付けば、目の前には不安そうな顔をしたメシティカさんがいました。

「あ……、ネルさん……。ティアナお嬢様はどうなったんですか……?」

「心配御無用! 夢魔はばっちり退治しましたから、すぐに目を覚ますと思いますよ」

「本当ですか……? それはよかったです……」

 声の調子は相変わらず落ち着いたものでしたが、ぱっと目が明るくなったのを私は見逃しませんでした。そして、まだ眠ったままのティアナさんの額に濡れたタオルが乗せられていることも。

「ん……」

 小さく呻き、ティアナさんは目を覚ましました。

「こ、ここは……? お城じゃない……?」

「ここはあなたの本当の家ですよ。夢じゃなくて、現実の家です」とエメラルドさんが言いました。

「そうか……、私ずっと眠っていたのね……。なんだか長い夢を見ていた気がするわ……。だけど、幸せだったわ。

 現実ではお父様が事業に失敗して、家族でさえもバラバラになってしまった。私が友達だと思っていた人たちも、それをきっかけに離れていった。彼女たちはみんな“富豪の娘のティアナお嬢様”にしか興味がなかったのよ。“貧乏人の娘のティアナ”なんか、誰も求めていなかったんだわ。

 お金持ちで、なんでも頼めばプレゼントしてくれて、それで初めて友達と認められたのね。だけど、私は別にそのことは不快ではなかった。みんなが喜んでくれるのであれば、なんだってするつもりだったわ。

 なのに、彼女たちは私の家が貧乏になった途端、掌を返したようになった。でも、そのことだって、私は責めるつもりなんてない。ただただ、悲しかっただけよ。私のことを本当に好きな友達なんて一人もいないんだって、そう気付かされてとてもとても悲しかった。

 私は今、誰にも愛されずに孤独を抱えている。こんな人生に一体なんの意味があるって言うの……? そうよ、私はずっとあの場所にいたかったわ……」

「……言いたいことはそれだけですか?」

 嘆くように語るティアナさんに、私は問いかけました。

「それだけじゃないわ! あなた、私の夢に出てきた人よね。あなたが私の夢を邪魔したのね!? どうしてよ、誰も不幸なんかじゃなかったでしょ!? 私はずっとあの場所にいたかった! こんな友達一人いない世界じゃなくて、お姫様と崇められる、そんな煌びやかな世界にいたかったわ! どうして、それを邪魔したのよ!? 私は――」

「っざっけんじゃねええええええええええ!!!」

 ――しんと静まりかえる部屋。叫んだのは私。ティアナさんもメシティカさんも、エメラルドさんでさえ驚いた表情で私を見つめました。

「な、何よ! いきなり大声出して、そんなんで私を驚かせようなんて――」

「ふざけてるから、ふさげんなっつったんですよ! 友達一人いない!? 何言ってんですか!? あなたにはちゃんと友達がいますよね!?」

「だ、誰のことよ……。私のことなんて、何一つ知らないくせに。知ったようなこと言わないで!」

「ええ、私はあなたのことなんて何も知りませんよ! だけど、こんな部外者の私でも、あなたにはちゃんと友達がいるって分かりましたよ! お金持ちだとか、貧乏だとか、そんなことを気にせず、傍に寄り添ってくれる人がちゃんといるじゃないですか!」

「もしかして、メシティカのことを言ってるの……? あなたね、メシティカは私の家の使用人なの。だから、友達なんかじゃ――」

「あなた馬鹿なの!? どうせ今はたいしたお給料もあげられてないんでしょ!? それでもメシティカさんはあなたの傍を離れようとしなかった! なんでか分かりますか!? それはあなたのことが本当に心配だから! それ以外に一体なんの理由があるって言うんですか!

 そんなメシティカさんのことを、言うにこと欠いて友達じゃない!? 馬鹿馬鹿馬鹿ッ!! あなたの方こそ、メシティカさんのことを“使用人のメシティカ”としてしか見てないじゃないですか! どうして“大切な友達のメシティカ”として見てあげられないんですか! そんなんだから、あなたは他に本当の友達を作れなかったんじゃないの!?

 そりゃお金持ちじゃなくなったからって離れていった人たちも酷いですよ。だけど、あなたにだって明白な問題があるわ! まずはそれを認めなさい。そして、メシティカさんの想いをちゃんと受け止めてあげて! それはあなたの義務よ、逃げんじゃないわよ! 一人で勝手にいい気分になって、大切な友達を傷つけるんじゃないわ!!」

 ――怒りのあまり、少し語気が強くなり過ぎてしまいました。そこは少し反省してます。だけど、気付いて欲しかった。メシティカさんの想いに。きっとメシティカさんは私が夢の世界にいる間もずっとティアナさんのことを心配してたんです。

「お嬢様……」

 メシティカさんが口を開きました。

「私もちゃんと自分で想いを伝えるべきだったかもしれません……。ネルさんの言う通り、私はずっとあなたのことが心配だったんです……。友達から見放されて一人で膝を抱えるあなたのことも、夢の世界に囚われてしまったあなたのことも……。この感情は作りものなんかじゃありません……。私の本当の想いです……」

「メシティカ……、私は……、間違っていたの……? あなたの想いを蔑ろにして、一人で勝手に思い悩んで……。ごめんなさい、メシティカ……。私はなんて馬鹿だったのかしら……」

 私はふぅと溜息をつきました。呆れたわけじゃないです。それは安堵の溜息でした。

「それに気付けたなら、それでいいですよ。気付けたなら、まだやり直せます。現実をちゃんと受け止めて、まっすぐ前を向いて生きていくことができますよ」

 そこで何かの糸が切れたのか、ティアナさんはわあっと泣き出しました。感情の読みづらいメシティカさんも心なしか涙を浮かべているように見えました。

 ……エメラルドさん、あなたはなんで号泣してるんですか。まあ、別にいいですけど。ティアナさんが前を向いてくれたなら、それでいいんです。ともかく、これにて第二の事件も一件落着したのでした。

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