表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夢と少女と旅日記  作者: タチバナ
第1話
1/53

1.出会い

 L.E.1012年 5月1日


 全くもって面倒なことになりやがりました。こうして日記に記すのも面倒ですが、万が一の際には私の後釜を用意しなきゃならないって話なんで、一応未来の後輩へ向けたメッセージってことで書き記そうと思います。もしこれを読む人がいるのなら、私の二の舞にならないように、精々頑張ってください。

 まあ、私は死ぬ気なんて更々ありませんけどねえ。100まで生きるのが人生のモットーですので。まだ17年しか生きてないのに、そう簡単にくたばってたまるかってんです。14歳まではろくな人生じゃありませんでしたしね。やー、ホントさっさとあの孤児院から出て行って正解でした。

 っと、まず最初に言っておきますが、もしあなたが怪しげな妖精の要請を受けている最中で、まだ契約は未成立だってんなら、きっぱりと断ったほうが身のためです。どうせろくな目に遭いませんから。いや、マジで指詰めることになっても知りませんよ?

 あ、それと、私が死んだあとのことなんか知ったこっちゃないですし、人に見られて恥ずかしいような人生を送ってきたつもりはありませんので、プライバシー問題なんて気にしないです。万が一の際には、この日記を私の遺書としようかと思うくらいです。

 さてさて、まえがきはこれくらいにして、順を追って説明しますか。私も小説のまえがきなんてろくすっぽ読みませんから。あ、でも、あとがきは小説の要点を上手くまとめてくれていることがあるので、本編を読む前にあとがきから読み始めるってことは、……って、話が横道に逸れすぎですね。お喋りするのは大好きなんで、ついつい話が長くなってしまうんですよね、私。反省、反省。

 まあ、今日という日は大変な一日でしたけど、話としてまとめるとなると至極単純かと思います。旅商人である私は愛馬パトリシアに乗って全国巡りをしているんですが、今朝、道すがらの地面に何か光るものを見つけたことから、平穏な日常は一変しました。ちなみに、便宜上愛馬って言いましたが、パトちゃんは本当は馬じゃなくってユニコーンです。

 パトちゃんが私の愛馬になった経緯も完全に横道なんで置いておきましょう。過去の日記には書いてあるので、そちらを参照していただいてもいいですが、気が向いたらまた後日書くことに致します。

 で、光るものって言ったら、高価なものじゃないですか。金銀財宝、なんでもござれです。ただの硬貨だとしても、ただで手に入るならうはうはの儲け物ですよ。落とし主のこととか法律とか自警団とかは知ったこっちゃないです。こんなのは間抜けな落とし主が悪いに決まってます。なんでわざわざ自警団に届けなきゃならないんですか。

 なーんて思いつつ、どうせガラスの破片か何かだろうと思う冷静な自分もいたわけですが、パトちゃんから降りて観察してみてびっくり仰天しましたよ。だって、本当に綺麗なエメラルドのついた指輪だったんですから。安く見積もっても30万Gギーはするんじゃないでしょうか。私だったら、その5割増しくらいの値段で売っちゃいますけど。

 しかし、それにしても綺麗な指輪です。私だって女ですから、こんな指輪が結婚指輪だったらとか妄想しちゃいます。だから、妄想が暴走しちゃって、売っちゃう前に試しに一回つけてみようと思うのは、極々自然な思考の流れなわけです。

 指輪を右手の薬指に嵌めてみてうっとりと眺めていると、背中の方から「あのー、すみません」というか細い声が聞こえてきました。しかし、きょろきょろと辺りを見回してみても、どこにも人の姿はありません。

 ――なんだ、幻聴か。そう思い、指輪にうっとりする作業に戻ろうとすると、目の前にぬっと小さい人影が飛び出してきました。私としたことがびっくりしてしまって、少しうしろに仰け反ってしまいました。

「あ・の・う! 一つお聞きしたいことがあるんですが、よろしいでしょうか?」と小さな人影は言いました。よく見ると、それは綺麗な緑の髪をした妖精でした。大きさで言ったら、ちょうど私の手のひらくらいでしょうか。非常に小さいことと背中の羽を除けば、どこにでもいる女の子のように見えました。

 私も妖精を見るのは初めてでしたが、昔、写真で見たことがあったので、すぐに妖精だと分かりました。最初は、まさかこんなところに妖精がいるとは思わなかったので、うっかり見落としてしまったようです。

 しかし、妖精なんて、もはや絶滅危惧種ですからね。私もなんとも珍しい出会いをしたものです。天界には、まだそれなりに数がいるとは聞いていますが、地上の妖精なんて国の行く末を真剣に考える政治家くらい数が少ないんじゃないでしょうか。――まあ、それは地上よりも天界の方が住みやすいという理由も大きく影響してるんでしょうけど。っと、閑話休題、閑話休題。

「驚かせてしまってすみません」と妖精はぺこりと頭を下げました。

 私は、こいつを生け捕りにしたらいくらくらいで売れるのかなという皮算用を中止して、「気にしてませんから大丈夫ですよ」と応えました。

「突然ですけど、私、この辺りで指輪を落としてしまったんです。一生懸命探しているんですけど、どうしても見つからなくて……。それで、たまたまあなたの姿が見えたから、もしかしたらどこかで指輪を見かけてないかなって思って。それで声をおかけしたんです」と妖精は言いました。

 言わずもがな、妖精の言う指輪とは、私が指に嵌めたエメラルドの指輪のことだと思いましたが、私は咄嗟に右手を背中に回し、「いえ、全く知りませんね」と答えてしまいました。それほどまでに、この指輪を手放すのは惜しいと思ったんです。ちょっと可哀想ですが、ここはすっ呆けてさっさと退散しちゃおうかと。

「そう、ですか……。ともかくありがとうございました……」と妖精の顔は暗くなりました。私の中にわずかに残る良心がずきりと痛みましたが、一度知らないと言ってしまったからには、もうあとには引けません。

 私は善人なんかじゃありません。騙して儲けられる機会があるなら、積極的に騙していくのが私です。お金は、良心なんかよりもずっと大切なものですから。

「それじゃ、そういうことで」と私はパトちゃんに乗馬し、さっさと立ち去ろうとしました。手綱を握ると、うわ言のような妖精の声が聞こえてきました。

「どうしよう……、どうしよう……。あれがないと、女神さまにどれだけ怒られるか……。もしかしたら、私もう天界には帰れないかもしれない……」

 私はずきりずきりと痛む良心を抑え、手綱を振るいました。パトちゃんもゆっくりと歩き始めます。ごめんなさい、妖精さん……。あなたの事情は知りませんが、私はお金のためなら悪にもなる人間なんです……。お金さえあれば、あんな事件は起きなかったんですから……。

 そんな風に思ったのも束の間、めそめそ泣いていたはずの妖精は再び私の目の前に飛び出してきました。二度目だと言うのに、私はまたびっくりしてしまい、手綱を強く引っ張ってしまいました。当然、パトちゃんもつられてびっくりです。一瞬、落馬しそうになりましたが、なんとか体勢を立て直しました。

「また、驚かせてしまってすみません。でも、もう一つだけ気になることがあったので、聞いていいですか?」と訊ねる妖精の目は、先ほどまでとは違い、真剣なまなざしに見えました。――と言うより、それは私に向けられた疑いのまなざしのようでした。

 何か嘘がバレるようなことを言ったりしてしまったりしただろうか。寸刻考えてみましたが、妖精は私が指輪を嵌めていることには気付いていない様子でした。もし気付いているのであれば、すぐさまそれを指摘したでしょう。

 また、このときも咄嗟に右手をポケットに入れ、隠していました。そして、悟られるようなことを言った覚えもありませんでした。訳も分からず呆然としていると、妖精はこんな質問をしてきました。

「あの、疑うわけじゃないんですが、あなたはどうしてこんな“何もない”ところで、馬から降りていたんですか?」

 ……あちゃー。私は痛いところを突かれたと思いました。確かに妖精がそれを疑問に思うのは当然のことだったでしょう。私たちの周りにあったのは、数本の木と、あとは精々草木が生い茂っている程度。“何もない”のであれば、こんなところで立ち止まる理由はないはずなのです。私は一瞬に返答に詰まり、困窮してしまいました。

「ああ、ちょっと休憩していただけですよ。深い意味なんてありません」とそれでもなんとか誤魔化そうとしてみますが、妖精の目つきは変わりません。

「それなら、もう一つ質問です。先ほどから右手をポケットに突っ込んでいるようですが、片手で手綱を握るなんて随分と器用ですね?」

 ――ああ、誤魔化し切るのは無理か。なら、隙を見て逃げ出す? しかし、妖精は地の果てまでも追いかけてきそうな形相でした。さっさと降参してしまう方が利口かもしれないと、私は判断したのです。

「あー、はいはい、分かりましたよ」と私は文字通りお手上げしました。妖精は、私の右手の薬指に嵌められている指輪を見て、やっぱりなという表情をしました。

「それ、私の指輪です! 嘘吐いて持ち逃げしようとしてたんですね!? 早く返してください!」

「はいはい、ちょっと魔が差しただけですよ。返せばいいんでしょ、返せば」

「なぁ〜んで、そんなでかい態度なんですか! 確かに返してくれさえすれば文句ないですけど、反省してくださいよ!!」

 そんなん知るかよと心の中で悪態をついてみますが、そうは言ってもどう考えても私が悪いです。素直に指輪を返して許してもらいましょう。そう思いましたが、簡単には問屋は卸さないようでした。一旦下馬して、指輪を引き抜こうと力を入れてみても、一向に抜ける気配がなかったのです。

「何をもたもたしてるんですか? 早く指輪を――」

「わ、分かってますよ! でも、どうしても抜けないんですって、この指輪!」

「はあ!? ふざけないでくださいよ! そんなこと言ってると、あなたの指を切り落としますよ!?」

「ちょ、ちょっ!? それは勘弁願います! ヤクザになるのは嫌ぁ!!」

 ――などと騒いでみても、妖精が無理やり引き抜こうとしても、指輪は私の身体の一部になってしまったかのように抜けなかったのです。……指痛かったなあ。あの妖精、手加減ってものを知りませんね。

 しばらくそんなやりとりをしていると、その妖精は諦めかけたのか、それとも間が持たなくなったからなのかは分かりませんが、こんなことを質問してきました。

「あなたは、エターナルドリーマーという言葉を聞いたことはありますか?」

 ――エターナルドリーマー。それは2、3週間ほど前から話題になっている人たちのことですね。私も携帯のメルマガニュースか何かで目にした気がします。

 しかし、魔法も便利ですが、科学ってやつも侮れないですね。知りたいことをすぐに知れるのはいいことです。私もお客さんとの会話が弾むように、常にアンテナを張って情報収集をしてるんですよ。

 帳簿をつけるのに便利そうなので、できれば、ノートパソコンも欲しいんですけど、さすがに高いんですよねえ。持ち運びについては、マジックアイテムの四次元袋でできるので気にしなくていいんですが。っと、またまた話がずれてますね。戻しましょう、戻しましょう。

「確か、まるで永遠に眠り続けるかのように目を覚まさない人たちのことですよね。そういう病気の人たちだろうって、ニュースで見た覚えがあります。それが指輪と何か関係でも?」

「大有りです。が、まずは認識のずれを修正しておきましょう。エターナルドリーマーは病気ではありません。彼らは夢魔にとりつかれているのです。夢魔とは、心の弱った人間が見る夢の世界に住みつき、さらにその人間の精神を貪り食っている悪魔たちのことです」

「夢魔、ですか。そりゃ厄介そうな相手ですね。それで?」

「はい。そして、その指輪、――通称ウェイクリングは、天界に住む女神ダイアモンドが作ったもので、普通の人間でも夢の世界へと入ることができるようになるマジックアイテムなのです。女神さまは、私たち妖精にウェイクリングを一つずつ託し、下界に降りて強い人間を探すように命じました。人間たちの力を借りて、夢魔たちとその親玉である夢魔ナイトメアを倒すことが目的です。今はまだ、小さなニュース程度の扱いかもしれませんが、放っておけば夢魔の侵攻は、更に激しさを増すでしょう。だから、私はそうなる前に強い人間を――」

「見つける前に、指輪を落っことしちゃった。なるほど、そういうわけですね?」

「うぐ。確かにそれはその通りですが、人の指輪を持ち逃げしようとしていた人に言われるとムカつきます」

「まあ、話は大体理解しました。その女神様自身は、そう簡単に天界を留守にするわけにはいかないでしょうし、他力本願で悪い奴をぶっ倒してもらおうとしているわけですか。世界平和を願う素晴らしい神様です。うんうん」

「若干馬鹿にされている気はしますが、分かってくれたのなら何よりです。ともかく、そういうわけで、その指輪はとっても大切なものなんです! ホントに指を切り落としてでも返してもらいますよ!」

「いや、自慢じゃないですが、私は多分ゴブリンの一撃で気絶しちゃうくらい弱い人間なので、そうしたいのは山々なんですが……」

 しかし、ひょっとして。指輪を一度嵌めてしまったなら、選ばれた人間として認識されてしまって二度と外れないシステムになってるんじゃ。いやいや、その想像は私にとっても嫌なものなので、口にはしたくありませんが。

「しかし、こちらとしても言わせてもらいますが、今すぐ指輪を外せと言われても無理です。指を切り落とせと言うのなら、私もさすがに自分の身を守るために抵抗させてもらいますよ? でも、もしかしたらお風呂で石鹸で洗ったりしたら、するりと抜けるかもしれません。ですので、しばらくの間、私の旅に同行してはもらえませんか? 指輪が外れれば、すぐにあなたにお返し致しますので」

 そう言うと、妖精は悩んだ顔をしましたが、少しして大きく溜息をつきました。

「仕方ありません、ね。指輪を持ち逃げしないかどうかの監視のためにも同行させてもらいますよ」

「あっはははは、やだなあ。そんなことするわけありませんよ」

「どの口が言いますか、どの口が!! ……あ、そういえば、まだ名前も聞いてませんでしたね。私は、妖精のエメラルドです。あなたのお名前は?」

「ネルです。美少女と旅商人やってます。こっちは、ユニコーンのパトリシアです」

「はあ。突っ込みどころはスルーするとして、しばらくの間、一応よろしくお願いしますよ」

「はいはい、こちらこそ以後お見知りおきを」

 うーん、しばらくの間で済めばいいですけどね。そう思いつつも、口にしたら本当に長い付き合いになりそうなので、ぐっと堪えます。今日一日だけでも大変でしたから、こんな生活は早く終わって欲しいものです。

 ――おっと、日記を書いてる途中ですが、どうやら晩御飯の時間みたいですね。エメラルドさんが私を呼びに来ましたよ。日記の続きはディナーのあとで書くことにしましょう。この宿屋に辿りついたところからの再開でいいですかね。そんじゃまあ、行ってきます。今夜はご馳走だ!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ