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     敗北の傷跡 ②


病室へと訪れた交渉人ネイルが近くにあった椅子へ腰をかけると、同じようにカリスも足を組みながら椅子へと座った。

ネイルは何時になく厳しい表情を見せている、無理もない。

当然の事だ、ギルドの入念な検査を受けて問題ないと判断された荷物が『毒ガス』だったのだから。


「君は、あの荷物の中身が何か知っていたのか?」


「僕は依頼人からは勿論、貴方からも荷物については一切聞かされていない」


「そうだな、あの荷物の中身を知っていたのは君の依頼人である商人の息子『クラウン』、そして荷物検査に携わった我々だけだ。

我々の検査には決して不備はなかった、それに政府の許可すら下りている。 見たまえ、これが検査結果の資料だ」


ディアはネイルから資料の束を手渡しされると、ぱらぱらと紙の束を捲っていく。

資料内の写真に写されていたのは、奇妙なデザインをした人形だった。

正直どれもセンスの欠片を何一つ感じさせない酷いデザインばかり。

一応髪のようなものと目と口に見える飾りから辛うじて人形である事は判断できるが……どちらにせよ、家に飾っておきたい代物ではない。


「心当たりはあるか?」


「いや、どれも初めて見るよ」


「なんだこりゃ? ヒッデーデザインだなおい……もしかして、今こういう人形が流行ってたりすんのか?」


横から資料を見たカリスは、写真に写る奇妙な人形達を見てそう呟く。

いくら何でもこんな醜悪なデザインの人形が流行る事はないと思うが……しかし、これが一体事件と何の関係が?


「……どうやら、依頼人の自作らしくてな。 東区では全く売れなかったからと言って、西区でこいつを使って新しい商売を始めると言っていた。

検査の最中、依頼人は触れるなだの騒ぎ続けていたようだが」


ネイルの話を聞いて思い返すと、確かにクラウンはそのような事を口にしていた。

当初はよほど商売道具とやらが企業秘密であったか、等と深く考えていなかったが、自作の人形を見られたくない理由があったのだろう。

恐らくこの醜悪なデザインの人形を売ろうとしていたか、或いは別の何かをしようとしていたか。

いずれにせよ、ディア達が運んでいたのは……いや、運ぶべき荷物というのはこの人形だったのだろう。


「つまり、僕達が運ぶべきだった荷物はこの人形だった。 しかし、実際僕らは何故か……『毒ガス』を西区へ運ばされていたわけか」


「だけどよ、それもおかしな話だぜ。 大体毒ガスなんざ政府によって厳重に管理されてんだぞ? そう簡単に入手できる代物じゃねぇ」


カリスは眉間に皺を寄せながらそう告げた。


「カリスの言う通りだな、元々毒ガスというのは魔法に変わる兵器として新たに研究されていた大量破壊兵器だ。

過去に戦争でもたった一度しか使われていないし、両軍に莫大な被害が訪れた事から使用が禁止された」


「魔法はさっさと封印されたというのに、毒ガスについてはその限りじゃなかったって事だね……やれやれ、政府ってのはいい加減だな」


「魔法についても実際は完全に消えたわけではないしな、禁忌術者と呼ばれる者達が唯一魔法を扱うことが出来る。

政府は魔法の力を恐れていて、禁忌術者を片っ端から捕まえては処刑にしているそうだ」


元々騎士団に所属していたディアでも、政府によって毒ガスが管理されているという事は知っていた。

二人の言う通り、毒ガスといった大量破壊兵器は政府によって厳重に管理されている。

政府の監視を掻い潜って毒ガスを盗み出すのは、ほぼ不可能と考えていいはずだ。


政府に連れられてきた禁忌術者というのも、ディアは何人と見て来ていた。

その中には老人や子供も含まれており、禁忌術者であるという理由だけで政府の手によって処刑され続ける。

こんな理不尽な事が許されていいはずがないと、当時のディアは政府のやり方に不満を抱いていた。


「ま、どの道中央区は封鎖されていたんだぜ。 毒ガスを運び出すには厳重な騎士団の警備を―――待てよ」


「中央区での事件? それって、まさか―――」


カリスが何気なく口にした『中央区の封鎖』、政府が血眼になって対応しなければならない程の大きな事件。

それはもしや、毒ガスが盗み出されたのではないか?

だが、何処でどのように管理されているのかはそれこそ上層部の人間しか知らないはず。

もし、毒ガスが盗まれたと仮定すれば犯人はギルドでも握っていない情報を持っていた事となる。

そんな事があり得るのだろうかと、ディアは疑問に感じた。


「私もその可能性は考えた。 しかし、それでも辻褄が合わない点が多すぎるのだよ」


「ああ、そうだろうな。 仮に政府の目を誤魔化せたとしても、何でわざわざ東区に毒ガスを運んだんだ?

最初から西区へ運ぶのが目的だったら、初めからそうしていたはずだ」


「それにもし、毒ガスの目的がテロ行為であるならば何故西区が選ばれた?

テロ行為を起こすのなら、人が集まりやすい中央区を狙うべきだし、何よりも政府へのダメージが一番大きい。

それをわざわざ、西区で行う理由がないはずだ」


考えれば考える程、今回の事件は不可解な点が多すぎる。

中央区で発生した事件、東区に毒ガスが移されていた点、そしてギルドの検査を掻い潜って入れ替えられていた荷物の中身。

何か大きな事件の前触れでなければいいかと、ディアは不安に感じた。


「あー、面倒な事件だなクソッ! こりゃギルド総がかりで捜査していくしかねぇだろうな。

おかげでナンバー3は偉い事になってんだろ? ギルドがテロ行為の手助けをしたって、世間じゃ大騒ぎだぜ?」


「ああ、そうだ。 君にはまだ一番大事な事を伝えてなかったな。 ギルドでは今君の処分の事でもめているところだよ……ディア君」


「―――処分、だって?」


ディアは顔を青ざめさせながら、呟いた。

いや、ある程度は予測できていた。

意図的ではないにしろ、毒ガスを運んだという事実は変わらない。

ギルドの信用問題どころか、国に関係する大事件を引き起こしてしまったのだ。

今の政府のやり方では、ディアは確実に処刑されてしまう。

このままでは逃げ場がない、と背筋に凍りつくかのような寒気が走った。


「支部からは君に全ての責任を押し付けようとしているらしい。 この事件はワーカーが独断で引き起こした。

ギルドはテロ行為を未然に防ぎ、その一味を政府に差し出す事で事件を解決しようとしている。

ギルドとしては、それが一番それが手っ取り早いからな。 そうなってしまっては、ディア君の処刑は免れない――」


「処刑だって? ふざけんじゃねぇよっ! ディアはただ利用されただけだろ、こいつがテロリストなはずがねぇっ!

そんな事をしちまったら、陰でこの事件を起こした真犯人も、その目的だってわからねぇまま終わっちまうじゃねぇかっ!」


頭に血が上ったカリスはネイルの胸倉を掴んで怒鳴り散らす。

しかし、ネイルは冷ややかに笑うだけで至って冷静だった。


「そう熱くなるな、私もディア君には期待をしていると言ったはずだ。 その件については支部長と既に話をつけている」


「話だぁ? ったく、またろくでもねぇ取引を持ちかけたんじゃねぇだろうな」


「それは君達が判断する事だ……さて、ディア君。 残念ながら断る権利はないのだが、君に課せられた任務はただ一つ。

今回の事件の全貌を解明する事、だ。 それで自身が潔白である事を証明したまえ」


「この事件を、僕一人で捜査しろというのですか?」


「私は全面的に君に協力する事を約束しよう。 勿論、君が断れば……少なくとも、あの依頼人と同じく政府に捕まる事になると思うがね」


「依頼人? クラウンはどうしたんですかっ!?」


クラウンは今回の依頼をギルドに持ち込んだ張本人。

ギルドから見ると、一番怪しい位置にある人物である事は間違いない。

しかし、ディアはあのクラウンを疑うことが出来なかった。

父親のように麻薬を売りさばくような商人にはなりたくないと、荷物の中には大事な商売道具が入っていると自慢げに語っていたはず。

直感ではあるが、ディアはクラウンが犯人ではないと信じていた。


「政府にとっては重要参考人ではあるが、恐らくクラウンをテロリストの一味として処刑させようとしているのだろう。

だが他人事ではないぞ、君も事件を解決できなければ同じ目に逢う」


「冗談じゃない、あの人は無実だっ! 彼の潔癖は僕が証明して見せるっ!」


「これは驚いだな、まさか君があの依頼人に肩を持つとは」


ネイルは目を丸くしていた。

元々ディアはあの依頼については乗り気ではなかったし、クラウンの姿を見てはため息をついていたぐらいだ。

それが今となっては、必死で彼を庇おうと怒鳴っているという事に思わず首を傾げてしまう。


「まぁまぁ、要は事件さえ解決しちまえばいいって事だろ? 」


「……それで彼の身が潔白となれば、政府も解放せざるを得んだろう。 とにかく、私の方でも出来る限り情報を集めておこう。

今は身体を休めておくべきだ、では失礼する」


一通り事件の事を語ると、ネイルはさっと椅子から立ち上がり病室を出ていく。

ネイルが出ていくのを見送ると、ディアは額に手をついて深くため息をついた。


「やれやれ、何だかとんでもない事になってきたようだね」


「そう悲観的になるなよ、逆に言えばラッキーじゃねぇか。 事件を解決するまでは自由の身でいられるんだろ?

それに捜査にはネイルの野郎も協力すんだ、交渉人が味方ってのはかなり心強いぜ?」


「そうだね、事件の捜査なんてギルドの仕事でもしょっちゅうやってるし……何とかして見せるさ」


「おう、俺も協力するぜ」


口ではそう語るものの、これだけ謎だらけの事件を前にするとどうしても気が滅入ってしまう。

もし事件の謎が解けなければ、ディアは政府に捕らわれの身となって処刑されてしまうだろう。

それだけは避けなければならないと、ディアは事件の解決を誓った。

そして、理不尽に捕らわれたクラウンを助ける為にも。


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