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第3話 敗北の傷痕 ①


『魔の森』と恐れられていた森があった。

その名の通り、森には多くの凶暴な魔物が生息しており、その森に迷い込んだ者は誰一人生きて帰った者はいない。

噂を聞きつけた命知らずの若者達が魔の森へ迷い込む事件が多発してから、その地は騎士団の手によって立ち入り禁止区域と指定された。

その地に、まだギルドに入ってから日が浅い人物が入り込もうとしていた。

元騎士団であり、剣術に関しては騎士団でも常に上位を位置していた事から、戦闘に関してだけはギルドからの評価は高い。

しかし、青年……ディアは今の自分に満足していなかった。

もっと強く、もっと高みを目指せると信じて、この地へと訪れたのだ。

ディアは、魔の森に関する噂を聞きつけて、騎士団の監視を上手く掻い潜って魔の森へ足を踏み入れた。

『魔の森』には、世界で唯一ムラクモ流を扱う老人が生活していると。


冷静に考えれば、騎士団が部隊を組んで討伐するような魔物が多く住まう森に人が住んでいるという話など、信じられるはずがない。

だが、我武者羅に強さを求めていたディアはその真偽を確かめる為に『魔の森』へと足を踏み入れたのだ。

噂の通り、森の中にはディアよりも何倍も大きさを誇る魔物が生息しており、ディアは上手く魔物から逃げ延びながら森を彷徨い続ける。

そこでようやく、一人の老人を見つけ出した。

老人は森の中にある洞窟の一番奥で、背を向けて座禅を組んでいた。

老人とは思えない鍛え上げられた体格に、目の前に置かれた一本の刀。

間違いない、この老人こそが噂の『ムラクモ流の使い手』だろうと、確信した。


「ほう、客人とは久しいな。 貴様は、剣士か」


ディアが声をかけようとすると、先に老人がそう告げた。

まだ姿すら見られていないというのに、気配だけで感じ取ったというのか?

老人から放たれる強烈な威圧感に堕ち潰されそうになりながらも、ディアは生唾を飲み込んだ。


「貴方が『ムラクモ流』の使い手、ですね?」


「そうだと言ったら、どうする気だ?」


老人にたった一言だけで、ディアの背筋に寒気が走る。

戦わずともわかる、この男はただの老いぼれではない。

無防備に背中を晒しているというのに、まるで隙を感じさせなかった。


「貴方の元で、修業をさせてください」


「断る」


「なっ―――」


決死の思いで絞り出した一言は、間髪入れる事無くあっさりと否定された。

ディアは思わず唇を噛みしめると、老人はスッと立ち上がりゆっくりと振り返る。


「貴様は若造でありながらも、相当手練れた剣士と見る。 故に、ワシが教えられるものは何一つない」


「―――僕はこれ以上強くなれない、貴方はそう言っているんですね?」


「ならば聞こう、貴様は何故『力』を求める?」


ディアは老人から目を逸らし、俯いた。

今の自分が限界だというのか、これ以上自身の実力は伸びない?

……父親を超える事は、不可能だというのか?


「僕は、僕自身の強さを求める為にムラクモ流の噂を聞きつけた。 ムラクモ流があれば、僕はあの人を超えることが出来る。

あの人と、比較される事もなくなる。 だから僕は、ムラクモ流を身に着けて……僕自身の強さを手にしたいんだ」


「貴様は一つ、勘違いをしている」


「何?」


「ムラクモ流は決して最強の剣技ではない。 例え貴様がムラクモ流を手にしたとしても、貴様自身が強くなった事にはならん」


「どういう意味、ですか?」


「貴様のような未熟な剣士では、ムラクモ流の真価を発揮させる事は出来んと言っている」


「――っ!? 貴方まで、僕を見下してッ!」


頭に血が上ったディアは、怒りを抑えきれずに剣を抜刀した

が、次の瞬間キンッと金属音が鳴り響くと剣は弾かれ虚しく宙へと舞い上がる。

カランと乾いた音で剣が地面に叩き付けられると、老人は何事もなかったかのように座禅を組んでいた。

……見えなかった、あの老人の動きが何一つ。

一体どれほど早い太刀だったのか、風一つすら感じることが出来なかった。

もはや人の領域を超えている、この男は正真正銘のバケモノ……恐らくギルドのSランクに匹敵するほどの強さであろう。

だが、危険を冒してまで魔の森へ足を踏み入れたというのに、このまま引き下がるしかないというのか。

ディアは悔しくてただ、拳をギュッと握りしめて唇を噛みしめたまま立ち尽くしていた。


「ここから去れ、これ以上貴様に語る事はない」


「―――このまま、引き下がるつもりはない」


「ほう?」


「僕は、貴方から剣術は学びません。 その代わり、勝手にここで貴方と生活させてもらう。 それなら、文句はないですね?」


「面白い、このワシからムラクモ流を盗もうというのか。 いいだろう、貴様の好きにしろ」


「礼は、言いませんよ」


このまま引き下がる事の出来なかったディアは、何としてでもムラクモ流を手にしようと必死だった。

教わる事が出来ないのならば、老人の戦い方を見て学ぶことはできるはずだ。

必ず身に着けて見せる、父親とは別の強さを手にする為に。

それがディアとムラクモ流の、出会いであった。









赤眼の剣士から襲撃を受けてから、約一週間が経過していた。

ディアは西区の医療施設へ運ばれて治療を受けた所、幸い一命を取り留めた。

徐々に身体は回復していったが、まだまだギルドの仕事に復帰できる状態ではない。


「……赤眼の剣士」


ムラクモ流を手にしたディアは、ようやく父親と並べる程の強さを手にしたと確信していた。

そこらのワーカー相手には剣では負けないし、騎士団が苦戦するような魔物も剣一つで簡単に討ち取ってやった。

もう、そこらのAランクに負けるはずがない。

恐らくライバルに成り得るのは、未知なる領域であるSランクの連中だけだと思っていた。


しかし、現実は違った。

ディアは負けた。

ランクすら定まっていない、全く無名だった剣士に。

同じ流派の、しかも『女』を相手に。

女だからと言って差別するつもりはない、現にSランクの中にも女性は含まれていると聞いたことがある。

しかし、それでもディアは自身を情けないと感じた。


「師匠の忠告が、現実になるとは……ね」


ディアがムラクモ流を求めて出会った老人……一応、ディアにとって師匠に位置する人ではあるが、今更のように師匠の言葉がディアの胸に突き刺さる。

ムラクモ流は決して最強の剣技ではない。

ムラクモ流を手にしたからと言って、自身の強さが変わるわけではないと。

ディアは自身に巻きつけられた包帯を見つめる。

情けない、ムラクモ流を手にして最強になったと勘違いしていた自分が。

Sランクの連中とも渡り合えると思い込んでいた自分が。


「僕は……この程度、なのか―――」


ディアは悔しそうに拳を握りしめて、呟いた。

すると、コンコンと扉からノック音が聞こえてくる。

どうぞと告げると、扉を開けて入ってきたのはカリスだった。


「よう、ディア。 散々だったらしいじゃねぇか、赤眼の剣士にやられたんだって?」


「……君か、カリス」


「おいおいなんだよ、せっかくお見舞いに来てやったんだからもっと喜べって。

結構心配したんだぜ、お前が西区の病院に運ばれたって聞いた時はよ?」


「ああ、ごめん。 ありがとう」


「見舞いの品だ、たっぷり食っとけよ」


カリスは相変わらずのスマイルで、大量に果物の入った籠を棚に置く。

しかし、ディアは果物に見向くもせずにただ俯いてため息をついた。


「しっかしよぉ、お前程の剣士が負けるだなんて……正直信じられねぇよ。 お前何処か調子でも悪かったのか? それとも何か薬でも盛られてたか?」


「―――残念だけど、僕は実力で負けたのさ」


ディアはため息を交えて、何処か悲しい目をしながら呟く。

負けたという現実を認めたくはない、しかしいくら現実逃避をしたところで事実は変わらない。

言い訳のしようがない程の完璧な敗北であった。


「赤眼の剣士、か。 やっぱ噂通りヤバイ奴だったみてぇだな、お前が負けちまうぐらいだからなぁ。

それよりも聞いたか? 今、ナンバー3とナンバー4が滅茶苦茶もめてるんだ。

依頼のバッティングだけなら良かったものの、それだけで済む話じゃねぇからな」


「そんなに、僕が赤眼の剣士に敗北したことが面白いかい?」


「はぁ? 何言ってんだよ、そんな話じゃねぇよ―――」


「わかっているさ、君は僕の事を笑いに来たんだろう? 僕は剣術には自信があった、そんじょそこらのワーカーには負けないし、魔物だって相手にできる。

なのに僕は、ギルドの新人相手にこのザマだよ。 勝負にすらならなかったよ……僕は、赤眼の剣士相手に、何もできなかったんだッ!!」


「お、おいディア……落ち着けよ」


「下手な慰めならいらない、君も心の中では僕の事を笑っているんだろう? 他の人だってそうさ、僕の父親だってこの事件を見て大笑いしているに決まっているッ!」


ディアはぶつけようのない怒りを、気づけばカリスに対してぶつけていた。

込み上がってくる悔しさ、自分の情けなさ。

Cランクでありながらも実力はAランクだと思い込んでいた事。

笑われて当然だ、こんなにも自分が惨めに感じた事はディアは初めてだった。


「なぁ、そこまで思いつめる事もねぇだろ。 赤眼の剣士がイレギュラーなだけさ、お前は強い。 大丈夫だ、胸張ってろよ」


「僕が強いだって? 冗談じゃない、僕は負けた……負けちゃいけなかったんだっ! こんなところで躓いていては、父親なんて越えられない。

やはり、僕には無理だったんだ。 あの人と違う強さを求めるどころか、僕はあの人にすら到達する事は敵わない―――」


不意に、ディアは胸倉を掴まれてしまった。


カリスがギロリとディアの目を睨み付けていた。


「いい加減にしろよ、テメェがそこまで情けない奴だとは思わなかったぜ。 お前は確かに強いが、敗北を知らな過ぎる。

負けちゃいけない、父を超えられないだぁ? 父親と比べられるのを嫌がってるお前が、一番自身を父親と比較してんじゃねぇよッ!」


「だけど、僕は負ける訳にはいかなかった。 今回の依頼は僕の昇格に大きく影響していたはずだっ!

あんな結果を招いてしまえば、ランクアップどころか降格になる可能性だって―――」


「テメェは焦りすぎなんだよ、また次があるじゃねぇか。 お前の実力なら次の査定でランクアップなんて楽勝だろ?

それともテメェはたった1回の敗北で何もかも諦めちまうのか? その程度の事で折れちまうんなら、テメェにSランクなんて一生無理だな」


「――っ! やはり君も、僕を見下すのかっ!?」


「……歯ぁ食いしばれェッ!」


カリスが怒鳴ると同時に、ディアの顔面に強い衝撃が襲い掛かる。

ガァンッと脳が激しく揺らされ、抵抗する間もなくディアは壁に後頭部を激しくぶつけた。

ヒリヒリとする顔面を右手で抑えると、ドクドクと鼻から血が流れ出す。

右手にポタポタと流れ続ける血を見続けて、あまりにも情けないと感じたディアは抵抗する気力すら起きなかった。


「悪い、やりすぎちまったな。 ただ、ちと頭を冷やしてほしかっただけなんだ。 俺はお前が負けたからと言って笑うつもりはないし、見下すつもりもねぇ。

ただよ、俺はお前が弱音を吐いている姿だけは見たくなかったんだよ。 赤眼の剣士に負けたからっつって、お前はあまりにも悲観的になりすぎてて、ついカッとなっちまった。

俺としてはその、よ……『次は絶対に負けない』とか、そんぐらいの事は言ってほしかったワケ、だ」


「次?」


「だってよ、お前負けて悔しいだろ? それは俺だって同じなんだぜ? 俺はお前が滅茶苦茶強いのを知ってたし、最近名をあげたばかりの赤眼の剣士なんざ敵じゃねぇと本気で思っていた。

けどよ、お前がそいつに負けたっつって……なんつーか、俺も自分の事のように悔しいって思った。

だからよ、次は絶対に負けねぇぐらいに剣術を磨きまくって、リベンジを果たしてほしいって……俺は本気で思ったんだぜ?」


「リベンジ……?」


ディアは考えもしなかった、ただ敗北したことにショックが大きすぎて自暴自棄になり続けていたから。

次は負けない、次こそは絶対に勝つ。

そのような発想に、まるで行きつかなかったのだ。


「おう、だからよ……次は負けんじゃねぇぞ。 今回は上には上がいたって事で、もう一度修業しなおすぐらいに思っときゃいいだろ。

お前はまだまだ強くなれるはずだしな、俺が保証してやる」


「……やれやれ、情けない。 僕は君に殴られて鼻血を出さないと、こんな簡単な事に気づけないとはね」


ディアはため息を交えながら、口を尖らして呟く。

だが、心なしが表情には笑顔が戻っていた。

そうだ、諦めるにはまだ早すぎる。

カリスの言う通りだ、たった1回の敗北で折れてはいけない。

赤眼の剣士に勝つ為に、また剣の修業を積んでいけばいいと。


「おう、ようやくいつもの目に戻ったじゃねぇか。 ほら、ティッシュで血止めろ。 せっかくのイケメンが台無しだぞ」


「ああ、ありがとう」


カリスからティッシュを受け取ると、ディアは流れ続ける血をティッシュで拭きとる。

その間に、コンコンと再びノックの音が飛び込んだ。


「怪我の調子はどうかね」


「うおっ、ネイルっ!? お前、何でここに?」


ディアの病室へと訪れてきたのは、ナンバー3支部の交渉人であるネイルだった。

意外な人物の登場に、カリスは思わず素っ頓狂な声をあげてしまう。


「……何故、貴方がここに?」


「君が回復したころだろうと思ってね、あの事件について色々話しておこうと思ったところだ。

……っと、その血はどうしたのだね? もしや何処か傷口が開いたのか?」


「いや、そのこれは、そのだな」


カリスはあたふたとしながら説明しようとするが、ディアは思わずため息をつく。


「大したことないです、ただの鼻血ですから。 それよりも、僕も……貴方に尋ねたい事があります」


「ほう、ならばカリス。 君は席を外したまえ」


「ん、俺をこの部屋から追い出しだって無意味だぜ。 俺の地獄耳でお前達の会話なんて盗み聞きしてやるよ」


「……くれぐれも、我々の話を他人に売るんじゃないぞ」


「ま、口止め料次第だな」


カリスの相変わらずさに、ディアとネイルはほぼ同時にため息をつく。

どうせ追い出したところで無駄だというのは長い付き合いである二人はよくわかっている。

仕方なくネイルはそのまま語り始めた。

――赤眼の剣士襲撃事件及び、例の『毒ガス』について。


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