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    禁忌術者 ②

「記憶を取り戻す為に、世界を旅するだと?」


気難しい顔をした老人が、地べたに胡坐をかきながら骨付き肉にがぶりついていた。

剣の師である『ジュピター』だ。

それが本当の名であるかどうかは不明だが、老人は確かにそう名乗った。

目の前には串刺しにされた小動物が焚火で焼かれており、程よく香ばしい匂いが漂う。

厳しい剣の修業後に食欲をそそるような状況にも関わらず、ファリスは顔色一つ変えずにいた。


「半人前の貴様が何を言い出す? 貴様のような赤子同然の奴がこの厳しい世界を渡っていけるとは到底思えん。

ここには豊富な肉もあるし自由に修業をする事だって出来る。 ここでは金も名誉も何もかも不要だ、何にも縛られないこの環境に何の不満がある?」


「私は、知りたいだけだ」


「ほう、それ程までに過去の記憶を持たない事が不安か? 獰猛な剣とは裏腹に、内面は豆腐のように脆い奴だな」


「不安、ではない。 ただ、知らないと……いけない気がする」


師匠の言葉を否定しようとするが、ファリスは上手く言葉が見つからずに口籠ってしまう。

不安じゃない、と言えば嘘になる。

何故自分があのような場所に一人でいたのか、あの場所が何が起きたのか?

それを知りたいと思う気持ちは、当然あるはずだ。

にも関わらず、ジュピターはそれを否定した。


「過去は人を縛る鎖でしかない。 過去を捨てきれずに引きずり続ける者、過去の自分を認められずに向き合えない者。

貴様はその歳でありながら、いくつもの窮地を乗り越えてきたかのような目をしている。 故に、貴様の持つ過去はそう生易しい過去とは思えん」


「過去に縛られてもいい、私は自分が何者であったか知りたい。 どんな結果になろうと、受け入れる覚悟はある」


「口だけは一人前だな。 貴様はまだまだ未熟だ、ここで十分に身体と精神を鍛えてからでも遅くはあるまい」


「わ、私は一人前だっ!」


ジュピターに認められずに腹を立て、ファリスは珍しく感情的になって立ち上がる。

自らの過去を受け入れられない? 自分はそんな軟弱な奴らとは違う、と言ってやりたかった。


「どうしても記憶を求めるというのなら、力を示せ。 お前の剣技で、このワシを打ち破ってみせろ」


「……その言葉、忘れるなよ」


まだまだ師匠には剣の腕すら認められていない。ファリスはそれを悔しく感じた。

自らの記憶を求めて旅をするのが、それほど悪い事なのか?

必ずしてもその行為が過去に縛られる事に結びつくのか?

ファリスは納得できなかった。


だから師匠に認めさせてやるしかない。

まぐれでもいいから、ジュピターに勝たなければならない。

ジュピターは約束は守る男だ、記憶の為にもこんな場所で足止めを食らっている時間はない。

一刻も早く、ジュピターを超えなければ―――


これが記憶の始まりから数週間後に交わした、師匠との約束だった。










街の裏通りにある花壇の隣で、無防備にファリスは眠りに落ちていた。

寝息もほとんど立てず、まるで死んでいるかのように寝返り一つうたずにいる。

何処からともなく、鼻歌が聞こえてきた。

その音でうっすらと意識を覚醒させたファリスは、目を閉じたまま周囲を警戒する。

長い間魔物が住む森で過ごしていた事もあり、ファリスは寝ている間でも足音一つでも神経を尖らせて警戒する習慣が身についていた。

滅多に人が寄り付かないところだというのに、珍しくも他の者が迷い込んだようだ。

どれ程寝ていたのかわからないが、そろそろ今夜の宿でも探そうと目を開ける。

すると、目の前に真っ黒なフードを身に纏った少女の顔が映り込んだ。


「あ、起きた」


「―――っ!?」


ファリスはガバッと起き上がり、咄嗟に刀の柄を握りしめ身構えた。

何故いきなり見知らぬ少女の顔が?


「キャーーッ!? ビ、ビックリした……」


それはこっちのセリフだ、と言いたくなるが何とか言葉を飲み込む。

おかしい、何故ここまで簡単に接近を許してしまったのか。

確かに鼻歌のような物は聞こえたが、この距離まで近寄られていたとは考えもしなかった。

野宿続きで身体が疲れていたのだろうか、幸い目の前の少女は何も害が無さそうだ。

生活が貧しいのだろうか、少女はボロボロな真っ黒なローブを身に纏っているだけだった。

迷子になった子供だろうか、しかし年はファリスとそれ程変わらないように見える。


「ねぇねぇ、お花綺麗だよ。 お姉さんも見た?」


「……ああ


「あのお花、名前なんて言うのかな?」


「すまない、私は花には詳しくない」


「じゃあ、あのお花は?」


まるで人の話を聞いていない少女に、ファリスは驚きを通り越して呆れてしまう。

子供らしいと言えばそれまでだが、それにしても外見とは裏腹に言動が幼すぎる。

変に関わらない方がいいだろうと、スッとその場から立ち上がった。

一応荷物を確認して何も取られていない事を確認すると、一言も告げずにファリスは立ち去ろうとした。


「あ、ねぇねぇっ!」


が、グイッと少女に腕を引っ張られてしまう。


「あっちからいい香りがするよ、一緒に行こ?」


構わずに振りほどこうとしたが、無邪気な笑顔をしている少女の顔を見てしまうととてもじゃないがそんな事は出来ない。

言われてみれば僅かにだが甘い香りがする。

少女はファリスに有無も言わさずに、腕を掴んだままその方角へと向かって走り出した。

裏路地を突き進んでいくと、そこにはひっそりとパン屋があった。

商店街から外れたこんな場所にパン屋があったとはファリスは驚きを隠せなかった。

カウンターには人が良さそうなおばさんがニコニコと笑っている。


「いらっしゃい、お嬢ちゃん」


「美味しそうなの、二つっ!」


「はいはい、今焼き立てを持ってくるよ」


「ありがとー」


少女は目をキラキラとさせながら、パンを注文していた。

どうやらメニューは一つしかないらしい。

商店街に店を持てなかったのだろうか、こんな人通りの多いところではすぐに潰れてしまうような気もするが。


「はい、おまたせ。 二つで60ゴールドだよ」


「お金、いるの?」


少女はキョトンとした目でそう尋ねていた。

まさか無一文なのか、だったら何故注文したのか。

少女は助けは困った目でキョロキョロすると、ファリスと顔を合わせる。

助けを求めるその瞳から逃れることが出来ず、ファリスは仕方なく金貨を取り出し店員へと手渡す。


「毎度どうも、お嬢ちゃんとても可愛らしいからもう1個サービスしておいたからね」


「本当に? わーい、ありがとうっ!」


少女は嬉しそうに小包を受け取ると、ファリスの腕をひっぱり先程の花畑へと逆戻りしていく。

花壇の目の前に腰を掛けると、小包の中からパンを一つ取り出して嬉しそうに頬張る。

この場所が気に入っているのだろうか、ひょっとしたらファリスよりも前からここに訪れていたのかもしれない。


「一緒に、食べよ?」


少女の目線には不思議な魔力があるかの如く、断りきれずにファリスは隣に腰を掛けた。

両手で小包を差し出されると、ファリスは片手でパンを一つ鷲掴みにして一口かじる。

想像以上においしい、ほのかに広がる甘味とバターの香りにふんわりとした食感。

どれ一つとってもその辺の商店街のパンと比べて遥かにおいしいパンだった。

こんなものがあんな裏路地にあるとは勿体ない、商店街にでも出せば間違いなく売れるとさえ感じた。


「おいしいね」


「ああ、ここまでおいしいパンは私も初めてだ」


「そっか、これがパンなんだ」


少女は不思議そうにパンを見つめながら呟いた。

パンを知らない? いや、そんなはずはないだろうに。

もっとも、ファリス自身も世界を旅するまでは知らなかったのだが。

それにしても妙だと、思わずファリスは少女を凝視する。

よく見ると、前髪は綺麗な金髪をしていた。


「……ちょっといいか?」


「ほえ?」


ファリスはそっと少女の頭のフードを両手で掴んだ。

少女は不思議そうに首を傾げるだけで抵抗する様子はない。

それが逆に罪悪感を生む原因となったが、別に悪い事はしていないはずだと言い聞かせ、ファリスはフードを外した。

予想通り、少女の髪は長いストレートの金髪だった。

光がキラキラと反射する彼女の金髪の美しさに、思わずファリスは目を奪われてしまう。

中央区から逃げ出した禁忌術者の特徴は綺麗な金髪だったはず。

決めつけるには早い、だが少女から感じた妙な点を合わせると可能性はゼロではない。

明日辺りにでもテルから詳しい特徴を確認しなければならないが、それまでにこの子を放っておく事はできないだろう。


「難しい顔して、どうしたの?」


「いや、なんでもない」


変に勘繰られる前に、ファリスは少女にもう一度フードをかぶせてパンをかじる。


「そっか。 お姉さんこんなところで何をしていたの? お仕事は?」


「少し、休んでいただけだ」


「普段は何をしているの?」


咄嗟にファリスはワーカーと名乗ろうとしたが、もしこの子が本当に禁忌術者であれば警戒するはずだ。

ここで間を開けすぎると怪しまされてしまうと思い、とりあえず適当な職業を答える。


「だ、大道芸人だ。 世界に芸を広める為に旅をしている」


「だいどう? どんなことしてるの?」


少女は子供らしく目をキラキラさせていた。

どうやら興味を持たれてしまったようだ、それ以降の事は何も考えていない。

少し戸惑ったファリスは、やむを得ず刀を抜いた。


「私の相棒はコイツだ、武器という物を人を殺める為に作られたものだが……私はそうとは思わない。

刀にだって、人を魅了するほどの芸の一つや二つは出来るはずだ」


「あー、本で見たことあるっ! お姉さん、ムラクモ流の使い手なの?」


ファリスは思わず背筋にゾクッと寒気が走る。

まるで全てを見透かされているかのような一言に、思わず表情が強張った。

もしやこの少女はファリスの正体を知った上で、接触を図ったというのか?

最初に気配を感じられずに近づいてきたのは、ファリスを暗殺しようとしていた。

あくまでも推測ではあるが、可能性はゼロではない。

……彼女が禁忌術者である可能性は極めて高くなった。

だが、確証に至るにはまだ早い。


「ねぇねぇ、何か見せてよ」


「すまない、今日はもう閉業だ」


「えー……つまんないの。 じゃあじゃあ明日は?」


少女はまたしてもキラキラと目を輝かせていた。

こんな純粋な瞳を見てしまえば、先程のファリスの推測なんて考え過ぎだろうとさえ思ってしまう。

しかし、十分に警戒しなければいけない相手だというのは確かだ。


「明日なら、構わない」


「本当に? じゃあ、明日ここで待ち合わせね。 約束だよ?」


「……ああ」


「じゃあね、お姉さん。 また、逢おうねっ!」


少女は無邪気に笑うと、パンが残った小包を抱きしめたまま危なっかしく走り去っていく。

何処か読めない少女に戸惑うが、とりあえず明日またここで逢えるのは確かだ。

テルにこの件を報告すべきか考えたが、まだ全て勘違いの可能性も高い。

何も起きなければいいのだが、とファリスは不安を抱くのだった。


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