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    赤眼の剣士 ②

ディアとカリスは、カランと小さな店の扉を開いて中に入った。

中を見ると、そこはとても小さなバーだ。

カリスがよく一人で通っている店で、カリスから情報を買う時は必ずこの店へと連れて行かれる。

赤髪の綺麗な女性マスターが、いらっしゃいませと微笑むとカリスは鼻の下を伸ばして何やら話し込み始めていた。

セティアシティでは女性バーテンダーというのが珍しく、この店はバーテンダー目的で訪れてくる客も多いと聞く。

勿論、女好きなカリスもその中の一人ではあった。


ディアはそんなカリスを置いて、店の奥にある扉を勝手に開けて入る。

そこはこじんまりとした個室だった。

席は二人分しかないが、見た目ほど狭くは感じない。

カリスから情報を買い取る時は決まってこの場所が選ばれるのだが、それには立派な理由がある。

実はここのマスターはギルドと繋がりがあるらしく、カリスはそれを通じてこの店を知ったのだという。

カリスのような商売人に場所を提供する為に、マスターは盗聴対策等を施したを用意したのだ。

ディアは入口に近い席へ腰を掛けると、頬杖をついてカリスが来るのを待つ。

テーブルに置いてあるメニューを眺めていると、ようやく女性マスターと共にカリスが「おまたせ」とニヤニヤしながら奥の席へとつく。

女性マスターが二人分のお酒をお盆から置くと、お盆を両手に持って一礼した。


「んじゃ悪いねマスター、今日も有難く使わせてもらうよ」


「いえいえ、カリスちゃんはウチの常連さんですからねー。 これからもどんどん使っちゃってくださいな」


女性マスターは手を小さくふると、扉を静かに閉める。


「それじゃ、今日の仕事を無事に終えた事を祝って……かんぱーい」


二人は簡単に乾杯すると、ディアはグイッと酒を呷った。


「ヘヘッ、やっぱ仕事の後の酒ってのは格別だな。 今回もまた、酒代を料金とさせてもらうぜ」


「あんまり高いの飲まれると、僕の財布が困るんだけどね」


「おいおい、こう見えても相場より安く提供してやってるんだぜ? ま、そんな飲みすぎねぇから心配すんじゃねぇよ」


「で、そのもう一つの情報ってのは何なんだい?」


「まぁまぁ、いきなり堅苦しい話はなしなし。 それよりもよぉ、聞いたか?」


ディアとしてはカリスが酔いつぶれる前にさっさと情報とやらを聞き出したかったのだが

このまま潰れてしまったら、後で今回分の代金をキッチリ請求すればいいとあまり気に留めなかった。

それにしても相変わらず突拍子もなく突然話題を振る男だ、とディアはため息をつく。


「何を、だい?」


「そりゃお前、決まってんだろ。 噂の赤眼(せきがん)の剣士さっ!」


「赤眼の剣士……ああ、最近巷で有名な?」


「そうそう、全く無名にも関わらず凄まじいまでの凄腕の剣士って話らしいぜ。

人間なのに魔物と同じ赤き瞳を持ち、夜にその瞳が怪しく輝くだとか。

街中に魔物がいると勘違いして斬りかかった奴が返り討ちに逢ったって話もあるぐらいだ」


「それと、一緒に任務を受けた者は誰一人ろくな目にあっていないって話だよね。 一部では行方不明者も出てるだとか」


「お、良く知ってるじゃねぇか。 ある者は身ぐるみをはがされ、ある者は川へと突き落とされて溺死しかけたり……ま、どれも真実であるかはわからないんだけどな。

ただ剣士としての実力はマジモンらしいぜ、なんつーか……お前が騎士団からギルドにやってきた時みたいな感じなんだよなぁ。

誰も知らない無名の剣士なのに、剣の腕だけはバケモノじみているだとか」


ディアとカリスは酒を呷りながら、赤眼の剣士の話題で盛り上がっていた。

つい数か月ほど前、ナンバー4支部に凄腕の剣士が雇われただとかで一時話題になっていた。

しかし、同時に奇妙な噂も流れており、真夜中に赤眼の剣士と遭遇すると一週間以内に不自然な死が訪れるやら

赤眼の剣士が持つ黒き刀は呪われており、かつての持ち主の怨念が込められて妖刀と化しており、赤眼の剣士の強さの秘密は黒き刀にあるだの上げていくときりがない。

勿論、全てが真実ではあるとは思えないし、第一呪われた刀に関する噂話というのは赤眼の剣士に限らず腐る程語られている。


だが、それだけ奇妙な噂が広がっていくのには理由がある。

実際、赤眼の剣士と遭遇した人というのがほとんどいないのだ。

いたとしても、遠目からそれっぽい人物を見かけたり、或いは魔物を赤眼の剣士と勘違いした例もあったり、外見についても赤き瞳以外は明らかにされていない。

その剣士の正体ははっきりしないからこそ、このような奇妙な噂が次々と生み出されているというのが現状だ。


「赤眼の剣士か……是非、逢ってみたい気もするけどね」


「お? さては一戦交えたいだとか?」


「そこまで腕が立つ剣士だって言うのならね、少なくとも僕も剣の腕には自信があるし。 ま、負ける気はないけどね」


「流石だなぁ、俺もそう言ったセリフ口にしてみてぇぜっ! 確かに俺もお前が負ける姿なんて想像できねーしな。

よっしゃっ! 雑談はここまでにして、フフッ……お待ちかねの、情報提供タイムと行きますかぁっ!!」


カリスは再び真っ白な歯を見せながら、グラスを天高く掲げた後に酒を一気に呷った。

するとカリスはしきりに周囲に注意を払い、身を縮こまらせるとディアはそっとカリスの傍で耳と傾ける。


「……ついさっきな、ギルドの交渉人達の立ち話から盗み聞きしたんだけどよ。 実は明日辺りに、護衛の依頼があるらしいんだ」


「護衛の依頼? 別に普通じゃないか」


「違う違う、その依頼者ってのがとんでもなくてよ。 東区で三本指に入るほどの大富豪の息子らしいんだ。

西区で新たなビジネスを始めるってんで中央区を通ろうとしたところ、騎士団の連中が封鎖しちまっているせいで通り抜けができなくてな。

止むを得ず北区か南区を通らなきゃならねぇって話なんだけどよ、お前も知っての通り北も南も田舎だからな、野生の魔物がうじゃうじゃと生息している訳よ」


「なるほど、大富豪の息子……ね」


「まぁその大富豪ってのがな、あんまりいい噂を聞かねぇ『ゲネティ・マーティング』らしいんだけどよ。 お前も名前ぐらいは知ってるんじゃねぇか?」


ディアはその名を聞いて眉間に眉を寄せた。

『ゲネティ・マーティング』はセティアシティの中でも有能な商人として名高い。

しかし、実際は陰では麻薬を始めとした密輸品、いわゆる闇の商品の流通に関わっており、騎士団や政府の目を上手く誤魔化しながら不正に金稼ぎをしているらしい。

セティアシティの三本指に入る理由は、大半その闇商品の流通に関わっている為であるという話だ。


「流石は大富豪の息子って事もあり、報酬もうんと弾むらしいんだよな。 それだけじゃねぇ、名高い商人の護衛依頼を達成ってだけでギルドからの高い評価を受けられるってわけだ。

護衛依頼なんて比較的に楽な部類だしよ、こんだけ報酬がいいと他の奴らにすぐ依頼が奪われちまうし……是非ともお前に受けてほしいって思ってんだけど」


「正直、あまり気が乗らないよ」


ディアは深いため息をつきながら、カリスにそう告げた。

その依頼は今問題となっている麻薬の流通を、更に広める事の手助けをしている事に繋がるからだ。

元々正義感の強かったディアは、なるべくそういった街の暗部に関わる依頼には手を出さないようにしていた事もある。

ディアは戦闘に関してだけ言えば絶対的な自信はある、そこらのワーカー相手に負けるとは思えないし、間違いなくAクラスの実力は備えているという絶対的な自信はあった。

しかし、ギルドではランク=強さに繋がるわけではなく、裏稼業に手を出さない事が予想以上に昇格を妨げてしまっている。

ディアが本当にAクラスの実力を持ち合わせているのだとしても、未だにCランクに戸惑っているのは現実だった。


「なぁディアよ、悪い事は言わねぇ……この依頼は是非受けるべきだ。 来週に半年に一度のギルド査定も控えているし、ここでお前がこの依頼をこなせば昇格は間違いないぜ?

俺は別にそこまでランクにはこだわってねぇけど、お前は違うだろ? ギルドにおける最強の証……『Sランク』、それがお前の最終目的だろ?」


「……確かに、そうではあるけど」


「俺はお前の剣が世界一とさえ信じているさ、だからこそお前にはこんな低いランクで留まっていてほしくはねぇ。

だからこそお前だけの為に、滅多にない大出世チャンスの情報を売ってやったんだぜ?

それによ、お前の前であんま口に出しちゃいけねぇとは思ってる……でも、正直今のお前のやり方じゃ親父さんを超えるのは難しいと思うぞ」


「あの人は、関係ない―――いや、なんでもない」


カリスの言う事は、正しかった。

ディアの今のやり方では、正直『Sランク』は夢のまた夢であり、『Aランク』すら程遠いのが現実だ。

いくら実力を身に着けたところで、ギルドから認められなければ『Sランク』の称号を得る事は不可能。

その為には今回のような裏事情に関わる依頼は避けて通れない道だ、それこそがギルドの本質であるというのならば。


「お前は俺に言ってただろ? 父親と比べられたりするのはもううんざりだって、だからがむしゃらになって剣術を磨き上げて、ギルドで高みを目指すって言ってたじゃねぇか。

そんだけ実力を磨いているにも関わらず、いつまでも低ランクのままじゃ勿体ねぇだろ?」


「だけど、僕は―――」


ディアは喉まででかけていた言葉を飲み込んだ。

父親のようにはなりたくない、しかし今ギルドとして高みを目指す事……『Sランク』を目指すという事は、まさに父親と同じ道を進む事を意味している。

自分の中に生じる矛盾、だが……一つだけ確かなものがある。

父親が到達した『Sランク』、あの父が到達して自分が到達できないはずがないと。

だから何としてでも実力をつけて最強の座を手にし、誰も『父親』と比べたりしなくなるほどの強さが欲しい、というのがディアの願いだった。


「……どうしてカリスが僕にそこまでしてくれるんだ?」


「そりゃお前、俺達は親友だからな。 ――っつーのと、まぁ本音を言えば、お前は俺にない物持ってるからよ。

俺はどうあがいても最強の剣士にはなれないけど、お前なら絶対なれる気が済んだよな、なんつーか……ただの勘だけどよ。

お前も俺の分まで強くなって、俺が昔憧れていた『ランクS』にまで上り詰めてくれるんじゃねぇかって思ってんだ」


北区と南区では、ルートをしっかりと選べば凶悪な魔物に遭遇する事もなく、比較的に楽な護衛依頼であるのも事実だ。

戦闘が不得意であるカリスにだって出来る程のレベルだ、本来であればカリス自身が受けた方が情報を売るよりも遥かにずっと得なはず。

しかし、それをせずにこの話を持ちかけたというのは……カリスは本気でディアに出世してほしいと願っているのだろう。


「生半可な気持ちではSランクにはなれない、君は僕にそう言いたいって事、だよね」


「……ああ、そうだな。 お前の『ムラクモ流』は滅茶苦茶凄ぇ剣術だからよ、Sランクの第一条件である『常識を超えた戦闘力』は既に手にしてんだろ?

なら、後はお前が出世するだけなんだよ。 お前の強さはもうAで留まらねぇ領域に達していると思っているし、まだまだお前は伸びるはずだ。 それだけの可能性を……俺に見せてくれてんだよ」


Sランクというものはギルド全体として見ても数は相当少なく、1万を超えるワーカーがいる中で今のところ10人程しかそこまで上り詰めた者はいないとされている。

ギルドの査定基準でSランクというのは、まず最初に求められるのが『常識を超えた強さ』であった。

単純にワーカーとして依頼を熟していくだけではSランクになる事は決して叶わず、どんなに順調にランクを上げても『A』で留まる事となる。

Sランクという最強の称号を背負う者は、正直別次元の強さを持つバケモノ揃いであり、一般人が束になってかかっても通用する強さではない。

まさに『最強』に相応しい強さを持たなければ、その称号を得る事は一生叶わないのだ。

カリスはディアにはその才能があると信じていた、ムラクモ流を扱うディアが……常識を超えた強さを身に付ける事を。


「なぁ、頼むっ! この通りだ、お前には是非この依頼を受けてほしいっ! 確かに世の為にはよくねぇかもしれねぇがよぉ……

俺から言わせてみりゃお前のランクが低いままの方がよほど俺にとっては耐えきれねぇんだよ」


ディアは目を閉じて、深く考えた。

これまで避けてきたポリシーを踏みにじってまで、この依頼を受ける必要があるのか。

しかし、目の前にぶら下がった出世のチャンスを見過ごすのは気が引けた。

それに親友がここまでして勧めてくれた依頼なのだ、このチャンスを利用しない手はないはず。

そしてディアは腹を括って、顔を上げた。


「わかったよ、その依頼を受けよう」


「……へへっ、そう来なくっちゃな。 恐らく依頼は明日の朝一にボードに張られるはずだ。

俺が朝から張っててやるから、お前もちゃんと早起きしろよ……ま、先に取られちまってたらそれはそれでどんまいって事でな」


「おいおい、それじゃあここの御代が無駄になるじゃないか。 というかカリス、君こそ飲みすぎて酔いつぶれて寝坊だなんてしないだろうね?」


「チッ、そうだな。 今日は酒は控えておくか……後でたんまりと貰った報酬でまた酒でも奢ってもらうからな」


「やれやれ、まだ君は僕から情報料を取ろうっていうのか」


「いいじゃねぇか、酒なら安い方だって何度も言ってんだろ? んじゃそろそろ解散って言いたいところだが……せっかくだし、もうちょっと飲んでいこうぜ」


「……ほどほどに、ね」


カリスがこのまま酔いつぶれなければいいがと不安を抱きながらも、ディアは苦笑いをしていた。








翌朝、宿の狭い一室でディアは目を覚ました。

安物のベッドから上半身を起こし、うんと伸びをする。

夕べ少し飲みすぎたせいか、頭がボーッとして働かない。

少しでも目を覚まそうとするものの、格安の宿には部屋に洗面所すらなかった。

格安と言えど、一応大浴場は用意されているのでディアは止むを得ず、大浴場まで足を運ぶ。


ワーカーは仕事の都合上、こうして毎晩宿を取る事が多い。

依頼先で泊まり込みの作業があったり、遠出の際に三日連続で野宿をする事もあるぐらいだ。

大浴場の洗面所に辿り着くと、冷たい水で顔をバシャバシャと洗いながらシャコシャコと使い捨て歯ブラシで歯を磨く。

ようやく脳が覚醒しきったところで、ディアはそのまま自室へと戻って荷物をまとめる。

格安の宿では食事は出されない、支部へ向かう前に済ませようと思ったが、先に依頼を受けるべきだろうと思い留まった。


「さて、行くか」


一息ついたところで、ディアは一晩を共にした宿に別れを告げて、そのまま支部へと向かう。

早朝であるせいか、まだ人はそれほど目立っていない。

昨日よりも快適な大通りを突き進んでいき、あっという間にディアは支部へと辿り着いた。

支部はもう開かれているようだ、エントランスに足を踏み入れるとボードの前に人だかりが出来ているのを目にする。

これはまさか、ディアが慌てて向かっていくと……人だかりの中からカリスが顔をだし、ニヤリと笑みを浮かべながら大きく手を振っていた。


「おーい、こっちだディアっ!」


「あ、ああ」


ディアは嫌な予感が過ぎりながらも、カリスの元へ向かう。

しかし、カリスはニヤニヤとしながらディアと肩を組んで顔を必要以上に近づけた。


「見ろよ、あいつら全員昨日の噂聞きつけた奴らだぜ? こりゃ誰かが情報売ってたかもしれねぇなぁ、今頃ウハウハだろうぜ」


「でもこの数は異常じゃないかい?」


「そりゃそうだろうよ、皆楽して金儲けしたいからな。 ま、ぶっちゃけこういう事態は前々から多発してんだよ。

ま、依頼については早いもん勝ちってのがルールだが……そこで、この俺の出番ってわけよ」


何故かカリスはディアにウインクして、親指をグッと立てる。

ディアはやれやれとため息をついた。


「で、どうすればいいんだい?」


「おう、昨日のうちに交渉人と話をつけといたんだよ。 ギルドは基本ランク高い奴が優遇されんだろ? そこを利用して俺が話つけといてやった。

だからあそこにいる奴らは負け組、つまり既に受諾された依頼をまだかまだかと待ち構えてる残念な奴らって事さ」


「……いいのかい、そんな不正まがいなことしても」


「不正じゃねぇって、知恵が回るって言ってくれよ。 ま、実際他の奴が同じことやってたらまず相手にしてもらえねぇだろうけどな。

交渉人とはちょっと顔が効く知り合いがいてよ、そいつがディアの働きを評価してるらしくてな。

今回の依頼は特別に受けさせてやってもいいって話になったんだ」


「僕が評価されてるだって?」


ディアは思わず驚いで聞き直してしまった。

ここのところディアはそれほど大きな依頼を受けていたわけではないし、地道に地味な依頼を受け続けている身だ。

一体何処を評価されたのだろうと、思わず首を傾げてしまった。


「その代わり失敗は許されねぇぞぉー、ギルドの信用問題に関わるのは勿論の事……あの大富豪の息子だ、何言いだすかわっかんねぇぞぉ?」


「お、脅かさないでくれよ。 今回の依頼はそれ程難しくないはずだろ?」


「念には念をな、んじゃネイルの野郎が待ってるからよ。 そこまで案内してやるぜ」


ボード前に集まる人だかりを哀れに見送りながら、ディアはカリスの後をついていくとギルドの面談室へと連れて行かれた。

ここでは依頼人との交渉の場に使われる事は勿論の事、ワーカーと依頼人、交渉人等の顔合わせの場としても使われるし、ギルドから呼び出された際もこの場所に呼ばれる。


「んじゃ、俺が出来るのはここまでだ。 俺は今日の仕事探してくるぜ、後は頑張れよ」


「わかった、世話になったよカリス」


カリスはニカッと真っ白な歯を見せると、さっさと立ち去っていった。

ギルドの交渉人と話すのは少し苦手だが、仕方ないとディアはドアノブに手をかける。

扉を開けた先には、いかにも高級感が漂う椅子に交渉人である『ネイル・ヴァーソン』が座っていた。

短い黒髪に鋭い目付きからは一見柄が悪そうな印象を受けるが、身嗜みが整っているおかげでそれ程違和感はない。

むしろ真っ黒なスーツとブーツはまさに交渉人であるという事を証明するかのように、驚くほどマッチしていた。


「待っていたぞ、ディア君」


「どうも」


その人物は、以前に何度か顔を合わせた事がある交渉人だった。


「もう少し楽にしたまえ、別に今日は君の査定をしに来たわけではない」


「でも、仕事の話でしょう?」


「そう警戒するな、私は純粋に君自身に興味を持っているだけだよ」


明らかに裏がありそうな一言を聞き流しながら、ディアはネイルの前の椅子へ腰を掛ける。

こうして交渉人を通して依頼内容を聞かされるのは珍しい事ではないが、どうしてもディアは交渉人に対して警戒してしまう。

彼らは話術に長けるスペシャリストであり、何らかの交渉の場に立てば、こちら側が不利な条件を飲み込まされる危険性が高い。

特に今回は単純な護衛依頼であり、報酬金も破格である事から尚更だ。


「さて、既にカリスから内容については聞いているだろう。

内容はシンプルだ、『ゲネティ・マーティング』の息子を西区まで護衛する事。

ま、どうせそこまで大した話もあるまい。 書類の手続きを済ませながら、適当に聞いててくれ」


ギルドから依頼を受諾する際は、ワーカーが『受諾書』の記載を行わなければならない。

毎度同じことを書かされるのは面倒ではあるが、仕方ないとディアはペンを走らせた。


「君も知っての通り、現在中央区は騎士団によって封鎖されている。 何でも国家機密に関わる重大な事件の捜査をしているようだ。

ギルドとしても中央区が閉鎖されるのはいい迷惑ではあるな、早急に国家機密の事件とやらを彼らに解決してもらわんとな。

もっとも、彼らが何をしているのかは……さっぱりわからんがね」


「騎士団なんてそんなものですよ、結局は国民の事なんてどうでもいいと思っているんだよね。 全く……国の為といいながら、矛盾してるよ」


「ほう、流石は元騎士団といったところか。 内部事情には詳しいのだな」


「……ギルドってのはそんなところまで抑えているんだね、怖い怖い」


昔、ディアは騎士団に所属していた事があった。

当初正義感の強かったディアはどんな汚れ仕事も金次第で引き受けるギルドに良い印象を抱いておらず

更にそのような仕事を父親が携わっている事に不満を抱いていた。

父親に反抗する意味でも厳しい騎士団の入団試験に受かり、2年間に渡り活動を続けていたが……理想と現実の違いに失望して、騎士団を辞めたのだ。

騎士団が国民の為に動くというのは口先だけであり、実際は『国』の為に動いているという事実に気づいてしまったからだ。


「依頼人はすぐにでもここを発ちたいようだ。 手続きが終わり次第、私が依頼人の宿まで案内をしよう」


「親切にどうも」


「北の草原を抜ければ最短で西区にはつくだろう。 しかし、念の為だ……多少ルートを変えて遠回りする事を勧める」


「ん、どうしてだい?」


「大富豪の息子ともなると、敵は魔物だけではないという事だ。 そこらの賊が金目当てで襲い掛かってくる危険性も高い。

南区の森を通り抜ければ、多少奴らの目をごまかして進めるかもしれんが」


「心配ないさ、たかが賊如きに負ける気はない。 予定通り、北を進むよ」


「ほう、大した自信だな。 なら、君の腕に期待させてもらおう」


丁度書類の記載を終えると、ディアはネイルに渡した。

ネイルは書類に目を通して頷くと、ここで待っていろと告げて部屋から退室していく。

数分後にネイルは戻ってくると、ディアに立てと告げて支部の外へと連れ出された。

エントランスを抜け、そこそこ賑わってきた大通りを抜けていくと、いかにもセレブが好みそうな高級宿が視界に入る。

恐らくあそこが依頼人がいる宿だろう。

当然ながらワーカーであるディアは一度たりとも利用した事はない。

ネイルとディアは宿の中に入っていくと、フロントにはキラキラと光る金色のアクセサリーを身に着けた小太りの男が大荷物を抱えて待機していた。

どうやら彼が依頼人である『ゲネティ・マーティング』の息子のようだ。


「遅い、遅すぎるぞっ! いつまでボクチンを待たせる気なんだっ!?」


早速ディアは怒鳴られてしまい、思わずげんなりとしてしまう。

今回の依頼人は面倒くさそうだ、金持ちの息子である時点である程度予測はしていたものの、思わずため息をつく。


「すまないな、だが彼の腕は間違いない。 ランクこそCであるが、護衛であればそこらのBランクよりかは役立ってくれるはずだ」


「出来ればボクチンはSランクを希望したかったんだがなー、かの有名な『グレディス・フォーレ』はこの支部所属じゃなかったっけー?」


こんなところでも父の名が出るから、ディアは思わずピクッと眉を動かしてしまう。


「心配するな、彼こそが―――」


「僕の名はディアだ、短い付き合いだけどよろしく頼むよ」


ディアは強引にネイルに割り込んで、依頼人に握手を求めた。

ここでも父と比べられたりすればたまったもんじゃない、ただでさえこの依頼人にはイライラとさせられているというのに。

だが、依頼人はフンッとそっぽを向いてディアに向かってペッペッと唾を吐き始めた。


「汚らわしい、平民の癖に馴れ馴れしくするなっ! ほれ、既に馬車の積荷は完了している。 精々死なぬ程度にボクチンを守っておくれよ」


依頼人はディアに向かって吐き捨てると、蟹股で先に宿を出ていく。

ディアは左手で額を抑えながら、深くため息をついて肩をすくめた。


「ふむ、まだまだ青いな」


「あの依頼人が、あの人の名前を出すからです」


「順調にいけば夕方までには西区に辿り着くだろう。 明日、君からいい結果を聞けることを楽しみにしているよ。

それと、荷物の検査は既に終わっている。 必要な書類は依頼人に渡してるから、後で確認してくれ」


「……ま、あんな依頼人と言えど僕にとってはお客様だしね。 大事にしますよ」


あまり気乗りしない状態でありながらも、ディアはネイルにお礼を告げて依頼人の後を追いかけて行った。


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