交差する運命 ⑤
レッド・プリズナーは鎖鎌をぶん回しながら、その狂気に満ちた目で二人の剣士を見据えていた。
獲物を前にしてどうやって料理をしてやろうかと不気味な笑いを浮かべている。
その獲物となった二人の剣士。 息遣い、構え、何から何まで同じだ。
次の瞬間、レッド・プリズナーの手から、鎖鎌がこちらへ向けて放たれる。
ディアはそれを弾こうと抜刀の構えを取る。
が、一足先に動いた赤眼の剣士が左へ飛び退くのを確認すると
それにならって、反対方向へと取んで交わした。
赤眼の剣士は姿勢を崩さず、そのまま真っ直ぐ駈け込んだ。
ディアは続かず、その場でレッド・プリズナーの動きだけを警戒した。
「うらぁっ!」
迫ってきた赤眼の剣士を近づかせまいとレッド・プリズナーは鎖に炎を纏わせ、高速で回転させた。
物凄い熱気でディアは一瞬怯んだが、赤眼の剣士は構わず抜刀。
しかし、動きを読まれていたのか、攻撃をあっさりと避けられた赤眼の剣士は、レッド・プリズナーに背後を取られる。
ディアはフォローに入ろうと構えるが、何を思ったかその手を止めた。
「いや、まだだ」
赤眼の剣士が次に何をしようとしているか、憶測ではあるが読めた。
だから、次にディアならこうするという事が自然と頭の中に浮かんでいた。
隙だらけかと思われた背後ではあるが、ムラクモ流の抜刀術はただの一振りでは終わらない。
赤眼の剣士が振り返ると同時に、鞘による横殴りの一撃がレッド・プリズナーに襲い掛かった。
思った通り、二段構えだ。
体制を崩さず連撃を可能とするムラクモ流の基礎。
しかし、その一撃すらも簡単に避けられてしまった。
流石に三段目はないだろうと、ディアは抜刀しようと駈け込んだ。
が、気づけば赤眼の剣士は3撃目を放っていた。
「なっ――」
赤眼の剣士は、ディアならば絶対に出来ない芸当をやってのけた。
あの場面で無理に追撃をせず、回避に徹して仕切り直してしまうのが妥当だと考えるはずだ。
だが、赤眼の剣士はそこで退かずに見事追撃を浴びせて見せた。
ディアの想像の一歩先を行く、それが赤眼の剣士と言う存在だと改めて思い知らされた。
しかし、そんな渾身の3連撃すら、レッド・プリズナーに届かなかった。
「おいおいどうしたどうした赤眼の剣士よぉ? ちぃとばかし、動きが鈍ってんじゃねぇか?
さっきから太刀筋がはっきりと見えんだよ、ああ?」
赤眼の剣士の息が荒い。
原因は誰の目にも一目瞭然だ。
その身に負った怪我のせいだろう。
どれだけの間戦闘していたのかは知らないが、疲労が蓄積されている事も考えられる。
以前、ディアが喫したあの絶対的な強者の面影は、今の彼女からは微塵も感じられない。
「君はあまり無茶をするなっ! 追撃は僕がやるっ!」
「勝手にしろと言っている」
「なら、そうさせてもらうっ!」
赤眼の剣士は専らディアの助けを借りるつもりはないようだ。
しかし、ディアの目から見てもはっきりとわかる、彼女の限界が近い事に。
2本の鎖鎌が同時に二人に襲い掛かった。
鎖の持つ独特な挙動に注意を払いながら、ディアは鎌を弾き飛ばす。
灼熱の炎に包まれた鎖に巻き込まれれば、その時点で終わりだ。
うかつに飛び込んでしまえば死が見える。
それだけで、ディアは強気に攻めれずに守りに徹するしかなかった。
しかし、『彼女』は違う。
果敢にも鎖を掻い潜りながら、一気にレッド・プリズナーとの距離を再び詰めて行く。
「今だっ!」
赤眼の剣士の動きに、レッド・プリズナーが怯んだように見えた。
ディアはここぞとばかりに動きの鈍った鎖鎌を弾き飛ばし、初めて攻撃に転じようとする。
しかし、レッド・プリズナーの姿は既にディアの視界にはなかった。
その時、背後から聞こえた金属音にディアは身を翻して反応する。
赤眼の剣士が、隙を晒したディアの背後をフォローしていたのだ。
「迂闊だ」
たった一言だけ赤眼の剣士は告げた。
赤眼の剣士のフォローがなければ、今頃ディアは背後に回り込んだレッド・プリズナーの鎌に首を跳ね飛ばされていたところだ。
加勢するどころか、逆に助けられてしまっていた。
「クッ……あの人についていくだけで精一杯だ」
しかし、流石にレッド・プリズナーも二人掛かりとなれば余裕はないようだ。
赤眼の剣士に攻め込まれてから、回避行動を多く取るようになってきている。
むしろ、それこそが今のレッド・プリズナーにとっての、最善の手なのだろう。
赤眼の剣士の消耗を狙った時間稼ぎ、その身の負傷と蓄積した疲労を考えれば、後はいつでも殺せるネズミが1匹残るだけなのだから。
「考えがある、私の合図を待て」
「え?」
「聞こえなかったか? 私の合図を待てと言っている」
赤眼の剣士は、敵に悟られないように表情を崩さずに小声でディアに指示を出す。
今の戦いで、こちらの腕を少しでも信用してもらえたか、自らの体力の限界を悟ったか。
どちらにせよ、今の時点でディアは彼女にとって必要な存在であることは間違いない。
歯牙にもかけられていなかった以前とは一転、少しでも頼りにされている事を、
何処か『嬉しい』と感じている自分の姿をディアは認めていた。
だが、気を抜いてはいられない。
「ヒャハハッ! テメェら全員焼き尽くしてやんよぉっ!!」
レッド・プリズナーの挙動が変わる。
再びここで攻めに転じたのだ。
大きく台風の如く振り回された鎖鎌から、炎の渦が湧き上がる。
あっという間に通路一面を炎で覆い尽くされ、ディアは逃げ場と視界を失った。
「エリーっ! クラウンっ!?」
視界から消えた2人の無事を確認する為、ディアは叫んだ。
「ひ、ひいいいいっ!! 火だ、ボクチンのお尻に火がついたっ!!」
「うろたえないでっ! ったく、それでもアンタ本当に男なのっ!?」
クラウンの情けない声と、一緒にいた勝気な少女の声が飛び込んできた。
しかし、エリーの返事が返ってこない。
まさか炎に巻き込まれて――
「私は大丈夫です、構わず戦ってくださいっ!」
エリーは無事だった。そう安堵した隙を付け込まれた。
炎の渦の中から、ディア目掛けて襲い掛かる鎖鎌。
やられる――ディアはそれを弾き飛ばすべく、刀を振るおうとする。
しかし、横から飛び込んできた何者かに、その動作を止められた。
赤眼の剣士だ。
壁のように立ちふさがった彼女の身体が、鎖鎌からディアの身を守ったのだ。
「グッ……っ!」
「ヒャハハッ! 捕らえたぜぇ、赤眼の剣士よぉっ!!」
「なっ……」
常に無表情だった彼女の顔も流石に歪んでいた。
無理もない、灼熱の炎に包まれた鎖が腕に巻きついているのだ。
「奴を捕らえた、後はお前に任せるぞ」
「何を言っているんだ? すぐに鎖を――」
「私に構わず、奴を斬れ。 これを放てば奴を自由にさせる事になる」
さっき言っていた考えとは……これの事だったのか? とディアは悟る。
「もたもたするな、奴が気づく前に行け。 これで借りは返したぞ」
「……クッ!」
やるしかない、ディアはレッド・プリズナーに向かって突き進んでいく。
鎖の後を辿り、炎の中に紛れたレッド・プリズナーの身体を捉え、その身に渾身の一撃を放つ。
「うおおおおっ!!」
バギンッと何かが割れる音が響く。
炎に包まれた鎖が切断され、バラバラとなっていった。
煙と炎が晴れていくと、そこには跪くレッド・プリズナーの姿があった。
そして、目の前には真っ二つに割れた仮面……避けられたのか?
「やってくれるじゃねぇか、ディアちゃんよぉ。 流石に二人相手は分が悪かったようだな」
「待て!」
ディアは逃げようとするレッド・プリズナーを追う為、声の下方向へ向かおうとするが
レッド・プリズナーのほうが、一歩速かった。
振るわれた鎖鎌によって、通路はまたも炎に満たされてしまった。
「あばよ、また逢える事を楽しみにしてるぜ」
「逃がすかっ!」
追撃をしようとディアは刀のつかを握りしめた、その瞬間。
ふと、レッド・プリズナーの素顔がはっきりと見えた。
銀髪に小柄の体つきに、憎たらしい程のにやけ面。
その顔は、ディアの知っている顔だった。
「カリス……?」
気がつけば、レッド・プリズナーは姿を消してしまっていた。
見間違いだったのか? いや、そんな事があるはずがない。
あの顔は、間違いなくカリスのものだった。
しかし、何の目的があってそのような事を?
炎の中に消えた知人は、その答えを教えてはくれなかった。
「ここから脱出する、動けるか?」
「何を言うんだ? 君の方が重傷じゃないか」
「問題ない」
赤眼の剣士は平然としているが、さっきの戦いから見ても彼女の限界は近いはずだ。
結果的に赤眼の剣士を助けるどころか助けられてしまったが、今はそれよりもエリーとクラウンの無事を確認するのが先だ。
「エリー、クラウン。 無事か?」
「お、おおお流石は召使いっ! よくボクチンを守ってくれたじょーっ!」
「何とか、無事ですが」
「……テミリアはどうした?」
「テミリア?」
そういえば、クラウンと共にここへやってきた少女がいたはずだ。
レッド・プリズナーと争っている時、彼女の元気な声が耳に届いていたはずだが。
「やはり、あの子はテミリアなのですね?」
「し、知っているのか?」
「……はい」
テミリアという少女はエリーの知り合いなのだろうか。
何故中央区の地下にクラウンと共にいたのかは疑問だが、少なくともクラウンを守ろうとしてくれていたのは確かだ。
が……何故、急に姿を消した?
「さ、さっきどさくさに紛れてあっちに連れてかれたぞっ!
ぼ、ボクチンとっても怖かったんだぞっ!」
「何だって? まさか、何者かに連れ去られたのか?」
クラウンは先程少女が破壊したと思われる壁を指差して喚いていた。
もしやと先程の奇妙な集団が彼女を連れ去ったのか?
すると、赤眼の剣士はふらつきながらもクラウンが指差した方向へ進んでいこうとした。
「待ってくれ、何処へ行くんだ?」
「お前には関係ない事だ」
赤眼の剣士はディアを振り払い、突き進んでいく。
そんな傷でまだ戦おうと言うのか、特に右腕はまともに刀を触れる状態じゃないというのに。
「ディア、お願いです……テミリアを助けてくださいっ! 殺されてしまいますっ!」
「なっ、どう言う意味だ?」
「奴は禁忌術者だ、政府は禁忌術者を捕らえてまとめて処刑しているらしい」
「禁忌術者? それに、処刑だって……?」
またしても禁忌術者? それに政府が処刑している?
あまりにも衝撃的な事実にディアは言葉を失った。
「妹です、あの子は私の妹なんですっ! お願いです、貴方ならきっと……きっとっ!」
エリーは必死になってディアにしがみつきながら叫んだ。
何処となく雰囲気が似ていると思ったが、まさか姉妹だったとは思わなかった。
しかし、今の言葉から察するに……エリーも禁忌術者の一人である可能性が高い。
だから、エリーは素性を隠し続けていたのか?
「私が行く、お前は二人を連れて先に脱出しろ」
「ダメだ、君を行かせない」
「私を信用できないか?」
「そうじゃない、君を心配しているんだ」
「なら、余計な御世話だ」
赤眼の剣士は構わず先へ進んだ途端、フラッと糸が切れた人形のように倒れた。
「だ、大丈夫かいっ!?」
彼女の息は上がっている。
見るに堪えない火傷の数々に多量の出血。
これだけの傷だ、限界に達していてもおかしくはない。
「エリー、赤眼の剣士を連れて脱出してくれ。 放っておけば彼女が危ない」
「……いえ、このままでは手遅れかもしれません」
「なんだって?」
「ですが、私の力なら――」
エリーはそっと赤眼の剣士に触れて目を閉じた。
すると、掌から真っ白な輝きが放たれる。
その光がファリス自身を包んでいくと、あれだけひどかった傷が徐々に塞がっていった。
「な、何だ今のは?」
「禁忌術者で唯一、私だけが扱う事が出来る力……それが、この治癒魔法です」
「治癒魔法だって……」
「ですが、万能な力ではありません。 あくまでも応急処置であり、体力までは戻せません。
人間が持つ再生力の手助けをするだけですから、この後しっかりと医者に診てもらう必要はあります」
禁忌術者に治癒魔法、彼女はいったい何者なのだろうか。
あれだけ酷かった傷を一瞬で治すとは思ってもいなかった。
「お前、そうだっ! 思い出したぞ、お前あの時、ボクチンに変なものを譲ってくれたいい奴だなっ!」
「何? クラウン、君はエリーと知り合いなのかい?」
「細長くて、真っ黒な短い鉄の棒みたいなやつだぞ。
ちょっと赤く光ってるのがかっこよかったし、おまけに人形の材料にもぴったりだったんだぞっ!」
「人形の材料にしただって? ……そんな話、僕は何も聞かされていないぞ?」
「そりゃボクチン誰にも聞かれなかったし、初めて話したんだぞっ!」
ディアは嫌な予感がした。
エリーが持っていた謎の物体。
クラウンがそれを受け取っていた事。
運び出された人形、そして毒ガスと間違えられ襲撃を受けた。
人形は全て捨てられたかと思えば、一つだけ行方がはっきりしていない人形があった。
「エリー……流石に僕も今の話は無視できない。
後で話を聞かせてもらう。 だけど、今は君の妹を助ける事を優先する」
「ええ、わかっています。 もう、隠すつもりはありません。
その代わり……必ず助けてください、約束ですよ」
あれだけ不安に怯えていたエリーだったが、何か強い決意を感じていた。
それはディアを信用した証と捕らえる事もできる。
散々回り道を続けたが、どうやら事件の真相は近いようだ。
だがそれは――あまりディアが望んだ結末ではないかもしれない。
それでも、ディアはエリーの為に戦うと決めた。
「エリー、僕は君を信じたい。 だから、今はここで待っていてくれ」
「……はい」
ディアは一人で連れ去られたテミリアの後を追いかけた。




