交差する運命 ④
視界も悪く、足場の悪い地下道で何者かと戦う赤眼の剣士。
彼女がこんな場所で何と、何の為に戦っているのかは全くわからない。
「あの人の首……酷い火傷の跡ですよ」
「なんだって?」
ディアですら傷一つつける事が出来なかった赤眼の剣士が負傷?
思わずエリーの言葉を疑いたくなる程ではあるが、動きがはっきり見えないと言えど確かに動きはぎこちない。
首だけではなく、あちこち傷を負っているようだ。
あれだけの傷を負っていても動ける事に驚きを隠せなかった。
「今の赤眼の剣士相手なら――」
ディアは柄を握りしめながら呟いた。
だが、思い留まる。
やられたらやり返す、ディアが彼女に再戦を誓ったのはそんな些細な理由ではない。
自分の未熟さと向き合い、腕を磨き、もう一度全力で赤眼の剣士に戦いを挑む。
もう二度とあの屈辱的な負けをしない為に。
「何をしているのですか? あの人、襲われてるみたいですよ」
「ああ、わかっているよ」
エリーの言う通り、赤眼の剣士は黒装束の集団に追われているように見えた。
あれだけの傷を負いながらも赤眼の剣士はムラクモ流で相手を圧倒し続けている。
あの様子なら助けはいらないようにも見える。
「助けないのですか?」
「彼女が味方かどうかもわからない、それに僕が力を貸す必要も――」
「何を言っているのですか? よく見てください、あの人の傷……尋常じゃありません」
「だけど、あの人は――」
「何を躊躇しているのですか? 貴方らしくありませんよ、私に言った言葉をもう忘れたのですか?」
ガシャンッと金属音が耳に飛び込んだ。
あの赤眼の剣士が、膝をついて倒れている。
ディアを圧倒したはずの赤眼の剣士が、あれだけの傷を負いながらも戦っている。
黒装束の男がゆらりと近づく。
剣を抜き、倒れている赤眼の剣士の頭に目掛けて突き刺そうとニヤついた。
殺される?
あんな奴に――赤眼の剣士が。
そんな事――
「……させるかぁっ!」
自然と体が動いた。
ディアは迷わず剣を抜刀し、突き下ろされた剣を弾き飛ばす。
更に体当たりで黒装束の男を吹き飛ばした。
「――誰だ」
「僕の事を忘れたとは言わせない」
はっきりと記憶の中に残る、あの時と同じ澄んだ声。
間違いなく、あの時ディアの前に立ちはだかった赤眼の剣士だ。
大怪我を負っているにも関わらずその一言だけでとてつもないプレッシャーを感じる。
だが、今は彼女と戦う為に剣を抜いたわけではない。
「どこの誰だか知らないが、私に関わるな。 死ぬぞ」
「やれやれ、赤眼の剣士ってのはここまで物覚えが悪いのかい? それとも、君にとって僕はその程度の存在だったのか?」
。
そんな事は承知の上で、ディアは自分に言い聞かせるように言った。
赤眼の剣士はディアに興味を抱いていないし特別視もしていない。
恐らく、ディアが一方的に彼女を特別視した挙句、勝手にトラウマとしてしまったのだろう。
「あの時、毒ガス運搬に加担していたワーカーか?」
「そいつは大きな誤解さ、僕達は毒ガスなんて運んでいない。
それよりも目の前の奴らを片づけるのが先決だろう?」
もしかしたら、ディアの助けがなくとも赤眼の剣士はこの場を切り抜けただろう。
彼女の言動からもその自信がひしひしと伝わってくる。
しかし――それでも彼女を助けようと体が動いてしまった。
「何故私に手を貸す?」
「その傷を見れば手も貸したくなるさ、どんなに君が強くてもね」
彼女の目的はディアにはさっぱりわかっていない。
それでも、今は彼女と共に戦う事を選んだ。
それ以上でもそれ以下でもない。
ディアが構えを取った瞬間、薄暗い地下道の先からカッと強い光が放たれた。
「伏せろっ!」
咄嗟に赤眼の剣士が叫ぶ前に、ディアは嫌な予感を察して伏せていた。
その途端、突風が吹き荒れたかのような風圧が襲い掛かり、ゴォンッと耳元で何かが高速で過ぎ去っていく。
チリチリと焦げ臭くなったのが気になったが、安全を確認するとすぐにディアは立ち上がった。
「エリーっ!」
「私は無事ですっ! それよりも気を付けてください……貴方の真上を今、火球が通り過ぎましたよ」
「火球だって? まさか、レッド・プリズナーと同じ?」
禁忌術者とでも言うのか、相手は。
少し怖気づいていると、赤眼の剣士はディアの前に立った。
「下がれ、この先は私一人でやる」
赤眼の剣士は先陣を切り、通路の先を一気に駆け抜けていく。
やはり見下されている、その事実に苛立ちを覚えたディアは後を追った。
再び白い光が放たれた。 今度は肉眼でしっかりと見えた。
間違いない、エリーの言う通り物凄い勢いで火球が赤眼の剣士に向かっていた。
同時に、赤眼の剣士が黒き刀を抜刀する。
すると、バチンッと何かが弾けたのような音が響き渡った。
「魔法を……斬った?」
通路の先から放たれた火球が赤眼の剣士に向かって飛ばされたかと思えば、一瞬にして掻き消された。
赤眼の剣士、魔法に対する対策まで身に着けてると言うのか?
更なる追撃を警戒しながらディアも進むが、追いつく前に赤眼の剣士が既に決着をつけていた。
ムラクモ流十の太刀の一つ、『三日月』による一撃で全てが決した。
気がつけば、4,5人の黒いフードの男が鮮血を散らしながら倒れていた。
やはり、ディアの放つ一撃よりも遥かに重く、早い。
あんな一撃を受けてよく自分が生きていられたなとさえ思わせる程の凄まじい破壊力だ。
だが、その分身体の負荷は大きくかかる。
反動に耐えきれず、赤眼の剣士は再び膝を地につけた。
「そこまでして君は何と戦っている?」
「仕事に忠実なのはお互い様だ。 今の私にお前を斬る理由はないが、知る事によって再び刀を交える事になる可能性もあるぞ」
ワーカー同士の争いを防ぐ為、互いの目的を明かさないのはもはや暗黙のルールではある。
赤眼の剣士の言う事は最もではあった。
だが、赤眼の剣士は長期に渡って戦い続けているのは言うまでもない。
顔にはあまり出ていないが、今の戦いを見れば限界が近づいているのは確かだ。
「しかし、お前の意図が何であれ助けてもらった事は事実だ。 その点については感謝する。
だが、そこまでだ。 これ以上は互いに関わらない方がいい、ワーカー同士なら尚更な」
赤眼の剣士はふらつきながらも、立ち上がった。
衣服のあちこちに血が滲み出ている事から、尋常ではない出血量だ。
常人なら歩けるはずがない。
「引き留めないのですか?」
「彼女から情報を引き出すよりも、こっちを調べた方が……少なくとも何が起きているかはわかるかもしれないね」
赤眼の剣士が口を割らない以上、今は襲い掛かってきた黒装束の男達を調べるべきだと判断した。
先程ディア達の前でバケモノへと姿を変えた者と同じ格好をしている。
フードを外すと、既に息はしていなかった。
同じ赤い瞳に銀髪、先程遭遇した男とほとんど特徴が似ている。
死体を調べるのは気が引けるが、何か正体に繋がる者がないかフードをはぎ取って調べた。
「このタトゥーは――」
男の右肩に刻まれた翼を生やした赤き獅子。
翼は鳥ではなくどちらかと言えば蝙蝠のような禍々しさを感じる。
単なる飾りとは思えない、特にディアが気になったのは獅子のマークだ。
「赤き獅子、確か騎士団では『王』を示すはずだったけど……この翼は何だ?」
「そんな――いえ、そんなはずは――」
エリーはそのタトゥーを見てショックを受けていた。
顔を青ざめさせて言葉を失い、身体を小刻みに震わせる。
単なるタトゥー一つにここまで過激に反応するのはおかしい、エリーは間違いなく何かを知っていた。
「気になる事があるのかい、エリー」
「――思い違いかもしれませんが」
「聞かせてくれるか、君の勘違いでもいい」
「……そのタトゥー、邪神を示しています」
「邪神?」
聞いた事がある。 遥か昔、この世界に君臨した災厄の事を。
かつてこの世界に魔法が繁栄していた頃、魔法の技術発展と共に人類がとんでもない存在を生み出した。
世界中に災いをもたらし、ただひたすらに全てを破壊し、恐怖と絶望に染めた……人類の負の遺産、それが邪神『ニビル』だ。
「これが邪神を示すというのかい?」
「いえ、忘れてください。 邪神なんて実在するありませんから」
エリーの言う通り、邪神の存在は証明されていないしあくまでも神話として語り継がれているだけだ。
もし、邪神の存在を信じる者がいれば笑いものにされる。
が、それにしてもエリーの反応は尋常ではなかった。
まるで邪神を恐れているかのような、もしくはあの『タトゥー』を恐れていたのか。
「君は中央区へ行きたいと言ったよね、それは何かを知る為かい?」
「……はい」
「なら、このタトゥーは大いに関係するんだね?」
エリーは肯定も否定もしなかったが、恐らくそうなのだろうとディアは確信した。
「赤眼の剣士、彼女を追いかけよう。 きっと何かを知っているはずだ」
「――あの、すみません」
「何だい?」
「もうここまででいいです。 あの人の後は私一人で追います」
「……何を言っているんだ?」
「その、赤眼の剣士の言葉じゃありませんが……これ以上、貴方は私に関わらない方がいいと思います」
「それは本気かい?」
「ええ」
エリーは迷わず答えた。
当然、ディアがそれを許可できるはずがない。
先程黒装束の集団にしろ、赤眼の剣士が必ずしも味方に付くとも限らない状況だ。
こんな危険な場所でエリーを一人に出来るはずがない。
少なくとも、ディアは何もわかっていない状況だ。
今の情報だけでは何も判断できない。
「貴方はその、毒ガス事件での身の潔白を証明できればいいんですよね?
毒ガス事件で運ばれたのはあの人形である事は間違いありません。
ですが、人形は無害でした。 なら、あれらを証拠品としてギルドに提出するだけで終わりです」
「いや、足りていない人形の行方を追わなければならない。
むしろ毒ガスの正体はその足りていない人形のはずだ。
君自身も、それを求めているんだろう?」
「ですから、それは私が何とかします」
「君は何を焦っている? この先、僕が足手まといになるとでも言いたいのかい?」
エリーから焦りを感じ取ったディアは尋ねた。
ここに来てからエリーの様子はずっとおかしい。
常に何かを気にしていて、見えない何かに怯えているように見えた。
「貴方が頼りになるワーカーだという事は、短い付き合いではありますがわかっています。
ですが……引き返してください」
「守ると約束した、僕は君を守る為の剣となると」
「そんな約束、忘れてください。 きっと、貴方は何も守れません」
「守るさ、それが僕が目指した剣士としての強さ。 それでこそ、師匠から受け継いだムラクモ流の真価が発揮されるってね」
今更引き下がるつもりもない。
この先何が待ち構えていようともディアは約束した。
誰が為の剣となる、そして刀は予期せぬ形で絆という力を生み出す。
これが、赤眼の剣士との敗北で導き出したディアの答えだった。
「ヒュー、お熱いじゃねぇかディーク・アルド・フォーレちゃんよぉ」
「なっ、誰だっ!?」
突如、何処からともなく響いた甲高い声。
ジャラリと音が鳴った瞬間、音速で何かがディアに向かって飛ばされた。
瞬時にディアは抜刀し、弾く。
それは、鎖鎌だった。
「ヘヘッ、今日は獲物のオンパレードだな。 まさかターゲットが中央区へ大集合とはなぁ、おい?」
「レッド・プリズナーかっ!」
頭上を見上げると、蜘蛛のように天井に張り付くレッド・プリズナーの姿があった。
変わらず仮面で素顔を隠しているが、あの裏の顔ではディアの事を嘲笑っている様子が見えなくともわかる。
「いやぁまさかあの炎の中を生きたとはなぁ。 ゴキブリ並のしぶとさじゃねぇか、おい?
にしてもよぉ……青い青い青臭ぇっ!!! くせぇったらありゃしねぇぜ、ディアちゃんよぉ?
たかがムラクモ流一つを過信しすぎだぜ? そんなもん、テメェの強さでも何でもねぇのさ」
「僕達の後をつけてきたのか?」
「とんでもねぇ。 テメェなんざいつでもやれるからな。 後回しにしてただけよ、その方が面白そうだったからな。
ま、テメェから姿を現してくれるんならこっちも手間が省けて助かるぜ。
命が惜しければ、エリシア・プラッシェルの命を差し出すんだな」
「エリシア? ……エリーの本名か?」
「……っ!」
エリーは動揺していた。
まさかこんな形で隠しておいた名が開かされるとは思えなかったんだろう。
しかし、そんな名前ディアには聞き覚えもない。
彼女は何の為に名を隠したのか?
「おいおい、マジで? 依頼人の名前も知らなかったワケ? どんだけテメェら仲悪いんだかなぁ。
ま、俺には関係ねぇからいいんだけどよぉ?」
「鍵を奪ったのは、貴方ですか?」
エリーはレッドプリズナーを睨んで尋ねた。
また『鍵』と言った、それは行方知らずとなった人形の事なのか?
「あ? テメェが勝手に持ち出した鍵の行方だぁ?
ブハハッ! 知ったこっちゃねぇな、そんなに大事なら肌身離さず大事にとっとけよ、な?」
「貴方ではないのですか――」
その途端、壁際付近でバチンッと火花が散る音が微かに聞こえた。
「危ない、エリーっ!」
咄嗟にディアはエリーを抱え込んで伏せると、ズガァァンッ!と豪快に地下道の壁が崩れた。
壁は砕け散り、ところどころ破片が黒焦げになっている。
よく見ると破片に混じって黒装束の男が4人倒れていた。
「ひ、ひいいっ! お、おおおおお前、おっかねー奴だなっ! ボクチンまたおしっこちびっちゃったぞっ!」
「うるっさいわね、つべこべ言わずに走りなさ――」
壁の中から出てきた金髪の少女。
何処となくエリーと雰囲気が似ているように見えた。
そして、後ろを足をガクガクと振る逢わせながらついてきている小太りの少年、あれはもしや――
「クラウンっ!?」
「お、おおおおっ! 召使いじゃないかっ!」
何故政府に捕らわれていたはずのクラウンが地下道に?
だが、今は再会を喜んでいる場合ではない。
「おいおい、マジかよ。 こんなに都合よくターゲットが集まっちゃうワケ?
笑っちまうぜ、今日はとことんついてるみてぇだなぁ!」
「エリー、クラウンを連れて下がってくれ。 こいつは僕が何とかする」
「赤眼の剣士に続いて次はテメェか?
テメェを殺せって命令はでてねぇんだがなぁ、どうしてもって言うなら殺してやってもいいぜ?」
「赤眼の剣士が、何だって?」
「ケッ、飛んだ邪魔が入ったせいで仕留めそこなって鬱憤がたまってるからな。
ここで晴らさせてもらうぜ、ディアちゃんよぉ?」
まさかこの男が赤眼の剣士をあそこまで追い込んだのか?
だとすれば、ディアは相当各上の相手に剣を向けている事になる。
勝てるのか……正真正銘のSランククラスに。
すると、ディアの真横を何者かが通り過ぎて行った。
次の瞬間、凄まじい風圧と共にガキィンッとレッド・プリズナーが激しく吹き飛ばされた。
「貴様の手の内はわかった、次はないと思え」
気がつけば、赤眼の剣士が黒き刀を構えて立っていた。
「戻ってきたのか、赤眼の剣士」
「戻ってきたも何も、私はずっと奴の後を追っていただけだ。
今度こそは貴様を仕留めてやるぞ、レッド・プリズナー」
「ヘヘッ、面白れぇな赤眼の剣士。 あれだけの目に逢いながらも俺の後をつけていたってか、おい?
こいつは傑作だ、そんなボロボロの状態でよくもまぁそんな嘘がほざけるぜ。
本当は俺様から逃げ続けてたんじゃねぇのか? 本音を吐いちまった方が楽だぜぇ?」
「この程度の傷で私を止められると思うな」
「おっと、僕の事も忘れないでくれよ。 こう見えても同じムラクモ流の使い手、足を引っ張るつもりはない」
「好きにしろ」
赤眼の剣士とディアは同じ構えを取ってレッド・プリズナーの前に立ちはだかる。
何とも奇妙な感覚だった。
まさかこうして赤眼の剣士と肩を並べて、共闘する事になるとは夢にも思っていなかったから。
「かかってこいよ、ここにいる奴ら……皆殺しにしてやるからよぉぉっ!」
中央区の地下道、誰も知らないところで小さな戦いが始まる。
レッド・プリズナーの咆哮がゴングの代わりとなり、始まりの合図となった。




