交差する運命 ③
レッド・プリズナーを演じた謎の少女、彼女は自らをミストと名乗った。
その名は本名であるかどうかはわからないが、少なくとも名を明かした事は何らかの意図を感じる。
単なる信頼の証と見るべきか、彼女の気まぐれなのかはわからない。
だが、少なくともミストの目的が何であれ……ディアの助けになったのは事実だ。
「あの、すみません」
「何だい?」
「その、私が言うのも気が引けるのですが……あの人の言葉、信用できるのでしょうか?」
エリーは変わらずミストの事を警戒していた。
ミストはエリーを殺すつもりだったと明言していたのだ。
いくらエ「その気がない」と言ったとしても、その言葉をどこまで信用できるものなのか?
「少なくとも、あの子は僕達と同じ事件を追っているのは事実さ。
ギルドの一部にしか知られていない人形の写真を持っていたのも気になるしね」
毒ガス事件に関する重要資料はギルドが厳重に管理を行っている。
ワーカー、それもディアのように直接事件に関係している人間でなければそう簡単に手にすることが出来ない代物だ。
なのに、彼女はその写真を入手していた。
もしかすると同業者である可能性も否定はできない。
「それに、君は中央区へ行きたいと言ったはずだよね。 だったら、突き進んでみるしかないさ」
「……わかりました」
エリーは不安を隠せずにいた。
この先は中央区だ、正直何が起こるかわからない。
政府が意図的に封鎖しているぐらいだ、少なくとも中央区では何か大きな事件が人知れず起きているのは間違いない。
騎士団の監視も厳しい状態にあり、見つかってしまえば政府に捕まり最悪処刑も免れないだろう。
今の中央区へ足を踏み入れるというのは、それ程重みのある言葉なのだ。
「それで、あの人が渡した紙には何が書かれていたのですか?」
「簡単な地図だよ、ちょっと情報量が足りないかもしれないけど……正しければ、あそこが目的地のようだね」
ディアが指差した先はゴミ捨て場となっていた。
使われなくなった粗大ゴミの数々、ボロボロになった衣服から大量のゴミ袋。
間違いなく、そこは街中のゴミが集められる収集所だ。
「やっぱり、騙されたのではないですか? ここ、どう見てもゴミ捨て場にしか見えませんよ」
「いや、こういう場所にこそ抜け穴があるって僕の友人がよく言ってたよ」
「抜け穴?」
「もしかすると、ここから中央区へ繋がる隠し通路があるかもしれないって事さ」
「そ、そうなのですか」
「ま、君の言う通り……彼女に一杯食わされた可能性もゼロではないけどね」
「そうでない事を祈ります」
改めて紙切れを見直しても、位置的にはこのゴミ収集所を指している事は間違いない。
だが、紙切れはそれ以上の事は特に記されていなかった。
自力で探せ、という事なのだろう。
試されているようで少し腹は立つが、とにかくやるしかない。
「とにかく、調べてみようか」
「そう、ですね」
あまり気が進まないようだが、正直ディアも同じ気持ちだ。
こんなゴミ捨て場で何が悲しくてあるかどうかわからない抜け道を探さなければならないのだろうか。
もしこの場にカリスがいれば喜んで隅々まで道を探してくれるだろう。
逆に言えば、カリスが目に付けそうな場所を探していけばディアでも見つけられるかもしれない。
「とはいっても、なぁ」
大量のゴミしかないこの場所で、一体何をどう調べればいいのやらとディアは深くため息をついた。
とにかく怪しそうな場所を手当たり次第探していくしか方法はない。
「あの、あれを見てください」
「ん?」
「ほら、あの建物です」
エリーが指差したのは明らかに使われてなさそうなボロボロな小屋だ。
管理人か何かがいたのかもしれないが、中は無人のように見える。
「あの様子じゃ今は使われていないんだろうね」
「なら、怪しくありませんか?」
「それは君の勘かい?」
「だって誰もいないんですよね?」
ディアは他のめぼしいところがないか一応見渡したが、確かにあの小屋以外は怪しそうな場所はない。
あまり気が進まなかったが、ディアは小屋へと向かった。
「確かに、誰かが入った形跡はあるみたいだ」
「ほんとですか?」
「ドアは半開きだけど錆びついて閉められないみたいだ。 無理すれば一人ずつ通り抜けらそうだけど」
「なら、行きましょう」
どうしても中を確認しなければ気が済まないのか、エリーは一人先に扉の隙間を通っていく。
ディアは誰かが後をつけていないか警戒するが、気配は何も感じない。
例のミストという少女の尾行には気づけなかったが、本来ディアはこういった気配に敏感ではある。
それなのに、あの少女はディアに全く気配を感じさせなかったのは疑問だ。
「うっ……」
中に入ると鼻がひん曲がるような腐敗臭が小屋の中に充満していた。
当然エリーも嫌な顔をして鼻をつまんでいる。
「何ですかこの臭い?」
「どうやら小屋としては機能してないみたいだね、多分あの窓からゴミを片っ端から敷き詰めているんだろうけど」
開きっぱなしの窓を指差してディアはそう言った。
しかし、妙だ。 何故この小屋にゴミ袋が集められているのか。
まるで何かを隠そうと誰かが運んだようにも見えた。
「ちょっと、待っててくれ」
ディアは臭いを我慢しながら、一つずつゴミ袋をどかしていった。
するとゴミに埋もれていたのか、小屋の奥にもう一つ部屋があるのが見えた。
「なるほど、ゴミが集められているのはそういう理由か」
その先を見てディアはここにゴミが溜められている理由がわかった。
恐らくここには生ゴミが集められていたのだろう。
小屋の一番奥にはそれらを処分する為のダストシュートが用意されていた。
「何か見つかったのですか?」
「一応、ね。 ただ、違和感はあるけど」
これだけ大掛かりな施設だ、多くのゴミを処分する為の設備は全て整っているはず。
集められたゴミをこの先どう処分しているのだろうかと考えた。
「やれやれ、カリスの言葉を借りれば……ここが正解な気もするけど」
少しでも怪しいと思ったところは隅々まで調べる。
そして何でも試す。
現役情報屋のカリスから教わった基礎中の基礎だ。
カリスの発想なら間違いなくダストシュートへ飛び込むはずだが。
「この先が溶解炉とかだったら笑えないな」
実際カリスが経験した話を思い出してディアは背筋をゾッとさせる。
カリスは必死になって這い上がって戻ったようだが、さぞ地獄だったであろう。
「何をしているのですか?」
「いや、ちょっとこの先が何処に繋がっているのかを考えてたんだけど」
「まさか、この中に入るつもりだったのですか?」
「友人の言葉を借りれば、入る価値はあるんだけどね」
「なら、私が行きます」
「いや、待ってくれ!」
「待ちませんっ!」
思ったら即行動のエリー。
ディアが止めるよりも先に、エリーはダストシュートの中を滑り込むように入っていった。
遅かったか、とディアは慌てて後を追って中へと入る。
視界が真っ暗な中、何処へ向かって滑っているのかもわからずにいるとその先に光が差し込んだ。
ドンッと外へ放り出されると、ディアは思いっきり尻もちをついてしまった。
「い、いてて……ど、どうやら溶解炉じゃなかったみたいだね」
「何ですか? それ」
「いや、お互い無事だったんだし深く考えないでいいさ」
土を払いながらディアは立ち上がり改めて周囲を確認した。
薄暗い大きな空洞、いくつかゴミは散らばっているが……その先はどうやら下水道に繋がっているようだ。
「どうやら下水道に繋がってるみたいだけど」
「なら、先に進んでみませんか?」
「ま、戻ろうと思っても戻れないみたいだしね」
先程下ってきたあの真っ暗な通路を無理して戻るよりも先へ進んだ方が無難だろう。
ディアは地下道へ向かおうとすると、ふとゴミに紛れた妙な人形が目に付いた。
「あれは……もしや」
ディアは慌てて写真を内ポケットから取り出すと、薄汚れた人形を一体取り出して比較した。
汚れてはいるが、この不細工な作りと言い……間違いなくディア達が運んでいたはずの人形だ。
それも一体だけではない、複数体捨てられている。
「これは――どういう事ですか?」
「まさか、中央区へ行く前からこんなものを見つけてしまうとはね。 恐らく誰かがここに捨てたんだろうね。
だとしたら、やはり僕達は本当に人形を運んでいたという事か」
西区に運び出された人形があった以上、ディアの推測は間違いない。
しかし、そうなるとミストの言葉が気になる。
この人形はどう見ても毒ガスには見えない。
「エリー、この人形をどう思う?」
「どうって……ただの薄気味悪い人形としか」
「そうじゃない、これが毒ガスに見えるかい?」
「いえ……ですが……貸してください」
「この人形が毒ガスである可能性がある以上、君には渡せないな」
「お願いです、確認したい事があるのです」
「……わかった。 くれぐれも、慎重に扱ってくれよ」
ディアはエリーに人形を渡すと、エリーは何かを探すように人形の事を調べていた。
ミストが毒ガスと言った言葉に心当たりがあるのだろうか。
「人形はいくつありますか?」
「えっと、ざっと10~20体ぐらいじゃないかな」
「正確に数えてください」
「やれやれ、人使い荒いね」
一応ギルドの資料と照らし合わせながらディアは人形の数を数えた。
資料のよればディア達が運んだ人形の数は20体。
もし、荷物の中身がすり替えられていないと仮定すれば……ここには20体の人形が捨てられているはずだ。
しかし――
「んー何度数えても足りないね、1体だけ」
「そ、そうですか……」
エリーは顔を青ざめさせていた。
ディアにとっては自分の無実に繋がる決定的な証拠ではあるが、彼女にとっては違うのか?
「エリー、レディーを詮索する趣味はないとは言ったけれど……流石にこれだけは聞かせてもらうよ。
君はその人形の事を知っているのかい?」
「……」
エリーは何も答えなかった。
やはり何か心当たりがあるのだろうか?
「肯定でいいんだね?」
「いえ、その……し、知らないです」
完全に目が泳いでいる、やはり何かを知っているのだろう。
しかし、これ以上彼女を問い詰めても仕方ない。
エリーの反応を見れば、この人形が毒ガスではない事はわかる。
となれば、毒ガスの正体は――消えた1体の人形に違いない。
「消えた1体の人形、どうやらこいつの正体を突き止めないと真相に辿り着けないみたいだ」
「……行きましょう、きっとこの先にあるはずです」
「言われなくてもそうするよ、それに君を中央区へ連れて行く約束もあるしね」
「すみません、その……本当にありがとうございます」
「お礼を言うのはまだ早いさ。 むしろこれからが本番だ。 この地下道の先、何か嫌な予感がするよ」
何の変哲もない地下道ではあるが、ディアの野生の勘が危険を告げていた。
その先は恐らく中央区へ繋がっている、ミストが示した入口がここで正しいのであればだが。
「さて、行こうか」
「ええ、お願いします」
ディアは先陣を切って地下道へと足を運んだ。
薄暗い道は一本道となっており、細長い通路がずーっと続いている。
聴こえてくるのは水滴音と二人が水の上を歩く音だけ。
不気味なほど静かだった。
特に会話もなく突き進んでいくと、分かれ道があった。
「どうやらここから二手に分かれてるみたいだね」
「方角的にはこちらが正解だと思いますけど」
「わかるのかい?」
「正確かどうかはわかりませんが、ある程度は」
こんな薄暗い地下道を進んでいれば方向感覚なんて狂いそうだが、エリーはどうやらそうじゃないらしい。
ここはエリーの言葉を信じて進もうとすると、ふとディアは足を止める。
「シッ、誰かいる」
ディアはエリーの口を押えると、さっと壁際に身を隠した。
コツン、コツンと足音が反響する。
気づかれないようにそっと覗いてみると、そこには黒装束を身にまとった集団が整列しながら歩いていた。
ざっと10人近くはいる。
「な、なんですかこれ?」
「僕に聞かれてもさっぱりだよ……いかにも怪しそうな集団ではあるけど」
とにかく見つかると面倒事に巻き込まれかねない。
ディアとエリーは静かにその場を凌ごうと、ただじっとしていた。
すると、最後尾の一人が急に蹲った。
だが、他の仲間は特に気にすることなくそのまま前進していった。
「どうしたんでしょう?」
「さあね、どうする?」
「苦しんでるように見えますが……」
何かを訴えているのか口をパクパクと動かしている様子はわかる。
しかし、声が掠れて何を言っているか聞き取る事はできない。
「この人、何だか変です。 ちょっと、見てきます」
「ま、待ってくれっ! 下手に手を出さない方がいいっ!」
「でも、苦しんでいる人を放っておけませんよね? 貴方もそう言ってましたよ」
ディアの忠告を無視してエリーは飛び出すと、真っ先に蹲ってる人物のフードを取った。
真っ白な髪に虚ろな目、まるで魂が抜けているかのような男だ。
「この人の眼、おかしいです」
「赤い、眼?」
その男の瞳は真っ赤に染まっていた。
いや、元からその色なのだろうか。
まるで魔物のように怪しく輝く眼はどこか赤眼の剣士を連想させる。
「何だか衰弱しきっていますね、このままでは危ないかもしれません。 水はありませんか?」
「待ってくれ、今取り出す」
ディアが鞄から水を取り出そうとしたその途端。
男はガクンッと膝を地につかせて頭を強く抑え始めた。
「う、ううううう、うううううう」
「ど、どうしたのですか?」
「様子がおかしい……エリー、離れるんだっ!」
一瞬、何故かディアは魔物と遭遇した時の気配を感じ取った。
気づけば身体が勝手に動き、エリーをその人物から遠ざけて剣を構えた。
この苦しみ方は尋常ではない……呻き声を上げ続ける男の身体は、みるみるうちに黒色へと変色していく。
「ひっ――」
エリーは声を上げた。
無理もない、ディアももう少しで悲鳴を上げたくなる程の衝撃を受けた。
ゴキゴキと関節が外れるような音がしたかと思えば、その男の姿は徐々に別の何かに変化していく。
痩せ細った腕は膨れ上がっていき、筋肉質な腕へ変貌し、更に爪まで細長く伸び始めている。
口からは牙を生やし、男は地べたを這いずりながらディア達へと手を伸ばしていた。
「どうなっているんだ? 人が……バケモノに?」
「そんな……これはもしかして――」
「に、逃げた方がいいかもしれないね。 走れるかい?」
「なんとか、走れますよ」
「なら、いこうっ!」
ディアはエリーを連れて全力で駆け出した。
集団が向かった先とは真逆の道を選び、ひたすら真っ直ぐ走る。
だが、先程の人だったはずのバケモノは尋常ではない速度で壁際を伝い駆け出してきた。
気が付くと先回りされてしまい、正面に立ちはだかると同時にエリーへと向かって飛び込んでいた。
「危ないっ!」
ディアは剣を鞘に納めたまま、横に大きく振るい、化け物を壁へ激しく叩き付けた。
その隙にディアはエリーの手を引きひたすら前へと走り続ける。
「どうして抜かなかったのですか!?」
「綺麗事言うつもりはないけどね、人とわかれば斬るのも躊躇するさ」
出来れば殺しは避けたい、とディアはそう考えているが……それを貫く事の難しさはよくわかっている。
返ってそれが大きな足枷となる可能性もあるからだ。
「振り切れたか?」
ディアは様子を見ようとしばらく足を止めて様子を伺う。
どうやら追ってくる様子はない、抜刀しなかったと言えどムラクモ流の全力の一撃だ。
骨の一本や二本折れていても不思議ではない。
「大丈夫、みたいですね」
「しかし、アレは何だったんだろうね。 もしかすると中央区の事件と関係しているかもしれないな」
「……そう、ですね」
またエリーは表情を暗くしていた。
先程の変貌についても何か知っているのだろうか。
やはりエリーは只の一般人ではない、ディアの知らない何かを知っている。
「で、君が指示した方向とは真逆へ向かってしまったね。 この先を進んでみるかい?」
「大丈夫です、多分どちらを選んでも変わらない気がします」
「そうか、ならいいんだけどね」
本当にわかっているのかと疑いたくなるが、恐らく何らかの根拠をもって言っているのだろう。
気がつけば随分と奥へ来てしまっている。
もしかするとここは既に中央区の中なのかもしれないが、地下道を通っていると今自分が何処にいるのかが見当もつかない。
「あの、この先何か聞こえませんか?」
「……やれやれ、面倒くさそうな音だね」
この金属音、剣と剣がぶつかり合う音だろう。
恐らく何者かが戦っていると推測した。
だが、下がれば先程のバケモノと遭遇する事になる、となれば進むしかない。
「エリー、僕からあまり離れないでくれよ。 どうやらこの先、安全な場所はないみたいだからね」
「ええ、わかってます。 頼りにしてますから」
慎重にディアは進んでいくと、目の前からカッと強い光が放たれた。
1回だけはない、2回、3回とフラッシュのような光が乱射される。
一体何が起きているのかわからなかった。
「あれは――」
僅かな光に照らされて見えた一人の少女。
黒いショートヘアーに赤い瞳、そして黒き刀。
一瞬ではあるが、ディアは見逃さなかった。
赤眼の剣士が、何者かと戦っている姿を。
「まさか、こんなところで再会するとはね……赤眼の剣士」
もはや作為としか思えない偶然なる再会。
また剣を交える事になるのだろうかと身体を震えさせる。
せめて、エリーだけは守るとディアは自分の中で誓っていた。




