救出せよ ③
情報屋と名乗る胡散臭い男、カリスの後をテミリアはついていった。
元々ギルドは政府と協力して、中央区から脱出した禁忌術者であるテミリアを探していたはずだ。
ワーカーである彼がテミリアを捕えようとしている可能性は十分にある。
中央区への侵入方法は、ほぼゲートを通る以外にはないに等しい。
しかし、中央区は現状騎士団が封鎖している事により、簡単に侵入することは出来ない。
ファリスも侵入方法については、あの胡散臭い騎士勲章をあえて使って侵入を試みているはずだ。
例外としてテミリアのような禁忌術者であれば、防壁を破壊する手もなくはないが、流石に騎士団も何らかの対策を行っているはずだ。
禁忌術者を捕えていられるのも、恐らく力を封じ込める術を持っているからこそだと推測できる。
この男が持つ中央区への侵入方法とは何なのか、少なくともセティアシティの事を何も知らないテミリアには全く予想できなかった。
「さあ、ついたぜ」
カリスはニヤリと笑みを浮かべながら、バッと大袈裟に何かを指さした。
テミリアは思わず、口をあんぐりと開けたまま固まった。
そこは、西区にあるゴミ処理場だ。
セティアシティでは街中のゴミは収集業者によって一か所に集められ、最終的にゴミ処理施設へと送られている。
……にしても、何故こんな場所に連れてこられたのかは謎だ。
もしやこの男に完全に騙されたのだろうかと、頭にきたテミリアは顔を真っ赤にさせていた。
「おいおい、そんな顔すんなよ? ゴミの中にはとんでもねぇお宝が眠ってる事もあるんだぜ?
ワーカーなら覚えといて損はないスポットの一つさ。 ま、俺ら情報屋から言わせればこんな場所誰でも抑えてるだろうけどな」
「……アンタ、ムカつく」
「ひでぇ言いようだな、こっから誰も知らねぇ抜け道ってのがあるのによ」
「誰も知らない、抜け道?」
「まぁまぁまぁまぁ、ついてくりゃわかるって」
今すぐこの場をUターンして引き返すべきだろうか、元はと言えばこんな男を信用する理由もあるまい。
だが、カリスが言っていた西区が危険だという忠告を耳にすると、とてもじゃないが宿で大人しくしているなんてできない。
もしかするとあのテルという男が裏切ってくる可能性も考えられるからだ。
……かといって、中央区へ向かうというのもどうかと思うが、と頭を悩める。
カリスと共にゴミの山を抜けていくと、木製のボロ臭い小屋が1件。
人が使っているような形跡はないようだ。
カリスが小屋の中へ入っていくと、テミリアも一緒に小屋の中へと入る。
中もまたゴミが溢れていて食べ物が腐った臭いが漂い、思わずテミリアは鼻をつまんだ。
カリスは鳴れているのか、ヘラヘラと笑いながらゴミをどかしていくと、小屋の一番奥には不自然なダストシュートがあった。
「ほら、見てみろよ。 何かこのダストシュート、ゴミに埋もれてた割には妙に綺麗だろ?」
「……そりゃ、誰か使ってるからじゃないの?」
「おいおい、それで済ませちゃう? お前だってここが何のための施設だかわかるだろ?
西区のゴミはここに全て集められて、後で処理施設に運ばれてまとめて処分されるんだぜ?
まさか手で一生懸命この中に放り込んでいくと考えてねぇだろうな?」
「知らないわよ、ゴミ処理の施設なんて。 私の村にはなかったし」
「そうか、嬢ちゃんは田舎出身か。 大都会の文化ってのがわかってねぇか」
さり気なく田舎出身である事をバカにされたが、今は怒るべきところではないだろう。
問題は例のダストシュートであろう、小柄な人ならすっぽり入れそうなほどの大きさだが。
と、テミリアは嫌な予感を察して顔を青ざめさせる。
「え、まさかここに入るの?」
「お、流石っ! 嬢ちゃんは天才だねぇ」
「……じょ、冗談じゃないわっ!」
「ん、なら帰るか? ま、どっちにしろ情報料は頂くけどな。 嬢ちゃんの好きにしろよ」
「―――わ、わかったわよ。 行けばいいんでしょ」
「その方が無難だぜ。 お前も早くあの姉ちゃんに合流してぇんだろ? 今頃大暴れして政府から追われてるかもしれねぇぞ?」
冗談のつもりで言っているのだろうが、ファリスならやりかねないと不安に思う。
だが、ここで本当に中央区へ戻ってもいいのだろうかとテミリアはふと冷静になった。
せっかく死に物狂いで政府の手から逃げてきたというのに、自らあの地へ戻るのは自殺行為に等しい。
ただファリスが気になるから、という理由だけで……本当にこんな事をしてしまっても、いいのだろうか。
「どうしたんだ、難しい顔をしてよ」
「ねぇ、本当に中央区は安全なの? 政府が私を狙わない保証は?」
「いや、俺に聞かれてもな。 ま、ぶっちゃけ何処にいても同じだろ。
中央区は政府に目をつけられ、外に出ればワーカーの監視を掻い潜らなければならない。
俺から言わせれば、政府から逃げる方がよほど簡単だと思うぜ? あいつら今、人手不足だしな」
「……アンタが、アタシを政府に売る可能性は?」
カリスをギロリ、と睨みつけながらテミリアは尋ねた。
この男が、テミリアを何らかの理由で中央区へ導こうとしている可能性も十分に考えられる。
単純に情報屋として情報を提供しているだけなのか、それとも何らかの裏があって行動をしているのか。
テミリアは、この男がどう出るかを試した。
が、カリスは即答だった。
「いや、ないね。 ぶっちゃけ嬢ちゃん突き出しても大して金になんねぇんだよ。
俺としては嬢ちゃんの情報を売りに出した方がよほど儲かるからな」
「――そう、ならいいわ」
あくまで、カリスというのは金で動く男。
この男の言葉に嘘偽りはない、とテミリアは自身を納得させた。
「んじゃ、俺が先入るからよ。 嬢ちゃんは後からついてきてくれ」
「わ、わかったわ」
カリスは慣れた手つきでダストシュートの中を器用に滑り込んでいく。
恐らく、何度もこの抜け道を使っているのだろう。
テミリアも続いて、体を上手く縮めてダストシュートの中を滑った。
ガコンガコンッとあちこちに体をぶつけ、数秒間の落下を味わうと、テミリアは広い空間へと放り出され、ドスンッと尻餅をつく。
腕や膝がすりむけてヒリヒリする痛みに耐えながらも、テミリアは涙目で起き上がった。
中は建物の中、ではない。 この肌寒さは自然に作られた洞窟の中と酷似している。
周りにはいくつかのゴミが捨てられているようだ。
「よう、滑り台は楽しめたか?」
「……アンタよく、こんなところに飛び込もうって思わったね」
「情報屋ってのは何でも試すところから始まるってもんよ。 ま、何度かマジで死にかけた事あったんだけどな。
例えばダストシュートの先が、溶解炉に繋がっていたりな」
「溶解炉?」
「金属とかは溶かしちまうような場所さ。 人が間違ってはいっちまったらそりゃもう、溶けてなくなっちまうぜ?」
想像しただけで背筋がゾクッとする。
ワーカーとして生きるには、このような過酷な経験を積まなけれならないのだろうか。
だとすれば絶対にやりたくない、とテミリアは心の中で思った。
「ん、何よあれ」
ふと、テミリアはゴミの中に紛れている奇妙な人間を目にする。
一つではない、何十対もの不気味な人形がゴミと一緒に破棄されていたのだ。
思わず気になったテミリアは、一つ人形を手に取ってみた。
「なんだ、嬢ちゃん人形に興味があんのか?」
「ち、違うわよっ! な、何かすごくブッサイクな人形だなーって思って」
お世辞にも可愛らしいデザインとは言えず、むしろ不気味さが漂う奇妙な人形だ。
それも一体ではなく、何十対と廃棄されているのが更に際立てている。
だが、気になるのは汚れもそんなに目立っていないといった点だ。
恐らく売り物にならないからとまとめて処分されたんだろうと、テミリアは自己完結させた。
「んじゃ、こっから先が結構長いぜ。 この地下道を通り抜けて行けば、中央区の施設へと繋がってるんだぜ。
人形遊びしてねぇで、さっさと俺についてこいよ」
「遊んでなんかいないわよっ!」
怒声を上げつつ、テミリアは手にしていた人形を放棄してさっさとカリスの後をついていった。
ガキン、ガキィンッ!
西区のゲートの中から、金属音が鳴り響く。
ファリスの目にも留まらぬ居合が炸裂し、次々と黒装束達が切り刻まれた。
長剣が二つに砕かれ鮮血と共に宙を舞い上がる。
続けて背後に周り、ファリスの死角からナイフを突き立てた者が、
肘打ちを受けて怯んだかと思うと、僅か数秒もしないうちに黒き刀に胴を貫かれる。
更にその隙をついても、死体を蹴り飛ばし無駄のない動作で刀を横一線に振り上げられると、複数の兵がまとめて吹き飛ばされた。
これが、赤眼の剣士と恐れられているファリスの強さだ。
どれだけ束になってかかろうと、隙をついて奇襲をかけようとも、ファリスは超越した反射神経と的確な判断力で全てを処理しきる。
ファリスにとって戦う事は、呼吸する事に等しい行為。
無意識のうちに生きる為の戦い方が体に染みついている、この程度の罠でファリスが屈するはずがなかった。
ようやく戦いを終えたファリスは、一息つくと黒き刀を鞘へと戻す。
あれだけ斬ろうとも血を浴びようとも、黒き刀は不思議な事に傷どころか、錆一つすらつかなかった。
記憶の始まりから持っていたこの不思議な刀も、ファリスの記憶の手がかりの一つであろう。
念の為、ファリスは黒装束の襲撃者の右肩を確認しようと、布をはぎ取る。
だが、不思議な事に……赤き獅子のタトゥーは刻まれていなかった。
「どういうことだ?」
まさか、彼らは本当に騎士団だったという事なのか?
だが、騎士団であれば……わざわざ正体を隠す必要はない。
念のため、騎士勲章を持っていないか確認したが……それらしきものは荷物になかった。
他の死体も一つ一つ調べていくが、やはりない。
何故、赤き獅子のタトゥーがない?
辿り着いたのではなかったのか、記憶の手がかりに。
全てはただの偶然で、中央区には何のヒントも眠っていない?
いや、そんな事はない――と、ファリスはただ自分に言い聞かせる事しかできなかった。
しかし、黒装束の集団は一体何処からゲートの内部へ潜入してきたのだろうか。
ゲートは開かれていたが、正面から堂々と入ってきたわけではないはずだ。
恐らく何処かに、抜け道があるはずだとファリスは一つ一つ丁寧に壁を調べる。
ふと、ファリスは刀の柄を握りしめ動きを止めた。
全身にひしひしと伝ってくる身の毛がよだつような、奇妙な感覚。
恐る恐るファリスは振り返った。
が、誰もいない。 いるのは、先程殺した黒装束の集団達だけだ。
「……何だ、この気持ち悪さは?」
一体何処から、ファリスは何を感じているのかわからなかった。
人ならざる者の気配、見えない何かが潜んでいるかのような。
その瞬間、襲撃者の一人が、ゆらゆらと立ち上がり始めた。
ファリスは柄を握りしめ、赤眼を光らせながら睨みつける。
襲撃者は黒装束を自ら剥ぎ取り、投げ捨てた。
白髪の痩せこけた体の若者が、全身から血をダラダラと流しながらニヤリと笑う。
「バカな……何故動ける?」
大型の魔物すら一撃で仕留める、ムラクモ流の一撃を耐えきれるはずがない。
そんな非常識な人物は、強いて言えば毒ガス事件の時に戦ったワーカー一人以外は、記憶にない。
あの男ですらも最終的には気を失っていたのだ。
無意識に力を抜いていた、急所を外したとしても―――いずれにせよ、あのように平然と笑っていられるはずがない。
更に驚くべきことに、黒装束の集団は次々と立ち上がり始めた。
それぞれが黒装束を脱ぎ捨て、ほぼ同じような外観をした白髪の男達がゆらゆらとゾンビのように近づいてくる。
ファリスは抜刀しようと刀の柄を握りしめた瞬間、一人の男が両手をゆっくりと上げて構えた。
すると、両手の中心から赤い色の光が集い始める。
「あれは―――」
咄嗟にファリスが身を引いて伏せた瞬間、頭上に赤き閃光が走る。
ダァァンッ! 数秒後、ファリスの背後から爆発音が響き渡った。
今の一撃は銃や爆発物ではない―――となれば、該当するのは一つだけだ。
「禁忌術者かっ!」
間違いない、この者達はテミリアと同じ……禁忌術者であると確信した。
だが、テミリアの時と違って相手は複数人だ。
いくら黒き刀で魔法を打ち消せるとしても、これだけの数を相手にするのは分が悪すぎる。
ファリスはチラリと背後を伺うと、先程の爆発でゲートの壁に穴が開けられていた。
ならば――と、ファリスは壁の穴へと向かって駈け込んだ。
「キシャァァァァッ!!」
人間とは思えない、まるで魔物のような奇声をあげ、禁忌術者の一人がファリスの前へと立ち塞がる。
どう言う訳か、徐々に禁忌術者の左腕が真っ黒に染め上げられていき、人の物とは思えない鋭い爪を生やしていた。
抜刀しようと柄を握りしめるが、背後から感じる力の気配……恐らく、魔法の気配を察すると
刀を鞘に納めたまま、ファリスは爪を生やした男の地面へ叩きつける。
瞬時に抜刀し、黒き刀で横一線を描くと……ガラスが割れたような音と共に、赤い光が分散していく。
すると、赤い光は黒き刀へと一気に吸収されていった。
「やはり、斬れるようだな」
テミリアの時は単なる偶然だったのか半信半疑だったが、今回ので確信した。
黒き刀には、どう言う訳か禁忌術者に対抗する術が隠されているのだ。
しかし、一歩でもタイミングを間違えれば、あの大爆発に巻き込まれてしまう危険性もある。
それに何度も黒き刀が魔法を掻き消すとは思えない、あくまでも最終的な回避手段として使うべきだろう。
ファリスは振り返ると、不意に首を掴まれてガンッと激しく体を壁に叩きつけられた。
先程鞘で倒した男が立ち上がり、人とは思えない馬鹿力でファリスを拘束する。
呼吸が出来ず何とか腕を取り払おうと、必死にファリスは両手で相手の手を掴むが、いくら力を入れてもビクともしなかった。
男は鋭い爪を生やした左腕を大きく振りかぶり、ニヤリと笑う。
ファリスは精神を集中させ、自身の中に巡る気をコントロールする事に集中していた。
息を止められた事により乱れた呼吸をあえて、自身で更に乱していき、徐々に自身を追い込んでいく。
師匠から教わった、自身が死の窮地に追い込まれれば追い込まれるほど発揮される『潜在防衛力』を引き出す為の手段だ。
要は、本能的に生きようとする力を利用し……一時的に潜在する力を引き出そうとしていた。
咄嗟にファリスは男の腕を力強く握りしめ、腹部を思いっきり蹴飛ばす。
すると、僅かに拘束していた腕の力が緩んだ。
その隙をつき、黒き刀を抜刀させた。
対抗しようと男は鋭い爪を振り回すが、流石にムラクモ流十の太刀の一つ「三日月」に敵う事はなかった。
男は鮮血と共に宙へと舞い、自前の爪も見事にバラバラに斬り刻まれた。
乱れた呼吸を整えながら、ファリスは死に物狂いで駆け出す。
酸欠状態寸前まで追い込まれているが、今ここで立ち止まっても魔法を対処できる自信はない。
幸いなことに連続して放たれる事がなく、逃げる時間は十分にあった。
だが、ファリスの予想を裏切るかのように背後から赤き閃光が迫り来る。
咄嗟にしゃがみ込むと同時に、宙で大爆発が引き起こされた。
爆風に巻き込まれ、ファリスは吹き飛ばされたが……幸い直撃は避け、軽い火傷と打撲程度で済んだ。
体を必死で起こしながら、ファリスは長いようで短かった出口まで辿り着くと、そこへ飛び込む。
バシャァァンッ!
飛び込んだ先は、地下道になっていた。
水浸しになったファリスは、体を起こし刀を即座に抜刀させる。
刀の一撃によって壁の穴には、瓦礫の山が積み重なっていく。
これで当分の間は足止めできるとだろうと、ファリスは一息をついた。
下水路から陸へ上がると、上着を脱いでひとまず水を少しでも絞り出そうと雑巾のように丸める。
乾かしている暇はないだろうと、上着をそのまま肩にかけると、ファリスは禁忌術者が追ってこないか後ろを警戒した。
「禁忌術者……これもまた、私の記憶の手がかりとなるのか」
記憶に触れようとすればするほど、ファリスは何か大きな陰謀に巻き込まれているかのような錯覚に陥った。
いや、錯覚ではない。 恐らくもう、ファリスは巻き込まれているのだろう。
それが自身の記憶に繋がるのかはわからない。
だが、それでもファリスはただ、記憶を求めるだけに戦い続けるだけだ。
ファリスは体を休ませながら、ゆっくりと地下道を進み始めた。




