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     レッド・プリズナー ⑤


レッド・プリズナーの手口を推測したディアは、相手がもう一度姿を現すだろうと結論を出していた。

しかし、確実性はない。

実際、レッド・プリズナーから狙われて助かった例もあるし、ターゲットが必ず死を遂げている訳ではなかった。

それでもディアが、もう一度レッド・プリズナーが現れるという確証を持った理由は他でもない。

唯一の手掛かりとも言えるメッセージの内容だ。


あの内容を見る限りでは、明らかにディアを意図的に現場へ呼び寄せようとしているとしか思えなかった。

普通に考えればあのような胡散臭い紙切れを真に受ける者はいない。

だが、ディアは違う。

身体が万全ではない状態にも関わらず、念には念を入れてわざわざ現場まで足を運んだ。

単なる偶然とは想えず、何者かの作為を感じていた。

あの毒ガス事件と同じような。


「……あの、これからどうするんですか?」


エリーは表情を暗くしたまま告げた。


「ここの支部ならある程度レッド・プリズナーの件を調べる事が出来そうだけど……今は逆に待ち伏せてみるのも手だと思うけどね」


「本当にもう一度姿を現すと思っているのですか?」


「そんなのわからないさ、だけどレッド・プリズナーが僕達を何処かで監視しているとすれば……今は相手が来るのを待つべきさ」


「そうではありません、レッド・プリズナーの目的がはっきりとしていないんですよ?

もう私からターゲットを変えてる可能性も考えられます、それに私達の推測は間違いで本当に現場へ誘って殺しているのかもしれません。

レッド・プリズナーは片っ端から地図をばら蒔いて、本当にやってきた間抜けだけをターゲットにする。

被害者に法則性が本当にないのであれば、十分に有り得ると思いますよ?」


エリーの言う事には一理ある、無差別にターゲットを誘い込んでいるのであれば、今回のような犯行も成立させる事は可能だ。

ターゲットの行動を常に把握し、別の場所で殺して現場に運ぶよりもずっと現実的とも言える。

だが、かつて名を上げたSランク級暗殺者が、そんなマネをするとは思えない。

恐らく気づいていないだけで、ターゲットには法則性が何かあるはずだ。

それにターゲットが無差別である事はあり得ない。

ディアが握った1枚に書かれたメッセージがない限り――


「ならば君は逆に、自分が絶対的に安全だという確証はあるのかい?」


「あります」


「具体的には?」


「私の勘です」


今まで何らかの根拠があって答えを導いてきたエリーが、あまりにも素っ頓狂な事を言い出してディアは思わず呆然としてしまう。

真剣な表情を見る限り、冗談のつもりで口にしてはいないようだ。


「君がどう思っているにせよ、今日が過ぎれば結論が出るさ。 相手がいつ襲ってくるかはわからないし、警戒を怠れないよ。

もしかすると、いきなり壁をぶち破って潜入してくる可能性だってあるだろうしね」


ディアは背後を指さすと、エリーは背筋をビクッとさせて恐る恐る窓から離れていく。

これで本当に潜入してきたら笑い事ではないが、いくら何でもそこまで大胆な手段に打って出ないだろう。


「―――あの、聞いてもいいですか?」


「ん、なんだい?」


エリーは恐る恐る背後を警戒しつつも、ディアに尋ねた。


「これって、依頼になるんでしょうか? 私はギルドに正式な依頼を出していませんし、お金もないのですが」


「今回はギルドだのワーカーだのは関係ないさ、別に君からお金を取ろうだなんて微塵も考えていないしね」


「言っておきますけど、私は別に貴方がこの事件から身を引いても何も言うつもりはありませんよ?

確かにワーカーは嫌いですし信用は出来ません、ですがこの状況で貴方を責める事はいくら私でも出来ません。

貴方は怪我を負っているようですし、別のお仕事もあるのですよね?」


「目の前に困ってる人がいて放ってはおけないさ、それにこれは……僕なりのケジメのつけ方でもある」


「貴方が見ず知らずの私の為に傷つく……いえ、命を落とす必要はありません。 どうかここは全てを忘れて、私の事は置き去りにしてください。

その、迷惑です。 勝手に戦って貴方が無様に殺されたりでもしたら、夢見が悪いですから」


どれ程信用されていないのだろうと思わずため息をつきたくなるが、口調とは裏腹にエリーの表情は重く怯えていた。

こうしている間にも何度も何度もエリーは窓際を確認し、いつ襲ってくるかわからない暗殺者を警戒し続けている。

仮に彼女の身に何も起きなかったとしても、恐らくエリーはずっとこのまま過ごしていかなければならない。

レッド・プリズナーが捕まらない限りは、エリーに絶対的な安心はないのだから。

それはエリーだけではない、他にターゲットにされた者達全てに言えるはずだ。

確かにディアが受けた赤眼の剣士からの傷は完全に癒えていない。

肉体的にも精神的にも、悪魔のような赤き瞳はディアの全てを否定するかのように、同じ『ムラクモ流』で全てを壊された。

だが、それでもディアはもう一度立ち上がると決意した。


「僕は誰かの為に剣を振るう。 君と話してて、気づいた……いや、思い出した事さ。

だから、僕は君に言ったはずだ。 君の事を守らせてくれ、とね」


「格好つけすぎですね、自身を大事にしない人が他人を守れるはずがないと思いますけど―――」


エリーはディアから目を逸らし、俯いた。

心なしか体の震えが治まり、気にし続けていた窓際にも目線を向けなくなっていた。

信用を得た、と思っていいのだろうか。


「火事だーーっ!」


すると突如、店の外から叫び声が飛び込んできた。

思わず二人は身体をビクッとさせるが、レッド・プリズナーの襲撃ではなかった事にホッと胸を撫で下ろす。


「先が思いやられますね、そんなので私を守れるんですか?」


「やれやれ、もう少しぐらい僕を信用してほしいものだね。 だけど……この火事って、まさかね」


レッド・プリズナーは必ず現場を焼き尽くす。

エリーが言っていたレッド・プリズナーの手口と合致はしていた。

しかし、ここ数日起きた事件では火事は一切起きていなかったはず。

ここになっていきなり犯行手口を戻す理由は一体?


「エリー、悪いけど一緒に来てくれ。 ここが絶対安心だという保証はない」


「……わかりました」


本当ならエリーをここにおいて現場に向かいたいところではあるが、その隙をつかれてレッド・プリズナーがエリーを狙う危険性もある。

ここは常に行動を共にした方がいいだろうと、咄嗟にディアは判断した。

ディアは駆け足で店の外へと出て行った。








火事の現場には大勢の人々が集まっていた。

白い煙がもくもくとあがってはいるが、燃え盛る炎は目に見えない。

既に鎮火されたか、或いはボヤ程度で済んだのだろうか。

現場付近はレッド・プリズナーが示した場所とは異なる。もしや別の者がターゲットにされたというのか?


「ディアっ!」


人だかりの中から、小柄の男が飛び出しディアの名を叫んだ。

あの銀髪といい、間違いなくカリスだ。

いつものニカッとした笑いはなく、何処か緊迫した様子がヒシヒシと伝ってくる。


「カリス? 一体どうしたんだ?」


「丁度お前がいて助かった。 悪いな、ちと協力してくれ」


「あの火事と関係あるのか?」


「ああ、どうやら放火魔の仕業らしい。 どうやら不審者が目撃されたらしいんだが、どうにも情報が錯乱していてな。

俺と手分けしてそいつを探し出してほしいんだがよ」


「……黒衣のマントに仮面をつけてたりするかい?」


「流石話が早いな、お前ひょっとしたら情報収集屋の才能あるんじゃねぇか?」


悪い予感が当たってしまったと、ディアは思わず背筋をゾクッとさせる。

間違いない、この火事はレッド・プリズナーの仕業に違いない。

だとすれば、既に狙われた者は――

いや、今はレッド・プリズナーを追う事だけを考えようと頭を切り替えた。


「見つけ次第ギルドにすぐ連絡してくれ、俺はあっち側を捜索するからこっちはお前に任せたぞ。 ったく、放火なんてタチが悪い野郎だぜ。

――っと、お前、怪我大丈夫だったか? いきなり頼んじまったけどよ」


「あまり無茶はしないさ、何かあったらすぐに連絡を入れる」


「おう、そうか。 まぁお前の事だ、少しぐらいの怪我はどうってことねぇだろ。 そうじゃなきゃ、俺が見込んだ男じゃねぇぜ」


カリスがいつもの笑顔を見せると、ディアは苦笑いしながら頭を掻いた。


「とんでもない、走るだけでも傷がちょっと痛むさ」


「そんだけピンピンしてりゃ充分だろ。 じゃ、また後でなっ!」


カリスがサッとその場を去っていくと、ディアもいよいよかと生唾を飲み込んだ。


「恐らく、奴はあそこにいる」


「……何故、そう思うんですか?」


「この火事が、僕達をおびき出そうとしている合図だとすれば?」


「考えすぎ、と言いたいのですが……有り得なくはないですね。 ですが、そこまでわかっていて本当に行くつもりなんですか?」


「ああ、行くさ」


ディアの返事に迷いはなかった。

不思議と最初に剣を交えたかのような恐怖は何も感じない。

覚悟を決めたからなのか、或いは別の何かがディアを動かしているのか。


「なら、せめて私より先に死なない事だけを約束してください。 目の前で死なれるのだけは嫌ですから」


「わかった、約束しよう」


不安を隠し切れないエリーに対し、ディアは間髪入れずに約束した。

相手はかつてSランクを位置したほどの実力者。

赤眼の剣士クラス、いやそれ以上の実力を誇っているかもしれない。

だが、ここでディアに逃げるという選択肢はなかった。

誰かを守る為の剣、それこそがディアの求める強さである事を信じて。

ディアは駆け出した。











高級宿の裏を位置する場所に辿り着くと、以前と変わらぬ静けさを保っていた。

カツンカツン、と二人の歩く足音が狭い路地に反響して響き渡る。

念入りに周囲を警戒するが、誰も現れる気配はない。

物音一つもせず、もしや当てが外れたかと思いきや……ふと、殺気を感じ取った。


「エリー、下がっていてくれ」


ディアは剣を握りしめ、エリーに告げると静かに下がっていく。

いくら周囲を見渡しても何者も姿を現さない。

だが、微かにだが何か感じ取れていた。

誰かに見られているかのような、視線。

腰を低くし、目線だけで周囲の状況を見渡す。


人が隠れられそうな樽、木箱の間、建物の隙間に上空から射す唯一の光。

その時、一瞬だけだが地上に影が映し出された。

同時にディアは地を強く蹴飛ばし、エリーの元へと駆け出す。

影の方向から何処へ向かおうとしているのか、一瞬で判断がついた。

全力で駆け出し、ディアはエリーの目の前に足から滑り込んだ。

目を丸くしたエリーに、下がれと目線だけで告げると通じたのかエリーは距離を取って下がっていく。

勢い余って転びそうになるが、何とか強く留まり砂埃が舞い上がる。

視界が悪くなったが、問題はないとディアはブォンッと剣を抜刀した。


バギィィィンッ! ガラスが割れるかのような激しい金属音が響き渡る。

重い一撃にディアは後ずさりをしてしまうが、それは相手も同じである感触があった。

互いの力がぶつかり合い、弾き飛ばされたのだ。

エリーは無事だろうかと確認する間もなく、砂埃の中から銀色の煌めくナイフがちらつかされる。

咄嗟に身を躱すと、ふわりと長い紫色の髪がディアの目の前を通り過ぎた。


「そこだっ!」


間髪入れずに剣を切り上げると、腹部に重い一撃が襲い掛かり激しい激痛が襲い掛かる。

赤眼の剣士との闘いにできた傷に、相手の蹴りが直撃していた。

想像を絶する痛みに堪えながらも、ディアの剣も何かを斬った感触はあったはず。

恐らく相手も無事ではないだろうと、呼吸を整えながら静かに砂埃が晴れるのを待つとカランッと何かが落ちる音が聞こえた。

ディアの足元に転がり込んできたのは、真っ二つになった白い仮面。

間違いない、今目の前にいるのはあの時襲い掛かってきた『レッド・プリズナー』だ。


「ついにレッド・プリズナーの素顔をご拝見か、やれやれ……こりゃ本当に生きて帰れないかもな」


ズキズキと痛む傷口を抑え込みながら、ディアがそう口にすると徐々に相手の姿がはっきりと見えてきた。

黒衣のローブに小柄で紫色の長い髪、そして両手に握りしめたナイフ。

左右の瞳が赤・緑と異なるオッドアイの少女―――

ディアが中央区のゲートに調査へ向かった際に出会った、人形を大事そうに抱えていた少女とそっくりだった。

いや、違う……まさに、あの時の少女が『レッド・プリズナー』であったのだろう。


「―――まさか、そういうことだったとはね」


少女とは思えない、氷のような鋭く冷たい目付きでディアは睨まれた。

外見は少女と言えど、とてつもないプレッシャーだけは感じる。

たかが子供と言えど、決して侮れない。

それだけの何かを、少女……いや、レッド・プリズナーから感じた。


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