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     レッド・プリズナー ④

ネイルとの情報交換を終えたディアは、エリーを連れて支部の休憩室で腰を掛けた。

ディアが追っている事件についてはほとんど収穫がない。

強いて言えばネイルが、検査時に積まれていた荷物の行方を追っていた事ぐらいだ。

行方は現在も掴めておらず、引き続き破棄されたルートについて探っている、と説明を受けたところで話が終わった。


だが、エリーを襲った謎の人物が何者かであるのかがはっきりしたのは大きな収穫だ。

確証はないが、あの襲撃者が『レッド・プリズナー』である可能性は極めて高い。

かつてギルドSランクを位置した者が、何故今になってこのような一般人に手を出し始めたというのか?

ネイルが言うにはレッド・プリズナーは、冷酷な暗殺者だという。

彼が手にした強さは、ディアが思うよう武器を持つ戦いにおける強さではない。

万にも及ぶ殺人の術を手にしている事が、最大の武器であると。


確かにランクSの、ひょっとしたら世界一の暗殺者かもしれない奴に真正面から挑むのは命を投げ捨てる行為に等しい。

だからといって事件から身を退いたら、今隣にいるエリーはどうなるというのか?

黙って彼女が殺されるのを見届けるしかないのか、それともレッド・プリズナーの気まぐれを願うしかないのか――


「あの、いいですか?」


ディアが難しい顔で考え事をしていると、エリーがディアの顔を覗き込んで声をかけてきた。

話は彼女もいっしょに聞いていたはずだ、きっとこれから先の事を不安に思っているのだろう。

せめて不安にさせまいと、ディアは無理やり笑顔を作った。


「何だい?」


「さっき、あの変な人と話していましたよね。 レッド……プレーン? あれ、なんでしたっけ?」


「……ひょっとして、レッド・プリズナーの事かい?」


「ええ、それです。 その、レッド・プリンスなんですけど」


「プリズナーだよ」


人の名を覚えるのが苦手なのか、短時間でこれだけ聞き間違えられるとディアは驚きを通り越して呆れてしまった。

ひょっとしてワザとやっているのか、と思いたいぐらいだ。

仮にも自身を狙っているかもしれない暗殺者だというのに。


「何でもいいじゃないですか、それよりも彼の手口……気になりませんか?」


「手口? 地図を渡して赤い×印をつけるって奴のこと?」


「あの、貴方達があまりにも触れてなかったのでスルーしてたんですけど、やっぱり気になる事があるんです」


「スルーしていた? な、何を?」


「……ひょっとして、気づいていないんですか? 貴方、本当にワーカーなのですか?」


彼女が何を伝えようとしているのかはさっぱりわからないが、さり気なくバカにされた事に思わず眉間に皺を寄せる。

だが、ここで怒ってはならないと深呼吸して何とかディアは平常心を保った。


「彼は昔から犯行予告の為にターゲットに地図が描かれた紙切れを何らかの手段で渡している。 そして被害者は必ずその場所で殺されていた、だったね」


「そうです、だけどおかしいじゃないですか。 どうして被害者はわざわざ殺されるとわかってその場所に出向いたのですか?」


「そりゃ、逆に僕が聞きたいよ。 現に君は現場に向かったんじゃないのか?」


「私はただ、誰かの悪戯化と思っただけです。 ひょっとしたら悪質なストーカーの可能性もありましたし、見つけたら通報してやろうと思っただけです」


エリーの言う事は、確かに一理あるかもしれない。

普通に考えれば何の予告もなく地図の描かれた紙切れがあれば、その場所へ確実に向かう保証はほぼない。

ディアも赤い文字で書かれた一言が無ければ、ただの紙くずとして処分していた可能性も高かった。

しかし、どうにもディアは引っかかる。

今まで非協力的だったエリーが、どうして今になってディアにその事を?


「……本当にそれだけかい?」


彼女は何か隠している、それがわかっているディアはエリーの目を睨み付けるかのように、尋ねる。

すると、エリーは顔を俯かせて体をプルプルと震わせる。

一体どうしたのかと思い声を掛けようとすると、ガタンッと椅子から立ち上がった。

エリーは顔を歪ませて、叫んだ。


「その目、やめなさいよっ! ワーカーや騎士団はいつもそう……誰これ構わず疑って決めつけてッ!

ちょっとでも思った事を口にすればすぐに私の事を疑うっ!」


「だけど、君は僕に話していない事があるはずだ」


「いい加減にして……早く私を帰してっ! このままクビにされたらどう責任を取ってくれるのっ!?

どうせ適当に言い訳して私の事を見殺しにするんでしょ? 私の父がそうされてきたようにっ!」


今まで抑えてきた感情をぶちまけるかのように、エリーは怒鳴り散らすと、力が抜けたのかドサッと床に膝をついた。

彼女の抱えていた内なる感情を目の当たりにし、ディアは思わず留まってしまう。

一体なんて声をかけてやればいいのか、上手い言葉が見つからない。

迂闊だった、彼女が何か隠していると決めつけていた事が。

いや、例えそうだとしても今、このような状態で口にするべきではなかった。


彼女は恐らく史上最凶の暗殺者に命を狙われている。

今の仕事もあまり上手く行っていないのだろう、あんな不安定な一面を目の当たりにしてしまえば、エリーが置かれた状況が嫌にも見えて来てしまう。

ワーカーで最も大事なポイントは対人関係にあり、人から信頼される事。

今のディアは、全くそれができていなかった。


情けない、なんて自身が情けないと感じたか。

事件の解決を急ぐばかり、知らぬ間に人を傷つける事が正しいはずがない。

たかが一人の信頼を得なくて、ワーカーを名乗れるのか?

これでは、政府の言いなりになっていた騎士団時代の方が遥かにマシだ。

ふと、ディアは剣の師であるジュピターの言葉を思い出した。


あれは、強引にディアが弟子入りを果たしてから数日後の事。

ジュピターは私生活ではほとんど剣を抜かなかった。

剣を使わずに魚を取り、獲物を捕らえて調理し、食べたら寝るだけの生活。

それに腹を立てたディアは無理やりにでもムラクモ流を使わせようと、夜中にこっそりジュピターを襲撃した事があった。

勿論、襲撃は呆気なく見破られてしまい、ジュピターは剣を抜かずにディアの渾身の一撃を受け止めた。

その時、ジュピターはギロリとディアを睨みながら告げた。


「貴様にとって、剣とは何だ?」


「……強さを証明する為の、手段です」


「自身の為に振るうか、それも悪くないだろう。 しかし―――」


不思議と、その時の事が鮮明に思い出されていく。

師匠が放った一言、そして次の動作。

初めて見る、鞘から抜かれた師匠の剣。

あまりのも速すぎて一瞬たりとも見えなかった太刀筋。

気が付けば、ディアが握りしめていた剣は宙へと弾かれていた。


「今の貴様は、剣を失えば何も残らないただの若造に過ぎない。 剣とは貴様の命でもあり、大切なパートナーでもある。

ただの、強さを示す道具とは成り得ないのだよ。 だがな、剣は時にして意外な物を生み出してしまう事もある」


何もできずに圧倒していたディアは、ジュピターが握っていた一本の刀を手渡しにされた。

状況が分からずにただ混乱したディアは、かかって来いと言わんばかりのジュピターの表情に腹を立てて、斬りかかった。

ガキィンッ! 重みのある金属音が鳴り響くと、ディアは衝撃に耐えきれずに、思いっきり尻餅をついてしまう。

すると、ジュピターの前には黒衣のローブで全身を隠した剣士が黒き刀を構えて立っていた。

このまま剣を受ければ、いくらジュピターと言えど無事では済まなかっただろう。

……ジュピターは、守られた。 目の前にいる、黒衣の剣士によって。


「自身の強さを求めるのも悪くないだろう。 しかし、ただ単に強さを求めるだけでは貴様の求める最強には辿り着けない。

剣とは、誰かを守ってこそ初めて価値が生まれる。 剣によって積み重ねられていく信頼は、いつしか必ず自身の力となり、奇跡を呼ぶ力となる。

人は一人では強くなれん、絆こそが最強への近道だ。 覚えておけ、若造」


剣は誰かを守ってこそ初めて価値が生まれる、剣によって積み重ねられていく。

それは、がむしゃらに力を求め続けていた自身に対する警告だったのだと、今更知った。

だが、ようやくディアは気づけた。

自身の弱さに、自身の未熟さに。


「ごめん、僕は君を傷つけるつもりはなかった。 もう二度と君を疑ったりはしない」


「口では何とでも言えるわよ……そうやって人を騙して」


「無理に僕を信用しろとは言わない。 だけどこれだけは言わせてくれ、僕は何があっても君を信用する。

だから……僕に、君の事を守らせてくれないか?」


「――どういう意味?」


ようやく落ち着いたのか、エリーはディアから目を逸らしながら静かに聞いた。


「君の命を狙うレッド・プリズナーは……僕が、必ず倒す」


「何を言っているの? あの人は貴方にはっきり言ってました、この事件に関わるなと」


「危険は承知だ、それにこれは僕なりにケジメをつけるだけに過ぎない」


ディアは赤眼の剣士に呆気なく敗北した、自分に対してと心の中で後付した。

エリーは困惑していたようだが、キョロキョロと辺りを伺うと、再びディアと目を合わせる。


「あの、先程の話に戻りますけど」


「――そうか、ここじゃまずいな」


今更のようにディアは周囲を見渡すと、いつの間にかワーカー達の注目を浴びていたようだ。

大方痴話喧嘩と勘違いされたのだろうが、それよりもこの場で堂々とレッド・プリズナーに関する話をするのはまずい。


「良い店がある、一旦そこへ移動しよう」


「……はい」


ディアは周囲にレッド・プリズナーらしき影はないかと警戒しながら、ギルド支部を後にした。










いつもカリスに呼び出される店まで辿り着くと、店は既に閉まっていた。

基本、営業時間は夕方からであり、今はまだ昼頃なので店では仕込みを行っているのだろう。

だが、一度だけカリスが営業時間外で部屋を貸してもらえないかと交渉して借りれた事があった。

上手く行くかはわからないが、ディアはマスターを話をつけるとカリスの友達だからという理由で特別に貸し出してもらえた。

ここなら誰にも聞かれないだろうとホッと息をついた。


「それで、君は言っていたね。 自分は理由もなく地図の現場に向かっただけに過ぎないと」


「はい。 本当ならこんな紙切れ、捨ててしまうなりすると思うんです。

それに危険だと感じれば、まず近づこうとすらしないはずですし、逆に隠れる人だっているかもしれません」


「確かにターゲットとする人物の行動は予測不可能だな。 ならば、誘導するだけの手立てがあるとか?」


「先程も言いましたけど、私は別に誘導されていません。 それこそ、マインドコントロールでもされない限りそんな事有り得ないです」


「まさか―――」


彼女が口にしたマインドコントロール。

つまりターゲットにされた者達は何らかの形で暗示をかけられていたとすれば?

と、頭を過ぎらせていると、エリーはきょとんとした表情でディアを見つめていた。


「……本気に、してないですよね?」


「い、いやそんな、まさかねぇ」


そんなわけないか、とディアは笑って誤魔化した。


「私が言いたいのは、この手口を成立させるのは不可能だという事です」


「だけど、実際昔からレッド・プリズナーは実現させてきたんだろう? 犯行予告とやらをね。

それが不可能だとすれば、彼はどうやって犯行予告を実現させてきたんだい?」


「多分、殺した現場が違うんです。 要は死体さえその場所に発見されてしまえば、成立するはずですからね」


「なるほど、それならば確かに……」


言われてみれば確かに人を犯行予告の場所に呼び出すよりかは、別の場所で殺して運んだ方が早いだろう。

先程の暗示をかけるよりもよほど簡易ではあるし、実現もしやすい。

しかし、いくつか腑に落ちない点もあるのも事実だ。


「でも、それなら少し死体や現場を調べればわかるんじゃないかい?」


「……ちょっとだけ、あの交渉人とやらの人が持ってた資料を盗み見したんですけれど。

レッド・プリズナーは必ず現場を焼き尽くすようなんです。 だからきっと、調べようがなかったのではないでしょうか?」


「やれやれ、随分とおっかないな……というか君、ちゃっかりそう言う事してたんだね」


「あの人、レッド・プリズナーの件は色々と伏せてましたからね。 よほど貴方を事件に関わらせたくはなかったんでしょうね」


「好意ととらえるべきなのか、余計なお世話と言うべきか……」


ディアは思わず深くため息をついた。

強さを信頼されていないのは自業自得ではあるが、いざ現実を見せつけられると嫌でもため息が出てしまう。


「しかしですね、ここ数日で起きた事件は全て現場が焼かれていないようです。 それに、あの人も言ってましたが必ずしも殺されるわけではないようですしね」


「……犯行手口が、変わっている?」


「やっと気付いたんですね、よくそれでワーカーを続けてられましたね」


「こういうのにあまり馴れてないんだよね……って、言い訳してもしょうがないか」


昔のレッド・プリズナーと今のレッド・プリズナーは、どうやら犯行の手口が変わっているようだ。

何の為に手口を変えた? 何かそうせざるを得ない理由が隠されているのか?


「――ちょっと待ってくれ、この手口ではいずれにせよ待ち伏せは成立しないはずだ。 だけど、あの時レッド・プリズナーは君の事を待ち構えていた」


「そうです、私はともかくとして……貴方は意図的に、呼び出されていたはず」


同一の犯行予告現場に、別々のターゲットが呼び出されている。

これは果たして、偶然と言えるのか?

何か裏があるのではないかとディアは頭を捻らせると―――


「そうか……もしかすると、レッド・プリズナーは――」


「何か、わかったのですか?」


「ああ、それを確かめる為には本人に聞いた方がいいかもしれないけどね」


ようやくディアは一つの結論に達し、ふぅと一息をついた。


「君の説が正しいのなら、レッド・プリズナーに僕達の行動は筒抜けのはず。 そうでなければ、犯行予告を成立させる事は出来ないからね」


「そうなりますね」


「ならば、もう一度奴をおびき出そう。 そこでケリをつけてやるさ」


ディアは拳を握りしめながら、エリーに告げた。

必ずレッド・プリズナーを倒す、と誓うように。


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