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     レッド・プリズナー ②


病院へ戻り、担当医の検査を一通り受けるとディアは自室へと戻っていった。

ある程度動けるようになってきたと言えど、病院生活は当分の間続けなければならないようだ。

医者の話によれば刀で斬られた割にはそれ程傷が深くなく、命に別状はないという。

普通であればディアがこうして生きている事自体有り得ないのだが、赤眼の剣士が手加減したという可能性も捨てきれない。

あれだけ圧倒的な実力差を見せつけながらも、赤眼の剣士は本気ではなかったという事になる。


いつしかディアは、赤眼の剣士を超える程の力を身につけなければならない。

しかし、目の前に突き付けられた大きな問題の数々を思い返すと、思わず気が滅入ってしまいため息をつく。

今日何度目の溜息だろうか、下手すれば今日だけで3桁に迫るんじゃないかとさえ思う。

とにかく身体を休めよう、やるべき事をやった以上今後に備えて身体を万全な状態しなければ。

すぐにでもベッドで横になろうと、ディアは自室の扉を開けると、ヒラリと1枚の紙が落ちる。

ドアに挟まっていたのだろうか、と首を傾げながら紙を拾い上げると……それは東区周辺の地図を切り取った物だ。

ナンバー3支部を中心に周辺に描かれており、東区を歩き慣れているディアは一目で何処を指しているか理解できた。

地図には手書きで赤い×印が描かれていた。

そこは……今日ディアが訪れた例の高級宿を指している。


「……この印は?」


病室のドアに挟まっていた謎の紙切れ、東区周辺の地図、そしてディアが今日訪れた宿のバツ印。

これは明らかにディアに対してのメッセージだ。

ここに記された赤い×印は、恐らくそこに何かがあると誰かが告げようとしているのだろう。

しかし、誰が一体何の為に?

カリスであれば、このような回りくどい真似はせずにいつもの通り情報料という名の酒代と引き換えに情報を提供するだろう。

交渉人であるネイルも何かあればディアをすぐにギルドへ呼び出すはずであり、昨日は自らここに訪れた程だ。

ならば、ギルドの関係者か?

もう少し何か情報がないかと地図を凝視すると、裏からうっすらと文字が書かれている事に気づく。

すぐに紙を裏返すと、そこには書かれていた文字を見てディアは表情を強張らせた。

―― コンヤ、アノオンナヲコロス ――


「―――な、んだ、これ……?」


無機質に書かれた赤き文字、思わず背筋が凍りつくかのような寒気が走った。

あの女とは、一体誰の事なのか見当もつかない。

少なくともディアは女性との付き合いはなく、近しい知り合いはいない。

以前に何度か顔を合わせた依頼人か、あるいはカリスが勧める酒場のマスターぐらいにしか思い当らなかった。

紙に書かれた地図は、恐らく犯行現場となる場所を指しているのだろう。

よく見ればバツ印は例の宿から少し離れた場所に記されていた。


……しかし、妙だ。

何故、わざわざ犯行現場を宣言する必要がある?

それに手紙には殺すとだけしか書かれていないのも妙だ。

もし誰かを人質に取っていて、ディアに何かを要求しようとしているのであれば、この手紙だけでは犯人の意図が全く読めない。

これでは単なる犯行予告にしか過ぎないのだ。


「いや、待てよ」


ディアはそこで思考を止めた。

そう、今思いついたように―――この紙切れが、単なる犯行予告であるという可能性。

どちらにせよ相手の意図は謎のままだ。

だが、もし今夜誰かの命が狙われようとしているのならば―――放っておけるはずがない。


「やれやれ……こんなものを見てしまった以上、行くしかないね」


入院が長引く事にならなければいいが、と不安に思いながら、紙切れを綺麗に折りたたみズボンのポケットへと突っ込んだ。

周りに誰もいない事を確認すると、ディアはこっそりと病院を抜け出していった。








現場付近に辿り着いた頃、辺りはすっかり暗くなっていた。

夜を迎えようとしているのに、街には相変わらずの人だかりだ。

……正直、こんな場所で誰かが殺されるとは考えにくい。

しかし、この付近ではいつもなら騎士団がギルドの動向を監視する為に配置されているはずだが

例の中央区事件により人出が少なく、騎士団の警備も非常に薄い状況ではある。

仮にもギルド支部であるナンバー3も近くにある上に、当然ギルドが全く動かないという事もないはずだ。

逆にギルドをターゲットにしたテロ行為、の可能性も否定できないが……それは違う。

あの手紙には確かに『あの女』と書かれており、少なくとも殺す相手を明確にしている。

何かの比喩表現かとも考えたが、これだけストレートに書かれた文章に深い意味があるのか?

とにかく、確かめるしかない。

周りを警戒しつつ、ディアは例の裏路地へ向かっていこうとすると、例の宿から見覚えのある女性が姿を現した。


「あの人は、確か―――」


間違いない、今日あの宿に訪れた時にフロントに立っていた受付の女性だ。

昼間話した時はろくに会話も成り立たずに、一方的に追い返されてしまったが。

既に私服に着替えており、恐らく今日の仕事を終えて丁度帰宅する時間だったのだろう。

だが、女性の様子が少しおかしい。

しきりに周りを気にしながら、宿の前から動こうとしなかった。

念の為ディアは身を隠し、彼女の様子を伺った。

直感ではあるが、何か嫌な予感がする。


この手紙に書かれた短い文字には「あの女」と書かれていたはずだ。

彼女は何も関係ないと考えたい、しかし今日の事を振り返れば決して無関係とは思えなかった。

頑なにワーカーを拒絶していた態度、あれは何かを隠しているとしか思えないのは確かだ。

―――何者かに、狙われている?

一体何故? いや、狙われていたとしても……どうしてディアの元に、こんな手紙が届いたのか?

わからない、一体今ここで何が起きようとしているのか。

とにかく、他に心当たりがない以上……ターゲットにされたのが彼女である事はほぼ間違いない。


だが、長年使ってきた愛剣は赤眼の剣士に砕かれ、使い物にならない状態だ。

武器は高額品である為、本来であればしっかりと選ぶべきではあるのだが、そんな時間もなく格安の長剣を一本だけ購入はしている。

使い慣れていない剣で、しかも病み上がりの状態なのが不安ではあるが、いざという時はやるしかないだろう。

十分に周りを警戒した上で、彼女が動き出すと……ディアの予測が確信へと変わった。

女性が向かう先は、この先にある裏路地地帯。

つまり、犯行現場として記された×印の場所に該当するのだ。

まさか、本当に―――


ゾクッと背筋に寒気が走ると、ディアは勢いよく走り出す。

あの女性を現場へ向かわせてはいけない、と野生の勘が告げる。

例の女性は裏路地へと姿を消すと、ディアは追いつこうと全力で駆け出し続けた。

まだ塞がり切っていない傷口をズキズキと痛めながらも、必死で走り、裏路地へと入り込む。

ディアは間髪入れずに、大声で叫んだ。


「そっちへ行くなッ!」


幸い、女性はまだ生きていたようだ。

女性はディアの声を聞くと、不思議そうな顔をして振り返る。

この先は、袋小路になっていた。

昼間も薄暗いが夜になると数少ない街灯が唯一の光となり、非常に薄暗く視界が悪い。

こんなところに女性は一体何をしに来たというのか。

いや、今は考えている場合ではない。


「私を呼び出したのは、貴方だったの?」


「呼び出した……?」


呼び出した、一体何を言っているというのか?

いや、女性が何も理由もなくここへ来るはずがないのはわかっている。

女性はポケットから紙切れを取り出し、目の前で広げた。


「これは―――」


同じだった。 ディアが持っていた地図と。

赤で描かれた×印すらも、全く同じ位置を指していたのだ。


「裏に何か書かれていないのか?」


「裏? いいえ、何も書かれていないわ」


女性は困惑の表情を見せながらも、地図に何か書かれていないか念の為確認する。

すると突如、街灯が黒い影に覆われて、裏路地から光が消え去った。

何が起きた、いや違う。

上だ、とディアは顔を見上げた。

その瞬間、大きな影が消え去り、再び裏路地が光に照らされる。

同時に、ディアは思いっきり駆け出し始めた。


「えっ―――」


女性は何が起きているのか理解できずにいると、黒衣のマントを身に纏った小柄な人物が背後に立っていた。

袖からはギラリと金属が煌めいており、刃物の類を所持していることがわかる。

状況からみて間違いない、アレが今回犯行予告を出した人物だ。

姿ははっきりとは見えない、黒きローブで顔を覆い、白き仮面で完全に素顔を隠している。

無駄のない動作で隠したナイフを女性の背中にそっと突き付けた。

ようやく状況を理解したのか、女性は顔を真っ青にさせていた。


「させないっ!」


間一髪で間に合ったディアは、目にも留まらぬ速度で抜刀すると、耳をつんざくかのような金属音が耳に飛び込んでくる。

信じられない事に、ディアが放った渾身の一撃がたった2本のナイフによって弾き返されてしまったのだ。

いくら慣れないかつ安物の武器だったと言えど、ムラクモ流から放つ一太刀の重みがここまで差が出るとは考えにくい。

仮にも強大な魔物を一撃で倒す程の破壊力を持つはずだというのに。

だが、相手のナイフも流石に無事では済まなかったようだ。

衝撃に耐えきれずに、見事砕け散っていった。

その時生じた凄まじい風圧により、襲撃者のフードが外れて長き美しい紫色の髪が姿を露わにされた。


「何が目的だ? どうして彼女を狙う?」


ディアは問い詰めようとしたが、襲撃者はすぐにフードを被りなおし、黒衣のマントで全身を纏うと空高く舞い上がり、そのまま姿を消してしまった。

……どうやら、逃げられてしまったようだ。

しかし、正直ディアはホッとしている。

恐らく今の状態では、あの襲撃者に勝つ事は出来なかったであろう。

赤眼の剣士以外にも、ムラクモ流と対等に戦える者がいたという事実に、ディアはショックを受けてたが、今はそれよりも優先すべき事がある。


「怪我はないかい?」


「……ええ」


意外にも女性は取り乱した様子もなかったが、返事は力なく弱々しかった。


「ちょっと、時間を貰えるかな?」


やはり、この女性が事件と無関係とは思えない。

今なら何か聞きだせるんじゃないかと、ディアは尋ねた。


「助けてもらった事には感謝しています。 ですが、ワーカーである貴方に語れる事は、私には何一つありません」


「ならば、何故君は狙われた?」


「わかりません、どうして私だったのかなんて……」


女性は俯いたまま、声を震わせて呟く。

今更になって腰を抜かしてしまったのか、ぺたんと地べたに尻をついたまま動けなくなってしまっていた。


「ここは危険だ、嫌かもしれないけど今は僕と共に行動してくれ。 もしかすると、さっきの奴がもう一度貴方の元に現れるかもしれない」


「わ、わかり……ました」


何処か不安そうに、女性はコクンと頷く。

ディアはひとまず周りが安全な事を確認すると、女性の腕を掴んで一旦自分の病院へと向かうのであった。

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