第5話 レッド・プリズナー ①
交渉人ネイルから伝えられたギルドからの指令。
それは自身が関わった『毒ガス事件』を解決に導く事。
ディアが関わってしまった事件は、もはや政府が関係してくる程の大事件へ発展しかけている。
あの時、大富豪の息子の護衛がここまで大事になると想像できただろうか?
依頼主が大富豪であった事もあり、簡単な依頼であると言えどディアは入念な準備を進めてきた。
にも関わらず、結局望まずとも事件というものは起きてしまう。
もはや何者かの作為を感じざるを得ないとディアは深くため息をついた。
傷は完治していないが、いつまでも入院生活を送るわけにもいかない。
動けるのであれば少しでも自分の足で調査をするべきだろうと、担当医に無理を言ってまでディアはようやく外出許可を得ていた。
ディアがまず最初に向かった先は、依頼人であるクラウンが泊まっていた高級宿だ。
同時にギルドによる荷物の事前チェックが行われた箇所でもある。
もし、クラウンの人形が毒ガスに入れ替えられたとしたら、現場として考えられるのはこの宿屋だけだ。
犯人の真意が今一見えて来ないが、少なくとも毒ガスを西区へ運び出そうとしていたのは事実。
どんな小さなことでも、地道に一つずつ謎を解明していけば……いずれ今回の事件の真相へと辿り着けるはず。
クラウンが犯人でないとすれば、彼もまたディアと同じように事件に巻き込まれた被害者だ。
今の政府であれば、毒ガスが盗まれた事を全てクラウンに罪を押し付けて処刑にする、なんてことも平然とやってのけるだろう。
それを阻止する事が出来るのは、事実上ディア自身だけだと思うと、いかに自分に課せられた任務の重さが伝ってくる。
自身の命も関わってくるのは勿論だが、何よりも罪のないクラウンが政府に捕らわれの身になっている事の方がディアにとっては気がかりだった。
考え事をしている間に、目的地である例の高級宿へと辿り着いた。
職人が手掛けているのか、淡い輝きの宝石を中心に綺麗に装飾された扉を開くと、ロビーには黄金の輝きを放つシャンデリア。
クラウンを迎えに行った時に一度ロビーへと訪れてはいるものの、普段目にしない装飾の数々を前にすると何処かディアは落ち着かない。
思わず目を取られながらもディアは頭を切り替えて、フロントに立つ女性に声をかけた。
「すみません、少しいいかな?」
「はい、ご予約の方ですか?」
「いや、そうじゃないけど」
「宿をお探しですか? すみません、当店は完全予約制でして……今月いっぱいは予約のお客様で埋まってしまっているのですけれど」
完全予約制ということは、この宿はやはりワーカー向けではないという事なのだろう。
最も高級という名がつく時点で、そんな事はわかりきっていたが。
「僕はナンバー3所属のワーカーさ、ちょっとした事件を調べていてね。 この宿を利用していた『クラウン・マーティング』について教えてほしいんだけど」
「……当店ではギルド関係者の方は立ち入り禁止となっております。 どうぞ、お引き取りください」
女性は少し暗い表情を見せると、俯いたまま丁寧にディアにそう告げた。
ギルドは立場上、嫌われやすいのは今に越した事ではないが、その妙な態度には何か引っかかる。
何かを隠している、いや……考え過ぎだろうか。
「別に君達に危害を加えるつもりはないさ。 例えば、この写真の人形―――」
「知りません」
ディアが言い切る前に、女性は間髪入れずに冷たく言い放つ。
だが、何故か目は合わせずに逸らしたままだ。
やはり、何かを隠そうとしているのだろう。
「……日を、改めるよ」
これ以上居座って、騒がれたりでもしたら再びギルドの名を汚す事になる。
大事になる前にと、ディアはあっさりと身を退いて宿の外へ出て行った。
写真を懐に戻し、壁に背をつけると深くため息をついてその場に座り込んだ。
「やれやれ、最初からこの調子じゃとても真相に辿り着けそうにないな」
ディアは事前に渡された現場の写真を眺めながら、独り言を呟く。
あの人形達が毒ガスと入れ替えられた現場を、この宿と仮定するのであれば……問題は毒ガスが隠されていた場所が鍵となる。
カリスからの情報にあった通り、中央区では騎士団が総出する程の重大な事件が起きていた。
あくまでも推測ではあるが、中央区起きた事件は毒ガスが盗まれていた、と考えられる。
そうなれば、犯人は何らかの手段で毒ガスを東区に一度運び出さなければならない。
即ち、『個人』での犯行はほぼ不可能だと考えられた。
だとすれば、今回の事件は何らかの組織の手引きによって引き起こされたと考えるのが自然。
クラウンがターゲットに選ばれた事といい、あの宿が無関係であるとは考えにくい。
直感ではあるが、あの宿は何らかの重大な情報を握っているのは間違いないだろう。
どうにかして宿を調べる方法がないかとディアは頭を捻らせていた。
「おうおう、悩んでるじゃねぇか」
「……まぁね」
いつの間にかディアの横に平然と座っていたのはカリスだった。
全く気配に気づかなかったが、潜入等を得意とするカリスの事だ、これくらいの事は平然とやってのける。
恐らくギルドで仕事を受けるついでにディアの事を見かけて、声をかけてきたのだろう。
「どうだ、事件の捜査に進展はありそうか?」
「いや、さっぱりだよ。 今日やっと外出許可を貰えたから、試しにここに訪れたけど……見事な嫌われっぷりだったさ」
「そりゃそうだ、一般的には俺達ワーカーと仕事以外で関わりたがる者は早々いねぇからな。 いくらギルドの知名度が上がってきたと言えど、まだまだ不信感を抱くものは多い。
どーせバカ正直にワーカーである事を明かしたんだろ」
「うっ……それは、そうだけど」
まさかここまでカリスに見透かされているとは、実は最初からこっそりやり取りを観られていたんじゃないかとさえ疑いたくなる。
「しゃーねぇな、この宿については俺がお前の代わりに探っといてやる。 お前も感じたんだろうが、どうもあそこは臭うからな。
もしかすると毒ガスを盗み出した犯人と結びついている可能性もあるかもしれねぇしな」
「いいのかい?」
「捜査には全面的に協力するっつっただろ、それにその身体じゃあんまり無茶はできねぇだろうしな。
その代わり、御代はコレで頂くけどな」
カリスがクイッと酒を飲む動作を見せると、しっかりと請求する辺りがカリスらしいなと思わず笑ってしまう。
しかし、だからといって全てを他人に任せるつもりはない。
ディアは他にもやるべき事はあるはずだと、立ち上がった。
「じゃあお言葉に甘えて、宿の調査については君にお願いするよ。 僕は毒ガスの入手経路についてもう少し洗い出してみるよ」
「おう、わかってると思うけど毒ガスについてはあんま口にするんじゃねぇぞ。
騎士団の奴らから逆に目をつけられる可能性もあるからな」
「ああ、気を付けるよ」
ディアは一言告げると、宿を後にした。
しかし、毒ガスというものはそう簡単に運び出せるものではない。
怪しい荷物はゲートを通る際に必ず騎士団のチェックが通るはずだ。
その騎士団のチェックを受けずに通る手段はないかと考えていると、ふとディアは自分達の例を思い出す。
依頼人の荷物が入っていたと思われる馬車は、結局騎士団の手によって検査される事はなかった。
ディアはギルドからの証明書を騎士団に見せて、ゲートを合法的に素通りしたのだ。
つまり、自分達が毒ガスが自在に運び出せるという事を証明してしまっている。
ならば考えれば、東区のゲートから『証明書』を使って通過していった者達を調べて行けば……犯人の一味を特定できるかもしれないと考えた。
「しかし、騎士団の奴らが素直に協力してくれるかどうか……」
ディアはため息を交えながら、呟いた。
前回クラウンを連れて東区のゲートを抜けた時も、ギルドというだけでまるで信用されていなかったのだ。
更に今回のような事件を引き起こした事により、両者の関係はこじれていくばかり。
もっともディアは、ハナから騎士団とギルドが良好な関係は築けるはずがないとは思っていたが。
中央区へのゲートはそう遠くはない、少しでも何か情報を得られる事を期待してゲートへ向かおうとすると……
ドンッと正面から何かがぶつかり、ドサッと倒れる音がした。
「おっと、なんだ?」
何かと思い立ち止まると、ディアは足元に視線を向ける。
すると小さな女の子が、両手に大きな紙袋を抱えたまま尻餅をついていた。
真っ黒なドレスに透き通るような紫色の髪を真っ赤なリボンで束ねているオッドアイの少女だ。
考え事をしていたせいで小さな子供とぶつかってしまったようだ。
「ああ、ごめんよ。 立てるかい?」
慌ててディアは手を差し伸べたが、少女は見向きもせずに器用に足を使って自力で立ち上がる。
よく見ると紙袋の中には金髪のような物が見える、人形だろうか?
「それ、何処かで買ったの?」
何となく気になったディアは聞いてみたが、少女はただじっとディアの事を睨むかのごとく見つめている。
無表情のまま凍りつくかのような鋭い瞳で診られるのは正直、そんなにいい気分ではない。
「あーごめんね、じゃあ僕は行くよ」
きっと機嫌を損ねてしまったのだろうと、一言だけ謝るとディアは少女の隣を通り過ぎようとする。
その瞬間、ふと少女の口端が僅かに釣り上ったように見えた。
ゾクッと背筋に寒気を感じたディアは、一度足を止めて少女の姿をもう一度確認しようとする。
だが、既に人ゴミにのまれていき姿を消してしまっていた。
追いかけようとしても、この中から少女を見つけ出す事は難しいだろう。
一体あの少女は、何者なのか?
もしや事件と関係するとでもいうのか……いや、それはない。
とにかく今は毒ガスの行方を追うのが先決だろうと、ディアは頭を切り替えて中央区のゲートへと向かった。
中央区のゲートは、他のゲートと比べて警備体勢が厳重に敷かれているようだ。
見張りの兵士も数多く配置されており、いつでも戦闘に応じられるように複数の兵が隠れている。
恐らくテロリスト対策の為であろう、こんな状況でワーカーであるディアの話が聞いてもらえるのか不安に感じていたが
ふと、一人の兵士がディアの元へと向かってきた。
騎士団のやり方から考えれば、怪しい者は片っ端から連行し牢獄へ閉じ込めるぐらい平然とやってのけるはずだ。
せめて捕まらないようにと願うと同時に、ディアは警戒を強めた。
「貴様、ワーカーだな?」
「ナンバー3所属のディーク・アルド・フォーレだ。 とある事件の調査をしている。 ここの責任者と話をさせてくれないか?」
念の為、ディアは自身が本物である事を証明する為に身分証を提示した。
「少し待て」
兵士はディークの身分証を預かると、一度見張り小屋へと戻っていった。
しかし、普段であれば騎士団はもっとギルドに突っかかってくるものだと思ったが、今回は妙にスムーズだ。
違和感を覚えながらも、ディアはひとまずあの兵士の帰りを待つと、ようやく話を終えたのか先程の兵士が小屋から出てきた。
「政府から話は伺っている。 例の事件について調査を進めているディアだな」
政府が協力をしてくれているというのか?
これも交渉人であるネイルの力なのだろうか、これであればスムーズに調査は進められるはずだ。
「なら話が早いね、ここ数週間で証明書を使って中央区を出入りした人物がいなかったか知りたいんだけど」
「そうであれば記録簿を確認した方が早い、正式な手続きを済ませた後にギルドへ送付させよう。 後からギルドを通じて受け取ってくれ」
「今すぐとか、直接ってのは無理なのかい?」
「通過者の記録は本来であれば厳重に管理されるべく極秘資料だ、今回は政府から特別な許しがあるからこそ提示する事は出来る」
つまり、見れるだけ有難いと思えと言いたいのだろう。
「資料送付までには時間を要する、最低でも三日ほどは待ってもらうぞ」
「……わかったよ」
もう少し早めにしてもらえないのかと口にしかけたが、せっかく問題なく協力を得られているのだから贅沢は言ってられないだろう。
ここで何か問題をまた起こせば、今度こそ本当に自身のクビが飛びかねない。
「じゃあ、失礼するよ」
あの様子では直接伺おうにもまともに答えてくれそうには見えなかったので、ディアはあっさりと身を退いた。
結局収穫らしい収穫は何もなかったが、確実に前へ進めているはずだ。
今はカリスの調査結果を待ち、その間に資料を調べていくしかないだろう。
待つ事しか出来ないのは煩わしいが、一旦ディアは自身の病室へと戻っていった。