プロローグ
少女の記憶は、頭痛から始まった。
頭が、痛い。
頭の中から直接締め付けられるかのような激しい頭痛により、少女は目覚めた。
引く事のない頭痛の痛みに耐えながらも、、うっすらと目を開けるが周囲は暗くて視点も定まっていない。
ぼんやりと見えてくる光景から、ここが暗い森の中だという事は辛うじてわかった。
人が倒れている。 一人ではない、ざっと10人以上は倒れている。
どれも同じような黒装束を身に纏っており、血まみれになっていた。
少女は手に、刀を握りしめていた。
真っ黒な刀からは、ポタポタと血が流れ落ちている。
……確かに、この者達と刀を手にして戦っていた記憶があった。
しかし、何故かはっきりとしない。
いくら思い返そうとしても、断片的な場面が頭に浮かぶだけでそれ以前の事は何も思い出せなかった。
足元で倒れる黒装束の男を見下ろすと、右肩に何やら赤いマークのような物が見える。
不思議に思った少女は、男の黒装束を剥ぎ取ると……右肩には翼の生えた赤い獅子のタトゥーが彫られていた。
すると突如、左腕に激しい痛みが襲い掛かる。
左腕からは血が止めどなく、ドクドクと流れ続けていた。
頭痛のせいで左腕の怪我に気づかなかったのだろう。
黒装束の布を千切ると、少女は怪我をしている左腕に布を巻きつけギュッと強く縛る。
少女は痛みを誤魔化そうと傷口を抑えながらギュッと唇を噛みしめ、背を丸くして縮こまった。
すると、何やらザクザクと土を蹴る音が耳に入り込んでくる。
俯きながらも少女は警戒を怠らない、獣のような赤い瞳で周囲の様子を伺うと……杖を持った老人が歩み寄って来ていた。
「年端もいかない子供が……このような場所で何をしている?」
重みのある渋い声で、厳格な表情をした老人が姿を見せる。
少女は微動だにせずにただ睨み返すだけであった。
「ほう、良い眼をしているな。 若造でありながらもいくつもの境地を乗り越えてきた赤き瞳、その輝きはまさに血を欲する飢えた獣のようだ」
この男、只者ではない。 少女の野性的な勘がそう告げると、身体が自然に動き出した。
腰に吊るしていた黒き刀を無駄な動作なく抜刀し、目にも留まらぬ速さで斬りかかる。
だが、キンッと金属音が響くと黒き刀は意外なモノで受け止められていた。
それは、老人が握りしめていた鉄製の杖であった。
「何と獰猛な一撃か、このワシをここまで唸らせるとは只者ではあるまい。 しかし、まだまだ未熟だ。
ただ力任せに振るう一撃でワシを討とうなんぞ、片腹痛い」
少女はもう一撃仕掛けようとしたが、どうせ次も受け止められると悟り、刀を鞘へ戻す。
しかし、たった一振りの動作ですら今の少女にとっては大きな負担へと繋がった。
一瞬だけ視界が歪み、少女は糸が切れた人形のように倒れる。
不審な男を前にして倒れるわけには行かないと、懸命に立ち上がろうとするが……身体に力が入らなかった。
ザッザッと土を踏みしめる音が少女の目の前で止まった。
少女は必死で顔を見上げて、赤き瞳で老人を睨み続ける。
すると老人は、何故かニヤリと笑い手を差し述べられた。
少女は不思議そうに皺くちゃな掌を見つめていた。
「気に入った、子供でありながらも貴様は剣の才に長けている。 ワシの元で修業をしろ、半人前の貴様を徹底的に鍛え上げてやるぞ」
見知らぬ老人に教わる剣術は何一つない、少女は今すぐにでもこの手を払おうとしたが、出来なかった。
刀を振るおうと握りしめても、もうほとんど身体に力が入らない。
抵抗をしようとしても、老人の姿はぼやけてていき、やがて視界が歪んでいく。
そこで、少女の意識は途切れる。
これは黒き刀を持つ、孤高の剣士の始まりの記憶。
自分が何者であるのか、何のために生きてきたのかを知る為に
彼女はここから、失った記憶を求めて旅立つ事となる―――