第一章(1)
※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・組織その他もろもろは現実のものとは一切関係ありません。
少年――野川はいたって普通の高校生。
勉強は得意ではなく、スポーツ万能。やんちゃな性格。切れ長の目に、しっかりとした鼻筋の整った顔つき。髪はほどよい長さだが無造作に伸ばしている。
怖い話が大好きで、毎年夏休みには肝試しを主催するほど。
そして今年も、その時期がやって来ようとしている。
槻山高校の2年1組の教室。現在そこに野川はいる。
「なあみのっち。もうすぐ夏休みだな」
『みのっち』というのは野川のあだ名である。名付け親は『平島 さき』。野川の幼馴染である。
ちなみに今話しかけたのは『鷲部 伊知郎』。同じく幼馴染である。あだ名は〝イチロー〟。
3人がともに仲良しで幼馴染。幼稚園からの関係である。
「そうだな。今年ももうそんな時期かー」
野川が陽気な声で話す。
「おっさんみたいに言わないの。……それより、まさか今年もやるの?」
平島が会話に交じる。彼女は肝試しとかそういったことが苦手で、いつも面白いように怖がっていた。
「もちろん決まってんだろ、さき! 今年もやるぜー」
笑顔の野川。顔をしかめる平島。それを眺める鷲部。
「で、今年はどんなことやるんだ?」
鷲部が興味津々といったように聞く。彼も怖いものは大好きだ。
「うーん、どうしようか。今のところ全く何も」
「……じゃあいっそのこと無しにしない?」
そう言ったのは『森福 祐希』。同じクラスの男子である。いつの間にか話の輪に加わっていた。
「そうよっ! もう高校2年になるんだから」
その発言にすぐさま賛同する平島。もっとも、森福は単にめんどくさがり屋で無しにしようと思っただけだが。
「何言ってんだよっ! 夏休みと言えばしなきゃダメだろ? な、イチロー」
「そうだぜ! やらなきゃ夏じゃねえよ!」
2人はどんどん話を進めるようだ。おかげで平島は肩を落とす。森福はやはりめんどくさそうに話の続きを聞いていた。
場所はどこにする、時間は、誰を誘う――そんなことを話し込んでいた。が――
「野川、授業が始まるぞ。席に着け」
担任の先生でもある大本先生が着席を促す。体格が良く、逆らい難い雰囲気を醸し出す先生だ。
「な……なんでおれだけ」
「お前はいつも遅いだろ。それだけの理由だ」
野川はあからさまに嫌そうな態度を示して渋々席に着く。話は途中で止められた。
初夏の暖かい空気が漂う学校にチャイムが鳴り響く。6時限目――数学の授業が始まった。
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「ったくなんだよ大本先生のヤツ! あーウゼー」
授業が終わって放課後。野川は一人先生の悪態をついていた。
彼以外の3人は、全員部活動に所属している。平島はテニス部、鷲部と森福はサッカー部だ。
それに対して野川は帰宅部。スポーツは大の得意分野だが、どうも何かに縛られることを嫌うところがあり、いろいろな部から熱烈に誘われているのだが未だ帰宅部である。
――……今日何しよーかな。久しぶりに槻山探索でもするか。
槻山、と言うのはこの周辺一帯のことを指す地名であり、またこの地域で一番大きな山の名前でもある。
特に後者の方はいろいろな怪談めいた逸話が多いので、野川お気に入りのスポットでもあるのだ。さらには時々そこへ行き、調べたり聞いたりした話を実際に検証するぐらいだ。
もちろん、今日彼が思い描いているプランはこの辺りを散策するということではなく、その山――槻山を散策するということだ。
野川の歩みはどんどんスピードが上がっていく。浮かれているのだろう。
今日は、梅雨も明けちょうど気温が上がってきた日なので、大変蒸し暑いのだが、野川には関係なかった。
なお、彼の家と槻山高校は約30分かかる道のりだ。田園風景と言われる町並みが十分に堪能できる。
しかし、そんな風景に囲まれて育った彼はその景色を堪能するはずがなく、むしろ交通手段が自家用車か自転車か徒歩かだけだと言う状況にうんざりしている始末だ。
近々、電車が町内にも開通する、なんて噂もあるが、根も葉もない話で、単なる周辺住民の希望的観測にすぎないし、きっとこの辺りは数十年たってもほぼ変わらないであろう。
彼は、そんなこの町が嫌いであった。都会に憧れを持つ、今どきの若者だ。
だが、豊富な自然があるからこそ怪談や不思議なエピソードが存在できるわけで、ひとたび都会になってしまえば、すべてが〝都市伝説〟という言葉で片付けられ、ワクワクする気持ちを感じられない、夢のない怪談やエピソードに変身してしまう。
この少年には、ここに自然が残っていることに感謝してほしいと言わざるを得ない。
そのおかげで、部活動もせずただブラブラしているだけの彼が心を躍らせることができているのだから。
そろそろ、歩き始めて20分。知っている人影が野川の視界の端に映る。野川はすぐさまそちらを向く。
――やっぱり! 正造じいちゃんだ!
町内会長、『前田 正造』。みんなからは〝正造じいちゃん〟と呼ばれており、御年78歳。
この町――槻山のことをよく知っており、今では数少ない〝言い伝え〟を知る者でもあるのだが、誰にも話したことが無く、聞いても口を閉ざすのだという。
それ以外の話では、非常に饒舌で、温厚な性格。町のムードメーカー的な存在なのだ。
野川は何度も話を聞きに行くほどの〝常連〟である。すっかり今では仲の良い2人だ。それでも、前に野川が〝言い伝え〟について聞いたことがあるが、話してくれなかった。それ以来、いつか聞き出してやろう、と野川は思っている。
「おーい! 正造じいちゃーん!」
野川が大声で叫ぶ。木の葉が風に揺れてざわめく。
呼ばれた相手は、すぐに気が付いて野川の方を向き直し、歩いてくる。どうやら声だけで誰なのかわかったようだ。
「おっす! 正造じいちゃん」
「おお、今日も元気そうだの」
「今日も元気さ! ってかよ、今日さ――」
2人は道端であるにもかかわらず、話し込んでいた。今日の出来事に始まり、前の話はこうだ、その前の話はどうも嘘っぽい、などなど……この二人の間では、話の種が尽きないようだ。
結局、話し始めて数時間。一体どうなればここまで話し込めるのか。野川の槻山探索は、急遽中止になってしまった。
「――おお……すっかり話し込んでしまったの。それじゃ、逢魔が時、気を付けてお帰り」
「大丈夫だって! おれだってもう高校2年だぜ? 大人だよ」
「そうじゃったな。忘れておったよ」
こうして2人は別れ、残りの家までの道を、野川は楽しそうに帰って行った。
正造じいちゃんは、微笑みながら野川のうしろ姿を見送っている。
夕日が空から沈み、夜が始まろうとしているときだった。
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野川が正造じいさんと話している頃、平島や鷲部、森福は部活動に勤しんでいた。
槻山高校硬式テニス部。男女どちらでも入部可能だが、もっぱら女子だけである。
創部はごく最近で、部員数は全校生徒が200人程度と生徒数が少ないことを差し引いても、それでも少ない4人である。
『美川 照子』と言う先輩に、クラスは別だが同級生の『大宮 瑞穂』、後輩の『津瀬 涼華』というメンバーに平島が加わり、毎日細々と練習をしている。
部の今までの成績としては、前年に〝野生テニスプレーヤー〟という呼び名であった、とある男子部員が全国大会へ出場できるかどうかのところまで勝ち進んだぐらい。その部員も、結局は出場を果たせなかったが。
その他は一回戦負けがほとんどで、入部する生徒は高校の思い出づくりのために入部するようなものだ。
この町にとっては、それぐらいで十分なのだ。
対して、鷲部と森福が所属する槻山高校サッカー部。
野球部に並ぶ部員数であるが、どちらの部も他県や都会の高校に比べれば明らかに少ない数ではある。
とは言ったものの、このサッカー部、県内では有数のサッカー強豪校。
決してこの県のレベルが低いわけでは無いが、少数精鋭という言葉が相応しい、良いチームだ。
なんでも、この高校出身で元プロサッカー選手の指導者がついているのだとか。
実は女子サッカー部もあったりするのだが、現在は部員がいなく、休部中である。
中心選手としては、ゴールキーパー、3年生、『平島さき』の兄である『平島 良平』、同じくエースの『久保 駿太』、同じく堅守が売りのディフェンダー『秋山 銀二』などがいる。
ちなみに、森福は2年生ながら左サイドのレギュラーである。
余談ではあるが、野川にはサッカー部から熱烈な誘いがあったのだが、きっぱりと断っている。
テニス部とは対照的に、堂々と〝県大会優勝〟を目標にし、部員たちは練習漬けの日々を送っている。
一応他にも、さっきも言った硬式野球部に陸上部、バスケ部などがある。
文化系の部活動は無いに等しい。あると言えばあるが、入部希望者がいないのでどれも休部中である。
全校生徒の部活動に所属している率は、驚異の96パーセント。単純に言えば、部活動に所属していない生徒数は一桁なのである。野川は、そのうちの一人。
田舎なので家に帰ってもすることが無い、というのが一番の要因だろうが、近年は携帯電話やパソコンも普及しているはずなので、何らかのすることは増えているのだが。
それもこの学校の、一種の伝統なのだろう。
真夏とまではいかないが、初夏の蒸し暑い空気が、槻山を包んでいる。
部員たちはそんな気候にもかかわらず、元気そうな、非常に明るい雰囲気で部活動に勤しむ。
梅雨も明けたこの時期、夏の大会が間近に迫ったこの時期はピリピリとしたムードになるものだが、この学校にはそれが無い。
先輩後輩の距離が近いせいか、とても仲が良く、厳しい上下関係なども無い。
十人十色、様々な個性を持った人が、数は少ないとしても、ここに集っている。
緑豊かな、田舎の町、槻山に一つだけある高等学校〝槻山高校〟はとても良い学校なのだ。